宇宙線研究所(ICRR)とカブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)が主催する春の合同一般講演会(柏市教育委員会共催、柏市後援)が4月13日、柏市の柏の葉カンファレスセンターで開催され、YouTube中継とアーカイブ配信も含め約900人が、2人の講演やクロストークに耳を傾けました。
合同一般講演会は、研究成果を地元の皆様に知ってもらう目的で、宇宙線研究所が柏キャンパスに移転した2000年ごろから毎年開かれてきました。2009年度からは、Kavli IPMUと合同の一般講演会に模様替えして年2回のペースで開催、今回が31回目となります。春の講演会は宇宙線研究所の企画で、柏市内で開催してきましたが、2020年からはCOVID-19の感染拡大を受け、YouTubeだけの開催となりました。しかし、2022年春には3年ぶりにアミュゼ柏でのハイブリッド開催が実現。2023年春からは柏の葉カンファレスセンターに場所を移し、YouTube中継及びアーカイブ配信を加えたハイブリッド開催を続けています。
今回のテーマは「重力波とダークマターで探る宇宙」で、宇宙線研究所の森﨑宗一郎准教授が「重⼒波で聞く宇宙の極限現象」、Kavli IPMUの山下雅樹特任准教授が「暗⿊物質探索への挑戦:地下から探る宇宙の謎」と題し、それぞれ講演。休憩を挟んで2人の対談と、会場やオンラインでの質疑応答も行われました。
荻尾所長「宇宙の研究はすぐに役に立つものでないが、極めて重要な価値がある」

最初に登場した荻尾彰一所長は「私たちの行っている宇宙の研究は、すぐに役立つものではありませんが、長期的に見れば、予想外の発見や革新的な成果をもたらす可能性があるものです。宇宙の研究のための手段、技術、そして研究によって得られた知識、知見もまた、創造的な研究環境の形成に必要な多様性に貢献していて、このような多様性こそが科学技術全体の発展に不可欠だと思います。そしてなによりも、世界は、どのようなもので、どのようにできているのだろう、という私たちの根源的な問いに挑戦する研究の素晴らしさや面白さを楽しむこと、それ自体が音楽や絵画などの芸術を楽しむことと同じように、社会を豊かにする文化として、極めて重要な価値があると思います」と述べたうえで、「本日は、宇宙線研究所からは大型低温重力波望遠鏡KAGRA の実験グループに所属する、森﨑宗一郎先生、そして、カブリIPMU からは暗黒物質直接探索のXENON 実験に参加しておられる、山下雅樹先生にご講演いただきます。(中略) 今回も三井不動産の特別協力をいただき、柏の葉カンファレスセンターのこの大きな会場を使って実施するのは今年で3 年目となります。今年も昨年に引き続き、会場の定員400人まで受け入れ可とすることができました。この場を借りて、御礼を申し上げます。さらに、柏市教育委員会の共催、柏市の後援もいただくなど、関係各所のご協力により、本日この講演会を開催することができます、本当にありがとうございます」などとあいさつしました。
Talk 1 宇宙線研究所・森﨑宗一郎准教授「重⼒波で聞く宇宙の極限現象」
物質重力波で聞いて、電磁波で見る、マルチメッセンジャー天文学時代の到来

森﨑先生は、まず重力波について「重力波は重力の波なので、まず重力について理解する必要があります」とし、質量のある物体の間に引力が働くニュートンの万有引力の理論から、200年後の1900年代前半にアインシュタインが唱えた一般相対性理論に話を移し、「この理論は、重さのあるものが時空を歪ませ、物体がその歪んだ時空の中を進むという、常人には思いつかないようなものでしたが、多くの検証実験の結果、より精度良く惑星の運動などを説明できることがわかり、今や生活には不可欠なものになっています」とし、複数の人工衛星からの正確な距離を計算し、自分の位置を求めるGPSを活用例として挙げました。

