【プレスリリース】かに星雲から史上最高エネルギーのガンマ線を観測〜日本・中国建設のチベット空気シャワー観測装置で

プレスリリース

東京大学、横浜国大、日本大学、神奈川大学

伊藤国際学術センターで急きょ開催された記者説明会で説明する研究チーム
伊藤国際学術センターで急きょ開催された記者説明会で説明する研究チーム

【発表者】

 瀧田 正人(東京大学宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門 教授)
 川田 和正(東京大学宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門 助教)
 大西 宗博(東京大学宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門 助教)
 片寄 祐作(横浜国立大学 大学院工学研究院 准教授)
 塩見 昌司(日本大学 生産工学部教養・基礎科学系 准教授)
 日比野欣也(神奈川大学 工学部物理学教室 教授)

【発表のポイント】

◆日本・中国で建設したチベット空気シャワー観測装置により、かに星雲から最大450 TeVという史上最高エネルギーのガンマ線が放出されていることが分かりました。
◆これまで宇宙から到来したガンマ線は75 TeVが最高で、それを5倍以上も上回っており、100 TeV以上の高エネルギーガンマ線天文学の幕開けを告げる発見と言えます。
◆南半球のボリビアにも今後、同様の観測施設ALPACA実験が計画されており、これらの観測が進めば、1912年の宇宙線発見以来の謎である宇宙線起源の解明が期待されます。

【発表の概要】

 チベットASγ(エー・エス・ガンマ)実験は、中国のチベット自治区の羊八井高原 (ヤンパーチン、標高4,300 m) に建設した空気シャワー観測装置により、超高エネルギー宇宙線を観測するもので、東京大学宇宙線研究所、中国科学院高能物理研究所など日本と中国の研究者91人の国際共同研究グループ(注1)により運営されています。「かに星雲」は1054年に突然現れた明るい星(客星)として藤原定家の日記「明月記」等にも記録された歴史的な超新星の残骸で、現代の天文学では電波からガンマ線まで幅広い波長領域で観測されてきました。
 チベットASγ実験グループは2014年、ガンマ線由来の空気シャワーを感度良く観測できる機器を追加し、観測を再開しました。その直後から2017年まで約2年間分の観測データを解析したところ、100TeVを上回る超高エネルギーガンマ線が約20個、かに星雲の方向から到来していることが分かりました。その最高エネルギーは450 TeVに達しています。超新星爆発のパルサー風によって1015電子ボルト(注2)(= 1 PeV = 1000 TeV)の超高エネルギーにまで加速された電子が、宇宙マイクロ波背景放射(ビッグバンの名残)(注3)に衝突してガンマ線が生じたと推測されます。これまでに観測されたガンマ線の最高エネルギーは75 TeVに留まっており、今回の成果は新たなエネルギー領域のガンマ線天文学への道を切り拓くことになります。
 本成果を記した論文は、7月29日(日本時間の30日)発行の米国科学誌Physical Review Letters電子版に掲載される予定です。

【発表内容】

① 研究の背景・先行研究における問題点
 かに星雲はおうし座方向にある有名な超新星残骸で、日本では藤原定家の日記「明月記」に、中国では宋王朝の史書「宋史」にそれぞれ1054年に突然現れた明るい星(客星)として記録されています。現代の天文学においては電波・可視光・X線・ガンマ線の幅広い波長領域で観測されていますが、これまでのガンマ線の最高エネルギーは2004年に発表されたドイツのHEGRAチェレンコフ望遠鏡(注4)により観測された75 TeVで、他の天体も含めて100 TeV以上の観測例はありませんでした。これはチェレンコフ望遠鏡が晴れた月のない夜に観測が限られることが一つの要因でした。天体からのガンマ線はエネルギーが高いほど強度が弱く、安定した長時間の観測が必要になります。

