【実施レポート】春の合同一般講演会に約800人が参加・視聴 ICRRの播金優一助教、Kavli IPMUの吉田直紀特任教授が登壇

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 宇宙線研究所(ICRR)とカブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)が主催する春の合同一般講演会(柏市教育委員会共催、柏市後援)が4月9日、柏市のアミュゼ柏で開催され、YouTube中継とアーカイブ配信も含め、約800人が二人の講演やクロストークに耳を傾けました。

 合同一般講演会は、研究成果を地元の皆様に知ってもらおうと、宇宙線研究所が柏キャンパスに移転した2000年ごろから毎年開かれてきました。Kavli IPMUが設立された後の2009年度からは合同一般講演会に模様替えし、年2回のペースで開催し、今回が26回目となります。春の会場は毎年、柏市内の会場が使われてきましたが、2020年からはCOVID-19の感染拡大を受け、YouTubeによるオンラインのみで開催。今回は3年ぶりにアミュゼ柏での開催が実現しましたが、感染防止を徹底するために会場の定員を150人に減らし、YouTube中継及びアーカイブ配信を加えたハイブリッド開催となりました。

 今回のテーマは「はるかなる銀河と宇宙の謎」で、宇宙線研究所の播金優一助教が「最大の望遠鏡で銀河観測の最前線に挑む」、Kavli IPMUの吉田直紀特任教授(東京大学大学院理学系研究科教授)が「最大の望遠鏡と最速のコンピュータで宇宙の謎に挑む」と題し、それぞれ講演。二人の対談(クロストーク)及び質疑応答も行われました。

中畑所長「遠い宇宙に思いを馳せ、楽しんでもらえれば・・・」

冒頭にあいさつする宇宙線研究所の中畑雅行所長

 最初に登場した中畑雅行所長は「新型コロナウイルス感染症のまん延等重点措置が解除され、こうしてみなさんとご一緒にオンサイトでの講演会を開催することができるようになりました。ただし、残念ながらコロナが完全に消えたわけではありませんので、会場では感染防止のために徹底した対策を行い、出席者も定員の半分以下の150人に減らして実施致します。会場を希望しながら抽選で外れてしまった方々には、たいへん申し訳なく思いますが、それらの方々も含め、多くの方がYouTubeによるオンライン中継でご参加いただけることになりました。本日は大学院生のスタッフも加え、カメラを何台も置いて、会場の様子をリアルタイムでお伝えします。会場の熱気を少しでも感じて頂ければと思います。本日はお二人の講演を聞きながら、遠い宇宙に思いを馳せ、そして楽しんでもらえればと思います」とあいさつしました。

Talk 1 宇宙線研究所・播金優一助教「最大の望遠鏡で銀河観測の最前線に挑む」

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135億年前の最遠方銀河の候補HD1を発見 「予想もしていなかった成果

アミュゼ柏で講演を行う宇宙線研究所の播金優一助教

 播金助教は、自身の研究について、国立天文台やNASAなどの大望遠鏡を使って遠方の宇宙にある銀河を調べることと説明し、「なぜ遠方の銀河なのかといえば、遠くの宇宙の銀河を見れば昔の銀河の姿がわかり、138億年という宇宙の歴史の中で銀河がどのように進化してきたかを知ることができるからです」と述べました。また、地球から昔の銀河を観察すると、遠いために暗く、数が少なく、宇宙の膨張に伴って赤方偏移していることから、大きな望遠鏡で宇宙の広い領域を、近赤外の波長までカバーして観察する必要があるとし、国立天文台のすばる望遠鏡やアルマ望遠鏡、NASAのハッブル宇宙望遠鏡、その後継として打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使って観測することを明かしました。

 とくに、ハワイ・マウナケア山頂に設置されたすばる望遠鏡は、満月が9個分という広い視野(ハッブル宇宙望遠鏡の約1000倍)を発揮するハイパー・シュプリーム・カムが取り付けられ、410万個を超える世界最大の銀河サンプルを集めていることに言及し、「私たちが想像していた以上に、明るい銀河がたくさん見つかっています。銀河を探索する私たちの研究プロジェクトはゴールドラッシュ(GOLDRUSH)という名前で、苦労して付けた良い名前のおかげもあり、海外の研究者の間でも知られています」と語りました。すばる望遠鏡の発見の中には、銀河が密集している変な場所があるといい、130億年前の銀河が12個も密集している「z66OD原始銀河団(巨大ガス雲天体ヒミコを一部に含む)」を例として挙げました。

