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【プレスリリース】ニュートリノの「CP対称性の破れ」、可能性さらに高まる

発表のポイント

T2K実験グループでは、2016年夏の結果公表からデータ量を約2倍に増やして世界最高感度の測定を行った結果、ニュートリノにおいてCP対称性が破れている可能性はさらに高まり、95%となった。


概要


【図1】T2K実験の概要

「ニュートリノと反ニュートリノの違い」について検証を進めるT2K実験※1(東海-神岡間長基線ニュートリノ振動実験、図1)国際共同研究グループ(以下、T2Kコラボレーション)は、2010年〜2016年に取得したデータに基づき、昨年、両者に違いがあり得ることを90%の信頼度で示していました。その後、新たに2016年10月〜2017年4月に取得したデータを加え、さらに新しい解析手法を用いることで、データ量を約2倍に増やして、ニュートリノと反ニュートリノの間でニュートリノ振動が起きる頻度の違いを世界最高感度で検証しました。その結果、ニュートリノと反ニュートリノの違いがある確率は95%に高まり、レプトンでの「CP対称性の破れ※2」が存在する可能性がより明瞭になりました。

「ニュートリノと反ニュートリノのニュートリノ振動の確率が違う」ということが事実であれば、万物を構成する素粒子の仲間であるクォークでは破れている「CP対称性」がニュートリノでも破れていることを意味するともに、「宇宙の始まりであるビッグバンで物質と反物質が同数生成されたのに、現在の宇宙には反物質はほとんど存在していない」という宇宙の根源的な謎を解明するうえで大きなヒントとなります。

今回のT2K実験の結果は当初目標の約30%のデータ量のみに基づく中間結果ですが、「ニュートリノと反ニュートリノの違い」があり得ることを95%の確率で示すものです。J-PARCセンターとT2Kコラボレーションは今後、ニュートリノビームを作る陽子ビームの強度をさらに高め、目標のデータ量を当初目標の2.5倍(現在の約9倍)に引き上げることで、ニュートリノにおける「CP対称性の破れ」を3σ(=確率99.7%)の信頼度で検証することを目指します。


背景

宇宙の始まりであるビッグバンでは、物質と反物質が同じ数だけ生成されたはずであると考えられています。「物質と反物質が合わさると消滅してしまうのに、現在の宇宙には反物質はほとんど存在せず、自然界にはほぼ物質だけが存在している」というパラドックスは、自然界の成り立ちを知る上で未解明の大きな謎の一つです。宇宙に物質だけが残るためには、物質と反物質になんらかの性質の違いがある、すなわち「CP対称性が破れている」必要がありますが、どの素粒子が宇宙の成り立ちにかかわる「CP対称性の破れ」を持っているのかを解明するのが、最重要な研究課題のひとつとなっています。物質を構成する素粒子12種類のうち「クォーク」については、「CP対称性の破れ」が見つかっており、そのメカニズムは小林誠・益川敏英両博士によって理論的に解明されました。ただ、「クォークでのCP対称性の破れ」だけでは現在の宇宙の成り立ちを説明するのは難しいとされています。

一方、残りの6種類の素粒子である「レプトン※3」については、「CP対称性の破れ」があるかどうかは未解明で、そのうちの3種類の素粒子のニュートリノについては「CP対称性の破れ」が存在する可能性が指摘されています。そのため、日本では大強度陽子加速器施設J-PARCと東京大学宇宙線研究所のスーパーカミオカンデ検出器によるT2K実験で、加速器で作り出したニュートリノを用いてニュートリノ振動を詳細に調べる実験が進行中です。

ニュートリノは、電荷をもたない中性の非常に軽い素粒子で、電子型、ミュー型、タウ型という3種類が存在することがわかっています。ニュートリノは、「ニュートリノ振動」という現象をおこして、長距離を飛行する間に別の種類のニュートリノに変化することが明らかになっています。T2Kコラボレーションは、J-PARCで陽子ビームから大量にミュー型ニュートリノを生成し(図2)、295km離れたスーパーカミオカンデ検出器(図3)に飛来したニュートリノを観測する方法によって、2013年、ミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに変化するニュートリノ振動、電子型ニュートリノ出現※4を世界で初めて直接検出することに成功しました。