一般相対性理論によると、重力波は時空の歪みが伝播していく現象で、①重さを持つ物体の運動から発生し、②光の速度で伝わり、③ほとんど何でもすり抜けて進む、などの性質を持っていると解説。観測の方法については、時空の歪みが互い違いに空間を伸び縮みさせるようすを、巨大な光の干渉(マイケルソン干渉計)を使って調べるとし、伸び縮みの変動幅ΔLが、h(重力波の振幅)×L(マイケルソン干渉計のアームの長さ)で決まると説明しました。L(マイケルソン干渉計のアームの長さ)は、米国の重力波望遠鏡LIGOでは4キロメートル、ヨーロッパのVirgo や日本のKAGRAでは3キロメートルですが、ブラックホール同士の合体のような、とてつもなく大きなイベントでも観測される重力波の振幅は小さく、LIGOが2015年9月に世界で初めて観測に成功した重力波GW150914の信号でも、アームの伸び縮みの変動幅ΔLは、水素の原子核の直径(10-15メートル)より小さな10-18メートルほどであることを明らかにしました。

人間の耳で聞こえる可聴域にある重力波 実際に聞いてみる
また、森﨑先生は「この重力波の信号は、人間の耳に聞こえる可聴域(20–20,000 Hz)にあるので、聞くことができます」とし、実際にGW150914で観測された重力波の音の信号を会場に響かせ、「望遠鏡は電磁波を『見る』のですが、重力波は『聞く』と言うことです」とコメント。さらにGW150914の重力波信号を解析したところ、太陽の36倍のブラックホールと太陽の29倍のブラックホールが、地球から13億光年の彼方で、合体したことも判明したと報告しました。 続いて、2017年8月、LIGOとVirgoが同時観測に成功した連星中性子星の合体による重力波GW170817は、当時、大学院生だった森﨑先生自身が解析に参加できた「大変貴重な経験だった」ことを詳しく紹介しました。
「最初のGW150914の時、私は修士1年の大学院生(東京大学理学系研究科)で、重力波の初観測を目指した解析の研究をしていたところだったので、達成感は全くなく、複雑な気持ちでした」と森﨑先生。博士課程に進学した2017年4月からは、重力波の実データの解析に取り組もうと、ビックバン宇宙国際研究センターに着任したKipp Cannon教授(LIGOグループに所属)の研究室に所属し、同じ年の8月には2週間の実験シフト(リモート)に参加しました。
実験シフト中に起きたイベントは優先的にその研究者が解析に参加できる決まりでしたが、「ラッキーなことに解析シフトが終了する直前にそのイベントはおきました。太陽質量の1.4倍くらいの星の合体と見られ、重力波の信号のわずか1.7秒後にガンマ線バーストの信号もNASAのFermi衛星によって捉えられたことから、これは中性子連星の合体かも知れない。これは大変だと、夜10時くらいから徹夜で解析を進めました」と森﨑先生。森﨑先生を含めた解析チームの努力の結果、朝5時前後には位置情報を世界中の天文ネットワークに流すことができたといいます。
LIGOとVirgoが観測した重力波信号により決定した天球上の位置は、満月150個分とかなり広い範囲でしたが、チリのSwope望遠鏡が、急に姿を現した天体を見つけたことをきっかけに、世界中の天文台が望遠鏡をそちらの方向に向けて観測し、電波からX線、ガンマ線に至るまでの多波長観測が実現しました。金やプラチナなどの重元素ができるRプロセスという元素合成が中性子連星の合体の瞬間に起きたことを示す、エネルギー放射(キロノバ)も観測され、世界中で大きなニュースに。森﨑先生は「全世界のおよそ100グループが参加した論文は著者だけで10ページに及ぶ長大なもので、まさに、重力波で聴き、電磁波で見る、というマルチメッセンジャー天文学が成功した初めての成果でした」と興奮気味に語りました。
連星中性子合体の重力波信号を高速で解析するアルゴリズムを開発
森﨑先生は、この経験をもとに、連星中性子星の合体からの重力波信号から天体の質量や位置情報を推定する解析プログラムを高速化する研究に取り組み、それまで1ヶ月以上かかっていた解析を2時間以内に縮めるアルゴリズムを仕上げました。完成したプログラムは実際、LIGO、Virgo、K AGRAのコラボレーションで解析に用いられているといいます。

