【イベントレポート】宇宙・素粒子スプリングスクールを4年ぶりに柏キャンパスで開催 大学3年生30人が参加

トピックス

 宇宙・素粒子の分野で大学院への進学を希望する大学3年生のための「宇宙・素粒子スプリングスクール2023」が3月6日から、東京大学柏キャンパスの宇宙線研究所で4年ぶりに開催され、全国から30人が参加しました。

スプリングスクール初日に撮影した参加者及び教員、TAなどの集合写真

 COVID-19の感染拡大を受け、2020年から中止や、オンラインのみの開催が続いてきた宇宙・素粒子スプリングスクールでしたが、今回はメイン会場として広い総合研究棟大会議室を貸し切り、マスク着用などの感染防止を徹底しながら、4年ぶりに柏キャンパスで開催しました。募集には全国から多数の応募が集まり、課題作文などによって選ばれた30人が、六つのプロジェクト研究に分かれ、それぞれの課題に挑みました。プロジェクト研究に選ばれなかった学生にも集中講義やプレゼンテーションのようすをZoomでオンライン配信し、質問も受け付けるという試みも行いました。


 「宇宙ニュートリノ研究」グループは、スーパーカミオカンデ(SK)で使用しているものより小型(直径20センチ)の光電子増倍管2基と、大型バケツなど身近にある材料を使って、ディレイド・コインシデンス反応(逆ベータ崩壊)を探索し、過去の超新星爆発で宇宙空間に放出された超新星背景ニュートリノを検出する試みに挑戦しました。2月中旬にSKのある神岡鉱山の地下坑内に集まった学生たちは、実験装置を全員で組み立て、データの観測を開始しました。柏キャンパスでは7日間にわたって取得された観測データと、LEDによるゲイン較正、アメリシウム/ベリウム線源とシンチレーター(Bi4Ge3O12)を使った検出効率の測定データ等の解析に取り組み、検出効率がSKの約20分の1の1%程度と求められたこと、検出効率を考慮に入れた容器内で捉えられるニュートリノ反応数の期待値から、超新星背景ニュートリノのフラックスに対する上限値を算出しました。検出効率が低い理由については、水槽の大きさが狭過ぎて、反応で生じた中性子やガンマ線が、容器の外に飛び出してしまう可能性にも言及しました。指導にあたった竹田敦准教授は「検出器較正手法の理解に始まって最終的な結果導出、検出効率改善方法の考察等に至るまでを実際に取得したデータを自分達で解析することにより得られたことは貴重な経験になると思います。今回用いたC++言語によるデータ解析プログラムの理解と改訂についても、持ち合わせている知識・経験が全く異なる参加者全員が欠けることなく実践できたところに、一人一人の根気強さと実行力の高さを感じました。」とコメントしました。

宇宙ニュートリノ研究グループで、2月中旬に神岡鉱山の地下で行われた実験装置組み立てのようす

 「重力波天文学」グループは、連星合体に伴う重力波信号を探索するための Matched filter 解析コードを自ら開発し、KAGRAがO3で稼働中だった2020年4月に発生したショートガンマ線バーストGRB200411Aに付随した重力波信号を、KAGRAの観測データを用いて探す試みに挑みました。学生たちは重力波のテンプレート波形と観測データを比較し、重力波信号を見つけるため、テンプレート波形班、PSD(ノイズの大きさ)班、Matched filter班の三つに分かれ、一致具合を確認できるMatched filer S/N比を導き出す解析プログラムを全員で作成。連星の質量などのパラメータを工夫して計算時間を早くする工夫も行い、KAGRAの観測データを解析しましたが、S/N比のピークはいくつか見つかったものの、中性子星になりそうな質量ではなく、連星の質量を変えてもピークの場所は変わらなかったため、「ピークはKAGRAの特性によるもので、GRB200411Aに付随した信号は見られない」との結論を導き出しました。指導にあたった田越秀行教授は「短期間のうちに様々な知識を吸収しながら、重力波データ解析において最も重要なMatched filter法による解析プログラムをゼロから作成することが出来たのは素晴らしい成果だと思います。学生同士やチューターの人たちと活発な議論を重ねている姿も印象的でした。この経験は皆さんの将来に役立つことと思います。」とコメントしました。重力波天文学グループは,スクール開始前の3月初め,内山隆准教授の案内で、KAGRAサイトの見学会を行っています。

教官やTAの指導を受け、解析プログラムの作成を試行錯誤する重力波天文学グループ

 「観測的宇宙論」グループは、最新のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によるCEERS探査で取得された54個の初期銀河の分光観測データを用いて、さまざまな輝線に対して解析を行い、宇宙誕生から10億年までに起きた宇宙再電離のシナリオや、銀河形成のプロセスを探りました。赤方偏移7〜9における銀河からはほとんどLyα輝線が検出できなかったことから、この時代における中性水素によるLyα輝線吸収が強く、宇宙再電離が急激に進んだ可能性を指摘しました。さらに、Hα輝線の速度幅の広い銀河を見つけ、活動銀河核(AGN)の存在を示し、大質量ブラックホールが一定程度、宇宙再電離に寄与していたことを示しました。また、酸素に対する鉄の存在比が大きい銀河候補が見つかったことから、まだ存在が確認されていない鉄の中心核を壊すエネルギーの高い超新星爆発の痕跡を見つけた可能性を指摘しました。指導にあたった大内正己教授は「学生さん一人一人の発想と創意工夫によって、これまでの研究では分からなかった数々の疑問に対する答えの糸口が見つけられたこと、さらには思いも寄らない発見まであったことは大変素晴らしいです。」と話しました。

