東京大学柏キャンパス一般公開2024が、10月25日(金)と26日(土)の2日間にわたって開催され、宇宙線研究所では荻尾彰一所長の講演や若手研究者のサイエンスカフェなど多くの企画が披露されました。毎年秋の柏キャンパス一般公開は、COVID-19の感染拡大の影響を受けてオンライン実施のみが続いてきましたが、2023年度に4年ぶりのオンサイト開催が実現、続く2024年度も同様にオンサイト開催されました。宇宙線研究所には2024年度の一般公開で、昨年度を上回る1,731人が来場し、YouTube中継に参加してくれたオンライン視聴者を含め、約2,010人に楽しんでいただくことができました。ご来場及びご視聴いただき、誠にありがとうございました。
荻尾彰一所長の講演 !!
「宇宙線研究所とマルチメッセンジャー天文学」
荻尾所長の講演では、チェレンコフ宇宙ガンマ線グループの博士後期課程3年、阿部正太郎さんが、司会を務めました。「わたくし、宇宙線研究所チェレンコフ宇宙ガンマ線グループ、博士課程の阿部正太郎と申します。本日の司会を務めさせていただきます」と、にこやかに挨拶した阿部さんが、講演者の荻尾所長を紹介し、宇宙線研究所のメーンイベントがスタートしました。
荻尾所長は埼玉県上尾市の出身、東京工業大学(現・東京科学大学)で大学・大学院時代を過ごし、同大学助手に就任。その後、大阪市立大学(現・大阪公立大学)の大学院理学研究科の講師、准教授を経て、2013年に教授に就任しました。2022年3月から東京大学宇宙線研究所の教授となり、2022年度から明野観測所長を兼任。2024年4月から宇宙線研究所長に就きました。最高エネルギー宇宙線を探索するテレスコープアレイ実験に参加しており、2018年から2023年まで同実験共同代表、2023年7月に名古屋市で開催された第38回宇宙線国際会議の組織委員長を務めました。
ニュートリノ、暗黒物質、ガンマ線、荷電粒子の宇宙線など
宇宙からのメッセンジャーとして観測し、宇宙のことを詳しく調べる
登壇した荻尾所長はまず、宇宙線研究所がスーパーカミオカンデやKAGRAのある岐阜県飛騨市神岡町や、乗鞍観測所など日本国内だけではなく、アメリカやスペイン、チベット、ボリビアなど海外にも複数の拠点を持つことに触れ、「宇宙線研究所はこれらの拠点にある実験装置を使って、マルチメッセンジャー天文学を展開する研究所です」と紹介しました。マルチメッセンジャー天文学については、「すばる望遠鏡などを使って光で観測するだけではなく、ニュートリノ、暗黒物質、ガンマ線、荷電粒子の宇宙線などさまざまな宇宙からの放射をメッセンジャーとして同時に観測し、より詳しく宇宙について研究することです」と説明しました。マルチメッセンジャー天文学が実現した例としては、1987年にニュートリノ(カミオカンデ)と可視光(アングロ・オーストラリア天文台)の観測でとらえた超新星爆発、さらに2017年に連星中性子合体からの重力波(米国LIGO)とともに可視光(すばる望遠鏡)やX線、ガンマ線(ガンマ線衛星Fermi)、赤外線なども一緒に検出し、鉄より重い重元素合成の証拠とされるキロノバが検出された事例の二つを挙げました。
荻尾所長は続いて、専門とする最高エネルギー宇宙線の探索について説明しました。光で宇宙を観測する場合、可視光、電波、X線、ガンマ線で全く宇宙が異なって見えることに触れ、「私たちはさまざまな光で宇宙を多角的に見ることでも研究を進歩させてきました。宇宙線は最も宇宙で高エネルギーの放射であり、どこまでエネルギーの高いものがあるのか、どこで作られたのか、その仕組みなどは全てなぞのままです」。なぞを具体的に説明するために挙げたのが、「エネルギーの大きさ」「到来頻度」「どう捉えるか」「発生源」の4項目です。
「エネルギーの大きさ」については、これまでに観測された宇宙線の最高エネルギーが3×1020 eVであるとし、可視光のエネルギー(約1 eV)と比較すると、その1020倍と、途方もなく大きく、また「到来頻度」が1平方キロメートルあたり100年に1個と極端に低く、琵琶湖のような面積の検出器があって初めて年間10個程度観測できるとしました。「どう捉えるか」については、米国ユタ州の砂漠で展開中のテレスコープアレイ実験を紹介。約700平方キロメートルの砂漠に1.5キロ間隔に約500台の地表粒子検出器を設置し、同時に周囲の3カ所に大気蛍光望遠鏡を設置するハイブリッド観測を行っていることを、機器の設置の様子をたくさんの写真や映像で示しながら丁寧に説明しました。
その発生源が未だなぞの最高エネルギー宇宙線
マルチメッセンジャー天文学により、なぞを解き明かす取り組み
4つ目のなぞである「発生源」については、テレスコープアレイ実験の運用史上最大エネルギーの宇宙線(2021年5月27日に観測。宇宙線のエネルギーは2.44×1020 eV)を例に挙げ、「粒子の種類を仮定してシミュレーションしても、近所にある天体からは来ていないことがわかりました。つまり、対応する天体はあまり良い候補があまりなく、他の波長による観測で調べられている、活動的な天体の候補の天球図と見比べてみても候補になる天体が見当たりませんでした。天体起源でないかも知れない、という人もいます」と荻尾所長。
「発生源はなぞなんですね。そこでマルチメッセンジャー天文学の登場です。宇宙線以外のいろんなものの情報を捉えて見つけましょうということです」
宇宙線研究所が、さまざまな観測装置をホストしているのに加え、観測的宇宙論、理論、高エネルギー天体などさまざまなタイプの理論やシミュレーションを用いる研究者が集まっている研究所であることにも触れ、さらに、「マルチメッセンジャー天文学への展開として、宇宙線研究所が観測装置を持たない電波、赤外線、X線などの観測グループとも密接に協力し、宇宙線の起源天体の可能性もあるガンマ線バーストや、超新星爆発、超巨大ブラックホールなどの研究を進めようとしています。これからも宇宙線研究所の研究に注目してください」と結びました。
会場、司会者からの質問に一つ一つ丁寧に回答
「地元の行政との調整など苦労は?」「装置の電力の確保はどうする?」
荻尾所長の講演が終わると、会場の質問を受ける時間に。「テレスコープアレイ実験に興味があります。現地の行政との調整や苦労などエピソードはありますか?」「テレスコープアレイ実験で観測装置の電力はどのように確保していますか?」「ハイパーカミオカンデが完成したあと、スーパーカミオカンデはどのようになりますか?」「ダークマターについて日本ではどのような実験をしているのでしょうか?」「2.4×1020 eVなどのエネルギーはどのように推定していますか?」など、さまざまな質問が出て、荻尾所長は一つ一つ丁寧に回答していました。
その一つ、「テレスコープアレイ実験装置のあるのはアメリカの砂漠ですが、アメリカにとっては守るべき自然であり、土地の管理はとても厳しいです。しかも、州政府と連邦政府の土地が入り組んでいて、別々の手続きが必要になります。地表粒子検出器のあるところは歩き、馬でしか行くことができず、ヘリコプターを使って観測装置を設置した後のメンテナンスは大変で、クルマが止められる道路から修理キットを担いで現地まで何キロも歩いていくこともあります。銃の標的にされることもあり、太陽電池パネルに穴が空いているなんてことも初期の何年間かはありました」と現場の実感を込めてコメントしていました。