文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞した手嶋名誉教授が記念講演 「大口径チェレンコフ望遠鏡の開発とガンマ線天文学の研究」

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手嶋名誉教授「皆さんのサポートがあっていただけた賞です」と感謝

記念講演を行う手嶋名誉教授

 手嶋名誉教授は「梶田元所長、中畑所長をはじめ皆さんのサポートがあっていただけた賞だと思っています。大変ありがとうございました」と挨拶すると、祝辞を述べた木舟名誉教授と同様に、高エネルギーガンマ線天文学の歴史を振り返るところから口火を切りました。高エネルギーガンマ線天文学は、ガンマ線による空気シャワーから出されるチェレンコフ光を地上の望遠鏡で撮像するというMichel Hillas氏のアイデア(1985年)からスタートし、第1世代が米国アリゾナに設置されて、1989年にかに星雲からのガンマ線を捉えたWipple望遠鏡、第2世代がCANGAROO-3やMAGIC、HESS、VERITAS、第3世代が現在のCTAであるとし、「ガンマ線が大気にぶつかってカスケードシャワーとなる時に出されるチェレンコフ光が、地表では直径250-300メートルに広がります。これを複数台のチェレンコフ望遠鏡でステレオ観測して捉えるため、大変効率が良いのです」と、その特徴を説明しました。

 手嶋名誉教授によると、東京大学など日本の研究者が、チェレンコフ望遠鏡でガンマ線観測に乗り出したのは1987年、大マゼラン雲で起きた超新星爆発SN1987aがきっかけでした。SN1987aからのニュートリノが、天体起源のニュートリノとして世界で初めてカミオカンデで観測された直後、同じ天体を起源とする高エネルギーガンマ線の地球への到来が1年後にピークを迎えるとの理論予測が発表され、手嶋名誉教授らは「自分たちの番が来た」といきり立ちます。「カミオカンデの成果に刺激を受け、二匹目のドジョウを狙おうと。木舟先生は『そんなことをしてもダメだよ』と最初は話していたのですが、チェレンコフ望遠鏡を持って行ったらどうでしょうと言うと、『それはいいね』と言うことになりました」。

30年余りに及ぶチェレンコフ望遠鏡の歴史
ニュージーランドでJANZOS実験「SN1987aからガンマ線の信号が見えた!?」

 手嶋名誉教授らはニュージーランドに日本から直径1.5メートルのチェレンコフ望遠鏡3台を持ち込んでJANZOS実験を決行。「これかな」と思われる信号を観測し、Astrophysical Journal誌に論文を掲載したものの、「エネルギーが高過ぎる問題などがあり、『何だかよくわからない結果だね』と言われ、全く評価されませんでした。しかし、今の理論を持ってすればバッチリ説明がついたのではないかと」と、悔しかった胸の内を明かしました。

 1995年には、大型の科研費を獲得し、米国ユタ州にチェレンコフ望遠鏡7台を設置して高エネルギーガンマ線のステレオ観測を行い、Mrk501から綺麗な信号を捉えました。間違えて作成した同じOHPスライドを重ねて見る偶然から、ガンマ線信号に周期性も見つかるなど順調に思えましたが、直後に米軍の巡航ミサイルによる誤爆に遭い、実験が終わってしまったといいます。「望遠鏡を設置したのはDugway Proving Groundと言う名前の場所でしたが、米軍の兵器を試験する場所という意味でした。ユタ大学の先生から米国の中で一番安全なところと聞いていましたが、一番危険なところだったのかも知れません」と振り返りました。

ドイツにわたりMAGIC-IIをデザイン 2基のステレオ観測で感度を5倍に

 日本チーム(木舟名誉教授など)はオーストラリアでCANGAROO実験を始めましたが、手嶋名誉教授は2003年から宇宙線研究所を離れて、独国ミュンヘンに本部があるマックスプランク物理学研究所へ。カナリア諸島ラパルマ島に建設中だったMAGICプロジェクトに参加するためで、当時はナミビアのHESS、米国のVERITASも加え、2000年代にチェレンコフ望遠鏡はCANGAROOを含めた4強時代を迎えていたといいます。

