【プレスリリース】宇宙初期の巨大炭素ガス雲の発見〜アルマ望遠鏡がとらえた宇宙最初の環境汚染〜

プレスリリース

 デンマーク・コペンハーゲン大学の藤本征史ドーン・フェロー (2019年3月まで東京大学宇宙線研究所の博士課程に在学)を中心とする国際研究チーム(注1)は、アルマ望遠鏡を使った観測によって、宇宙初期にある銀河の周囲に半径約3万光年におよぶ巨大な炭素ガス雲があることを世界で初めて発見しました(図2)。炭素ガスは、宇宙が誕生した時には存在していなかったと考えられています。この発見から、宇宙初期に生まれた星が核融合反応で炭素を作り、これが銀河周辺にばらまかれて巨大な炭素ガス雲を形成していたことが分かりました。これまで、国内外の研究グループによって作られた理論モデルでは、このように巨大な炭素ガス雲の存在は予言されていないことから、従来の宇宙進化の考え方に一石を投じる発見になりました。

 本研究成果は、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』電子版に12月16日付けで掲載される予定です。

図1:観測結果をもとに描いた、銀河を大きく取り囲む炭素ガスの想像図。中心部分に青白く見える星の分布に比べておよそ5倍の広さに炭素ガスが分布しています。Credit:国立天文台

【発表者】

藤本 征史(コペンハーゲン大学 ドーン・フェロー)
大内 正己(東京大学 宇宙線研究所 教授/国立天文台 科学研究部 教授)

【発表のポイント】

◆ 宇宙初期の銀河の周囲に、巨大な炭素ガス雲があることを世界で初めて発見しました。
◆ 宇宙初期に生まれた星が核融合反応で炭素を作り、これが銀河周辺にばらまかれて巨大な炭素ガス雲を形成していったと推定されます。
◆ 現在の理論モデルでは巨大な炭素ガス雲は再現されず、従来の宇宙進化の考え方に一石を投じる発見です。

記者会見で説明する藤本研究員(右)と大内教授(左)

【発表内容】

 ビックバン直後の宇宙には水素とわずかなヘリウムしか存在していませんでした。一方で現在の宇宙には、地球の大気や生命の材料にもなっている、炭素や酸素などの重元素(注2)が広く存在していることが知られています。宇宙で星が生まれると、星の内部で核融合反応がおこり、水素などから重元素が生み出されたと考えられています。しかし、このような重元素がいつどのように宇宙に広がっていったのか、まだ分かっていません。

 こうした重元素のガスには、特定の波長の電波を強く放つものが多く存在します。そこで天文学者たちは、電波の波長帯で高い感度を誇るアルマ望遠鏡を用いて、宇宙初期に生まれた銀河に対して、重元素ガスの観測をこれまで続けてきました。その結果、宇宙誕生後数億年後の銀河内部に、すでに炭素や酸素といった重元素が存在していることをつきとめていました(注3)。しかし従来の観測では、感度の限界のために、宇宙初期の銀河の外にどれほど重元素が広がっているのかを調べることはできませんでした。

 そこで研究チームは、電波の波長帯で最も明るい輝線を放つ炭素ガスの光に注目しました。国際研究チームをリードした藤本征史ドーン・フェローは次のように話します。「データアーカイブで公開されていたアルマ望遠鏡のデータをくまなく調べ、宇宙誕生後、約7-11億年ごろに存在する初期銀河の炭素ガスをとらえたデータを全て集めてきました。その結果、複数のデータを重ね合せる処理を応用することで、従来の約20倍の観測時間に匹敵する極めて高感度のデータを得ました。これは、人類がこれまでに手にした炭素輝線に対するデータの中で、最も感度が高いものです。」

 世界最高感度のデータによって研究チームは、従来の観測ではとてもとらえることのできなかった微弱な炭素ガスのシグナルを検出することに成功しました。「初期銀河の周りの漆黒の空間に、約3万光年にわたってうっすらと広がった炭素ガス雲が見えてきました。ハッブル望遠鏡なども駆使して注意深く解析を続けたところ、この炭素ガス雲は、銀河中の星の分布よりも約5倍も広がっている、巨大な構造であることがわかってきました。」そう語るのは研究チームメンバーの東京大学宇宙線研究所/国立天文台 大内正己教授です。

