シニアフェローの佐川宏行名誉教授がシニア向けのイベントで講演 テレスコープアレイ実験について語る

トピックス

 テレスコープアレイ実験グループの佐川宏行名誉教授(シニアフェロー)が6月13日、都内で開かれたビューティフル・エイジング協会(BAA)主催の「お話の会」に招かれて登壇し、アメリカユタ州で展開中のテレスコープアレイ実験の概要について報告し、東京大学の学部生を対象に行った海外体験活動プログラムの取り組みについても触れました。

都内で講演する佐川名誉教授

 同協会は、人材育成、調査・研究、指導・相談、情報収集・提供、交流事業などの活動を通じ、全年齢層のビューティフルエージング(豊かで有意義な人生を送る)を目指す一般社団法人で、この日、千代田区の星稜会館で開かれた「お話の会」には、長年勤めた企業団体などを退職し、第二の人生を楽しむ中高年の会員12人が参加しました。

 登壇した佐川名誉教授は、子供の頃から野球や卓球など運動が好きだったこと、高校入学前の春休みに熱心に勧誘されたことをきっかけに柔道部に入部し、進学先の東北大学でも柔道に打ち込み、インカレ東北大会中量級で優勝したこと、BAAの「お話の会」を主催されている方が、大学の柔道部の先輩であったということで今回のお話の会に招かれることになった経緯を説明しました。

 また、高校時代は物理の教師の授業がとても面白く、「その先生の『君らもノーベル賞を取れるよ』という口癖に乗せられ、同じ学年で物理に進んだ学生が多かったです」と佐川名誉教授。東北大学では4年生から素粒子物理の実験の研究室に所属し、理学博士を取得し、1985年に高エネルギー物理学研究所(現在の高エネルギー加速器研究機構)に就職、つくば市大穂にある周長3キロの粒子加速器を利用し、標準理論の検証やトップクォークの探索などを目的としたトリスタンAMY実験、さらに同じトンネルを利用して新たに組み上げたKEKB加速器で、B中間子を大量に作り、物質と同じ量だけ生まれた反物質が消えた謎を探るBelle実験に参加しました。2004年2月に現職場である東京大学宇宙線研究所に異動し、テレスコープアレイ実験に参加。現在7ヵ国約140人の研究者が参加するコラボレーションで、2015年から2023年3月末に退職するまで、宇宙線研究所のテレスコープ実験グループの代表として、また2011年から2017年までは、コラボレーションの共同研究代表者として実験を率いてきました。

佐川名誉教授の講演に聴き入る参加者たち

 佐川名誉教授は、宇宙線について「宇宙に存在する高エネルギー放射線(一次宇宙線)と、それらが地球大気に入射し、大気中の窒素や酸素と反応し、たくさんの粒子(二次宇宙線)を作り出す空気シャワーの2種類があります」と前置きし、テレスコープアレイ実験について、宇宙線の中でもエネルギーが特別に高い最高エネルギー宇宙線が作る空気シャワーを地表から観測し、①宇宙線のエネルギーがどこまで高いのか、②最高のエネルギーを持つ宇宙線がどこから来るのか、③どんな粒子か――を探索することが目的と説明。ユタ州の広大な砂漠に実験装置(700平方キロに507台の地表粒子検出器と3か所の大気蛍光望遠鏡ステーション)や、ヘリコプターを使った設置作業の様子を写真やビデオで紹介しました。

 佐川名誉教授は、①について、「宇宙線のエネルギーは高くなるほど地球まで到来する頻度が減っていきますが、1020電子ボルト付近でさらに減少することがわかりました。これより高いエネルギーの宇宙線はビックバンの名残の光に邪魔される頻度が増えて地球まで届かないというのが有力な解釈ですが、さらに詳細な研究を進めています」。②については、「2008年から5年間の間にテレスコープアレイ実験で観測された最高エネルギー宇宙線(5.7×1019電子ボルト以上)の到来方向を天球図にプロットしたところ、おおぐま座銀河団の近くにホットスポットと呼ばれる宇宙線の過剰が見つかっています。南半球のPierre Auger観測所のデータと合わせた全天の分布を見ると、近傍宇宙の大規模構造である超銀河面あるいは爆発的に星を形成する銀河(スターバースト銀河)の付近に過剰領域が分布しているようにも見えます」と話しました。③については、大気蛍光望遠鏡で観察した空気シャワーの形状から「陽子やヘリウムなどの軽い粒子の特徴と一致していますが、到来方向も含めて、もう少しはっきりしたことを知るために、1019電子ボルト以上でもっとイベント数が欲しいですね」と語りました。さらに、現在進行中のテレスコープアレイ実験の拡張計画(TAx4、TALE)について説明しました。