指導教官やTAから指導を受け、観測データの解析・考察を行う観測的宇宙論グループ

 「最高エネルギー宇宙線」グループは、TA実験よりもコンパクトな地表粒子検出器(プラスチックシンチレータと光電子増倍管)を、北棟1階の望遠鏡組立実験室に設置し、3日余りにわたり、高エネルギー宇宙線が大気の分子にぶつかって起こす空気シャワーを観測する実験を行いました。データを解析した結果、三つの検出器によって捉えられた信号は672 イベントあり、同一イベントが各検出器で観測された時間差から到来方向を求め、天頂角θと方位角φを決定。宇宙空間には磁場があるため、宇宙線はあらゆる方向から等方的にやってくることが知られていますが、方位角φの分布によるχ2検定は、等方性の仮説を否定する結果となりました。これについて学生たちは「検出器の数が三つだけしかなく、誤差が大きくなったためと考えられる」と考察。一方の天頂角θは、θが大きくなって宇宙線が通り抜ける大気の層が分厚くなると、到来する宇宙線の数も減ることが確かめられました。また、四つ目の検出器で到来時間の評価を行い、地球の裏側から来るニュートリノが地表近くで反応し観測される上向きシャワーを探索し、θが約15度付近にその有力候補を発見しました。指導した荻尾彰一教授は「短い時間の中でも、協力してさまざまな課題を検討してくれました。私の方が『なるほど!』と教わるところもありました。実験結果のまとめや考察では、あえて細かく指導せず自主性に任せ、自分の力で考えてもらう、という方針でのぞみましたが、参加された学生さん達みんなが楽しんでくれたならありがたいです。見つかった上向きシャワーイベントのさらなる詳細な検討ができればよかったですね。これが地球を貫通したニュートリノによるものならば大発見です!」とコメントしています。

設置前のシンチレータからの信号を確認する最高エネルギー宇宙線グループ

 「高エネルギーガンマ線天文学」グループは、宇宙から飛来する高エネルギーガンマ線が作る空気シャワーを捉えるチェレンコフ望遠鏡に関するハードウェア実習と、CTA大口径望遠鏡(LST)1号機のデータ解析実習を行いました。ハードウェア実習では、現在稼働中のLST-1の感度向上に繋がる新しい光センサー、シリコン光電子増倍管SiPMを使った実験を行い、PZC (Pole-Zero Cancellation)回路を組み込むことで、光電子が作るパルス信号の減衰時間が短くなる効果を体験。LST-1号機のデータ解析では、特徴的な円環パターンを用いて同定できる宇宙線二次ミュー粒子事象の探索を行い、光量と頻度の2つの測定量に対する考察を行いました。光量については、宇宙線ミュー粒子画像の光量が望遠鏡の較正に使われる理由を学習し、実際にその手法をLST-1のデータに適用することで、2021年のラ・パルマ島の火山噴火による灰の影響など望遠鏡の反射率の微小な変化を検出できていることを確認しました。頻度については、LST-1で実際に検出されるミュー粒子の頻度が空気シャワーシミュレーションから得られる値と合致するかどうかを調べました。最新の衛星・宇宙ステーション搭載の検出器(AMS-02, CALET, DAMPE)の宇宙線スペクトルデータを一次宇宙線の入力と仮定した場合、CTA-LST1で検出されるミュー粒子の頻度はシミュレーションからの推定値と約20%程度の範囲で合致することを確認しました。指導した大石理子助教は「天体からのガンマ線の解析は敢えてテーマに選びませんでしたが、学生さんたちは直感的には理解しにくいテーマに自分たちなりに試行錯誤しながら取り組んでくれたと思います。データ解析を行う場合でも天文学の知識以前に検出器・原理についての知識が非常に重要であることを体感し、一人ではなくチームで課題に取り組むときに全体の生産性を高めるために必要なことはなにかを考える機会になったことを期待します。」と語りました。

SiPMでLEDの信号を読み出す実験に取り組む高エネルギーガンマ線天文学グループ

 「超高エネルギー宇宙線」グループは、高エネルギー宇宙線が大気中で作る空気シャワーで生まれ、地表まで降り注ぐミューオン(μ粒子)を、三枚のプラスチックシンチレータとPMTを使った実験装置で捉え、その寿命を推定する実験を行いました。解析に使ったデータは期間中の2日間で取得できた約18万イベントです。解析では例年、PMT内に生じる粒子によって擬似的な信号が観測されるアフターパルスがノイズとして問題となっていましたが、今回はこのアフターパルスで起きている物理を解き明かし、理論値を計算して実際の観測値とフィッティング。他にも電圧を変えた測定などでノイズのピークを特定して取り除くことで、寿命の理論値2.12±0.05μsと無矛盾の2.016±0.133μsを得ることに成功しました。今後の課題としては、ミューオン崩壊時のエネルギー分布を作成するために、ミューオン寿命の測定に使った中央シンチレータを薄くして階層化することや、μが原子核に捕獲されてしまう影響を除くため、装置全体に磁場をかけてμ+とμを分けて測定することを挙げました。指導にあたった瀧田正人教授は「短期間のうちに様々な知識を吸収していく若い学生さんのパワーを感じました。今回の経験や物の考え方が参加者の皆さんの将来に少しでもお役に立てると幸いです」と話しています。

シンチレーターからの信号を確認する測定機器を調整する超高エネルギー宇宙線グループ

 最終日の10日午後、各グループによる30分間のプレゼンテーション及び質疑応答が行われ、参加者全員の投票の結果、「観測的宇宙論」グループが最優秀賞を受賞しました。

■ プロジェクト研究の詳しい様子は、こちらのページをご覧ください。

■ 宇宙・素粒子スプリングスクール2023の概要は、こちらのページをご覧ください。