【実施レポート】宇宙・素粒子スプリングスクール2022をオンライン開催 大学3年生31人が参加

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 宇宙・素粒子の分野で大学院への進学を希望する大学3年生のための「宇宙・素粒子スプリングスクール2022」が2月28日から、東京大学宇宙線研究所を拠点にオンラインで開催され、全国から31人が参加しました。

スプリングスクール最終日に撮影した参加者及び教員、TAなどの集合写真

 今回も前回に引き続き、COVID-19の変異株の感染拡大を受け、首都圏などがまん延防止等重点措置が出される中での開催となり、昨年は中止された「ニュートリノ物理」と「重力波天文学」を含めた六つのプロジェクト研究、集中講義及び成果発表会などは、全てZoomによるオンラインで実施しました。

 「ニュートリノ物理」グループは、スーパーカミオカンデ(SK)で使用しているものより小型の直径20センチの光電子増倍管2基とプラスチック製の水槽などの材料を用いて、反電子ニュートリノ事象であるディレイド・コインシデンス反応(逆ベータ崩壊)を観測する実験装置のセットアップに挑みました。実験装置の組み立てなどは指導教員らがSKのある神岡鉱山の地下構内で行い、学生はZoomによるリモートで参加しました。シミュレーションの結果などから水槽の壁面に反射材を貼り付けた方が効率よくチェレンコフ光を集められることを学生たちが推測し、急きょ鏡面反射フィルムを水槽の内側に設置。逆ベータ崩壊と似た反応を起こすアメリシウム/ベリウム線源とシンチレーター(Bi4Ge3O12)を用いて検証を行い、実際に反射材によって検出効率が約7倍となることを確かめました。指導にあたった竹田敦准教授は「反電子ニュートリノに現実的な感度をもつ簡易な検出装置を作るのは難しい課題だが、検出器の原理についてはこのような簡易な検出器でも十分に学ぶことができる。さらに検出器の感度を良くするにはどうすればよいかを学生が主体的に考えて、短い期間の中で実際に感度を上昇させることができたことは良い経験になったと思う」とコメントしました。

 「重力波天文学」グループは、アメリカのLIGO(LivingstonとHanford)、イタリアのVirgoの観測データがこれまでに観測した約90の重力波信号から数個を選び、合体後のブラックホールが出している固有の振動モード(準固有振動:QNM)を解析して、ブラックホールの質量、スピンの決定を試みる「QNM班」、離心率を考慮した重力波形データを解析し、コンパクト連星系の形成モデルを探索する「離心率班」の二つに分かれ、それぞれ解析に取り組みました。QNM班は、LIGOが観測したGW190521の信号をMatched Filter法を用いて解析し、優勢モードの(2,2)は有意と言えるが、高次モードの(3,3)は有意とは言えないことを導き出しました。また、離心率班はGW190814の信号で、初めて離心率の兆候を確認し、それぞれ別にコンパクト天体となったものが連星を形成した可能性を引き出しました。指導にあたった田越秀行教授は「時間が少ない中、皆さん大変頑張りました。もし離心率の兆候が統計的に有意であると確認されれば、学術論文にできる素晴らしい成果です」とコメントしました。また、スクール期間中の3日目には、内山隆准教授の案内によってKAGRAサイトのリモート見学会がライブ中継で行われ、オンラインながらトンネル内のKAGRA検出器を間近に体験してもらいました。

 「観測的宇宙論」グループは、すばる望遠鏡の観測データから機械学習を用いるなどして選んだ、宇宙初期の形成初期銀河と似た性質を持つ近傍の6つの極金属欠乏銀河に対して、精密な面分光データの分析を行いました。このうち4つの極金属欠乏銀河については力学質量とガス質量、星質量、そこから計算した暗黒物質質量を推定。これらの相対比較を行ったところ、3つの銀河の暗黒物質の割合が宇宙平均(80%)より多く、金属量が大きいと推定される銀河ほどガス質量の比率が少ないなど、ΛCDMモデル(暗黒物質が密度揺らぎを成長させ、宇宙の大規模構造を作ったとの仮説)に基づく銀河形成の描像と矛盾しない結果を得ました。さらに、暗黒物質が極端に少ない可能性がある極金属欠乏銀河1つを発見しました。これは、銀河の衝突・合体で暗黒物質だけが両側にすり抜けた天体で「5000万年ほど前に銀河合体を起こして現在の姿になった」などと考察しました。指導にあたった大内正己教授は「観測データから様々な物理量を引き出し、学生さん達が天体の物理状況をワイワイ議論するなかで、面白い発見ができました」と話しました。