② 研究内容
 チベットASγ実験は、中国チベット自治区の標高4,300 mの高原に多数の粒子検出器を配置し、宇宙空間から降り注ぐ超高エネルギー宇宙線の観測を1990年から行っています(図1左)。高いエネルギーの宇宙線(またはガンマ線)は、大気上層の窒素原子核などと衝突し多数の粒子を生み、それがさらに衝突を繰り返してシャワー状に粒子が降り注ぐ「空気シャワー」と呼ばれる現象を引き起こします(図3)。この空気シャワー中の粒子を、多数の粒子検出器を碁盤の目状に配置したチベット空気シャワーアレイと呼ばれる装置で観測します。各検出器で計測された粒子密度分布や到着時間分布を用いて、元の宇宙線(またはガンマ線)の持つエネルギーと到来方向を決定することができます(図4)。本観測装置の最大の利点は、粒子を直接観測する(光学観測ではない)ため、昼夜・天候を問わず連続して観測できることにあります。しかし、天体からやってくる100 TeVを超えるようなガンマ線の強度は弱く、一様にやってくる宇宙線雑音の数百分の1以下しかありません。つまり、たとえガンマ線信号があったとしても、その数百倍の雑音に埋もれてしまいます。
 本研究では、宇宙線雑音を劇的に減らすために、空気シャワーに含まれるミューオンの数に着目しました。ガンマ線起源の空気シャワー中のミューオン数は、宇宙線起源のそれと比べて50分の1程度なので、ミューオン数を計測することでガンマ線と雑音である宇宙線を選別することが可能となります。そこで、純度の高いミューオン数を測定するために、空気シャワー中のミューオン以外のほとんどの粒子が遮断される地下2.4 mに水チェレンコフ型ミューオン検出器を新たに建造しました(図1右)。この地下ミューオン検出器は世界最大の面積3400 m2を誇り、水深1.5 mのプール中に光電子増倍管(注5)を取り付けた構造になっています。これにより、ミューオンが水中で発するチェレンコフ光(注6)を観測し、空気シャワー中のミューオン数を計測します。
 本研究では、2014年から約2年間のデータを解析しました。地下ミューオン検出器を用いて、100 TeV以上のエネルギー領域で宇宙線雑音を千分の1以下にすることに成功し、地球から約7000光年離れた「かに星雲」方向から約20個のガンマ線が観測されました(図2)。それらのガンマ線のエネルギーは最大で450TeVにも達し、人類史上最も高いエネルギーのガンマ線の観測に成功しました(図4)。このようなガンマ線は以下のような過程を経て生成されたと考えられます。
 (1)超新星爆発後の数百年間に、電子が星雲中で超高エネルギー(PeV)まで加速される。
 (2)加速された電子が宇宙全体を一様に満たす宇宙マイクロ波背景放射(ビッグバンの名残)と衝突する。
 (3)宇宙マイクロ波背景放射は超高エネルギーの電子により叩き上げられ450 TeVのガンマ線になる。
 このシナリオが正しいとすると、「かに星雲」は私達の知る限り“銀河系内最強の電子の天然加速器”と考えて良いでしょう。因みに、世界最大の人工電子加速器(注7)の最大ビームエネルギーは0.1 TeVで「かに星雲」はその約1万倍のエネルギーまで電子を加速できることになります。

③ 社会的意義・今後の予定
 本研究では、「かに星雲」方向から最高で450 TeVのガンマ線を観測することに成功しました。これは人類がこれまでに観測した最も高いエネルギーのガンマ線であり、新しいエネルギー領域の天文学の幕開けを告げる発見と言えます。南半球のボリビアにも、ALPACAと呼ばれるチベットASγ実験と類似の観測装置の建設を計画しており、この新エネルギー領域の観測が進めば、銀河系内の宇宙線のエネルギー限界や発生原理、および発生源を特定することができ、1912年の宇宙線発見以来、100年以上謎であった宇宙線起源の解明の研究が飛躍的に進むことが期待されます。

図1:チベット高原・標高4300mに設置されている空気シャワー観測装置(左)とその地下に設置されている注水前の水チェレンコフ型ミューオン検出器(右)。[クレジット: チベットASγ実験グループ]
図1:チベット高原・標高4300mに設置されている空気シャワー観測装置(左)とその地下に設置されている注水前の水チェレンコフ型ミューオン検出器(右)。[クレジット: チベットASγ実験グループ]
図2: チベット空気シャワー観測装置で見たかに星雲方向の100 TeV以上のガンマ線イメージ(左)[クレジット: チベットASγ実験グループ]とハッブル宇宙望遠鏡による可視光イメージ(右)[クレジット:NASA]。
図2: チベット空気シャワー観測装置で見たかに星雲方向の100 TeV以上のガンマ線イメージ(左)[クレジット: チベットASγ実験グループ]とハッブル宇宙望遠鏡による可視光イメージ(右)[クレジット:NASA]。
図3: 宇宙線が大気中でつくる空気シャワー[クレジット: チベットASγ実験グループ]
図3: 宇宙線が大気中でつくる空気シャワー[クレジット: チベットASγ実験グループ]
図4: 最高エネルギーガンマ線(449 TeV)の空気シャワー検出マップ。色付の円は検出位置、円の面積:その検出器の粒子数、円の色:粒子の到着時間(青が早い、赤が遅い)。矢印の先端と方向は空気シャワーの中心と到来方向を表している。[クレジット: チベットASγ実験グループ]
図4: 最高エネルギーガンマ線(449 TeV)の空気シャワー検出マップ。色付の円は検出位置、円の面積:その検出器の粒子数、円の色:粒子の到着時間(青が早い、赤が遅い)。矢印の先端と方向は空気シャワーの中心と到来方向を表している。[クレジット: チベットASγ実験グループ]

