【プレスリリース】なぜ物質は完全消滅を免れたのか?〜重力波で探る物質の起源〜

プレスリリース

東京大学国際高等研究院カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
東京大学宇宙線研究所(ICRR)
高エネルギー加速器研究機構(KEK)

1. 発表概要

 カリフォルニア大学バークレー校教授を兼ねる東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構  (Kavli IPMU)  の村山斉(むらやま・ひとし)  主任研究者ら米国、日本、ドイツ、カナダの研究者からなる研究グループは、宇宙初期の相転移の際に出来たとされる「宇宙ひも」から生じる重力波を観測することで、相転移がニュートリノに物質と反物質の入れ替えを可能とさせたとする従来の理論を実証できることを指摘しました。この重力波は、欧州や日本で将来計画として検討されている宇宙重力波望遠鏡によって検出できる可能性があり、もし観測できればこの宇宙が物質優勢になった謎の解明につながると期待されます。
本研究成果はアメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌  (Physical Review Letters)  に2020年1月28日(米国東部時間)付で掲載されました。また、注目論文としてEditor’s Suggestionに選定されました。Editors’ Suggestion は編集者が選抜するもので、特に重要かつ興味深い成果と判断された論文が選ばれます。

図. インフレーションは、初期のミクロな宇宙をマクロな大きさまで引き延ばし、宇宙のエネルギーを物質に変化させた。しかその際には物質と反物質は同量作られたと考えられていて、いずれ完全に対消滅する運命だった。著者たちは、インフレーション後の相転移が物質と反物質の量のわずかな不均衡を生じさせる可能性について議論している。そのような相転移が、「宇宙ひも」と呼ばれるゴム紐のような網状構造を作り出したとし、宇宙ひもからの重力波は相転移後138億年を経て、初期の高温高密度の宇宙を通り抜け今日の我々のもとに到達していると考えられる。そのため、現在稼働中もしくは将来の重力波観測実験で発見される可能性が高い。 (Original credit: R. Hurt/Caltech-JPL, NASA, and ESA Credit: Kavli IPMU – Kavli IPMU modified this figure based on the image credited by R. Hurt/Caltech-JPL, NASA, and ESA)

2. 発表内容

物質優勢の宇宙が生まれた謎に迫る

 ビッグバン理論によると、宇宙の初期において物質と反物質は同じ量作られたと考えられていますが、現在の宇宙では物質だけが残り私たち人間をはじめ、星や銀河などあらゆるものが物質から構成されています。物質と反物質が同量であれば対消滅でいずれも消えてしまったはずですが、反物質のみが無くなり物質だけが残ったという状況はビッグバン理論と矛盾しています。宇宙の初期に、少量の反物質が物質に変わり物質と反物質の間に10億分の1程度の不均衡が生じたことで、物質優勢の今の宇宙になったと考えられています。しかし、いつどのようにして物質と反物質の間の不均衡が生じたのかは謎のままです。
 「誕生から約40万年間の宇宙は光を通さず不透明です。そのため通常の望遠鏡では観測が難しく、我々がなぜ存在するのか?という根源的な疑問に答えるのは困難です」とカリフォルニア大学バークレー校の Jeff Dror 研究員は述べます。

宇宙初期の相転移が反ニュートリノをニュートリノに変える
〜レプトジェネシス機構〜

 物質と反物質は反対の電荷を持っているため、入れ替わることができません。しかし、ニュートリノは電気的に中性な粒子であり、反物質から物質の入れ替えが可能な最も有力な候補とされています。多くの研究者が支持する理論は、宇宙初期の相転移が、ニュートリノに物質と反物質の入れ替えを可能とさせたとする理論で、Kavli IPMU の柳田勉客員上級科学研究員 (現 上海交通大学特別招聘教授) や福来正孝上級科学研究員等が提唱したレプトジェネシス機構と呼ばれるものです。
 「相転移は、水で言うと沸騰した水の水蒸気への変化や、冷たい水が氷へ変わるといった状態の変化のようなものです。物質の振る舞いは、臨界温度と呼ばれる特定の温度で変化します。他の例としては、リニアモーターカーの磁気浮上技術やガン診断に用いられる核磁気共鳴画像法(MRI)に利用される金属の超伝導体への変化です。ある特定の金属を低温に冷却していくと、相転移が起き電気抵抗が完全に失われて超伝導体になります。超伝導体のように、初期宇宙の相転移では、『宇宙ひも』と呼ばれる磁場の非常に細いチューブが作り出された可能性があります」とカリフォルニア大学バークレー校教授を兼ねる村山斉 Kavli IPMU 主任研究者は述べます。研究グループは、宇宙初期の相転移で出来た宇宙ひもが、自ら小さくなろうとする際に重力波が生じると考えました。そして、この重力波は、欧州で計画されているLISAやBBO、日本で計画されているDECIGOといった、将来の宇宙重力波望遠鏡によって検出できる可能性があると指摘しました。