さらに、現在では観測中、2-3日に一度のペースで重力波のイベントが見つかるため、これまでの累計イベント数は約300例もありますが、連星中性子星の合体による重力波信号によって天体が特定され、マルチメッセンジャー天文学にまで発展したのはGW170817の一例だけといいます。しかし、森﨑先生は「日本のKAGRAが観測に加わることで、重力波発生源の位置が精度良く決まり、マルチメッセンジャー天文学のさらなる発展に貢献できるはずです」と力説しました。
KAGRAの今後の貢献 マルチメッセンジャー天文学に期待
また、岐阜県飛騨市神岡町で2020年2月から観測がスタートしたKAGRAについては、「LIGOやVirgoと異なり、地下200メートルの地面振動の少ない場所に立地するだけでなく、サファイアの鏡をマイナス253度まで冷やして熱雑音を減らすことなど、将来LIGOなども必要になる新技術に挑戦しており、今後の重力波天文学が発展する鍵を握っています」と森﨑先生。6月から始まるO4観測についても、「KAGRAは感度を急速に上げていて、6月からは10MPc(3000万光年)までの距離で発生する連星中性子星合体を検出できる感度で観測を開始する予定で、観測開始後すぐに初観測に成功するか、成功しなくても初観測までは時間の問題だと思います」と期待を込めて語りました。

Talk 2 Kavli IPMU・山下雅樹特任准教授「暗⿊物質探索への挑戦:地下から探る宇宙の謎」
XENONnTによる暗黒物質の直接探索 日本グループが感度向上に大きく貢献
続いて登壇した山下雅樹先生はまず、岐阜県飛騨市神岡町の宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設に隣接するIPMU神岡ブランチに常駐し、宇宙素粒子実験で ダークマター(暗黒物質)やニュートリノなどを探索する研究をしていると自己紹介し、ダークマターが宇宙の歴史の中でどういう役割を担ってきたか、という視点から語り始めました。

ダークマターが最初に歴史に登場したのは1933年、スイス国籍の天文学者フリッツ・ツビッキー(Fritz Zwicky)が、かみのけ座銀河団を観測する中で、銀河の運動から見積もった重さと実際の観測に乖離があり、「『400倍くらい重さが足りない。目に見えない何かがある』と主張しました。今から思えば暗黒物質のことなのですが、当時はまだ観測技術が未熟だったため、見えていないだけかも知れないと信じられていました」。しかし、それから約40年後、電波を用いた観測が発展した1970年代後半、米国の天文学者ヴェラ・ルービンらの渦巻き銀河の回転速度に関する観測と研究から、より大きな質量がないと銀河の運動が説明できず、光を発する天体を遥かに上回る量の暗黒物質が存在するはずと主張しました。これについて山下先生は「回転する銀河の中にある星々が、銀河の外に向かって飛び出そうとするのを繋ぎ止める何かがないと、回転運動の速さが説明できない、中心に目に見えない重力源があるはずだ、ということです」と解説しました。
地球人は宇宙のテストで「5点」は、地球人の品格に関わってくる問題
さらに、宇宙初期に起きたとされるビックバンの名残である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)について、1990年以降に人工衛星による正確な観測が行われ、宇宙初期にはわずかな温度の揺らぎがあったこと、宇宙の年齢が138億年であること、宇宙が物質(バリオンなど目に見えるもの:4.9%、暗黒物質:26.8%)と、宇宙の膨張に関係がある暗黒エネルギー:68.3%で構成されていることなどが判明したと説明しました。それによると、人類はまだ宇宙全体の5%しか実態を解明できていないことになり、「地球人は宇宙のテストで5点しか取れていません。将来、宇宙人とコミュニケーションをとる時代が来たとします。その時、暗黒物質について何も知らない、ということだと、地球人の品格に関わってくる問題です。やはり小学生の教科書にも暗黒物質がきちんと説明されている必要があるのではないかと思っています」と山下先生。

