高エネルギー天体グルーブに所属する宇宙線研究所助教の衣川智弥さんがこのほど、2021年度の古在由秀賞を受賞したことが、天文学振興財団のホームページで公表されました。受賞題目は “Research on Gravitational Waves from Population III stars” (種族III星からの重力波の研究)です。
古在由秀賞 (賞状・賞牌及び賞金30万円) は、天文学振興財団 (観山正見理事長) が、天文学に関する顕著な業績に対する表彰を行い、社会における天文学の振興に寄与することを目的に、2020年度から吉田庄一郎記念・ニコン天文学業績とともに設置したもので、理論天文研究において顕著な業績をあげた研究者や、国際的に天文学の推進に貢献した研究者を対象としています。宇宙線研究所からの受賞は衣川さんが初めてとなります。
衣川さんは2016年3月、京都大学大学院理学研究科の物理学・宇宙物理学専攻修了で、日本学術振興会特別研究員DC1を経て理学博士を取得した後、宇宙線研究所の特任研究員として2年間勤務しました。その後、東京大学大学院理学系研究科 (日本学術振興会特別研究員SPD) を経て、2020年1月に宇宙線研究所助教に就任しています。
衣川さんは、金属量がゼロの宇宙で最初に生まれた初代星(種族III星)の連星の進化を計算する数値計算プログラムを、2014年に世界で初めて完成させた研究者として知られています。計算精度が1%から6%のこのプログラムを用いて、100万体の初代星連星からなる計算をした結果、最近の種族I, II星 (金属が多い星と金属の少い星) では主に連星中性子星が形成される一方で、宇宙初期の種族IIIの初代星では、質量が太陽質量の30倍程度同士の連星ブラックホールが主に形成され、重力波の放出によって合体するという重要な結果を2014年、論文で発表しました (T. Kinugawa, K. Inayoshi, K. Hotokezaka, D. Nakauchi, T. Nakamura,“Possible indirect confirmation of the existence of Pop III massive stars by gravitational wave”, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, 442, p2963-2992 (2014))。加えて、この重力波が日本のKAGRA や米国のadvanced LIGO 等のレーザー重力波干渉計で検出可能な頻度と強度を持つことも示しました。
天の川銀河系で観測される種族Iの星が起源の、X線連星内にあるブラックホールの質量は太陽質量の10倍程度です。重力波が直接観測される以前の2014年の時点で、太陽質量の30倍程度の重いブラックホールが存在する可能性を指摘した文献はありませんでした。衣川さんは2015年6月、大阪で開催された国際会議 GWPAW2015 (Gravitational Wave Physics and Astronomy Workshop 2015) で、この結果を発表し、2015年9月から始まるLIGOの世界初の重力波の観測で、検出されるだろうと予言しました。実際、LIGOによる翌年の記者会見でこの予言が現実となったことが明らかにされ、LIGOが初検出をまとめた論文でも「驚くべきことに、GW150914の質量は2014年に衣川 et alが予言した質量に一致する」と引用され、高く評価されました。 衣川さんが予言した中性子星やブラックホールの連星合体は、その後のLIGO、Virgoなどの重力波観測でもことごとく見つかっており、そのイニシアティブと独創性が高く評価され、2018年2月に第34回井上研究奨励賞 (宇宙初期からの連星進化計算と連星ブラックホールからの重力波検出率) と、同じ年の4月に2018年度の科学技術分野・文部科学大臣表彰若手科学者賞 (初代星起源コンパクト連星からの重力波についての研究) を単独受賞しています。
今回の受賞について衣川さんは「このような栄誉ある賞をいただけてまことに光栄です。これも共同研究者の方々や家族の支えがあったおかげです。今後も今まで以上に研究に邁進していきたいです」とコメントしています。