【イベントレポート】ICRRの野田浩司准教授、Kavli IPMUの樋口岳雄准教授が講演 約700人が視聴
―オンライン開催の夏の合同一般講演会で

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 宇宙線研究所とカブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の合同一般講演会が8月8日、各研究室と視聴者をオンラインでつないで開催され、関係者を含む約700人が限定公開されたYouTube中継を通し、二人の講師のトークに耳を傾けました。

 合同一般講演会は、研究成果を地元の方々に知ってもらおうと、宇宙線研の本部が柏キャンパスに移転した2000年ごろから毎年開かれ、Kavli IPMUが設立された後の2009年度からは合同一般講演会と名前を変え、年2回のペースで開かれてきました。今年度も4月11日に柏市の柏アミュゼで、春の講演会を予定していましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて延期。夏場にオンライン開催することにを決めていました。

 今回のテーマは「未知への挑戦〜極限宇宙と新しい物理」で、宇宙線研究所の野田准教授が「ついに地上からガンマ線で見えたガンマ線バースト」、Kavli IPMUの樋口准教授が「Belle II 実験〜電子-陽電子加速器が教える新しい素粒子の世界」と題し、それぞれ講演し、二人の対談(クロストーク)も行われました。

梶田所長「しばしコロナを忘れ、壮大な宇宙に思いを・・・」

 最初に登場した梶田隆章所長、「このような多数の参加者に集まって頂き、本当に嬉しい限りです。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、インターネットでの会議、ミィーティングや講演会が急速に普及したことを受け、このようなインターネットでの講演会を企画しました。本日の講演者たちはともに若くて現役バリバリの研究者です。本日はお二人の研究の話を聞きながら、しばしコロナのことを忘れ、壮大な宇宙のことに思いを馳せてみてください」とあいさつしました。

最初のあいさつを行う宇宙線研究所の梶田隆章所長

Talk 1 宇宙線研究所・野田浩司准教授
MAGIC望遠鏡 大きな星の死(超新星爆発)からのガンマ線バーストを観測

野田准教授のプレゼンテーションファイルはこちら

 野田准教授は、宇宙をガンマ線で観測することで見えてくる極限現象の例として、大質量ブラックホールを中心に持つ銀河である「活動銀河核」や、電磁波で直接観測できない未知の物質である「暗黒物質(ダークマター)」、さらに宇宙で最も激しい爆発現象である「ガンマ線バースト(GRB)」の三つを挙げました。その上で、この日のテーマであるガンマ線バーストについて「1960年代に核実験監視用の人工衛星により発見され、現在では天の川銀河の外からやってくるもので、大きな星の死(超新星爆発)や中性子・ブラックホールの合体に関係していると考えられています。しかし、いつどこで起きるかわからないうえ、数分間という短い時間だけ輝き、すぐに暗くなって見えなくなってしまうため、観測が極めて難しいとされています」と解説しました。

講演を行う宇宙線研究所の野田浩司准教授

 また、ガンマ線と一口に言っても、MeV (百万電子ボルト)からGeV (10億電子ボルト)、 TeV (1兆電子ボルト)とエネルギーの幅が大きく、「エネルギーが十分に高くなれば、コンプトン散乱だけでなく、電子・陽電子の対生成を引き起こします」と指摘。さらに、「ガンマ線は地球の大気と反応して姿を変えてしまうため、Fermiなどの人工衛星による観測が不可欠ですが、対生成のレベルまでエネルギーが高ければ、大気との反応を逆に利用することで、地上からも観測が可能となります」とし、ガンマ線が大気の中で引き起こす空気シャワーによる大気チェレンコフ光を捉えるチェレンコフ望遠鏡の仕組みを解説しました。

「とんでもないものが見えているんですが・・・」「なんてこった」

 野田准教授は続いて、スペイン・カナリア諸島にあるチェレンコフ望遠鏡MAGICが2019年1月19日、Fermi衛星からのアラートを受け、初めてGRBの信号を捉えた時の様子を詳しく紹介しました。野田准教授は同日午前6時前、ヘルプ電話シフトとして日本に待機していたといいますが、高橋光成研究員(ICRR)など現地の観測担当シフトから電話連絡を受け、スマホのチャットでアドバイスした時の画面を示しながら、「高橋くんから『とんでもないものが見えているんですが、これ本当ですかね?』と問いかけられ、『なんてこった、こりゃ寝れないなあ』と返しました。読むたびにその時の情景が浮かんで来て面白いです。かに星雲は高エネルギーのガンマ線で輝き続ける天体では最も明るいものです。その100倍の明るさで光っていたというのが、『とんでもないもの』の意味です」と解説しました。

