【実施レポート】春の合同一般講演会に約660人が参加・視聴 ICRRの瀧田正人教授、Kavli IPMUの武田伸一郎特任助教が登壇

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 宇宙線研究所(ICRR)とカブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)が主催する春の合同一般講演会(柏市教育委員会共催、柏市後援)が4月22日、柏市の柏の葉カンファレスセンターで開催され、YouTube中継とアーカイブ配信も含め約660人が、2人の講演やクロストークに耳を傾けました。

 合同一般講演会は、研究成果を地元の皆様に知ってもらおうと、宇宙線研究所が柏キャンパスに移転した2000年ごろから毎年開かれてきました。2009年度からは、Kavli IPMUと合同の一般講演会に模様替えし、年2回のペースで開催し、今回が28回目となります。春の講演会は宇宙線研究所の企画で、柏市内で開催してきましたが、2020年からはCOVID-19の感染拡大を受け、YouTubeだけの開催となりました。しかし、2021年春には3年ぶりにアミュゼ柏でのハイブリッド開催が実現。柏の葉カンファレスセンターに場所を移して迎えた2022年春の今回も、感染拡大防止のために会場の定員を250人程度に減らし、YouTube中継及びアーカイブ配信を加えたハイブリッド開催としました。

 今回のテーマは「ガンマ線で観る / 天文学と医学」で、宇宙線研究所の瀧田正人副所長(教授)が「チベットの高原から見る宇宙:最高エネルギーガンマ線天文学の開拓」、Kavli IPMUの武田伸一郎特任助教が「ガンマ線撮像装置開発の旅」と題し、それぞれ講演。引き続いて2人の対談と、会場やオンラインからの質疑応答も行われました。

中畑所長「宇宙や生命の不思議さに触れ、楽しんで・・・」

冒頭にあいさつする宇宙線研究所の中畑雅行所長

 最初に登場した中畑雅行所長は「今年は三井不動産の特別協力を頂き、柏の葉カンファレスセンターのワンフロア全てを使って実施できることになり、ソーシャルディスタンスを考慮しても定員を260人まで増やすことができました。おかげさまでオンサイトでの視聴を希望された方は全て、受け入れることができました。本日のテーマである高エネルギーガンマ線天文学による宇宙線の起源の探索、さらに硬X線・ガンマ線の撮像技術を活かしたがん研究などは、ともにガンマ線がキーワードとなっていますが、宇宙や生命の神秘に迫るたいへん重要な研究テーマです。講演をじっくり聞いていただき、宇宙や生命の不思議さに触れ、そして楽しんでください」とあいさつしました。

Talk 1 宇宙線研究所・瀧田正人教授
「チベットの高原から見る宇宙:最高エネルギーガンマ線天文学の開拓

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宇宙線の雑音を100万分の1に落とし、ガンマ線の信号を探索

柏の葉カンファレスセンターで講演を行う宇宙線研究所の瀧田正人教授

 瀧田教授はまず、長さやエネルギーの単位、物理学の専門用語について身近な具体例を示しながら丁寧に説明したうえで、「これから説明する研究成果は、中国のチベット自治区でやっているチベットASγ実験グループのものです。これは33機関・121人が参加する日本と中国の実験グループで、可視光のおよそ100兆から1000兆倍(1014〜1015電子ボルト)のエネルギーを持つ超高エネルギーガンマ線を観測の対象にしています」と、自らが所属する実験グループを紹介しました。

 宇宙線は宇宙からやってくる放射線で、オーストリアの物理学者ヴィクトール・ヘスが1912年、気球による実験で初めて発見したことに触れ、「現在ではヘスが見つけた宇宙線は、陽子などの原子核であることがわかっています。これらは超新星爆発の残骸などが起源ではないかという通説がありますが、発見から100年以上も経つのに、これらがどこで加速されたものなのかはわかっていません」と、宇宙線の起源が未だ謎であるとしました。これは、電荷を持つ宇宙線は宇宙空間の銀河磁場の影響で方向を曲げられ、地球にやってくる頃には元の方向がわからなくなっているためです。一方で、宇宙線はエネルギーが高くなるほど到来の頻度が減り、4PeVのところで頻度の急減少が見つかっています。瀧田教授は「4PeVより低いエネルギーの宇宙線は銀河系内、高いエネルギーの宇宙線は銀河系外に起源を持つと推測されています。これが本当だとすると、私たちの銀河系には宇宙線を最高で1014eV(1PeV)のエネルギーまで加速できる天体『ペバトロン』が存在するはずです」。しかし、宇宙にある加速器ペバトロンの正体については、「超新星残骸や活動銀河核などの可能性が高いものの、その証拠は見つかっていませんでした」と解説しました。