【発表雑誌】

雑誌名:Physical Review Letters(7月29日/日本時間は30日発行の電子版に掲載)
論文タイト:First Detection of Photons with Energy Beyond 100 TeV from an Astrophysical Source
著者:M. Amenomori,1 Y. W. Bao,2 X. J. Bi,3 D. Chen,4 T. L. Chen,5 W. Y. Chen,3 Xu Chen,3, 6 Y. Chen,2 Cirennima,5 S. W. Cui,7 Danzengluobu,5 L. K. Ding,3 J. H. Fang,3, 6 K. Fang,3 C. F. Feng,8 Zhaoyang Feng,3 Z. Y. Feng,9 Qi Gao,5 Q. B. Gou,3 Y. Q. Guo,3 H. H. He,3 Z. T. He,7 K. Hibino,10 N. Hotta,11 Haibing Hu,5 H. B. Hu,3 J. Huang,3 H. Y. Jia,9 L. Jiang,3 H. B. Jin,4 F. Kajino,12 K. Kasahara,13 Y. Katayose,14 C. Kato,15 S. Kato,16 K. Kawata,16 M. Kozai,17 Labaciren,5 G. M. Le,18 A. F. Li,19, 8, 3 H. J. Li,5 W. J. Li,3, 9 Y. H. Lin,3, 6 B. Liu,2 C. Liu,3 J. S. Liu,3 M. Y. Liu,5 Y.-Q. Lou,20 H. Lu,3 X. R. Meng,5 H. Mitsui,14 K. Munakata,15 Y. Nakamura,3 H. Nanjo,1 M. Nishizawa,21 M. Ohnishi,16 I. Ohta,22 S. Ozawa,13 X. L. Qian,23 X. B. Qu,24 T. Saito,25 M. Sakata,12 T. K. Sako,16 Y. Sengoku,14 J. Shao,3, 8 M. Shibata,14 A. Shiomi,26 H. Sugimoto,27 M. Takita,16 Y. H. Tan,3 N. Tateyama,10 S. Torii,13 H. Tsuchiya,28 S. Udo,10 H. Wang,3 H. R. Wu,3 L. Xue,8 K. Yagisawa,14 Y. Yamamoto,12 Z. Yang,3 A. F. Yuan,5 L. M. Zhai,4 H. M. Zhang,3 J. L. Zhang,3 X. Zhang,2 X. Y. Zhang,8 Y. Zhang,3 Yi Zhang,3 Ying Zhang,3 Zhaxisangzhu,5 and X. X. Zhou9 (The Tibet ASγ Collaboration)
DOI番号:10.1103/PhysRevLett.123.051101
アブストラクトURL:こちらです
本論文は Physical Review Letters (PRL) の “Editors’ Suggestion” および”VIEWPOINT”にも選ばれました。

【用語解説】

(注1) チベットASγ 実験グループ
 Tibet ASγ 実験に参加している共同研究者グループ。次の28の研究機関に所属している91名の研究者からなる。1.弘前大学理工学部 2.南京大学 3.中国科学院高能物理研究所 4.中国科学院国家天文台 5.チベット大学 6.中国科学院大学 7.河北師範大学 8.山東大学 9.西南交通大学 10.神奈川大学工学部 11.宇都宮大学教育学部 12.甲南大学理工学部 13.早稲田大学理工学術院 14.横浜国立大学大学院工学研究院 15.信州大学理学部 16.東京大学宇宙線研究所 17.宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 18.中国気象局 19.山東農業大学 20.清華大学 21.国立情報学研究所 22.作新学院大学 23.山東管理学院24.中国石油大学 25.東京都立産業技術高等専門学校 26.日本大学生産工学部 27.湘南工科大学 28.日本原子力研究開発機構

(注2) 電子ボルト(eV)
 エネルギーの単位。1電子ボルトは1個の電子が1ボルトの電位差で加速されるときのエネルギー。電磁波のエネルギーでは、可視光〜数eV、X線〜keV、ガンマ線〜100 keV以上におおよそ対応する。

(注3) 宇宙マイクロ波背景放射
 宇宙空間を2.725ケルビン(K)の黒体輻射で一様に満たしている電磁波。宇宙初期(ビッグバン)の名残と考えられている。

(注4) チェレンコフ望遠鏡
 空気シャワーが大気中で放射するチェレンコフ光を捉えて高エネルギーガンマ線を観測する装置。TeVガンマ線領域での感度が高く、空間分解能が良い。

(注5) 光電子増倍管
 超高感度の光センサー。光電効果を利用して微弱な光を電子に変換し、増幅させ電気信号に変換する。光子1個から検出可能。

(注6) チェレンコフ光
 電荷をもった粒子の速度が(水や空気の)媒質中の光速を超えるときに放射される青白い光のこと。

(注7) 最大の人工電子加速器
 欧州合同研究機関(CERN)の電子・陽電子の円形加速器(LEP:Large Electron-Positron Collider)。LEPは2000年に運用を終了し、跡地に陽子・陽子の大型ハドロン衝突型加速器(LHC : Large Hadron Collider)が建設された。この加速器で2012年にヒッグス粒子が発見された。