 観測されたガンマ線は、GRBからのガンマ線エネルギーの最高記録を一桁以上更新する1兆電子ボルト(TeV)以上で、「従来の標準的な理論、つまりシンクロトロン放射で説明できないことは明らかで、電子による逆コンプトン散乱の可能性が高いこともわかり、英科学誌Natureに計2本の論文を出すことができました。しかし、これで終わりではありません」。

 最後に、MAGICより大きい30カ国、1500人以上の研究者・技術者が参加する国際共同研究プロジェクト「チェレンコフテレスコープアレイ(CTA)」がすでにスタートしていることをビデオで紹介し、「今は多波長だけではなく、重力波やニュートリノも含めた多粒子による観測もあります。今後はグローバルな総力戦により、GRBや活動銀河核のブラックホールの本質に迫っていきたいと考えています」と抱負を語りました。

Talk 2 Kavli IPMU・樋口岳雄准教授
SuperKEKB加速器とBelle II実験 標準理論を超えて新理論に迫る

樋口准教授のプレゼンテーションはこちら

 樋口准教授は、東京大学大学院の学生時代の1997年ごろ、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)にある加速器を使った素粒子物理実験Belleに参加し、自らの博士論文のテーマとしたことを紹介。Belle実験の目的のひとつが、CP対称性の破れ(粒子と反粒子の性質の違い)を予測した小林・益川理論(1973年)の検証で、その後の小林誠・益川敏英両博士のノーベル物理学賞受賞に結びついたことについても、「小林・益川理論の検証のため、5番目のクォーク(ボトムクォーク)とその反粒子の性質の違いを、それらを量産する加速器で実証しようとしたのが、Belle実験でした」と解説しました。

オンライン講演するKavli IPMUの樋口岳雄准教授

 また、Belle実験に参加し、苦労を重ねた結果、2001年7月、ボトムクォークと反ボトムクォークの性質の違いを表すSの値が、S = +0.99 ± 0.14 ± 0.06と、誤差を考慮に入れてもゼロにはならないことを確認したとし、「こういう時はみんなでパーティをして喜びを分かち合います。当時は実験のデータ量が積み重なり、大きな節目を迎えるごとにパーティを繰り返していました」と語り、順調にデータを蓄積していったBelle実験の成功と、当時の研究者たちの喜びの様子を当時の記念写真を示しつつ振り返りました。

 素粒子標準理論の重要な一角を占める小林・益川理論が証明された後、2013年には17番目のヒッグス粒子が確認されたことに触れ、「こうして素粒子表にあるすべての粒子を発見し、それを支える理論が明らかになるところまで、たどり着きました。しかし、暗黒物質は素粒子表にはなく、粒子と反粒子の差の真の由来も実はまだよくわかっていません。つまり、宇宙の出来事の全てを説明するには、現在の素粒子標準理論だけでは不十分で、次の理論を目指す、というのが私たちが今やろうとしていることです」と語りました。

 新理論のヒントを探すため、Belle実験で起きる素粒子反応のうち、新理論の影響が出やすいものを探し、検証が行われていますが、データが足りないためにまだ新理論の存在がはっきりしない といい、「もっとデータを集められるように改良されたのが、Belle II実験です。改良されたSuperKEK加速器は、従来と比較すると40倍も早く素粒子反応を提供できる性能があり、10年間の運転でBelle実験の50倍のデータを集められます。それを目指し、現在も日々努力が続けられています」。

新理論発見に向け、「エキサイティングな結果はもうすぐ」

 樋口准教授は続いて、新しく生まれ変わったSuperKEKB加速器とBelle II測定器の概要を写真やCGで紹介。自らがリーダーを務めるIPMUの研究チームが製作したシリコンバーテックス検出器が組み上げられ、Belle II測定器の中心部にインストールされる様子や、2019年3月に初衝突が実現し、素粒子反応が検出されて喜ぶ研究者たちの様子などが見られました。