 MAGICプロジェクトに参加した手嶋名誉教授は、宇宙線とガンマ線の信号を効率よく切り分けることができるというステレオ観測のため、2台目の望遠鏡を作ることを提案。ニュー・テレスコープ・コーディネータに任命され、MAGIC-IIのデザインを進めるとともに、センサーやエレクトロニクスの開発も行い、「2台の望遠鏡が動き出した2013年には、観測の感度は一気に5倍に跳ね上がりました」。一方で、低いエネルギー領域のガンマ線まで感度を持ち、銀河系外の天体のガンマ線を捉えようという取り組みが始まり、「マックスプランク核物理学研究所(ハイデルベルグ)のWerner HofmannがやっていたHESSでは、MAGICより大きな口径28メートルの望遠鏡を作るなど、まさに仁義なき戦いをやっていました」と語りました。MAGICとHESSの取り組みを統合し、日本や欧州の研究者が中心となってスタートさせたのが、究極的なチェレンコフ望遠鏡プロジェクトCTAです。手嶋名誉教授はすでに2000年代半ばにCTAの構想を描き、マックスプランク協会などが中心になって組織作りを進めてきました。

究極的なチェレンコフ望遠鏡プロジェクトCTAを構想し、LSTの開発リーダーに

 CTAプロジェクトは、大口径、中口径、小口径からなるチェレンコフ望遠鏡のアレイを北半球はラパルマ、南半球はパラナル(チリ)に建設することで、従来の10倍の感度を達成し、宇宙線の起源や暗黒物質の探索、さらにガンマ線バーストの正体を探ることなどを目的に計画され、現在28カ国1000人以上の研究者が参加しています。手嶋名誉教授は、自らが描いた構想を実現させるだけではなく、低いエネルギー領域まで感度を持ち、より遠くの天体からのガンマ線を捉えられる大口径望遠鏡(LST)のリーダーとして、その開発・設計・建設を日本など11カ国で進めてきました。手嶋名誉教授は2018年10月にラパルマに完成し、2020年1月から観測運転を開始したLST-1(プロトタイプ)について、「解像度がとてもよく、ミューオンリングが非常にシャープに見えています。特に遠方にある活動銀河核(AGN)からのガンマ線や、銀河中心にあるとされる暗黒物質の探索を進め、今後10年以内にはけりをつけたいと考えています」と語り、さらに詳しい説明を加えました。

 LST-1に隣接した土地に建設することが決まっていたLST-2からLST-4までの3基については、建設がいよいよ始まり、2025年末には完成する予定となったことに触れ、「3-4年も待ちましたが、ようやく昨年9月に建設の許可が下りました。梶田前所長をだいぶお待たせしてしまいましたが、非常にめでたいお話です。すでに日本で作成した機材も輸送して現地に置いてあり、建設は順調に進んでいます」と語りました。

LST2号基から4号基の基礎工事の様子

“キング・オブ・ハイライト”はMAGICが観測したガンマ線バーストGRB190114C
「今後はLSTで銀河中心の観測とダークマターハローの探索に集中

 これまでのガンマ線観測の歴史の中では、MAGICが2019年1月、地上の望遠鏡としては初めてガンマ線バーストGRB190114Cの観測に成功したことが「キング・オブ・ハイライトだった」とし、「本当に素晴らしい結果が得られました。ガンマ線のスペクトルが他の望遠鏡で観測したX線とパラレルに観測されていて、これらの起源は恐らく同じです。スペクトルの二つの山は、シンクロトロン放射と逆コンプトン散乱によるSCモデルで綺麗に説明できます」。また、2017年9月に南極のIceCubeが300TeVという高エネルギーニュートリノを天体TXS0506の方向から観測したことを受け、MAGICをその起源とされる天体に向けて観測を続けていると、10日後にガンマ線のフレアを観測できたとし、「この組み合わせが重要で、ニュートリノに関連して同じ天体から来ているガンマ線がフレアを起こしていると推定でき、ハドロニックな素粒子を加速しているのではないかと考えられます。これは将来のマルチメッセンジャー天文学を考える上で大変重要なイベントです」と話しました。

 今後は銀河中心やそこにあるダークマターハローの探索に集中していくとし、「LSTが一番感度の高い観測装置になるのではないかと考えています」。最後に「宇宙線研究所からは非常に大きなサポートを得ることができ、感謝しています。今後もぜひサポートをお願いしたいです」と結びました。

LSTによるダークマターハローの探索について力説する手嶋名誉教授