ニュートリノでCP対称性が破れているとすれば、この電子型ニュートリノ出現にもその効果が現れると考えられています。具体的には、ニュートリノと、その反物質である反ニュートリノでは、「電子型ニュートリノ出現が起きる確率」に違いが出ると考えられます。T2K実験は、ミュー型ニュートリノを生成して電子型ニュートリノへの変化を測定するだけではなく、反ミュー型ニュートリノを生成して反電子型ニュートリノへの変化を測定することもできます(図4)。もし、CP対称性が破れていると、「ミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに変化する確率」と「反ミュー型ニュートリノが反電子型ニュートリノに変化する確率」に差が生じます。

また、中国、韓国、フランスで行われている原子炉から発生するニュートリノを観測する実験の結果からCP対称性が破れていない場合の確率を予想することができますが、「CP対称性の破れ」がある場合にT2K実験で観測される実測値は、それとは違う値になると予想されます(図4)。

2016年8月、T2K実験グループは、2010年から2013年までにニュートリノビームを生成して取得した約7×1020 POT (ニュートリノビーム生成に用いた陽子の数:データ量を示す一つの指標) の実験データと、主に2014年から2016年5月までに反ニュートリノビームを生成して取得した約7×1020 POTの実験データに基づいて、「ミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに変化する確率」と、「反ミュー型ニュートリノが反電子型ニュートリノに変化する確率」が異なっていることを信頼度90%で示唆する結果を発表しました。その後、より高い信頼性で両者の違いを捉えるべくデータ取得を継続し、2010年から2017年4月までに取得した全データを解析した最新結果を、8月4日(日本時間)にKEKで行うセミナーにおいて公表するに至りました。



【図2】J-PARCニュートリノ実験施設

J-PARCメインリングからキッカーとよばれる電磁石により加速器の内向きに蹴りだした陽子を一次ビームラインで岐阜県神岡のスーパーカミオカンデ検出器の方向に向ける。陽子は①チタン合金容器に格納されたグラファイト標的に衝突して多数のパイ中間子を生成する。パイ中間子を電磁ホーンという特殊な電磁石によって前方に収束させ、②ディケイボリュームと呼ばれる長さ100mのトンネルに入射し、ミュー型ニュートリノとミュー粒子の対に崩壊させる。ニュートリノビームは③前置検出器を用いて測定されており、スーパーカミオカンデの測定結果と比較すると、ニュートリノが飛行中に別の種類に変わるニュートリノ振動の研究が可能となる。電磁ホーンの極性(電流を流す向き)を切り替えることで、正の電荷をもったパイ中間子(π+)と負の電荷をもったパイ中間子(π−)を選択できる。正の電荷のパイ中間子を収束するとミュー型ニュートリノを主成分とするニュートリノビームが生成され、逆に負の電荷のパイ中間子を収束すると反ミュー型ニュートリノを主成分とする反ニュートリノビームが生成される。



【図3】スーパーカミオカンデ検出器

岐阜県飛騨市の神岡鉱山跡の地下1,000mに建設された、東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設の検出器で、T2K実験に加えて、宇宙から到来するニュートリノの観測や、陽子が崩壊する現象を探索する実験を行っている。5万トンの超純水で満たした水槽(直径39.3m高さ41.4m)の内壁に、微弱なチェレンコフ光を捉える光検出器である光電子増倍管約11,000本が並べられている。



【図4】T2K実験で観測されるニュートリノ振動に現われうる「CP対称性の破れ」


研究内容と成果

T2K実験は2016年10月から2017年4月にニュートリノビームを生成する実験を行いました。この期間には、J-PARC加速器のビーム強度・安定性の向上によって従来の約2年分のニュートリノビームを約1年で生成することが可能になり、新たに約7×1020 POTの実験のデータを取得しました。これにより生成したニュートリノの累積量としては約1.5倍に増えました。さらに、スーパーカミオカンデでのニュートリノを検出する効率が約30%向上した新しい解析手法を開発しました。これらを合わせることで、前年と比べてデータ量が約2倍になり、より高い感度でCP対称性の破れの有無を検証しました。