すばる望遠鏡の観測で410万個の銀河サンプル 最遠方銀河の探索レースが激化 

 最遠方の銀河については、すばる望遠鏡では130.6億年前のSXDF-NB1006-2までが限界で、より赤外の波長まで探索できるハッブル宇宙望遠鏡を使った探査で、さらに昔の133-134億年前の銀河候補(MACS1149-JD1、GN-z11)が見つかったことを述べました。MACS1149-JD1は、吉田特任教授を含む日本の理論チームが提案していたアルマ望遠鏡を使った酸素の電波輝線の観測で、133億年前の銀河と確認されました。「昔の銀河は若いと思われていましたが、年老いた星の存在を示すスペクトル段差があることから、これが135億年前に誕生した古い銀河である可能性が浮かびました。一方、現在の最遠方銀河はGN-z11(134億年前)ですが、驚くほど明るく、もっと昔にこの銀河の祖先が生まれ、成長してGN-z11になったのではないかという示唆が得られました」と播金助教。

 さらに、遠方の銀河を探索しようと、播金助教は2.1マイクロメートルの赤外光を捉えることができるイギリスのVISTA望遠鏡の観測データを使い、とうとう134.8億年前の銀河の候補HD1を発見。「見つけたときは衝撃でした。その波長や明るさが、135億年前の銀河の理論モデル予想と驚くほど一致しており、少し鳥肌が立ちました。しかし、ALMA望遠鏡の観測では酸素輝線が予想以上に弱く、優位度も99.99%と、最終的な確認に必要な99.9999%には及びません。生まれたばかりの銀河なのかも知れませんが、最終的な結論はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測を待つしかないと思います」

会場のアミュゼ柏のクリスタルホールには公開イベントを待ちかねた市民が集まった

最遠方銀河の候補HD1を発見 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測で最終確認へ

 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、ハッブル宇宙望遠鏡の後継として昨年12月25日、NASAによって打ち上げられました。2022年6月ごろから観測を開始する予定で、播金助教らの研究チームがHD1の観測を提案し、約4倍の競争率を勝ち抜いて第一期観測の枠を勝ち取りました。播金助教は「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は感度が10倍以上も向上していて、遠方銀河が赤く、暗いという課題を両方とも一気に解決します。135.3億年くらいまではいけると思いますので、最遠方銀河の記録は更新されるでしょう。水素とヘリウムしかない銀河や吉田先生が理論予測したファースト・スターも見つかるかも知れません」と期待を込めました。

Talk 2 Kavli IPMU・吉田直紀特任教授 (大学院理学系研究科教授)
    「最大の望遠鏡と最速のコンピュータで宇宙の謎に挑む

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シミュレーションで宇宙の大規模構造やファースト・スター、宇宙ニュートリノを追う

アミュゼ柏で講演するKavli IPMUの吉田特任教授

 吉田特任教授は、ハッブル宇宙望遠鏡の観測で見つかった最遠方の星「エアレンデル(明けの明星)」が、太陽質量の50倍以上もあり、ダークマターの重力レンズ効果で1000倍にも増光していたという最近のニュースを冒頭に取り上げたうえで、ビックバンから138億年という宇宙の歴史をイラストで概観。「灼熱から宇宙暗黒の時代、そして最初の星(ファースト・スター)、銀河、ブラックホールと生まれ、現在の我々の惑星や生命が誕生しました。こうした宇宙の歴史をいろいろな望遠鏡を使うことで知ることができます」と述べました。

 さらに、ビッグバンのさざなみとも表現される宇宙初期のゆらぎが、重力の源(暗黒物質:タークマター)の存在によって少しずつ成長し、現在の宇宙大規模構造が形成される様子をコンピュータでシミュレーションした映像も示し、「こうした状況が、マイクロ波背景放射、遠方銀河、そして宇宙大規模構造の観測結果から導き出されてきました」と吉田特任教授。それでも、「暗黒の時代からガスが集まり、星などの天体が生み出される最初の様子がよくわかっていません」としつつ、ファースト・スターが生まれるまでをシミュレーションした映像も披露。太陽質量の30倍、60倍など重い星が生まれているという計算結果にも触れ、「重力波観測でも太陽質量の30倍のブラックホールと40倍のブラックホールが合体し、70倍のブラックホールが誕生するという観測結果が得られており、こんな重いブラックホールがどのように成長したのか謎でした。もしかすると、このシミュレーションの結果のようにファースト・スターが重かった可能性があります。うまくすればジェイムズ・ウェップ宇宙望遠鏡の観測で見えるのではと期待を膨らませています」と語りました。

