宇宙線研究所のチェレンコフ宇宙ガンマ線グループのDaniela Hadasch助教が9月3日、多摩六都科学館と宇宙線研究所が共催するサイエンスカフェで、「高エネルギーガンマ線天文学とは何か」をテーマに英語で講演し、応募した33人(うち16人はオンラインで視聴)が熱心に耳を傾けました。
多摩六都科学館との共催イベントは、同館と宇宙線研究所が2015年に締結した広報・啓発活動に関する相互協定に基づくもので、研究現場で得た知見を広く市民に提供し、科学文化の発展に寄与することなどを目的とし、1年に2回ほど開催しています。2020年度からはCOVID-19の感染拡大を受け、Zoomを使ったオンライン開催に移行しましたが、今回は今年1月に引き続き、多摩六都科学館の科学学習室に参加者の一部を受け入れ、Zoomのオンライン配信も含めたハイブリッド形式で開催。すべて英語によるサイエンスカフェは宇宙線研究所との共催では初の試みで、髙柳雄一館長が司会を務めました。
Hadasch助教はドイツのハーゲンの生まれ。スペインのバルセロナ自治大学でPhDを取得してオーストリアでポスドク生活を送り、2014年にICRRの特任研究員として来日して以来、日本で生活しています。2020年にICRRの助教に昇任し、東京大学の卓越研究員にも選ばれました。宇宙線研究所ではチェレンコフ宇宙ガンマ線グループに所属し、スペイン・カナリア諸島のラパルマ島にあるチェレンコフ望遠鏡MAGIC(Major Atmospheric Gamma Ray Imaging Telescope)とCTA(Cherenkov Telescope Array)の大口径望遠鏡1号基(LST-1)を使った高エネルギーガンマ線の観測と解析を行なっています。
宇宙線とは何か? テニスボールが時速90キロで落ちてくる!?
Hadasch助教はまず、私たちの太陽系を含む銀河系が、広大な宇宙の一部であることに触れた後、とても小さな原子の世界、身近にある放射線、そして宇宙線について説明しました。「放射線は当初、地面からやってくるものと考えられ、ビクトール・ヘスが有名な気球の実験を行いました。放射線が地面から来ているものだとすると、気球で上空に上がり、地面から離れれば、放射線の強度は小さくなりますね。しかし、実際は逆でした。高度を上げるに従い、放射線の強さは増していったのです。これにより、地面から放射線が出ているという仮説は否定され、宇宙から来ていることがわかったのです」。
さらに、宇宙線としてやってくる粒子は、大半が陽子であることや、宇宙線の持つエネルギーが高くなると、地球に到来する数も減る関係にあるとしました。また、銀河系外から来る高エネルギーの宇宙線をテニスボールに例え、「重さ50グラムのテニスボールが時速90キロで走っていると想像してください。宇宙線の持つエネルギーはまさにこれと同じくらいです。ただし、これが粒子ひとつ分のエネルギーに相当します」と分かりやすく説明しました。
また、これだけ高いエネルギーを持つ宇宙線は人類にとって「危険」だけれども、地球の大気中で空気シャワーとなり、地上に来る頃にはたくさんのエネルギーの低い粒子になってしまうため、人体には無害であること。また、高エネルギー宇宙ガンマ線を研究する理由について、「空を見渡しても宇宙線が星空のように像を結ばないのは、宇宙線が電荷を帯びているため、宇宙空間の磁場によって曲げられ、地球に来る頃には方向を失っているからです。ガンマ線は電荷を持たず、真っ直ぐに地球に到来します。宇宙線もガンマ線と同じ場所で生まれると考えられるので、ガンマ線を観測すれば宇宙線を出している天体の方角を知ることができ、だからこそ私たちはガンマ線を研究しているのです」と語りました。
ガンマ線は可視光を含む電磁波の一種であり、波長が短くエネルギーが大きいことに触れた上で、銀河系をこれらのさまざまな波長で見ると全く異なって見えることを合成写真を使って示し、マルチメッセンジャー天文学の重要性を示唆しました。さらに、ガンマ線で見える天体の例として、有名なかに星雲や遠く離れた活動銀河核を取り上げ、「かに星雲の事例は、さまざまな波長域での観測が重要であることを知るためには良い例です。つまり、眼にみえる光だけを見ているだけでは、その物体の本質を理解することはできません。全てのエネルギー領域での観測が不可欠です」と説明しました。
地上からガンマ線を観測する方法
ガンマ線を含む高エネルギー宇宙線は、地球の大気にぶつかると空気シャワーを作りますが、その際、チェレンコフ光と呼ばれる青く微かな光を出します。Hadasch助教は「電子や陽子、ガンマ線などの粒子は、空気や水など媒質の中では光より速く進みます。この速さの違いにより、剥ぎ取られた光が後から青く微かなチェレンコフ光となって瞬間的に地上に降り注ぎます。地上にあるチェレンコフ望遠鏡はこの現象を、高性能のカメラでとらえ、記録します」とし、その仕組みを水鳥が水面に作る波紋や超音速ジェット機が衝撃波を出す写真や、さまざまな宇宙線が描くチェレンコフ光のシミュレーション映像などを示しつつ解説しました。
