宇宙線研究所の高エネルギー天体グループで、マルチメッセンジャー観測を駆使したブラックホールや宇宙線の理論研究を行う川島朋尚さん(特任研究員/ICRRフェロー)が2023年1月22日、多摩六都科学館と宇宙線研究所が共催するサイエンスカフェで、「ブラックホールの光と影〜マルチメッセンジャーで探る極限天体〜」をテーマに講演し、応募した55人(うち38人はオンラインで視聴)が熱心に耳を傾けました。
多摩六都科学館との共催イベントは、同館と宇宙線研究所が2015年に締結した広報・啓発活動に関する相互協定に基づくもので、研究現場で得た知見を広く市民に提供し、科学文化の発展に寄与することなどを目的とし、1年に2回ほど開催しています。2020年度からはCOVID-19の感染拡大を受け、Zoomを使ったオンライン開催に移行しましたが、今回は多摩六都科学館の科学学習室に参加者の一部を受け入れ、Zoomのオンライン配信も含めたハイブリッド形式で開催しました。
宇宙線とは何か?
川島さんはまず、マルチメッセンジャー天文学という言葉について「宇宙そのものや宇宙で起きている現象を、いろいろなメッセンジャー(情報を運ぶもの)の観測と、理論研究で明らかにしようという比較的新しい天文学のことです」と説明し、天の川銀河の同じ銀河面を、電波から可視光、ガンマ線までの電磁波で観測した画像や、宇宙線、ニュートリノ、重力波などのメッセンジャー観測の模式図を示しながら、様々な物理現象を読み取ることができるという意義を解説しました。
ブラックホールシャドウ撮像の成功とその意義
その上で、自らも参加する国際共同研究プロジェクトであるイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)の成果について報告しました。アインシュタインの一般相対性理論の予測をきっかけに、存在が明らかとなったブラックホールは、光さえも吸い込んでしまう奇妙な天体で、直接的な観測は困難とされていました。しかし、世界中の電波望遠鏡 をネットワーク化して空間分解能(視力)の高い地球サイズの電波干渉計を作ることで、ブラックホールを光の輪の中心部に現れる影として捉えることに世界で初めて成功。2019年4月にM87銀河、そして2022年5月に天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホールシャドウ(それぞれM87*、いて座A*と呼び、「*」は「スター」と読みます)の画像を、世界中で同時発表しました。
川島さんは、ブラックホールにガスが流れ込んでいく降着流の一般相対論的磁気流体シミュレーションと、プラズマの輻射光が光子リングとなって捉えられる撮像イメージの予言を得意としており、ブラックホールシャドウの撮像で大きな話題となったEHTプロジェクトで理論解釈を担ってきた研究者です。川島さんは、ブラックホールの降着円盤について、「宇宙空間のガスがブラックホールの重力に引き寄せられ、渦のように回転しながら落ち込んでいくと、ブラックホール近傍で膨大なエネルギーを生み出します。滝の上から水が勢いよく落ちていくのに似ています。このときブラックホール周縁のガスは電離してプラズマ状態となり、明るく輝きます」と説明。電子レンジの中に蛍光灯を入れて電源を入れてすぐ、マイクロ波によりプラズマが発生し、蛍光灯が発光する様子を実験で示しました。
光子リングが形成されるメカニズムを説明する
光子リングが形成されるメカニズムについて、川島さんは「ブラックホール近傍では重力で光が曲げられ、光子球が形成されますが、光子が光子球の周回を外れ、地球にやってくる時に同じ軌道を回る光子と一緒になって強め合い、明るく見えます。この強め合った光が輪になっているのが光子リングで、理論によるとその直径はブラックホール直径の2.5倍ほどです」。さらに、「ブラックホールの半径は質量に比例することがわかっているので、観測の結果からブラックホールの質量が計算され、M87中心のブラックホールが太陽の約65億倍だと判明しました」と述べ、超大質量ブラックホール(太陽の100万-100億倍の質量)が存在することを直接観測で明らかにした、EHTプロジェクトの意義を強調しました。
また、「余談ですが・・・」としてSF映画「インター・ステラー」にも言及。「この映画はノーベル物理学賞も受賞した物理学者キップ・ソーン氏が監修していて、しっかりした計算がベースになっています。この映画に出てくるブラックホールシャドウは、今回私たちが撮像したものと少し異なるのですが、ブラックホールシャドウの形状は降着円盤にガスが降り積もる量によって異なり、ガスが多く降り積り、ぎっしりガスが詰まった標準的な降着円盤だと、たくさん冷えて薄くなります。実際にシミュレーションし、横から見てあげると、インター・ステラーで出てきたものと大体一致しています」と、丁寧に解説しました。
