所長挨拶

2022年度のはじまりにあたり、ご挨拶申し上げます。

本年4月より梶田隆章先生の後任として宇宙線研究所の所長を務めることとなりました。未熟者ではありますが、宇宙線研究所のために精一杯務めさせていただきます。よろしくお願い致します。

「宇宙線」とは、高いエネルギーをもつ宇宙から飛んでくる粒子ですが、1912年に発見されて以来、その起源と加速メカニズムの解明を目指して多くの研究が進められてきています。当初の宇宙線研究においては、「宇宙線」とは陽子やヘリウム原子核などの荷電粒子でしたが、近年ではニュートリノ、ガンマ線、重力波(重力子)といった電荷をもたない素粒子も「宇宙線」に加えられ、幅広い研究が進められてきています。宇宙線は、地球の規模以上の長距離を飛んできたり、極めて高いエネルギーまで加速されていたりするため、地上の加速器実験ではできないような素粒子に関する研究も行うことができます。宇宙線研究所では宇宙線を使って、宇宙と素粒子の根源的な研究を行っています。

宇宙線研究所の歴史は1950 年に朝日学術奨励金で乗鞍岳に建てられた宇宙線観測用の「朝日の小屋」に始まります。その後1953 年に東京大学宇宙線観測所(通称、乗鞍観測所)となりました。この観測所は、わが国初の全国共同利用の施設でした。そして1976年に旧原子核研究所の一部の部門の移管とあわせて現在の名称の東京大学宇宙線研究所となり、全国共同利用の研究所として宇宙線の研究を進めてきました。研究所には、宇宙ニュートリノ、高エネルギー宇宙線、宇宙基礎物理学の各研究部門があり、研究スタッフはどれかの研究部門に所属して研究を行っています。研究所は東大の柏キャンパス内にありますが、それと共に研究所は国内に4か所の観測施設(神岡宇宙素粒子研究施設、重力波観測研究施設(以上、岐阜県飛騨市の神岡地下)、乗鞍観測所(乗鞍岳2,770m地点)、明野観測所(山梨県の明野高原))と1つの研究センター(宇宙ニュートリノ観測情報融合センター(柏))、海外に4か所の観測拠点(チベット・ヤンパーチンの高原(4,300m)、アメリカ・ユタの砂漠、スペイン・カナリア諸島ラパルマ(カナリア高エネルギー宇宙物理観測研究施設)、ボリビア・チャカルタヤ山)を持っています。このように研究所では観測しようとする宇宙線の観測に最も適した場所を世界中から探し、そこで研究を行っています。

宇宙線研究所は国際共同利用・共同研究拠点として、毎年150件以上の共同利用研究が国内外の宇宙線関連研究分野の研究者の方々によって行われてきています。したがって、宇宙線研究所の研究成果は国内外の宇宙線研究者との共同研究の成果であると言えます。これらの共同研究を通して素晴らしい成果があがっていますが、それらについては各研究グループのホームページをご覧ください。

宇宙線研究所での近年の研究では、感度の高い観測を行うために、大型の装置を使った観測が行われています。神岡宇宙素粒子研究施設では、地下1,000mに設置された5万トンの大型水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置(スーパーカミオカンデ)により観測を行っており、宇宙線が大気中で作るニュートリノや太陽からのニュートリノを観測するとともに、東海村で人工的に作ったニュートリノを神岡で受ける実験(T2K実験)も進めています。同じ神岡の地下では、3kmの腕の長さを持つレーザー干渉計(大型低温重力波望遠鏡(KAGRA))が重力波の観測を目指して感度を向上させています。スペインのラパルマ島には超高エネルギーガンマ線をとらえるためのチェレンコフ望遠鏡アレイ(CTA)が建設されており、直径23mの大口径望遠鏡1号基が既に観測を開始しています。アメリカのユタ州には約700km2(約3,000 km2に拡張中)に粒子検出器を配置して、最も高いエネルギーを持つ宇宙線を探る研究を行っています。このように宇宙線研究所では驚くほど大規模な実験装置によってさまざまな宇宙線観測を行っています。

スーパーカミオカンデ(SK)は、1998年に「大気ニュートリノ振動の発見」という大きな成果をあげ、その研究を主導した梶田隆章先生は2015年にノーベル物理学賞を受賞されました。その後もSKは2001年に「太陽ニュートリノ振動の発見」、2011年に「T2Kによる第3の振動の発見」といった成果をあげ、ニュートリノの質量、混合を解明してきました。あと「CP位相角」が測定されれば、(質量の絶対値を除き)ニュートリノの質量・混合構造の全貌が解明されます。このCP位相角は単なる素粒子の性質にとどまらず、それが有限値を持てば、なぜこの宇宙には「物質」は存在するが「反物質」が存在しないのかという「物質優勢の謎」を解くことができると考えられています。CP位相角の測定のためには、スーパーカミオカンデの約10倍となる次世代の測定器(ハイパーカミオカンデ)が必要です。そのため、宇宙線研究所では、カブリ数物連携宇宙研究機構、理学系研究科、地震研究所と共に次世代ニュートリノ科学連携研究機構を立ち上げ、この組織を中心にハイパーカミオカンデを推進していくことになりました。幸いにも2019年度補正予算、2020年度予算でハイパーカミオカンデの建設が認められました。2027年の実験開始を目指して、東大内の次世代ニュートリノ科学連携研究機構、そして共同ホスト機関である高エネルギー加速器研究機構と協力し、ハイパーカミオカンデを建設してまいりますので、ご支援のほど、よろしくお願い致します。

2020、2021年度は、新型コロナウイルス感染症蔓延により、共同利用研究を行う所外の研究者をほとんど受け入れることができませんでした。一日も早くコロナウィルスが収束し、多くの皆様と共同利用研究を進められる日が戻ってくることを祈っています。

宇宙線研究所の研究計画を進めていくためには、今後も宇宙線関連分野の研究者の皆さんの支持、大学からの支持・支援が必要なことはいうまでもありません。また国からの支援もますます重要になってきています。今後とも、宇宙線研究所の研究活動にご支援をお願い致します。

東京大学宇宙線研究所所長
中畑 雅行