研究から派生した交流 小圃千浦氏への興味

 佐川名誉教授は、研究から派生した出来事として、ユタ州の実験サイト近くに第二次世界大戦中にあった日本人収容所「トパーズキャンプ」の跡や、現地の住民、関係する日系アメリカ人との交流についても触れました。きっかけは、実験サイトの建設を始める前に、建設に対する意見を募ったところ、近隣のデルタ市にあるトパーズ博物館から『歴史的なトパーズキャンプ跡を訪問する人の視野に検出器が入ることを望まない』という意見が寄せられたことでした[注1]。「地元の方たちとコミュニケーションを取るうちに、トパーズ博物館の創設者であるJane Beckwithさんと知り合い、トパーズ博物館に集まった展示品に記載された日本語のことなどで相談を受けるようになりました」と佐川名誉教授。2018年にJaneさんを通じて、トパーズキャンプに収容されたことがある日系一世の画家、小圃千浦氏の絵画の回顧展「Chiura Obata: An American Modern」[注2]がユタ大学内のユタ美術館で開催されることを知って参加、そこで小圃千浦氏の孫娘のKimi Hillさんと知り合いました。2021年度には東京大学の学生向けの海外体験活動プログラム(後述)として、Kimi Hillさんのオンライン講演会を企画し、日本ではあまり知られていない小圃千浦氏の足跡を認知してもらうことができたといいます。

 「ヨセミテ国立公園は1864年に設立され、それ以来、観光や開発によってヨセミテの自然環境は影響を受けてきました。小圃千浦氏が1930年代に日本画法で描いた作品は、アメリカ国民にヨセミテに対する新たな見方を促すきっかけを与えました。自然界に対する感謝と畏敬の念を表現した小圃氏の芸術は、「大自然」の保護に影響を与え続けています。彼はトパーズキャンプでは校長として美術学校を設立しました。、1954年にカリフォルニア大学バークレー校を退職した後、オバタツアーを29回も企画。彼は、企業経営者、大学教授、医師、造園家、画家など多くのアメリカ人を日本旅行に連れてきて、日本の芸術や文化を多くのアメリカ人に紹介することに貢献しました。バイデン大統領が2022年5月に来日して天皇陛下と会見した時に、小圃千浦氏の絵を贈り物として持参したほどで、アメリカではかなり有名なアーティストなんですね」

東京大学の学生向けの海外体験活動プログラムを企画

 佐川名誉教授は2019年から、東京大学の学部学生および大学院学生を対象とした海外体験活動プログラム(本部社会連携推進課)の海外体験活動プログラムにも企画を提案し、研究に関わる大学・機関を主体に、2019年度にはカリフォルニア・ユタへ、2021年度はCOVID-19のため全面オンライン、2022年度はニューユーク・ユタへのツアーを実施し、学部学生合計21人が参加。ユタ州の実験サイトやトパーズキャンプ跡、東京大学ニューヨークオフィス[注3]でのOBOGとの交流、日系の学生との集いなどを行いました。

東京大学ニューヨークオフィスでの交流会

 佐川名誉教授は「2022年度に参加した学生のうちの何人かは、産官学の連携から社会課題の解決を志す『東京大学Diligent』という学生団体を創ろうとしています。キャリア勉強会やボランティア活動などを通じ、優秀な人材を輩出する塾を目指すというもので、とても活発に活動していて、私も元気をもらっている感じですね」と話しました。 なお、6月10日に開催された宇宙線研究所での大学院進学のための交流会には、上記の2022年度の海外体験活動プログラムあるいは東京大学Diligent関係の学生が10名程参加しました。

宇宙線が作る空気シャワーをVRでも体験

 最後に、テレスコープアレイ実験グループに所属する信州大学の冨田孝幸助教が、宇宙線空気シャワーをVRで体験できるヘッドマウントディスプレイを提供し、全員がそれぞれ着用。長野市の信州大学工学部キャンパスの空から、”見える化”された大きな空気シャワーが降ってくるのを体験していました。

VRで再現された空気シャワーを体験する参加者

脚注

[1] こうした意見を反映し、テレスコープアレイ実験グループは、収容所跡からある程度の距離以内には検出器を設置ないように配慮することにしました。

[2] 2018年から、小圃千浦氏によって描かれた絵画の回顧展が、岡山県立美術館やスミソニアン・アメリカ美術館を含む5つの美術館で開かれました。

[3] 佐川名誉教授は東京大学ニューヨークオフィスイベントとして宇宙線研究所主催のシンポジウム「マルチメッセンジャーで宇宙をさぐる」を企画。COVID-19の感染拡大のため急きょ全面オンラインに切り替え、2022年2月12日に開催しています。