 樋口准教授は「Belle実験が示したS値について、Belle II実験の最新の値が2020年の国際会議で報告されましたが、現在の世界平均に近く、Belle II実験が目指す性能が出ていることは確認できました。一方で、世界中の加速器実験が今も新粒子を探索していますが、なかなか見つかりません。Belle II実験も、新粒子のZ’粒子の探索結果を報告しましたが、結論づけるにはデータが足りませんでした」とコメント。それでも、「SuperKEKB加速器は最近、『初期宇宙生成能力』の世界記録をすでに更新しており、日本の得意分野である超精密測定とSuperKEKB加速器が作る大量の宇宙初期データを組み合わせれば、新理論が発見できのではないかと考え、IPMUでも準備を進めています。エキサイティングな結果はもうすぐですので、皆さんこれからもよろしくお願いします」と期待を込めて語りかけました。

クロストーク
お互いに質問を交換、視聴者からの質問に多く回答

 休憩を挟んで行われたクロストークでは、司会者と講師二人が画面に出て、質疑を繰り返しながら進められました。

 「研究者になろうと思ったきっかけについて教えてください」(司会者)という質問に対し、野田准教授は「高校時代に予備校で、マッドサイエンティストのような風貌と講義方法をする物理の先生に出会い、あとで結構な教育者であることがわかったことです」、樋口准教授は「高校生の時、たまたま本屋で見つけた講談社新書『物質の究極は何だろうか (本間三郎著)』という本に感銘を受けたことでした」とそれぞれ回答。さらに、「コロナ時代の悩みとストレス解消法はありますか」(司会者)との質問に対し、野田准教授は「この数ヶ月の悩みは仕事と育児のバランスです。好きなサッカーもできなくなってしまったので、ストレス解消は柏の葉運動公園の周りを走っています」、樋口准教授は「テレビショッピングで買った運動機器(腹筋トレーニングマシン)を使って室内で体を鍛えています」などと回答しました。

クロストークで司会者からの問いかけに応じる二人の研究者

 二人の対談では、野田准教授が「大きめの国際実験をやっているという共通点があると思います。実験室に籠るというより、いろいろな会議に出たり、外回りが多いです。Belle II実験はどんな感じでしょうか」と口火を切り、樋口准教授は「参加者は26カ国で1000人くらい。時差もあるので、特定の人に不利益にならないように配慮し、公平性を保つようにしてやっています」などと回答。その後、研究者が担う実験やサービス、ホスト機関やその近くにいる研究者の役割、普段の生活リズム、さらには実験サイトまでの距離、機材の運搬方法などにも話題が及びました。

 WebアプリケーションのSli.doを使ったオンライン質問コーナーには、視聴者からの質問が63件、いいねマークの得票も加える252件が寄せられ、得票の多いものから順々に回答しました。  その中には「樋口先生へ、Sの値など、度々、数値の誤差が二段階(A±B±C)になっているのはなぜですか?」「ダークマター同士がぶつかるとガンマ線が放出されるのはなぜですか?」「樋口先生へ 私は高専に通う1年生です。将来大学に編入してニュートリノなどの素粒子について研究したいと思っているのですが、編入をした3年生からでは内容的に厳しいでしょうか?」「チェレンコフ光といえばニュートリノを思い出すのですが、MAGIC望遠鏡ではニュートリノの反応からのチェレンコフ光を観測することはできますか?ガンマ線からのものとニュートリノからのものはチェレンコフ光に違いがありますか?」「お二人に質問です。研究所等は流れで決まったのか計画していたのか気になります。将来研究室に入る時の参考にしたいので」などユニークな質問や、「withコロナでは、どのように国際共同実験を進めていきますか?」「段階ごとにパーティをやっていらしたとの事ですが、今後のコロナの事で、こういうパーティができなくなりますか?それともそういうことは気にしないで学問のためにモチベーションを保ためにもこれからもパーティをするのですか?」など新型コロナウイルス感染症に関連したものもあり、二人は一つ一つ丁寧に回答していました。

奥村准教授「無事に開催され、皆様に視聴いただき、大変ありがたい」

 宇宙ニュートリノ観測情報融合センターのセンター長である奥村公宏准教授は「オンラインながらも無事に開催され、皆様にご視聴いただき、大変ありがたく思っております。初めてのオンライン講演会で、先生方の生の声や会場の臨場感が味わえないといったこともあったと思いますが、クロストークの質問には先生方もフランクに話していただいて、研究者の生活や実験の様子、いろいろ楽しいことを話していただけたので、研究というものが身近に感じられてよかったのではないかと思います。このような試みを今後も続け、講演会を新しいものにしていければと思います」と話しました。

最後のあいさつをする宇宙ニュートリノ観測情報融合センターの奥村公宏・センター長

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