宇宙の加速器ペバトロン発見のためガンマ線の空気シャワーに注目 

 これらの謎を解く鍵として、この研究グループが目をつけたのが、電荷を持たずに宇宙空間を真っ直ぐに進むガンマ線です。瀧田教授は「宇宙線は星間物質と衝突してガンマ線を出すので、一桁低いエネルギーのガンマ線を見つければペバトロンが存在する証拠が得られる可能性があります。ただ、観測装置の面積がチベット実験のように10万平方㍍あっても年間数十個しか到来しない頻度の低さで、宇宙から観測することはほとんど不可能です。しかも、ガンマ線以外の宇宙線の数が圧倒的に多く、これらが雑音となるため、これを選別してガンマ線だけの信号を取り出す必要がありました」と振り返りました。

  宇宙線もガンマ線も大気の分子と衝突して壊れ、たくさんの粒子に枝分かれする空気シャワーとなります。チベットASγ実験では、広い面積に分散させたシンチレーション検出器でこの空気シャワーを捉え、さらに地下に設置したプールで地下水チェレンコフ型ミューオン検出器で、ミューオンの有無を観測します。「ミューオンは透過力が高く、地下まで侵入します。ガンマ線の空気シャワーにはミューオンが少なく、逆に宇宙線の空気シャワーは多いという特徴があるので、ミューオンが少ない空気シャワーを見つければガンマ線の信号だけを見分けられるというわけです。私たちはこの方法で宇宙線の雑音を100万分の1に減らし、藁の中から針を探すようにガンマ線の信号を取り出すことに成功しました」

チベットASγ実験で採用されたハイブリッド観測装置

100TeV超のガンマ線天文学に開いた新たな窓

 この方法により、チベットASγ実験では、かに星雲から100TeVを超えるガンマ線の信号を世界で初めて観測。さらに、銀河面に沿った0.1-1PeVまでの拡散ガンマ線の観測に初めて成功し、ペバトロンが銀河系内に存在した証拠であると検証し、米物理学会誌Physical Review Lettersに論文を掲載、同時に記者会見で報告したことが、ニュースで取り上げられ、大きな話題となりました。瀧田教授は「ただし、ペバトロンが銀河系内のどこにあるのかはわかりません。チベットASγ実験で観測が可能な北天を見渡しても、それらしい元気の良い天体は見あたらないというのが現状です」と語ります。瀧田教授は、宇宙線研究所の木舟正名誉教授が作成した「木舟プロット」の更新版グラフを示しながら、「100TeVを超えるガンマ線天文学はまだ始まったばかりで、まだ観測される天体の数も10数個程度です。この数を増やしていくため、銀河中心を視野に含めた南天の超高エネルギーガンマ線の観測が必要です。現在ボリビアのチャカルタヤ山にALPACA実験の建設を進めており、一部は2023年度から稼働を始めます。ぜひその成果を期待していただきたいです」と結びました。

超高エネルギーガンマ線天文学の始まりを示した木舟プロット(ICRC2021資料より)

Talk 2 Kavli IPMU・武田伸一郎特任助教 「ガンマ線撮像装置開発の旅」

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ガンマ線イメージングの最前線と医学への応用

柏の葉カンファレスセンターで講演するKavli IPMUの武田伸一郎特任助教

 続いて登壇した武田特任助教はまず、ノーベル賞を2回受賞したポーランド生まれの科学者、マリー・キュリー氏を描いた漫画から2コマを引用。キュリー氏が1902年、ピッチブレンド(瀝青ウラン鉱)からガンマ線を出す金属ラジウムを取り出すことに初めて成功した場面を説明した後、自ら購入した実験用のピッチブレンドにガンマ線の検出器を近づけ、「ピー、ピー、ピー」と音が鳴ることを舞台上で実演しました。

武田特任助教らが作成した初めてのコンプトンカメラのプロトタイプ(Takeda et al. 2007)

