佐古特任助教「チベット実験がぺバトロンの証拠を発見」をテーマにオンライン講演〜多摩六都科学館と共催のサイエンスカフェ

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 チベット実験・アルパカ実験グループで超高エネルギー宇宙線について研究する佐古崇志特任助教が2022年1月30日、多摩六都科学館と宇宙線研究所が共催するオンライン・サイエンスカフェで、「チベット実験がぺバトロンの証拠を発見~銀河面から史上最高エネルギーのガンマ線を観測」をテーマに講演し、事前に応募した37人がオンライン視聴しました。

 多摩六都科学館との共催イベントは、同館と宇宙線研究所が2015年に締結した広報・啓発活動に関する相互協定に基づくもので、研究現場で得た知見を広く市民に提供し、科学文化の発展に寄与することなどを目的とし、1年に2回ほど開催されています。今回のカフェも、COVID-19の感染拡大を受けたまん延防止等緊急措置が34都道府県に適用されるなか、前回と同じZoomによるオンラインで実施されました。

宇宙線とは何か?

宇宙線研究所(千葉県柏市)の6階大セミナー室から中継した佐古特任助教サイエンスカフェ

 佐古特任助教は、宇宙線について「宇宙から降ってきているさまざまな粒子のことです」と説明し、土などに含まれる微弱な環境放射線しか知られていなかった1912年、オーストリアの物理学者ビクター・ヘスが、箔検電器を持って気球に乗り、放射線の強さを測定する実験を行い、宇宙線を発見したことを紹介しました。この実験では当初、高度を上げるほど放射線が弱くなることが想定されましたが、意外にも強くなることが分かり、「宇宙から何か降ってきている」ということを実証する結果となったとされています。

 また、「宇宙線の粒子には、陽子、電子/陽電子、ガンマ線、ニュートリノなどがあり、理論的な予測から、エネルギーがPeV領域(1ペタ電子ボルト=1015eV)までの宇宙線は、天の川銀河の中で作られていると考えられていますが、観測で宇宙線の発生源を特定するのは簡単ではありません」とし、その理由としては陽子など宇宙線のほとんどが電荷を持ち、銀河系内の磁場を通過する際に力を受けて進行方向を変えるため、宇宙線の到来方向が発生源の方向を指し示さないことを挙げました。

宇宙線のエネルギーと到来頻度を示したグラフ。エネルギーの高いものほど頻度は小さくなるという。

ぺバトロンの証拠を探せ! 

 PeV領域とは、人類が作り出した最強の粒子加速器の100倍以上も高いエネルギーです。宇宙線をPeV領域まで加速する天体「ぺバトロン」としては、超新星残骸や銀河系中心の巨大ブラックホールなどが候補とされてきましたが、観測的な証拠はありませんでした。そこで、チベット実験では、銀河系内でぺバトロンを発見することを目標に、発生源から真っ直ぐに地球にやってくるガンマ線に着目しました。ガンマ線とは、可視光線やX線よりもエネルギーの高い電磁波のことを意味しています。

 「とくに100TeV(テラ電子ボルト)クラスのガンマ線は、PeV領域まで加速された宇宙線陽子に叩き出されて発生するため、発生源の近くだけから来るとは限らず、およそ30年に一度起きるされる超新星爆発で過去に生まれたPeV宇宙線がプールのように漂う銀河面からも飛んでくると想定されます」と佐古特任助教。

 チベット実験で確認されたのは、まさにこの銀河面からの拡散ガンマ線でした。

発生源から真っ直ぐに到来するガンマ線に着目

ガンマ線起源の空気シャワー

 宇宙線は地球の大気圏に入ると、空気の分子と衝突して枝分かれし、無数の粒子となって地上に降り注ぎます。これを宇宙線の空気シャワーと呼びます。

 チベット実験は、チベット自治区羊八井(ヤンパーチン)の標高4300メートルにある日中共同の空気シャワーアレイを使用します。このアレイは、宇宙線の空気シャワーを、荷電粒子が通過すると光を発するプラスチックシンチレータを等間隔に設置した地表粒子検出器約800基で捉えます。さらに、空気シャワーに含まれる宇宙線ミューオンを観測するため、スーパーカミオカンデの仕組みと同じ⽔チェレンコフ型ミューオン観測装置を実験サイトの地下に設置し、ミューオンが極端に少ない空気シャワー(ガンマ線)を選別する仕組みです。

