森山教授が「第2世代暗黒物質直接探索実験の幕開け」と題して講演〜Kavli IPMU・ICRR 秋の合同一般講演会2022〜

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 宇宙線研究所とカブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)が主催する秋の合同一般講演会が2022年12月11日、各研究室と視聴者をオンラインでつないで開催されました。事前に申し込んだ人だけがURLを入手できるYouTubeチャンネルは、一週間のアーカイブ公開期間を含めた視聴者が400人を超え、多くの方々が二人の講演と対談(クロストーク)に耳を傾けました。

 一般講演会は、研究成果を地元の方々に知ってもらおうと、宇宙線研究所の本部が柏キャンパスに移転した2000年ごろから毎年開かれ、Kavli IPMUが設立された後の2009年度からは合同一般講演会と名前を変え、春と秋の年2回、開かれてきました。直近では2022年4月に春の合同一般講演会が、柏市のアミュゼ柏に100人の観客を入れ、YouTube中継と合わせたハイブリッド形式で開催されています。

 今回の秋の合同一般講演会のテーマは「ダークマター探究 最前線」で、Kavli IPMUのエリサ・フェレイラ助教が「宇宙の”ダークサイド”:ダークマターの謎」、宇宙線研究所で暗黒物質直接探索グループの森山茂栄教授が「第2世代暗黒物質直接探索実験の幕開け」と題し、それぞれ講演。日本語、英語の同時通訳も入り、視聴者は日本語・英語と2種類のYouTubeサイトに分かれ、講演とクロストークを楽しみました。

森山教授の講演「第2世代暗黒物質直接探索実験の幕開け」

「暗黒物質の証拠は宇宙の至るところに」「未知粒子の発見で美しく解決する可能性あり」

 最初に講演したフェレイラ助教に続いて登場した森山教授は、暗黒物質が実在する証拠として、かみのけ座銀河団、銀河同士の衝突、宇宙の大規模構造に見られる顕著なムラ、さらには宇宙背景輻射の観測などに言及。かみのけ座銀河団では、その中の銀河が予想されるよりも高速で回転運動していることが観測されています。これは中心部に目に見えない物質があり、その重力によって銀河団に留まっていると考えられることを述べたうえで、「宇宙には見えていない物質が大量にあるという証拠がたくさんありますが、これら各スケールの未解決問題は、たった一つの未知粒子の発見で一気に美しく解決する可能性があります。我々の周りを飛び交う暗黒物質を同定することは、人類に課せられた大きな課題です」と語りました。

岐阜県飛騨市の神岡宇宙素粒子研究施設の居室からオンラインで講演する森山教授

「戦略は目標とする質量を決めること」

 暗黒物質は電荷を持たず、速度は銀河の回転速度程度と推測されます。また、質量に関しては、暗黒物質を、原子や分子と同じく、宇宙初期に高熱の平衡状態から発生し、現在に至っている未知の粒子とすると、その質量を陽子の1000分の1から100万倍に絞ることが考えられ、そのメインのターゲットとなるのがWIMP(弱い相互作用をする質量のある粒子)であると説明しました。森山教授は「これを観測するため、軽い方であれば電子、重い方であれば原子核を用意して、そこに衝突する現象を捉えるという戦略が立ち、スーパーカミオカンデのような水を満たした観測装置よりも、小さなエネルギーでもよく光る液体キセノン(LXe)を満たした観測装置を使うのが最適なのです」。ただし、衝突頻度があらかじめわからないうえ、暗黒物質の信号と中性子やガンマ線のノイズとを見分ける必要があります。

 そこで、2000年から2020年までの暗黒物質直接探索の第一世代、飛騨市神岡町でのXMASS実験(キセノンの有効質量が約100 kg)、イタリアでのXENON100〜XENON1T実験(キセノンの有効質量が約1000 kgまで)で、多くの技術革命に成功しました。森山教授はその具体例として、①装置の大型化(2000年に日本グループが提唱)、②水による遮蔽(2000年に日本グループが提唱し、その後建設)、③キセノン中のクリプトンを減らす蒸留塔の採用(2004年に日本グループが実証)、④放射能が非常に少ない光センサーの採用(2009年に日本グループが量産に成功)、⑤電子と原子核との衝突を区別する(2000年代に米国のグループが実証)—の五つを挙げました。

