東京大学柏キャンパスの一般公開2024の2日目である10月26日には、荻尾所長の講演に引き続き、若手研究者たちが自身の研究を紹介する、うちゅうカフェ「わたしの研究」が開催され、特任研究員(ICRRフェロー)の澤田涼さん(高エネルギー天体グループ)と、特任研究員(研究所研究員)の藤田慧太郎さん(テレスコープアレイ実験・ALPACA実験グループ)が、続けて講演しました。
高エネルギー天体グループの澤田 涼さん <プロフィールはこちらへ>
宇宙における元素合成過程の研究 「全て理解し周期表を全て埋めたい」
奈良県生まれの澤田さんは、京都大学3年のとき、川畑貴裕教授から「卒業研究に原子核実験研究室を選ぶと、ハワイの研究会に出られるかもよ」との言葉に、「行きたいです」と即決。それでも「宇宙」に興味があったので、「宇宙に関わる原子核実験ってありますか」と少し無理な注文した結果、ビックバン宇宙論での元素合成を卒業研究のテーマに選ぶことになったといいます。偶然選んだ研究テーマでしたが、「努力すれば出られるかも、というところに惹かれ、とても頑張りました。その結果、この分野で著名な物理学会誌に論文を掲載することもでき、ハワイに行く権利を自分の実力で獲得できました」と澤田さん。
当初、宇宙には始まりも終わりもなく、静的で変化しない定常的なものと考えられ、元素の起源はなぞでした。そこで提案されたのが「ビックバン宇宙論」です。宇宙の始まりが高温高圧の火の玉で、それが膨張して現在に至ったと考えると、元素の起源を考えることができます。「直感的には気持ち悪い話ですが、宇宙マイクロ波背景放射の存在や遠くの星ほど遠ざかって見えることもわかり、定常宇宙論よりもビックバン宇宙論の方が現在の宇宙をよりよく説明できることがわかってきました」
澤田さんが学部時代、最初に取り組んだのが宇宙リチウム問題でした。ビックバンでは水素、ヘリウム、リチウムなど軽い元素が合成されたとされていますが、リチウムだけは観測推定値が理論予測値が3分の1しかなく、この矛盾の検証を研究テーマとしました。澤田さんは「リチウムはベリウムがベータ崩壊して生成されますが、別のものに壊れていたら、と考え、ベータ崩壊の反応断面積を実験で求めてみました。しかし、よりベータ崩壊する方向に進むことがわかり、リチウム問題をさらに悪化させる結論となりました」。この成果をもとに卒業論文を執筆するとともに指導教官と論文を投稿、Physical Review Letters (2017年)に掲載されました。
大学院では周期表のうち重い元素が作られた起源である、「星の内部・超新星爆発での元素合成」をテーマとし、鉄より軽い元素まで進展。2018年に米国の重力波望遠鏡LIGOが観測した中性子連星合体からの重力波は、X線、ガンマ線、赤外線などでも追観測され、ついに鉄より重い元素の生成の現場をとらえたと話題となりました。「実際に今回観測された中性子星連星の合体で明らかになったのはストロンチウムまで。他の重元素も生成されているかも知れませんが、確証は得られていません」と澤田さん。
学振特別研究員を務めた京都産業大学を経て2024年4月に着任した宇宙線研究所では、引き続き「宇宙のどこで元素が生まれたのか」という根本的な問題に取り組み、重い元素まで視野に入れた研究を進めています。澤田さんは「ビックバン元素合成がリチウムを十分に生成し、超新星爆発がどのようにして爆発するのかを解き明かし、さらに中性子連星合体の解明がより進めば、すべて理解できるのではないかと思います。できれば周期表を全部埋めたいなあというのが僕の野望です」と語りました。
趣味は漫才 大学生漫才コンテストで入賞、M1グリンプリ予選でナイスアマチュア賞も
趣味の漫才もプロ級です。漫才を始めたのは中学3年生の時。興味本位で始め、大学時代には大学生漫才コンテストで入賞、バラエティ番組「わらいのゼミナール」に出演したほか、2015年からはクイックたーんというコンビ名でM1グランプリに毎年エントリー。本選では1回戦敗退が続いているものの、2022年には予選でナイスアマチュア賞を受賞、YouTubeでも公開されています。M1グランプリ公式のYouTubeチャンネルはこちら。
テレスコープアレイ実験・ALPACA実験グループの藤田慧太郎さん <プロフィールはこちらへ>