 どうして巨大な炭素ガス雲が形成されるのでしょうか。研究チームメンバーのドイツ・欧州南天天文台 ロブ・アイビソン科学部門長も熱を込めて語ります。「星が死を迎えると、星内部で形成された炭素が、超新星爆発によって周囲にばらまかれていきます。さらに爆発時のエネルギー、銀河の中心に位置する巨大ブラックホールがもたらす高速のガス流や強力な光によって、星の周囲にとどまらず、銀河の外、やがては宇宙全体に炭素が広がっていったのだと考えられます。まさに宇宙最初の環境汚染(注4)の現場をとらえたのです。」

 さらに研究チームはこのような環境汚染について、国内外の最新の理論モデルを用いて検証しました。研究チームのメンバーであるイタリア・ピサ国立大学 アンドレア・フェラーラ教授は次のように語ります。「複数のモデルと比較しましたが、いずれも観測結果が示す、巨大な炭素ガス雲のような十分な広がりは再現されませんでした。宇宙初期における巨大な炭素ガス雲の発見は、これまで理論モデルで欠けていた新しい物理機構を要請する結果となりました。」同じく研究チームの大阪大学 長峯健太郎教授も続けて語ります。「宇宙初期にできた銀河では、我々が予想していたよりもはるかに多くのガスが、超新星爆発やブラックホールのエネルギーによって、宇宙空間に吹き飛ばされていたのかもしれません。」

 研究チームは今後、アルマ望遠鏡を含む世界各国の望遠鏡を用いた詳細観測によって、宇宙初期において巨大な炭素ガス雲が形成される物理機構の解明を目指しています。

 本研究は、文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム、科学研究補助金 (番号15H02064, 16J02344, 17H01110, 17H01111, 17H01114) 、国立天文台ALMA共同科学研究事業(2017-06B)、日本天文学会早川幸男基金によるサポートを受けています。

都内で開かれた記者会見の会場に詰めかけた記者たち
成果についてプレゼンする藤本研究員
図2: 今回発見された巨大炭素ガス雲の擬似カラー画像。アルマ望遠鏡とハッブル望遠鏡による2色の観測データを合成することで、画像に色をつけています。青色の部分が星からの光、赤色が炭素ガスの光で、それぞれ複数のデータを重ね合わせて得られた平均的な描像を見ています。画像全体の視野は 3.8秒角 x 3.8秒角 (128億光年かなたの宇宙における実スケールで 7万光年 x 7万光年)に相当します。Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, Fujimoto et al.

【発表雑誌】

雑誌名:Astrophysical Journal(12月16日に電子版掲載の予定)
論文タイトル:”First Identification of 10 kpc [CII] Halo around Star-Forming Galaxies at z=5-7”
著者:Seiji Fujimoto, Masami Ouchi, Andrea Ferrara, Andrea Pallottini, R. J. Ivison, Christoph Behrens, Simona Gallerani, Shohei Arata, Hidenobu Yajima, Kentaro Nagamine
DOI番号:10.3847/1538-4357/ab480f
アブストラクトURL:https://arxiv.org/abs/1902.06760

【用語解説】

(注1) 研究チーム

 本研究を行ったチームのメンバーは以下の通りです。藤本征史(東京大学/国立天文台/早稲田大学、現在の所属はコペンハーゲン大学)、大内正己(東京大学宇宙線研究所教授/国立天文台科学研究部教授)、Andrea Ferrara(ピサ国立大学)、Andrea Pallottini(ピサ国立大学)、Rob. J. Ivison(欧州南天天文台)、Christopher Behrens(ピサ国立大学)、Simona Gallerani(ピサ国立大学)、荒田翔平(大阪大学大学院理学研究科博士後期課程)、矢島秀伸(筑波大学計算科学研究センター准教授)、長峯健太郎(大阪大学大学院理学研究科教授 /東京大学客員上級科学研究員, Kavli-IPMU/ネバダ大学客員教授)

(注2) 重元素

 天文学では、水素とヘリウムよりも重たい元素を、すべてまとめて重元素と呼びます。

(注3) アルマ望遠鏡の成果

 例えば、2019年6月18日付アルマ望遠鏡プレスリリース「アルマ望遠鏡、観測史上最遠の合体銀河の証拠をとらえた」では、宇宙誕生後約7億年後の銀河に炭素や酸素が検出されました。

(注4) 汚染

 天文学では、重元素の拡散によってガス中の重元素比率が上昇することを、汚染と呼びます。