 武田特任助教は「私の仕事は、ガンマ線のイメージングです。つまり、ガンマ線がどこで光っているのかを知ることです」と話し、ガンマ線を可視化するための仕組みについて説明しました。「ガンマ線は目には見えませんが、医療用のX線撮影の時のように止めることはできます。また、ガンマ線が物質にぶつかると電子と反応して、コンプトン散乱という現象を起こし、弾かれます」と武田特任助教。反跳電子と散乱ガンマ線のエネルギーから入射ガンマ線の角度を求めることが可能で、この性質を利用してJAXA宇宙科学研究所の学生時代の2006-2009年に開発・制作したのが半導体コンプトンカメラでした。このカメラは、独創的な技術で高性能を実現している点が評価され、X線・ガンマ線を観測するNASAの大気球プロジェクトHEFTに硬X線カメラとして採用されました。しかし、カメラを積んだ2008年8月の第二回フライトが、突然の中止。JAXAのX線天文衛星プロジェクトASTRO-H「ひとみ」に採用され、半導体コンプトンカメラの技術を応用した軟ガンマ線検出器(SGD)を搭載して2016年に打ち上げられたものの、すぐに地球と「ひとみ」との通信が途絶し、わずか1ヶ月で運用を断念するという不運にも遭いました。

学生時代に開発した半導体コンプトンカメラ NASAやJAXAのプロジェクトに次々採用

 宇宙観測のプロジェクトが停滞するなか、13年前ほどから細々と取り組み始めたのが、医学への応用と言います。武田特任助教は、2018年にJAXA、Kavli IPMUが設立した「硬X線・ガンマ線イメージング連携拠点」(チームリーダー・高橋忠幸教授)の中心的なプレーヤーとして、生体内のがんを高感度・高解像度で可視化する研究に加え、新しいがんの治療法であるアルファ線核医学治療のためのイメージング装置開発などに着手しました。武田特任助教は、開発した医学技術の早期の実用化を目指し、IMAGINE-Xというベンチャー企業も自ら作ったことにも触れ、「物理の世界では論文を出すことが全てですが、医学の世界では皆さんに使ってもらってナンボなので、そのための会社を作りました。まだ社員は二人しかおらず、大変ですけれど皆さんに助けられ、何とかやって来れています」とコメントしました。

 生体内のがんを高感度・高解像度で可視化する研究は、がんの再発の原因となるがん幹細胞を見えるようにして治療効果を上げようとするものです。武田特任助教は実験の様子をビデオで紹介しながら説明。「がんの幹細胞に集まる分子に、ガンマ線を出すアイソトープをくっ付けたものを作り、体内に投与します。アイソトープががん幹細胞に集まり、解像度の良いガンマ線のイメージング装置で撮像すると、がん幹細胞の場所が画像で読み取れます。マウスを使って実験を行った結果、うまい具合に高解像度の画像を再構成することができました。今後の課題は、がん幹細胞に集まるプローブを作ることです」。アルファ線核医学治療は、ガンマ線の代わりにアルファ線を出すアイソトープ(211At :アスタチンなど)をくっ付けた分子を患者に投与するもので、「アルファ線でがん細胞のDNAの鎖を切断し、がん細胞だけを殺すという夢の技術で、大阪大学で治験が始まっています。この211Atは硬ガンマ線を出すので、イメージングによって体内のどこに抗がん剤が集まっているのかもわかります。あのキュリー夫人もラジウムを使ったがん治療を試みましたが、こちらは抗がん剤をがん細胞まで配達するシステムもあり、格段に進歩しています。キュリー夫人がこれを見たらびっくりすると思います」と語りました。

武田特任助教「キュリー夫人もこれを見たらびっくりすると思います」

 医学への応用についての仕事が忙しくなる日常でも、宇宙観測を諦めたわけではないと言います。「実験物理学の人はそう簡単にはへこたれません。何度でもやり直すのが実験物理学者です」。武田特任助教はIPMUに移った後の2020年、名古屋大学と天体観測用のガンマ線観測装置の開発に着手しました。JAXAの大気球で高度40キロメートルの上空から天体観測を行う計画を進めているところです。さらに、NASAからベンチャー企業のIMAGINE-Xに対し、天体観測装置を発注したいとのオファーがあり、「社員が二人しかいない会社で、医学の仕事もしながら、NASAの仕事で18台も検出器を作るというのはどう考えても無理です。アルバイトの学生を雇い、制作するしかないですが、人材を集めるのにはいつも苦労が絶えません」と経営者の悩みもこぼしました。