マルチメッセンジャー天文学の成果
続いて、マルチメッセンジャー観測による研究について言及。超大質量ブラックホールM87*の観測では、電波以外にも可視光、X線、ガンマ線など多波長を使った研究を実施しており、「観測されたスペクトルの分布と、理論モデルのシミュレーションを比較しましたが、うまく合わず、ブラックホールシャドウの形成領域と、高エネルギー電子の加速現場は異なるのではないか、という考察が浮かびました。色々な波長の光を使うと、そこで起きている様々な物理プロセスがわかります」と説明しました。また、「ニュートリノは宇宙線陽子が加速されると、極めて高い確率で出てきます。電荷がないので、方向は曲げられず、吸収もされません。ですので、ニュートリノは宇宙線の加速現場を知るための重要なメッセンジャーと考えられます」とし、南極点直下の氷中1500 mから2500 mの深さに光検出器を埋め込み、宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノを観測する国際共同プロジェクトIceCube にも興味を示しました。川島さんは「IceCubeによる、超大質量ブラックホールNGC1068(M77)の観測では、ニュートリノのホットスポットが見つかっており、宇宙線の加速現場の一つかと期待されましたが、ガンマ線の信号は予想以上に暗く、解決すべき重要なトピックとなっています」と語りました。
川島さんは、今後の研究課題として、ブラックホールの降着円盤の両極方向から出るジェットの噴出機構と、ブラックホールのスピン(自転)の大きさを挙げました。発見から100年も謎のままというジェットの噴出機構については、「ブラックホールのスピンのエネルギーを使うとジェットが説明できる可能性があります」としました。また、ブラックホールシャドウの撮像写真で、M87*の方にはジェットの様子が見えている一方、いて座A*の方には見えていないことに触れ、「これらを比較しながらジェットの噴出機構に迫るというのが一つの重要な戦略になります」とコメントしました。
ジェットの噴出機構について明らかにしたい
また、ブラックホールのジェットの回転軸がふらつく歳差運動のシミュレーション映像を示し、「ブラックホールの回転軸と降着円盤の軸がずれていると、ジャイロ効果が発生し、ジェットが歳差運動を起こします。これを手かがりに、情報が得ることが困難なブラックホールのスピンの大きさに迫れるかも知れません」とし、身近なジャイロ効果の例として地球ゴマを取り上げました。
次世代のEHTプロジェクトを展望
最後にEHTプロジェクトがさらに電波望遠鏡を追加し、次世代プロジェクトになった場合の成果について展望し、「アンテナの数が現在の約2倍になれば感度は100倍になり、いて座A*では見えなかったジェットが見えることが期待できます。また、その頃には地上からのガンマ線観測はMAGICからCTA(ともにスペイン・ラパルマ島にあるチェレンコフ宇宙望遠鏡)へ、ニュートリノ観測はIceCubeが第二世代へ移行し、感度はそれぞれ約10倍になっていますので、宇宙線が加速されてガンマ線やニュートリノが出てくる瞬間が捉えられるのではないかと個人的には非常に期待しています」と川島研究員。さらに、「アンテナを宇宙に設置してスペースVLBI(超長基線電波干渉計)を駆使できる時代になれば、スピンが速くなると起きる光子リングのずれの大きさを正確に測定し、プラックホールのスピンの大きさを絞り込める可能性にも期待しています」と抱負を述べました。
多くの質問に丁寧に回答
講演が終わると、会場から「M87*やいて座A*の光子リングの明るさに偏りがあるのはなぜですか?」「ブラックホールは光を吸い込むほどの重力があるのに、ジェットはなぜ噴出できるのですか?」「ブラックホールが四次元だというのはどういう意味でしょうか?」「ブラックホールは周りのものを吸い込んでどんどん質量が大きくなっていくのでしょうか?」「銀河の中心にあるブラックホールにはどのような役割があるのでしょう。銀河形成に関わっているのでしょうか?」など会場の参加者やZoom出席者から質問が出て、川島さんは一つずつ丁寧に回答していました。
関連するLINKやWebニュースなど
・東京大学宇宙線研究所 高エネルギー天体グループのページ
・2022年5月12日 【プレスリリース】天の川銀河中心のブラックホールの撮影に初めて成功
・2022年3月18日 【プレスリリース】天の川銀河中心の巨大ブラックホール天体「いて座A*」の構造
・2021年4月14日 【プレスリリース】多波長同時観測でさぐるM87巨大ブラックホールの活動性と周辺構造-地上・宇宙の望遠鏡が一致団結-
・2021年4月14日 【特集】チェレンコフ宇宙ガンマ線グループと高エネルギー天体グループの貢献-【プレスリリース】『多波長同時観測でさぐるM87巨大ブラックホールの活動性と周辺構造』に寄せて-