データを解析した結果、スーパーカミオカンデにおいて電子型ニュートリノが89個観測されました。「CP対称性の破れがない」場合の電子型ニュートリノの予想出現数は約67個で、観測数はこの予想を上回っています。一方、反電子ニュートリノについても、「CP対称性の破れがない」場合の予想出現数は約9個であるのに対し、観測数は7個 (図5、図6)と、ニュートリノ振動、反ニュートリノ振動の実測値ともに、「CP対称性の破れがない」ことを実証する予想値とは異なるものでした。

これらの観測数に加えて、ミュー型ニュートリノ、反ミュー型ニュートリノの観測数や、観測されたそれぞれのニュートリノ、反ニュートリノのエネルギーなどの測定値を用い、また、原子炉ニュートリノ実験の結果も考慮し、総合的な解析を行いました。その結果、「ニュートリノと反ニュートリノで電子型ニュートリノ出現が同じ頻度で起きる」という仮説は95%の信頼度で棄却されました。これは昨年の信頼度90%を上回るもので、「ニュートリノと反ニュートリノで電子型ニュートリノ出現が同じ頻度では起きず、CP対称性の破れがある」という可能性が昨年に比べさらに高まりました。(図7)



【図5】T2K実験での観測数と予想値の比較



【図6】スーパーカミオカンデで検出したJ-PARCからの反ニュートリノビームに由来する反電子型ニュートリノ反応の事象



【図7】T2K実験から評価したCP対称性の破れの大きさ

横軸は、「CP対称性の破れ」の大きさの指標となる位相(角度)δCPを表す。角度δCPが0°または±180°は、「CP対称性の破れがない」場合に相当し、それ以外の場合は「CP対称性の破れがある」場合に相当し、90°または-90°に近いほどCP対称性の破れが大きいことを示す。

実線が解析によって得られた結果で、「CP対称性の破れ」を表す位相のそれぞれの値に対して、T2K実験の観測データとの整合性を示す対数尤度(ゆうど)(-2lnL)である。対数尤度(-2lnL)は大きいほど、その「CP対称性の破れ」の位相の値と実験データが合致しないことを表す。「CP対称性の破れ」の位相の値は、対応する対数尤度(-2lnL)が点線で表されている信頼度95%に対応する値を上回ると、観測データは95%の確率で棄却される。

T2K実験の解析結果は、「CP対称性の破れ」を表す位相の-180°〜-171°(図中①の部分)および-30°〜180°の領域(図中②の部分)を信頼度(確率)95%で棄却している。とくに、「CP対称性が破れ」がない点(0°および±180°)もこの領域に含まれる。つまり、T2K実験は「CP対称性の破れがない」ことを信頼度(確率)95%で棄却し、「CP対称性の破れがある」可能性を示唆している。


今後の期待と展望

今回得られた結果は、実験の最終結果として結論づけるには未だ統計的に十分な信頼度とは言えません。しかしながら、より多くのデータを用いて確認されたことで、昨年の結果で示唆されていた、ニュートリノと反ニュートリノが違う性質を持つ可能性が、さらに高まったことを示しています。