 「最高エネルギー宇宙線」グループは、TA実験などで実際に使用している地表粒子検出機(プラスチックシンチレータ、光電子増倍管)を柏キャンパスの実験室の四隅に設置し、5日間にわたり、宇宙線が大気の分子にぶつかって出来る空気シャワーを観測する実験を行いました。学生はZoomで実験にリモート参加。得られた1568イベントの宇宙線の到来方向を計算して解析し、「宇宙線は赤経赤緯に対して等方的である」との仮定に矛盾しない結果を得ました。また、イベントの時刻と到来方向を、既存の観測データから作られたガンマ線バースト(GRB)のデータペースと照らし合わせ、GRBが作り出した空気シャワーの信号の候補について評価。宇宙初期の密度揺らぎによって生成する原始ブラックホールの蒸発によるガンマ線を観測する可能性を探る中から、一つのイベントの検出に0.01秒程度かかる検出器の限界にも言及しました。指導した﨏隆志准教授は「実験装置を実際に触れることができなかったけれど、装置の較正、自分で書いたプログラムでの空気シャワー解析、最後はGRBやブラックホール蒸発の可能性の議論まで幅広く研究の体験をできたと思います。一人一人が自分の担当を追求し、最後にまとまった成果に仕上げてくれました」とコメントしています。

 「高エネルギーガンマ線天文学」グループは、カニ星雲の中心にある天体について、Fermi衛星による周期的パルス放射の観測データや、チェレンコフテレスコープアレイ(CTA)の大口径望遠鏡(LST)1号基による定常ガンマ線の観測データを解析することで、その正体に迫るという課題に取り組みました。パルスの周期やその変動、ガンマ線のフラックスから、その天体の直径と重さを推測。さまざまな天体の直径と質量の相関を示した散布図のどこにあたるかを推定しました。Fermi衛星の観測データを太陽中心に重心補正することで規則正しいパルス周期を割り出し、LSTの観測データから機械学習を使ってバックグラウンドを取り除いてガンマ線のフラックスを再構成。回転のスピードが光速を下回ることや、輝度が回転エネルギーを下回るなどの関係式を使い、散布図の領域を絞り込み、カニ星雲の中心にある天体が、中性子星かブラックホールである可能性を導き出しました。指導した齋藤隆之助教は「完全リモートで、時間も限られている中で、学生たちは積極的に質問、議論をし、解析について理解を深めてくれました。ガンマ線天文学の面白さが少しでも伝わったのであれば嬉しい限りです」と語りました。

 「超高エネルギー宇宙線」グループは、前年に引き続き、宇宙線が大気中で作る空気シャワーで生まれ、地表に降り注ぐμ粒子を、PMTと三枚のプラスチックシンチレータとアルミニウムを挟んだ装置で捉え、その寿命を推定する実験をリモートで行いました。真空が甘くなり、アフターパルスが出る原因となっていた古い光電子増倍管を交換し、μ粒子の寿命を再測定したところ、アフターパルスの影響を完全に取り除くことはできませんでしたが、より理論値に近い結果が得られました。グループでは、装置に磁場をかけることでμ+とμを分けて別々に寿命を計測してはどうか、というアイデアも出し、最大1.4テスラのネオジム磁石バーを調達すれば、それが可能であるという考察も行いました。指導にあたった川田和正助教は「オンライン実習となりデータ解析に重点を置きましたが、参加者全員が高エネルギー研究に広く用いられている解析ツール「ROOT」を使いこなせるようになりました。学生同士の議論の中でデータ解析による問題点も指摘され、それを系統誤差として計算し追加できた点は良かったと思います。磁場による電荷弁別については、具体的な実験セットアップまでは詰められませんでしたが、実現の可能性の議論は非常に楽しめたと思います。」と話しています。

 最終日の4日午後、各グループによる30分間のプレゼンテーション及び質疑応答が行われ、審査の結果、「最高エネルギー宇宙線」グループが最優秀賞を受賞しました。

■ プロジェクト研究の詳しい様子は、こちらのページをご覧ください。

■ 宇宙・素粒子スプリングスクール2021の概要は、こちらのページをご覧ください。