東京大学、京都大学、東海大学、ドイツ・マックスプランク物理学研究所 (MPP) などの国際共同研究チームは、カナリア諸島ラパルマ島のチェレンコフ望遠鏡MAGICを用い、300 GeV (ギガ電子ボルト) 以上の高エネルギーを持つガンマ線の光子を10秒間に200-300個という高頻度で観測しました。他の光学望遠鏡の観測結果から、この高エネルギーガンマ線は、45億光年 (赤方偏移0.42) 離れた天体から放出されたもので、太陽質量の100倍程度の大質量星が燃え尽きて重力崩壊し、ブラックホールになる際、対極2方向に出たプラズマのジェットから生成されたガンマ線バーストであると見られています。
地上のチェレンコフ望遠鏡が、ガンマ線バーストからの信号を、高い信頼度で観測したのは初めてです。観測された最高エネルギーは過去最高の1 TeV まで伸びており、ガンマ線の発生機構にシンクロトロン放射以外のメカニズムがあることを初めて明確にしました。本成果は11月21日更新された英科学誌Natureの電子版に掲載されています。
【発表者】
梶田 隆章(東京大学宇宙線研究所 所長)
手嶋 政廣(東京大学宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門 教授)
野田 浩司(東京大学宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門 准教授)
浅野 勝晃(東京大学宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門 准教授)
窪 秀利(京都大学理学研究科 准教授、東京大学宇宙線研究所 客員准教授)
井上 進(理化学研究所 数理創造プログラム 研究員、東京大学宇宙線研究所共同研究員)
Federico Ferrini (Cherenkov Telescope Array 天文台 台長 教授)
【発表のポイント】
◆ スペイン・カナリア諸島ラパルマ島のMAGICが、地上のチェレンコフ望遠鏡としては初めて、ガンマ線バーストからの信号を観測することに成功しました。
◆ そのエネルギーは、ガンマ線バーストでは過去最高の1 TeVまで達しており、ガンマ線の発生機構にシンクロトロン放射以外のメカニズムがあることを初めて明確にしました。
◆ 光学望遠鏡による観測により、45億年前の恒星(太陽質量の数十倍以上の大質量星)が重力崩壊し、ブラックホールが生成される際に放出されたものと推定しました。
【発表の概要】
東京大学、京都大学、東海大学、ドイツ・マックスプランク物理学研究所 (MPP) などの国際共同研究チームは2019年1月14日、NASAのX線観測衛星Swiftやガンマ線観測衛星Fermiからの緊急連絡 (アラート) を受け、カナリア諸島ラパルマ島のチェレンコフ望遠鏡MAGIC (注1) で観測を開始しました。その結果、300 GeV (ギガ電子ボルト、注2) 以上の高エネルギーを持つガンマ線の光子を10秒間に200-300個という高頻度で観測し、その最高エネルギーは1 TeV まで伸びていました。
他の光学望遠鏡の観測結果から、この高エネルギーガンマ線は、45億光年 (赤方偏移0.42) 離れた天体から放出されたもので、太陽質量の100倍程度の大質量星が燃え尽きて重力崩壊し、ブラックホールになる際、対極2方向に出たプラズマのジェットから生成されたガンマ線バースト (注3) であると見られています。
ブラックホールの生成に伴うガンマ線バーストは、アインシュタインの一般相対性理論により大量のエネルギー放射、さらにはジェットの形成に伴い高エネルギーガンマ線の放出が予測されていますが、これまでは95GeV (注4) が最高でした。最高エネルギーがおよそ10倍にあたる1 TeVまで伸びているという事実は、シンクロトロン放射 (注5) を越えるガンマ線の発生メカニズムの存在を明確に示しています。
MAGICのような宇宙からのガンマ線を地表で捉えるチェレンコフ望遠鏡は、より広い視野で高エネルギーのガンマ線天体を探索し、宇宙の高エネルギー現象を解き明かすため、2003年10月に建設されましたが、ガンマ線バーストからの信号を捉えることに成功したのは今回が初めてです。ガンマ線天文学の分野では、宇宙のより激しい現象を明らかにしようと、北半球と南半球に100基以上のアレイを展開するCTA計画 (注6) が進んでいますが、その意義を改めて裏付ける成果と言えます。