武田特任助教の講演に熱心に耳を傾ける参加者たち

Cross Talk (クロストーク) お互いに質問を交換、視聴者からの質問に多く回答

 休憩を挟んで行われたクロストークは、瀧田教授と武田特任助教が質問し合う対談から始まりました。

瀧田教授「今度はガンマ線で宇宙を観るのも面白いかと思って、チベット実験に参加」武田特任助教「予算が最も必要なのは開発。国や民間から資金を調達しながら奮闘」

 最初の質問は「学生時代はどんなことに興味を持っていましたか? 今の研究に繋がったきっかけは?」(瀧田教授)で、武田特任助教は「大学のころは何もしていませんでした。友達と飲みに行って麻雀をやって、夏休みになると旅に出て、雪が降るとスキーに行くという暮らしです。大学院のときに宇宙科学研研究所に行って天体観測用の装置を作り始め、それがずっと現在に繋がっています。天体観測は私のテーマなのですが、それを医学に応用することを応援してくれる方がいて本当に助かります」と答えました。また、逆に同じ質問を返された瀧田教授は「興味の対象は広かったです。大学院の時には小柴昌俊先生という偉い先生が大将のカミオカンデで、ニュートリノの実験をやっていました。2000年ごろにニュートノの成果が得られ、ひと段落したので、もう神岡は卒業でもいいかなと。ニュートリノとガンマは同じ天体から来ることが多いのですね。今度はガンマ線で宇宙を観るのも面白いかなということで、チベット実験に加わることになりました」と語りました。

クロストークで熱く議論を交わす二人の研究者

瀧田教授が、普段の生活サイクルについて尋ねると、武田特任助教は「会社を作ってから2年間のことはよく思い出せないです。7割を装置の開発やデータ解析に使い、残りの2-3割は会社の運営に使っている感じです」と回答。一方、武田特任助教が「私が大学院時代だった2008年、柏キャンパスで瀧田先生の講義を受けたことがあります。あれから何が起きたことを教えてください」と尋ねると、瀧田教授は「サブPeVのガンマ線をターゲットに観測しようと思い立ち、プロトタイプの地下水チェレンコフ型ミューオン観測装置を作ったのが2007年ごろでした。2010-2011年には本格的な観測装置に拡張するため、チベットに出向いて建設会社を探し、2014年に稼働を始め、現在に至ります。かに星雲から100TeVのガンマ線が来ている、銀河面から拡散ガンマ線が来ていると判明したのは、2019-2021年ごろでした。COVID-19の感染拡大でALPACA実験の建設が2年も遅れ、損失だったのですが、逆に論文を書く余裕が生まれ、私たちにとっては悪いことばかりではありませんでした」と話しました。また、瀧田教授が「医学への応用研究にかかる予算の規模は?」と尋ねたのに対し、武田特任助教は「予算が最も必要なのは開発です。医学の場合は、実験、創薬、医師の協力が必要で、みんなで資金を国や民間からも調達しながらやってきました。マウス用のガンマ線イメージング装置は2000万円くらいでしたが、それでも他と比べるとものすごく安く、会社の運営者としてはダメかも。ヒト用の装置は薬機法を全て通す必要があり、ベンチャー企業でできる仕事ではないかも知れません」と語りました。

54件の質問からピックアップして時間の限り回答

 会場の参加者からはいつもと同じく、付箋に質問を記入し、休憩時間にホワイトボードに貼り付ける方法、オンライン視聴中の参加者からはWebアプリのSli.doに質問を書き込む方法を両立し、参加者からの質疑応答に臨みました。会場からは26件ほどの質問が集まり、オンライン視聴者からは28件と計54件が寄せられ、回答する2人がピックアップして回答する形で進めました。

会場から付箋で寄せられた質問を選ぶ

    「チベットとALPACAが合わさることで何がわかるのでしょうか」「がん幹細胞、アルファ線核医学治療の将来実現の肝は?」「研究者として大切にしていることを教えていただきたいです!」「どうやって観測施設の場所を見つけたのか、日本ではできなかったのでしょうか?」「カミオカンデでのニュートリノ観測は結局、実用的にはどういう風に役立っているのですか?」「私も将来、宇宙線に関する仕事をしたいのですが、大人になるまで大学生になるぐらいまで(今は中学2年です)にやっておくべきことはありますか?」「がん幹細胞に結合させるアイソトープから放出するガンマ線によって、他の組織に癌が発生するというリスクはないのでしょうか?」「昔からガンマ線は知られてたはずなのにどうして最近になってガンマ線を利用しようとなったのでしょうか?」「1987年でしたか、マゼラン雲での超新星爆発でニュートリノがカミオカンデで観測された時、ガンマ線や他のエネルギーの宇宙線の増大も観測されましたでしょうか?」「電荷を持つミュー粒子の方が、電荷を持たない光子よりも透過性が高い(後者は地下まで届かないのに、前者は地下まで届く)のは何故ですか?」など様々な質問に、二人は一つ一つ丁寧に回答していました。

講演の後の時間に自由質問

講演会場の外で参加者からの質問に答える瀧田教授(写真上)と武田特任助教(写真下)

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