「この20年で大きな技術的革命 高感度化すれば垂涎の大発見につながる可能性」

 日本グループなど世界各国の27機関・約170人の研究者が参加する第二世代のXENONnT実験(キセノンの有効質量が約4000 kg)が2021年夏から、イタリアのグランサッソ国立研究所の地下施設でスタートしました。森山教授は、大型化された施設の概要について述べたうえで、液体キセノンを液体のまま世界一の純度まで純化できたことに加え、日本グループのアイデアで純化に伴いラドン(放射性不純物の一種)が発生する問題の解決に成功したことに触れ、「反応によって出てきた電子が液体キセノン中の不純物に捕まると、信号が弱くなり、これが大きな問題でした。実際に走らせてみると、XENONnTで観測されたノイズの量は、これまでのどの検出器よりも少ない状況です」と報告しました。

 一方で、神岡でのXMASS実験について、「大発見には至りませんでしたが、暗黒物質の存在範囲に大きな制限を付けることができ、太陽アクシオンや太陽ニュートリノ、さらに原子核物理の研究など、より広い新物理現象に高い感度を持つことを実証しました」とコメントし、11月に総まとめの論文”Direct dark matter searches with the full data set of XMASS-I”をアーカイブに投稿したことを報告しました。また、XENON1Tで2017-2018年に観測され、太陽アクシオンまたはボゾン粒子ダークマターなど新粒子による信号の可能性を発表していた「電子散乱現象」について、「XENONnT実験では同じエネルギー領域に超過は見られず、残念ながら新しい粒子の発見とはなりませんでした」と結論を述べました。

 XENONnT実験では、スーパーカミオカンデの技術を活用して液体キセノンの容器を覆う遮蔽用の水にガドリニウムを溶解し、中性子が出すノイズを見分けられるようにする更なる高感度化も予定に入っており、「日本発のアイデアで暗黒物質発見への切り札が与えられることでしょう。アメリカでほぼ同じ時期に、暗黒物質直接探索のLZ実験が始まりましたが、暗黒物質発見の際には相互に重要な検証のチームとなることが確実です。本当の発見までは長い道のりかと思いますが、今後の研究の進展と発見を、諦めずに楽しみにしていてください」と結びました。

多くの質疑がサイトに寄せられ、一件ずつ丁寧に回答

 講演者二人がお互いに質問し合うクロストークを挟み、専用サイトに寄せられた視聴者の質問の中から「いいね」が多いものを選択。「xenonの実験については、ダークマターが粒子であることが前提とされていますが、そうでなかった場合、検出することは可能なのでしょうか?」「銀河同士の衝突で、各々の重心がオフセットして衝突した場合、物質は「うず」を生じますが、付随するダークマターは『うず』を生じないのでしょうか?それともダークマターも回転運動をしているが、その回転運動を観測できないということでしょうか?」「ダークマターの候補が沢山ありますが、先生は個人的なご意見としてどれが最も可能性が高いとお考えですか?」「ダークマターの寿命は宇宙の寿命程度とのことであったが、ダークマターは時の経過により、次第に減少するとのことでしょうか?」「ダークマターがキセノン原子核にぶつかると、なぜ電子が出てくるのですか?」など多くの質問が寄せられ、フェレイラ助教と森山教授は一件ずつ丁寧に回答していました。

関連リンク

秋の合同一般講演会2022のホームページ

【プレスリリース 2020.06.17】暗黒物質直接探索実験XENON1Tが電子散乱事象の超過を観測
【トピックス 2022.7.22】暗黒物質探索実験XENONnTによる最初の新物理探索の成果:電子反跳事象に関する最新観測結果

<暗黒物質直接探索グループのホームページは以下のリンクから>
「XENON実験東大グループ」
「暗黒物質検出器開発 
「XMASS実験」