本成果を記した論文は、グリニッジ標準時 (GMT) の11月20日18時 (日本時間の21日午前3時) に英科学誌Nature電子版に掲載されました。
【発表内容】
① 研究の背景・先行研究における問題点
可視光の千億倍のエネルギーを持つ高エネルギーガンマ線の観測の歴史は今年で30年となります。1989年に、米国ウイップル天文台の10㍍口径チェレンコフ望遠鏡によるカニ星雲からの高エネルギーガンマ線観測からはじまり、その後、観測は銀河内の超新星残骸、パルサー星雲、また、超巨大ブラックホールを中心に有する活動銀河などに拡がっていきました。現在では200を超える高エネルギーガンマ線天体が観測されています。
しかし、1日に1度程度、突発的に現れる宇宙最大の爆発現象といわれるガンマ線バースト現象は、X線衛星、ガンマ線衛星で測定されているものの、高エネルギーガンマ線の帯域では今まで観測されたことはありませんでした。ガンマ線バーストは宇宙のどこかで、突発的に現れる宇宙最大の爆発現象であり、エネルギー放射が1秒程度から数分間しか継続しません。このため視野の限られた光学望遠鏡、チェレンコフ望遠鏡では観測がきわめて困難です。
ガンマ線バーストは、中性子星やブラックホールのようなコンパクトな天体同士の合体、または大質量星の重力崩壊に伴って大量のエネルギー放射が発生する現象と考えられています。しかし、その多くは未だ謎につつまれています。
MAGIC により史上初めて観測されたガンマ線バーストGRB 190114Cからのガンマ線放射は可視光のエネルギーの1兆倍(1テラ電子ボルト)といえる極めて高いエネルギーにまで達していることがわかりました。このガンマ線バーストに伴い、宇宙線粒子がガンマ線バーストのジェットの中で高いエネルギーまで加速されていることがわかります。
② 研究内容
世界時2019年1月14日20時57分03秒に Swift X線衛星、Fermi ガンマ線衛星はGRB 190114Cからの強いX線放射をうけ、その22秒後にはMAGICを含む世界中の観測施設に、発生源の位置情報を伴ったアラートを送り出しました。MAGIC望遠鏡はこのアラートを受け、その40秒後にはこのGRBを望遠鏡視野中心に捕捉し観測を開始しました。
300 GeVを超える高エネルギー帯域で、宇宙で最も明るく標準光源とされるカニ星雲の100倍近い明るさで輝いていたことがわかりました。この強烈な放射は40分ほど続きましたが、放射強度は時間のべき則で急速に減衰しました。その時間的減衰はX線のそれとほぼ同様な様相をしめしています。観測開始から最初の20分間におよそ1000個の高エネルギーガンマ線信号を観測しました。また、観測されたガンマ線のエネルギー分布は1 TeV(可視光の1兆倍)まで延びており、またエネルギー限界があるようには見えず、さらに高いエネルギーまで伸びていることを示唆しています。MAGICの観測したこの放射は、より低いエネルギーのガンマ線、X線の放射メカニズム(シンクロトロン放射)では説明できず、そこに新しい成分が存在することをはっきりと示しています。
このMAGICの観測は、地上のチェレンコフガンマ線望遠鏡によりガンマ線バーストからの高エネルギーガンマ線の信号を高い信頼度で捉えた史上初めての観測であり、ガンマ線バースト現象の理解を大きく深めるものです。
③ 社会的意義・今後の予定
今回の観測は、過去15年間のMAGIC望遠鏡の安定な維持運転、また多くのアップグレードにより装置の高感度化を図った成果です。今回のガンマ線バーストは特異なものではなく、ごく一般的なガンマ線バーストであり、多くのガンマ線バーストで同様の高エネルギーガンマ線の放射が伴っていることが予測されます。唯一の特異性は、45億光年というガンマ線バーストとしては近傍の現象であったことです。現在、2基のMAGIC望遠鏡と同じ観測所に、さらに高性能の23㍍口径のチェレンコフ望遠鏡(CTA-LST)を4基建設しており、これらの望遠鏡が稼働を開始すれば、一桁高い感度でより多くの高エネルギーガンマ線天体、そしてガンマ線バーストを観測することができます。年間数例のガンマ線バーストが観測され、より詳細なデータからガンマ線バーストのサイエンスが大きく進展すると期待されます。また、重力波を放出する中性子星、ブラックホールの合体現象、超高エネルギーニュートリノとの同時観測によるマルチメッセンジャー天文学の大きな躍進が期待されます。