宇宙ひもによって生じた重力波観測の可能性

 「重力波による近年の発見は、宇宙の歴史を更に遡る新たな機会をもたらしました。重力は宇宙初めから隅々まで伝搬しているからです。初期宇宙が、現在の宇宙で最も熱い場所より1兆倍から1000兆倍も熱かった場合には、ニュートリノは物質を生き残らせるのに十分な振る舞いをした可能性があります」とカナダの国立粒子加速器センター (TRIUMF)  Graham White 研究員は述べます。
 さらに、Kavli IPMU 客員科学研究員を兼ねる高エネルギー加速器研究機構 (KEK) の郡和範准教授はそれぞれ下記のように述べています。
 「宇宙ひもからの重力波は、ブラックホールの合体といった天体物理学的に生じる重力波とは明らかに異なるスペクトルを持ちます。そのため、重力波源が確かに宇宙ひもであるとはっきり確信することは十分可能です。」
 研究グループが示すように、相転移で生じた宇宙ひもからの重力波が検出されれば、相転移がニュートリノに物質と反物質の入れ替えを可能とさせたとするレプトジェネシス機構の実証に繋がり、この宇宙が物質優勢になった謎の解明の一歩になると期待されます。更には、レプトジェネシス機構 の実証に加えて、ニュートリノが他の素粒子と比較して非常に小さな質量を持つ謎の解明にもつながると研究グループは指摘します。村山斉Kavli IPMU主任研究者は、「科学の究極の問いである『なぜ私たちが存在するのか?』について知ることができたら本当に面白いと思います」と述べています。

ICRRの平松研究員「宇宙ひもに当てられた新しい光」

 宇宙初期の宇宙ひもから暗黒物質候補のアクシオンが生成される過程についての理論的研究を行った経験がある宇宙線研究所の平松尚志特任研究員( ICRRフェロー)は、今回の成果にも”宇宙研究”のサイドから貢献しました。
 平松研究員によると、”宇宙ひも”は、宇宙の時空が相転移する際、その位相的欠陥に沿って形成される特殊な領域のことで、宇宙の大規模構造の原因となった可能性やダークマターの候補と考えられるなど、1960年代から多くの研究がされて来ました。しかし、NASAの宇宙探査機WMAPなどによる宇宙背景放射の観測で、温度揺らぎについての詳しい解析結果が得られ、宇宙初期の量子ゆらぎの関与が決定的となってからは、宇宙ひもは存在するとしても影響は少ないと見積もられるようになり、あまり光が当たることはなかったといいます。
 「それが物質優位の宇宙を実証するモデルの中で重要な役割を果たし、宇宙ひもによる重力波で将来実証できるかも知れない、という形で再び光が当たるとは、とても感慨深い気持ちです。今回は妥当性の議論だけだったので、半解析的な手法による検証しか行っていませんが、スーパーコンピュータによる3次元の場の理論のシミュレーションが実現すれば、観測すべき重力波のスペクトルがさらに絞り込まれることでしょう」
 また、宇宙誕生から現在に至るまで、複数回の相転移を経ていると考えられ、その度に宇宙ひもが出現していた可能性もあるといい、「一度は廃れたと言ってもいい宇宙ひもの研究も、粒子加速器では到達し得ない超高エネルギーの物理を探索するという新たな役割が与えられたということかもしれません」と将来的な研究の可能性についても言及しました。

3. 発表雑誌

雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル
:Testing Seesaw and Leptogenesis with Gravitational Waves
著者
:Jeff A. Dror (1, 2), Takashi Hiramatsu (3), Kazunori Kohri (4, 5, 6), Hitoshi Murayama (1, 6, 2, 7), and Graham White (8)
著者所属

1. Department of Physics, University of California, Berkeley, CA 94720, USA
2. Ernest Orlando Lawrence Berkeley National Laboratory, Berkeley, CA 94720, USA
3. Institute for Cosmic Ray Research, The University of Tokyo, Kashiwanoha 5-1-5, Kashiwa 277-8582, Japan 
4. Institute of Particle and Nuclear Studies, KEK, 1-1 Oho, Tsukuba 305-0801, Japan
5. The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI), 1-1 Oho, Tsukuba 305-0801, Japan
6. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), University of Tokyo, Kashiwa 277-8583, Japan 
7. Deutsches Elektronen-Synchrotron DESY, Notkestrasse 85, 22607 Hamburg, Germany
8. TRIUMF, 4004 Wesbrook Mall, Vancouver, BC V6T 2A3, Canada
DOI番号
: (2020年1月28日掲載)
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.124.041804
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