CMBが観測した宇宙初期のわずかな温度の揺らぎが、タークマターを引き寄せ、そこに宇宙の塵やガスが集まり、星や銀河が形成され、私たち人類が誕生するに至ったという進化のシナリオが、宇宙進化のシミュレーション研究や、最新の観測(宇宙の大規模構造)とうまく筋が通っており、「暗黒物質が宇宙に与えた影響はとても大きく、私たちの誕生にも欠かせない存在だったことがわかってきました」と山下先生。さらに、フランス人の小説家アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ氏の代表作「星の王子さま」を引用し、「キツネが王子さまに『家でも、星でも、砂漠でも、その美しさのもとになるものは目に見えないんだね』と語る部分があり、この場合は『生命』や『愛』のことを指すようですが、ダークマターもとても似ていると感じました」と語りました。
ダークマターは生命の源・・星の王子さま「大切なものは目に見えない」
このダークマターは、中性で、陽子や中性子でもなく、冷たく(ゆっくり動いている)、安定で長い寿命を持つはずで、素粒子標準模型の中にはないと見られており、WIMP (Weakly interacting massive particles)が有力候補と考えられています。「宇宙初期に他の粒子と同じように熱的に生成され、宇宙の膨張によって温度が下がり残ったもので、空気中の水蒸気が気温の低下とともにダイヤモンドダストとして現れるのに似ています。標準理論を超えた理論で出てくる超対称性粒子などがあります」と山下先生。


山下先生が現在、取り組んでいるのは、暗黒物質が直接物質を叩いたときの信号を捉える直接探索実験XENONnTで、日米欧の世界12カ国の30研究機関から200人以上の研究者が参加。稀にしか反応しない暗黒物質の信号を捉えるため、イタリア・グランサッソの地下1400メートルに、液体キセノンを8.5トン満たした検出器を、ガドリニウムを溶かした水のタンク内に入れ、放射能レベルを通常の1000分の1にした光センサーを約500本設置して、2019年から実験を開始したことを、現地のようすや検出器などたくさんの写真を使って紹介。宇宙線研究所で2013年から2019年まで行われていたXMASS実験も液体キセノンを使った実験ですが、このXENON実験が2005年からXENON10、XENON100、XENON1T、XENONnTと4世代に渡って液体キセノンの量を増やして進化し、そのたびに感度を向上させてきたことを説明しました。
ノイズを大きく低減化 スーパーカミオカンデの技術でも貢献
まだ暗黒物質の発見には至っていないものの、山下先生は「日本は東京大、神戸大、名古屋大などの研究者が参加しており、液体キセノンの純度を上げる技術や、中性子のノイズを除去するため、スーパーカミオカンデのSK-Gd(ガドリニウム)プロジェクトの技術を応用して貢献しています」とコメント。検出器の進歩や改良とともに暗黒物質の検出に向けた感度が順調に上がっていることをグラフで示しました。

ヒッグス粒子、重力波の次は暗黒物質(ダークマター)の発見か
暗黒物質の探索では、XENONnTの10倍の規模を持つ次世代のXLZD実験を推進するコラボレーションが2024年に発足し、山下先生はそのエグゼクティブボードメンバーでもあります。ここでは暗黒物質だけでなく、超新星ニュートリ、太陽ニュートリノ、二重ベータ崩壊(ニュートリノ質量)など多目的な観測を目指す実験で、2030年代の観測開始を目指すことを明らかにしました。さらに、山下先生は「ヒッグス粒子はヒッグスの提唱から50年で見つかり、重力波もアインシュタインが提唱してから100年で見つかりました。暗黒物質もフリッツ・ツビッキーが唱えてから90年が経っており、そろそろ発見されるのではと期待しつつ、研究を進めています」と笑顔で語りました。