 今回の講演は、スライドでの説明に加え、宇宙線研究所6階の展示コーナーに場所を変え、チベット実験に関する実験装置の実物を指差しながら説明する時間も設けられました。

チベットの地表粒子検出器に設置している光電子増倍管を示しながら説明する佐古特任助教(iPhoneで中継)

 

ガンマ線の観測結果から分かったこと

 こうしてチベット実験でガンマ線の観測データが得られるようになったのは2014年からのことでした。それによる大きな成果の一つは、2021年3月に東京大学からプレスリリースされたぺバトロンの候補天体です。ケフェウス座の⽅向、地球から約2600 光年の距離にある超新星残骸G 106.3+2.7では、分子雲の場所から0.1PeV(1014eV)のガンマ線が来ていることが発見され、ぺパトロンの有力候補とされました。「PeV領域まで加速された陽子が分子雲の中で水素原子と衝突し、一桁小さなエネルギーのガンマ線を叩き出したと推測されています」。

 もう一つの決定的な成果が、過去の超新星爆発で生まれ、銀河系内を漂う宇宙線陽子が星間物質と衝突して生んだとされる100 TeV 以上の拡散ガンマ線信号で、2021年4月にプレスリリースされました。佐古特任助教は、これについて、「雑音を観測した可能性、既存のガンマ線天体からの可能性などを考慮してもなお、銀河面から来ている拡散ガンマ線であると言えます。これは世界初の観測で、銀河系内にペバトロンが存在したことを実験的に証明したことになります」と結論づけました。

ペバトロンの候補となった超新星残骸G106.3+2.7の想像図。黄色い点は、宇宙線が分子雲のガスと衝突し、ガンマ線が放射されている様子を表している。©️東京大学宇宙線研究所 / 若林菜穂

銀河中心の観測へ

 さらに、HESSチェレンコフ望遠鏡の研究では、チベット実験の視野から外れている銀河系の中心領域が宇宙線の起源になっていることを示唆する結果が出ていることを示し、チベット実験と同様の観測装置を南半球ボリビアのチャカルタヤ山に設置するALPACA実験について説明。「コロナの影響もあり、はっきりしたことは言えませんが、できる限り早くデータを取れるようにしたいと思います」と語りました。

南半球のボリビア・チャカルタヤ山に建設中のアルパカ実験の詳細を説明するスライド

視聴者からの質疑に回答

 視聴者からは随時、チャットの質問が佐古特任助教に問いかけられました。

 「ヘス博士は宇宙線を霧箱で観測したのでしょうか?」「ミュー粒子のチェレンコフ光検出装置の水は純水ですか?」「ペバトロンが粒子を 1PeVまで加速するメカニズムは、観測から解明できますか?」「ニュートリノはペバトロンから放出されていますか?またニュートリノの検出装置からの観測はありますか?」「チベット実験はいつから行われていたのですか? そして、アルパカ実験はいつから行われるのでしょか?」「視野外とは、南半球からの観測のデータがないからでしょうか?」などの質問を司会者が読み上げると、佐古特任助教は一つ一つ丁寧に回答していました。

多摩六都科学館でサイエンスカフェの司会を務める成田孝光さん

 佐古特任助教は、2005年に東京大学大学院修士課程の学生として宇宙線研究所に来て以来、チベット実験グループに加わり、銀河系内のペバトロンを探索する研究を続けてきましたが、最近ようやく長年の努力が実り、成果が出てきたといいます。「私たちは今回、0.1PeV以上のガンマ線の観測という重要な結果を出しましたが、銀河中心の巨大ブラックホールなど見えない領域があり、まだまだわからないことも多いので、ぜひ応援していただきたいと思います」と笑顔で語りました。