重力波観測で見つかった重いブラックホール 重いファースト・スターが燃え尽きた跡か

 また、宇宙線研究所が高エネルギー加速器研究機構、国立天文台とともに岐阜県飛騨市神岡町で運用を開始した大型低温重力波望遠鏡KAGRAにも言及し、「KAGRAが本格的に稼働すれば、もう少し重いブラックホール同士の合体も見えるのではないかと期待しています。宇宙線研究所の皆さん、ぜひ頑張ってください」とエールを送る場面もありました。

 後半には、吉田特任教授が最近、力を入れて取り組んだ、理研のスーパーコンピュータ「富岳」を使った宇宙初期のニュートリノの運動を解析するシミュレーションについて説明[1]。ニュートリノに重さがあることを実験的に証明し、2015年ノーベル物理学賞を受賞したICRRの梶田隆章教授の成果に続き、6次元空間・400兆個の格子点を使った「別物」というプログラムの一部も披露し、「707万個のCPUプロセッサを用いたシミュレーションのプログラムは全く別物で、皆さんがオリンピックに夢中だった昨年7月に『富岳』の全体を3日間も借り切って走らせました。その結果、かなりの高速で宇宙を飛び交うニュートリノが物質の周りに少しずつ集まっていく様子が分かり、ニュートリノの温度が場所によって異なることや、ニュートリノの質量がゼロから1.0. eVまでの幅で、生成される宇宙の大規模構造に生じる微妙な差を突き止めることに成功しました」と吉田特任教授。次世代の宇宙観測により、ニュートリノの質量を決定できる可能性があることを明らかにしました。


[1] 「富岳」による宇宙ニュートリノの数値シミュレーションは、スパコン界のノーベル賞と言われる2021年ゴードン・ベル賞ファイナリストに選ばれました。

宇宙ニュートリノのシミュレーションはスパコン「富岳」を3日間借り切って実施

 吉田特任教授は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡だけではなく、2021年にチリで運用を開始した大型シノプティックサーベイ望遠鏡(LSST)、2027年に運用開始を見込んでいる30メートル地上望遠鏡(TMT)など、これから新しい望遠鏡で観測が本格化し、遠方宇宙、太陽系外惑星、時間変動天体などの観測が進んでいく見通しを示したうえで、「観測とスーパーコンピュータのシミュレーションにより、今後何年にもわたり、次々に成果が出てくると思います。ぜひ楽しみに待っていてください」と呼びかけました。

講演やクロストークに熱心に耳を傾ける参加者たち

Cross Talk (クロストーク) お互いに質問を交換、視聴者からの質問に多く回答

 休憩を挟んで行われたクロストークは、播金助教と吉田特任教授が質問し合う対談から始まりました。

播金助教「私たちの想像が及ばないような宇宙の姿を見せてくれると期待」

 最初の質問は「富岳の計算能力は凄まじいと思いますが、吉田先生としてはこれで満足でしょうか?それともまだ不十分でしょうか?」(播金助教)と言う質問で、吉田特任教授は「ザックリ言うと、100万倍くらい欲しいところです。これまではニュートリノの運動やファースト・スターができるまでを行ってきましたが、広い宇宙の中でダークマターやニュートリノがあって全てが運動していて、その中で星が出来てというシミュレーションを行うためには100万倍くらい必要かと思います。コンピュータの進化は速いので、希望を持って進めています」と回答。吉田特任教授からは「ジェームスウェッブ宇宙望遠鏡で大発見があるとすればどのようなことだと思いますか?」と質問、これに対して播金助教は「最遠方の銀河が見つかるでしょう。また、水素とヘリウムだけでできた初期の銀河が見つかれば面白いと思います。私たちの想像が及ばないような宇宙の姿をジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は見せてくれるのではないかと思っています」と回答しました。