【発表雑誌】
雑誌名:Nature
論文タイトル:”Teraelectronvolt emission from the γ-ray burst GRB 190114C”
著者: V. A. Acciari, S. Fukami, D. Hadasch, T. Inada, S. Inoue*, Y. Iwamura, H. Kubo, J. Kushida, D.Mazin, K. Nishijima, K. Noda*, S. Nozaki, D. Paneque, T. Saito, S. Sakurai, M. Takahashi, M. Teshima, S. Tsujimoto, I. Vovk et al. (MAGIC Collaboration)
(*印はCorresponding author / 責任著者)
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41586-019-1750-x
【用語解説】
(注1) MAGIC
スペイン・カナリア諸島ラパルマ島の山頂のロケ・デ・ロス・ムチャチョス天文台にある2基の17㍍口径のチェレンコフ望遠鏡 (標高2200㍍) で、2004年から運転を開始した。ガンマ線が大気中で作る空気シャワーから出るチェレンコフ光を撮像し、50 GeVから50 TeV以上のガンマ線を観測できるように設計されており、12カ国・280人の国際共同研究チームにより運営されている。
(注2) 電子ボルト(eV)
エネルギーの単位。1電子ボルトは1個の電子が1ボルトの電位差で加速されるときのエネルギー。電磁波のエネルギーでは、可視光〜数eV、X線〜keV、ガンマ線〜100 keV以上に相当する。1 GeV = 109 eV、1 TeV = 1012 eV
(注3) ガンマ線バースト
宇宙で最も激しい爆発のこと。重い恒星が最期に超新星爆発を起こし、重力崩壊する際、または中性子星やブラックホール同士の合体に伴って起こり、ほんの数秒間に、太陽が一生かけて放出するのに相当するエネルギーを放出する。最初の即時放射には放出される光子の大半が含まれ、続いて残光が放たれる。即時放射にはガンマ線とともにX線が含まれ、残光にはさまざまな波長の光 (電波、赤外線、可視光、紫外線、X線、ガンマ線) が含まれる。このうち可視光は、爆発の起きた天体までの距離を決めるために使われ、全てのガンマ線バーストが天の川銀河からはるかかなたの銀河で起きていることが分かっている。爆発は突然起きるため、いつどこで起きるか予測することは困難で、広い視野を持つシステムのみが観測可能となる。
(注4) 95 GeV
Fermiガンマ線宇宙望遠鏡による2013年4月27日の観測(GRB 130427A)。バースト発生の約4分後に95 GeVのガンマ線を検出し、当時のガンマ線バースト放射の最高エネルギー記録を更新した。また約9時間後にも32 GeVのガンマ線が検出された。これらは、標準的なシンクロトロン放射で説明することも可能であった。
(注5) シンクロトロン放射
高エネルギーの電子が、磁場の中で円運動または螺旋運動をするとき、軌道中心方向の加速度を受けて電磁波を放射する現象のこと。これまでのガンマ線バーストの残光は、GeV領域までのエネルギーを持つことから、外部からの衝撃で高いエネルギーまで加速された電子から放出されるシンクロトロン放射と考えられてきた。
(注6) CTA計画
超高エネルギーのガンマ線天体を観測する次世代望遠鏡「チェレンコフ・テレスコープ・アレイ」プロジェクト。スペイン・カナリア諸島ラパルマ島の北半球サイト、チリ・パラナルの南半球サイトに、大口径望遠鏡(口径23㍍) 8基、中口径望遠鏡(同12㍍)40基、小口径望遠鏡(同4㍍) 70基の計118基を建設し、31カ国・1400人の国際共同研究により運営する。望遠鏡の感度を10倍に向上させることで、観測可能なエネルギー領域を20GeV-300TeV に拡大し、宇宙誕生後16億年の若い宇宙の姿を探索。1000個を超える超高エネルギーガンマ線天体を発見することで、宇宙線の起源と生成機構の解明、ブラッックホール、中性子星近くの物理現象の解明などに役立てるほか、質量がTeVの領域にあると予測されるダークマターの発見にも大きな役割を果たすと期待されている。