チェレンコフ光は星の明るさと同じように暗く、太陽が完全に沈んだ夜間しか観測できません。このチェレンコフ光を観測する技術はとてもレベルが高く、そして高価といいます。また、わずかな雲や遠くの街明かりも「光害」となってしまうため、観測に向いた場所も多いとはいえず、現在チェレンコフ望遠鏡は、米国のVERITAS、南アフリカのHESS-II、そしてHadasch助教が研究の拠点としているスペイン・カナリア諸島ラパルマ島にあるMAGICの3カ所しかありません。
ラパルマ島では1988年、法律によって一般的な街灯は禁止され、天文観測に影響を与えない特殊なオレンジ色の街灯を下向きに照らすことが義務付けられたことを紹介し、「ラパルマは天体観測に配慮して空の環境が守られていて、他にも多くの天体望遠鏡が立地しています」とHadasch助教。
ラパルマに立地するチェレンコフ望遠鏡
2003年から観測を開始したMAGICの観測小屋の内部や、次世代のチェレンコフ望遠鏡CTAの大口径望遠鏡LST(Large-Sized Telescope)の完成記念式典、さらに将来計画の南半球サイトを含めたCTAの全ての望遠鏡をおさめたモンタージュ写真などを紹介。「ラパルマの北半球サイトからは広大な宇宙を、チリの南半球サイトからは私たちの銀河系を観測することが可能で、LSTと同じく大きなものから小さなものまでたくさんの望遠鏡を建設する計画です。ICRRをはじめとする日本グループは、1基に300以上搭載されるLSTの鏡や高性能カメラを製作し、ラパルマに運搬する役割を担う予定です」。
さらに、ラパルマのLSTが夕方から明け方まで連続して観測するようすをタイムラプスで、資材を大型トレーラーで山頂まで運び、直径23メートルの望遠鏡を組み立てるようすを映像で紹介しながら、「夜になるとLST-1は回転し、ガンマ線の観測対象を探しながら観測を続けます。人工的な光がないと天の川はとても明るく、外を歩くと自分の影ができるほどです。ラパルマではいま、LST-1に続く3基のLSTを山頂に建設中で、多くの技術者が参加しています」などと解説しました。
身の回りの宇宙線を可視化するスパーク・チェンバー
Hadasch助教は身近な宇宙線の話題に戻り、「ガンマ線ではありませんが、宇宙線はこの科学館でも観察することができます」とし、宇宙線研究所や多摩六都科学館の展示スペースにもあるスパーク・チェンバーの仕組みを説明したうえで、会場の参加者とともに展示室へ移動しました。
スパーク・チェンバー(展示物名:宇宙線観測)の前にやってきたHadasch助教は、「宇宙線は私たちの身の回りの至るところにあります。この容器の中にはヘリウムが満たされていて、宇宙線が通るとその道筋に沿ってヘリウムの原子が電離します。上部と下部にあるプラスチックシンチレーターがほぼ同時に宇宙線を観測した瞬間に、高い電圧をかけるトリガーが仕掛けられていて、この電離したヘリウムの原子に沿って火花が飛び、私たちの目に見えるようになります」と説明。参加者たちは交代で前に進んでスパーク・チェンバーの中をのぞき込み、効果音を立てて間断なくスパークが飛び、宇宙線の軌跡が光る様子を観察していました。
多くの質問に丁寧に回答
講演とスパークチェンバーの視察が終わると、質問の時間となり、会場の参加者から「ガンマ線が大気の中で作るチェレンコフ光を観測するということですが、大気汚染によって悪影響を受けることはないのでしょうか?」「ガンマ線のチェレンコフ光放射はとても短い時間しか観測できないということですが、どんな時計で使って観測をしていますか?」「宇宙からのガンマ線は昼間も来ているはずですが、夜間だけ観測するのはなぜでしょうか?」「人工衛星で観測せずに地上に望遠鏡を作るのはなぜでしょうか?」という質問が出て、Hadasch助教は一つずつ丁寧に回答していました。
関連するLINKやWebニュースなど
・東京大学宇宙線研究所 チェレンコフ宇宙ガンマ線グループのページ
・2023年6月23日 【トピックス】文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞した手嶋名誉教授が記念講演 「大口径チェレンコフ望遠鏡の開発とガンマ線天文学の研究」
・2023年2月4日 【プレスリリース】巨大望遠鏡で狙う暗黒物質からの”光”—天の川銀河中心観測で解き明かす宇宙暗黒物質の起源と正体
・2019年11月21日 【プレスリリース】地上のチェレンコフ望遠鏡がガンマ線バーストの信号を初観測 〜誕生直後のブラックホールから過去最高エネルギーのTeVガンマ線放射を確認〜
・2018年10月11日 【プレスリリース】チェレンコフ・テレスコープ・アレイ(CTA)大口径望遠鏡1号基 完成記念式典を開催後、試験運転を開始