Cross Talk (クロストーク) お互いに質問を交換、視聴者からの質問に多く回答
休憩を挟んで行われたクロストークは、森﨑先生と山下先生が質問し合う対談から始まりました。
森﨑先生「さまざまな暗黒物質探索実験の中で、XENONnTを選んだきっかけは?」
最初の質問は「さまざまな暗黒物質探索実験の中で、XENONnTを選んだきっかけは?」(森﨑先生)で、山下先生は「私が大学院生のとき、神岡で液体キセノンを使った暗黒物質探索の実験に参加していて、これをテーマに博士論文を書きました。当時ちょうどイタリアでXENON実験が始まるところで、海外にも行ってみたいという気持ちがあり、現在XENONコラボレーションの代表を務めるエレナ・アプリーレさん(コロンビア大学教授)からも一緒にやらないかという話があったので、参加することにしました」と答えました。続いて、森﨑先生から「XENONnTで暗黒物質が検出された時、まず何を調べるか?また、暗黒物質でしか説明できないとなった場合、その後の展開はどのようになると予想するか?」との質問が出て、山下先生は「発見されれば精密測定に入ると思います。質量や反応のしやすさなど求められるので、間接的な探索、加速器を使った探索で理解が深められるのではないかと。直接探索では太陽の周りを公転する地球で暗黒物質の風を捉える実験、つまり夏と冬でどう違うかなどを捉える実験が考えられます。統計的に求める必要があるのでもう少し大型の装置が必要かも知れません。あとは素粒子モデルの研究にも発展すると思います」と丁寧に説明しました。
さらに、森﨑先生から「逆にXENONnTで暗黒物質が検出されなかった場合、どのような展開が予想されるか?」とネガティブな結果を示唆する質問が出ると、山下先生は「次世代のXLZD実験では、暗黒物質と同じような信号を出す大気ニュートリノのノイズレベルまで到達したいと考えています。暗黒物質の検出に至らなくても、ニュートリノの質量や超新星背景ニュートリノの発見など別のアウトプットが出せるようにしていきたい。また、マイケルソン干渉計はエーテルの存在を確かめるために作られ、ネガティブが続き、最後は重力波の検出に使われて大きな成果を出しました。液体キセノンの検出器も同様の使い方ができないか検討したいと考えています」と回答しました。
山下先生「ブラックホール同志と連星中性子星の合体は、どのようにして見分ける?」
山下先生が質問する番になり、「ブラックホール連星合体と中性子星合体の違いは、どのようにして区別できるのか?」と問うと、森﨑先生は「中性子星はブラックホールより半径が大きく、合体直前に相手の潮汐力で歪められるので、少しだけ衝突までの時間が早くなります。そこで区別できますが、それを捉えるのは難しく、GW170817では無理でした。あとは重力波で特定した位置から光が出ているかを確認する方法ですね。プラックホールから光は出ないので、少なくともモノでないといけません」と返答。続いて山下先生は「中性子星合体では金が生成されるそう。どうやって金ができたと分かるのか? また一回の合体でどのくらいの金ができるのか?」と質問すると、森﨑先生は「金ができたかどうかを言うのは難しいです。はっきりしているのはRプロセスという放射性崩壊が起きて、いろいろな重元素が生まれたということです。その量は太陽質量の1%ということなので、地球の1万個分の重元素が撒き散らされ、その中には金だけでなくてレアアースも含まれるでしょうからお金持ちになれることは間違いありません。中性子合体は、まだ1-2個しか観測できておらず、イベントレートが不確定なのですが、一度にできる金など重元素の量と推定される合体の頻度を掛け合わせると、宇宙に存在する金の量がほぼ説明できるということまでわかっています」と回答しました。
さらに、山下先生から「日ごろ研究時間はどのように過ごされていますか? 例えば重力波が来たら夜中でもアラームのようなものがあるのでしょうか? また、これから重力波の研究が進むとどのような展開が予想されますか?」という質問が出て、「重力波の信号から天体の重さや発生源などを調べる解析は自動化されていて、日常的な管理は日米欧の研究者が分担し、それぞれの昼間に行っています。しかし、軽いもので光る可能性がある信号が来た場合は、夜中でもアラームを鳴らして叩き起こしてもらうようにセットしています(世界中の天文台に向けてアラートを流すため)。重力波のイベントはたくさん受かっており、現在は天体の質量やスピンの分布を調べる研究に焦点が移りつつあります。100個くらいの天体の質量を調べると、最初に観測されたGW150914の30倍の太陽質量くらいにピークがあり、60倍の太陽質量のブラックホール合体も見つかりました。LIGOでは、連星合体によりできた第二世代ブラックホールがさらに他のブラックホールと合体するシナリオも検討していて、ブラックホールの自転速度を注意深く調べています。ブラックホールは重くなると信号はうるさくなりますが、重力波の周波数は低くなってしまい、LIGOの感度で観測可能なのは100倍の太陽質量くらいまでです。それより重いブラックホール合体の重力波は、宇宙空間に干渉計を作って観測するという計画があります」 (森﨑先生)と回答しました。