100年以上のなぞの宇宙線起源 「Knee付近の起源は5年以内にわかりそう」
大阪府生まれの藤田さんは、大阪市立大学3年生のとき、当時大阪市立大学教授だった荻尾所長の講義を受けたのがきっかけで宇宙線に興味を持ち、そのまま荻尾所長が率いる宇宙線物理学教室に所属することに。「そのころの私は宇宙線の存在すら知りませんでしたが、荻尾所長のお話が面白すぎて、そのまま研究室を選びました。それでも当時は就職する気満々で研究テーマもじゃんけんで負けて選んだ、宇宙線が大気の中で起こす空気シャワーのシミュレーションプログラムを作ることでしたが、これが無茶苦茶自分にハマったんですね」と藤田さん。大学院修士課程でも、荻尾所長が率いていたテレスコープアレイ実験に所属して研究を続けました。その修了時には就職の内定をもらっていましたが、「研究が楽しかったんです」と研究の世界を諦め切れず、半年のブランクののち同大学院博士課程に復帰し、理学博士号を取得。2022年4月から宇宙線研究所の特任研究員となりました。
宇宙線は宇宙から飛来する高エネルギーの粒子のことで、オーストリアの物理学者ビクトール・ヘスが1912年、放射線の検出器を持って気球で上空5,350メートルまで上昇。上空へ上がるほど放射線の強さが増すことを確認し、その存在が明らかになりました。可視光のエネルギーが1eVなのに対し、宇宙線のエネルギーは108から1020eV超と大きく、しかも幅があることがわかりました。宇宙線の観測には、人工衛星に検出器を設置して捉える方法もありますが、「高エネルギーになるほど到来頻度が低く、宇宙空間の検出器で捕まえるのはとても無理なため、空気シャワーを使います」。藤田さんが大学4年の時から参加しているテレスコープアレイ実験は、米国ユタ州の砂漠にある北半球で最大の検出器で、9カ国140人が参加。1.2キロ間隔で507台の検出器が琵琶湖の大きさ位の面積に広がっています。
「テレスコープアレイ実験が始まったのは2008年で私が中学生くらいの時。現在面積を4倍に増やすTAx4と低エネルギー宇宙線とのつながりを探索するTALEが進行中です。荻尾所長が関わっていたTALE実験に私も加わり、TALEの空気シャワーシミュレーションを初めて作成しました」。テレスコープアレイ実験の観測史上で最大エネルギーのアマテラス粒子(2.44×1020eV)を観測したと研究グループが米科学誌サイエンスに発表したときは、「エネルギーの大きさの推定が問題になり、レフリーとのバトルに加勢しました」と藤田さん。
電荷をもった宇宙線は、銀河系内の磁場で進む方向を変えるため、地球に到来する時にはもとの方向を失い、地球への到来方向から宇宙線の起源天体を突き止めることは困難です。しかし、宇宙線と天体の近くにあるガスが衝突することで生じる光(電磁波)、つまり電荷を持たず、磁場で曲げられることのない高エネルギーのガンマ線を観測すれば、到来方向から宇宙線の起源天体を推定することが可能です。南米で進められているALPACA実験は地下のプールにも観測器を設置することで、宇宙線が作る空気シャワーと、ガンマ線が作る空気シャワーをミュー粒子の有無で見分けることが可能です。藤田さんは「南半球からは観測可能な銀河中心はknee付近の宇宙線の起源の有力な候補です。ALPACA実験が動き出す5年後には宇宙線の起源がわかるかも知れません」と期待を込めました。
質問に対しても丁寧に説明
それぞれの講演が終わった後、澤田さんには「ビックバンや超新星爆発、中性子連星合体によって生成した物質が飛び散り、私たちの地球を構成しているのでしょうか?」「ビックバン宇宙が正しいとして、これからも星と星との距離はどんどん離れていくのでしょうか?」「中性子星連星の合体で元素ができるという話ですが、合体して爆発するときに元素合成するのですか?」、藤田さんには「テレスコープアレイ実験もALPACA実験も標高が高いのはどうしてでしょうか?」「実験装置からWiFi通信でデータを集める際、ノイズの影響は受けませんか?」「Knee領域の宇宙線源が5年以内にわかりそうだというのは、すでにあたりがあるのですか?」などの質問が会場から寄せられ、二人は一つずつ口頭で丁寧に回答していました。