現時点でのデータ収集量は、T2Kコラボレーションの当初の実験提案の約3割に到達したところです。今後、J-PARCの加速器やニュートリノビームラインの性能向上によるニュートリノビームの強度増強をはかり、J-PARC内に置かれた前置検出器の性能を大幅に向上して生成されたニュートリノの性質をより精度よく理解することにより、さらに高い信頼度での「CP対称性の破れ」の検証を行なう予定です。また、J-PARCのさらなる性能向上の可能性を考慮して、T2Kコラボレーションは、当初の実験提案の2.5倍のデータ(これまで取得したデータの約9倍)を収集する計画を立てています。これにより反ニュートリノでの電子型ニュートリノ出現現象を捉え、ニュートリノにおける「CP対称性の破れ」が大きい場合には3σ(=確率99.7% )の信頼度で検証できると考えられます。T2K実験と同じくニュートリノについてのCP対称性の破れの検出を進める米国NOvA実験との相互検証も可能であり、今後、数年程度のタイムスケールでニュートリノ振動の新たな知見が得られると期待できます。将来さらに多くの事象観測が可能になれば、ニュートリノと反ニュートリノの違いをより明確に捉えることができ、より小さな違いも見落とさずに捉えられるようになります。現在、スーパーカミオカンデの約10倍の有効体積をもつハイパーカミオカンデ実験が提案され、実現に向けた準備が進められています。今回のT2K実験の結果によりニュートリノでCP対称性が破れている可能性が高まったことから、ハイパーカミオカンデ実験によるCP対称性の破れの発見とそのメカニズムの解明への期待がさらに高まっています。


担当研究者

京都大学大学院理学研究科 教授
T2K実験国際共同研究グループ代表
中家 剛

高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所副所長
J-PARCセンター素粒子原子核ディビジョン長
小林 隆


用語解説

(※1) T2K実験
 高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構が共同で運営する大強度陽子加速器施設J-PARCで作り出したニュートリノビームを、295km離れた岐阜県飛騨市神岡町にある東京大学宇宙線研究所のニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」で検出する、長基線ニュートリノ振動実験。J-PARCがある茨城県東海村と神岡町(Tokai to Kamioka)の頭文字を取って「T2K実験」と名付けられた。T2K実験はニュートリノの研究において世界をリードしており、アメリカ・イギリス・イタリア・カナダ・スイス・スペイン・ドイツ・日本・フランス・ポーランド・ロシアの11ヶ国、61の研究機関から約500人の研究者が参加する国際共同実験となっている。日本からは 大阪市立大学・岡山大学・京都大学・高エネルギー加速器研究機構・神戸大学・首都大学東京・東京大学・東京大学宇宙線研究所・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)・東京工業大学・東京理科大学・宮城教育大学・横浜国立大学の総勢101名の研究者と学生が実験の中心メンバーとして参加している。

(※2) CP対称性の破れ
 物質と反物質の間で素粒子反応の性質が異なること。宇宙が反物質ではなく物質で構成される(物質優勢宇宙)ための必要条件の一つであり、レプトンのCP対称性の破れは非常に重要な鍵を握っている可能性がある。


(※3) レプトン
電子や電子の仲間の粒子と、対応する中性のニュートリノからなる一群の粒子の名称。クォークと同じように6種類あり、e(電子)-νe(電子型ニュートリノ)・μ(ミュー粒子)-νμ(ミュー型ニュートリノ)・τ(タウ粒子)-ντ(タウ型ニュートリノ)と呼ばれる。クォークのu(アップ)-d(ダウン)・c(チャーム)-s(ストレンジ)・t(トップ)-b(ボトム)にそれぞれ1対1に対応しているとみられているが、クォークとレプトンの間に何故このような対称性が存在するのかよく分かっていない。クォークの場合と同様に、レプトンにも反粒子が存在し、特に電子の反粒子を陽電子という。

(※4) 電子型ニュートリノ出現現象
 ニュートリノの世代間に質量差があると、飛行中に世代が相互に移りかわって観測されるというニュートリノ振動現象が、牧・中川・坂田らによって1962年に予言された。ニュートリノには電子型・ミュー型・タウ型の3世代があるので、それぞれの世代間で起こる3つのパターンの振動現象が起こりうる。ミュー型から電子型へと変化したところをとらえる出現現象を検出できれば、T2K実験開始時点には未発見であった第1~3世代間の振動の確率が得られるため、その発見や頻度の測定に向けた研究が世界中で進められてきた。電子型ニュートリノ出現現象は振動の前後でニュートリノの世代が同定されるので、CP対称性の破れにも感度がある。


Link

[ T2K Collaboration のページ ]
[ Super-Kamiokande のページ ]
[ Hyper-Kamiokande のページ ]