115件の質問からピックアップして時間の限り回答
会場の参加者からはいつもと同じく、付箋に質問を記入し、休憩時間にホワイトボードに貼り付ける方法、オンライン視聴中の参加者からはWebアプリのSli.doに質問を書き込む方法を併用し、参加者からの質疑応答に臨みました。会場からは62件、オンライン視聴者からは53件と計115件の質問が寄せられ、講師の2人がピックアップして回答する形で進めました。
会場からは付箋に書き込む形で「重力波の信号からその発生源の天体の質量、位置などがどのようにしてわかるのでしょうか?」「重力波と暗黒物質が双方の実験に関わることはあるのでしょうか?」「宇宙には多くの連星がありますが、角運動量が保存されて衝突することは聞いたことがありません。なぜ連星中性子星だけが重力波を放出して合体するのですか?」「暗黒物質が増減しているか否かなどわかることはありますか?」「XENONプロジェクト以外にも地球上に他に検出器があった方が良いでしょうか?」などの質問が寄せられました。
また、オンラインのWebサイトからも「KAGRAの感度が伸びていないのは、サファイア鏡を極低温まで冷やせないのも一因と聞きましたが、地下の湿気は影響していますか?」「重力波は聞くことができるということですが、 重力波は空間の歪み、音は空気の疎密波と、全く異なるものです。重力波を音で聞くことに、どんな物理的な意義がありますか?」「重力波は空間の歪みが伝搬する波で、光ではないのになぜ光と同じ速さで伝わるのでしょうか?」「ニュートリノは高速だから暗黒物質ではないということでしたが、低速のニュートリノが大量に存在している可能性はないのですか?」「宇宙の温度のゆらぎからどうして宇宙の年齢が分かるのでしょうか?」「液化したキセノンは非常に密度が大きいとのことですが、ダークマターを直接探索する上でどう良いのでしょうか?」など様々な質問が寄せられ、二人は一つ一つ丁寧に回答していました。
宇宙ニュートリノ観測情報融合センターの伊藤センター長・教授「若い方たちにバトンを受け継いでいただき、私たちの夢の実現を」

最後に春の合同一般講演会を主催する宇宙線研究所・宇宙ニュートリノ観測情報融合センターの伊藤好孝センター長・教授が「お二人の研究はどちらも地下から宇宙を見るというものです。宇宙線の中でもニュートリノや重力波は何でも通り抜けてしまう、それを逆手に取って地下から観測しようという酔狂ともいえる実験です。重力波の観測は、原子核の1000分の1という距離の変化を捉え、暗黒物質の観測は、人間が放出している1億分の1のわずかな放射線、しかも頻度もわずかしかないものを探索するという、どちらも、とてつもない努力をしている研究だと思います。何の役に立つかわからないという話もありましたが、こうした努力が人間の文化、文明を作ってきた原動力ではなかったかと。社会の一部の人たちがこのような研究をすることを認めていただくことはとても大切なことではないかと思います。重力波はアインシュタインから100年で発見され、暗黒物質はツビッキーから90年で、まもなく100年を迎えます。100年がかりでようやくアインシュタインやツビッキーの夢を実現するレベルにまで来たということだと思います。研究者一人が活躍できるのは高々30-40年くらいですので、2、3世代がバトンリレーをやってここまで来たということです。ですから、これからは宇宙の研究を志す若い方たちにバトンを受け継いでいただき、私たちの夢、例えば暗黒物質が見つかったとしても質量を特定するまでには数十年くらいかかると思いますが、ぜひ引き継いで研究に加わってほしいと思います」とあいさつし、3時間に及ぶ同講演会を締め括りました。
講演の後の時間に自由質問
講演会場の外で参加者からの質問に答える森﨑准教授 笑顔で質問に答える山下特任准教授
関連リンク
イベントのホームページはこちら