クロストークで熱く議論を交わす二人の研究者

 さらに、播金助教から「吉田先生のこれまでの研究者人生で最も嬉しかったことはなんですか?」と尋ねると、吉田特任教授は「個々の研究に対してはあまり感動したりしないんです。基本が理論的なことなので、がっかりとか、うまくいかないとか、自分の何かについて興奮することは日々ありません。普段は『間違っているぞこれ』『変だなこれ』と言うのはありますが、後でじんわりと『本当にそうだったのか』と来る感じでしょうか」。吉田特任教授から「播金先生が知りたいことを明らかにするにはどれくらい大きな望遠鏡が必要ですか。現実的でなくともかまいません」と質問すると、播金助教は「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡では135.3億年先の宇宙までしか見えず、満足できません。もっと先の宇宙を見ようとするとに口径30メートルの望遠鏡を作り、それを宇宙に飛ばす。また、さらに大きな口径100メートルの望遠鏡を作って宇宙に飛ばす必要があります。しかし、これはなかなか難しいので、吉田先生など理論家の先生の方に画期的な観測方法を考えていただき、現実的な案を提案して欲しいと思います」と”要望”しました。

吉田特任教授「宇宙の歴史絵巻を全て埋めることができれば、もう死んでもいい」

 最後に播金助教から「吉田先生が今後解き明かしていきたい宇宙の謎は何でしょうか?」と質問すると、吉田特任教授は「たくさんあるんですが、私は宇宙を歴史絵巻のように考えていて、それを全部埋めることができれば、もう死んでもいいと思っています。みなさんからの質問に全て答えられるようになり、宇宙の歴史全巻ができれば。謎は尽きないんですけれど・・・」と回答。反対に吉田特任教授は「宇宙人と銀河について語りあう機会があるなら、どのようなことを語りたいですか」と質問したのに対し、播金助教は「非常に面白い質問です。私たちは宇宙人とコンタクトする方法がないので、この質問は宇宙人から話しかけてきたケースだと想定しました。そうであれば宇宙人は私たちよりずっと文明レベルが高いだろうと、いろいろなことを知っているはずなので、私は宇宙人から授業を受けたいと思います。宇宙や銀河の歴史について教えて欲しいです」と回答し、二人のやり取りを終えました。

80件の質問からピックアップして時間の限り回答

 会場の参加者からはいつもと同じく、付箋に質問を記入し、休憩時間にホワイトボードに貼り付ける方法、オンライン視聴中の参加者からはWebアプリのSli.doに質問を書き込む方法を両立し、参加者からの質疑応答に臨みました。会場からは30件ほどの質問が集まり、オンライン視聴者からは50件と計80件ほどが寄せらせ、回答する二人がピックアップして回答する形で進めました。

会場から付箋で寄せられた質問を選ぶ

  「星を生成するガスとはどのような成分でしょうか」「量子コンピュータは『富岳』の何倍の性能がありますか」ハイパーカミオカンデが始動した後、T2K実験は持続されますか。スーパーカミオカンデはどうする予定ですか?」 「古代銀河はどんな形をしていますか。渦巻きでしょうか。我々の銀河と古代銀河の一番の違いは何でしょうか」「シミュレーションはパラメータで結果が大きく異なると思いますが、結果が正しいと検証する手段は何でしょうか」「初期銀河を観測するのに、すばるなどの地上望遠鏡、ハッブルなどの宇宙望遠鏡、アルマなどの電波望遠鏡をどのように使い分けるのでしょうか」「ファースト・スターとして重い星ができる理由は何ですか?」「分光観測とはどのようなものですか」「ニュートリノは重力の影響を受けないと思っていましたが、これは間違いですか」「銀河と星の見分け方を教えてください」「遠方銀河として見つかるものは明るいレアなものと思っているのですが、どうやって当時の典型的な銀河の描像を推定できるのでしょうか?」「小学生です。講演難しかったけど面白かったです。ダークマターとダークエネルギーはどちらの正体が分かりやすいと思いますか」など様々な質問に、二人は一つ一つ丁寧に回答していました。

閉会のことば 宇宙ニュートリノ観測情報融合センター長 奥村公宏准教授

奥村准教授「人数制限こそありますが、会場での開催となり、大変喜ばしく思います

 最後に宇宙ニュートリノ観測情報融合センターのセンター長である奥村公宏准教授が、閉会の言葉を述べました。

 奥村准教授は「本日は私自身も大変興味深く、拝見させて頂きました。皆様にも楽しんでいただけたのではないかと思います。本講演会は、昨年及び一昨年はオンラインで開催されました。今年は人数制限こそありますが、会場での開催となり、大変喜ばしく思います。オンラインは遠くの方、時間のない方にも視聴いただけるというメリットはありますが、やはり普段から熱心に研究されている先生に直接お話を聞きたいというご要望が数多くありました。このような形で開催することができ、誠に幸いに思います」と話しました。

最後のあいさつをする宇宙ニュートリノ観測情報融合センターの奥村公宏・センター長

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