【プレスリリース】ガンマ線でかがやく最遠方の超巨大ブラックホールを発見

プレスリリース

発表者

手嶋 政廣(東京大学宇宙線研究所 教授)

発表のポイント

 ◆MAGIC国際共同研究チームは、カナリー諸島ラパルマのMAGICガンマ線望遠鏡により、75億光年遠方にある活動銀河核(超巨大ブラックホール、注1、図1) PKS1441+25 から、高エネルギーガンマ線の放射があることを発見した。
 ◆宇宙論的な距離にある活動銀河核PKS1441+25は、今まで観測された高エネルギーガンマ線天体としては最も遠いもので、衛星と地上望遠鏡のネットワークを最大限に活用することにより発見に成功した。
 ◆本研究成果が、宇宙初期から現在までの宇宙の進化の情報を導くための「灯台」となることが期待される。

概要

 東京大学宇宙線研究所の手嶋政廣教授、京都大学大学院理学研究科の窪秀利准教授、東海大学理学部の西嶋恭司教授らが研究を進めるMAGIC国際共同研究チームは、最遠方の活動銀河核 PKS1441+25からの高エネルギーガンマ線放射を発見しました。
 PKS1441+25 は75億光年遠方にある活動銀河核(超巨大ブラックホール)であり、今まで観測された高エネルギーガンマ線天体としては最も遠いものです。
 この最遠方の天体から放出されるガンマ線が地球にまで到来するまでに吸収される量を高い精度で測定することができ、宇宙を満たす可視赤外背景放射(注2)のエネルギー密度を測定することができました。ハッブル望遠鏡による深宇宙での銀河密度サーベイ、および従来の星・銀河などの構造形成理論モデルから推定される可視赤外背景放射のエネルギー密度から大きくずれていないことがわかりました。
 本研究成果は、「Astrophysical Journal Letters」誌に発表されます。

内容

 東京大学宇宙線研究所 手嶋政廣教授、京都大学理学研究科 窪秀利准教授、東海大学理学部 西嶋恭司らが研究を進めるMAGIC国際共同研究チームは、宇宙論的距離にある活動銀河「PKS1441+25」から放出される高エネルギーガンマ線を初めて発見しました。

 本研究成果は、スペイン領カナリア諸島ラパルマ島にて運用されている双子のチェレンコフ望遠鏡(注3、図2)「MAGIC望遠鏡」による観測から得られました。MAGICチームは、フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡からPKS1441+25がガンマ線帯で増光しているとの連絡を受け、望遠鏡を本天体の方向に向け観測したもので、密接な国際協力体制により得られた成果です。今回の発見で、PKS1441+25は、高エネルギー放射を最遠方の天体の一つとなりました。

 高エネルギーガンマ線放射は、天体から地球へと伝播する途中、宇宙空間に漂う可視赤外背景放射の光子と反応し吸収されてしまいます。この可視赤外背景放射は、宇宙の星・銀河形成の歴史の産物であることから、この量や分布を理解することは、宇宙の進化の過程を理解するための重要な手がかりとなります。PKS1441+25は約75億光年かなたに位置しており、このような遠方天体からの高エネルギーガンマ線放射が見えたということは、この天体が、宇宙初期から現在までの宇宙の進化の情報を導くための「灯台」となりえることを意味しています。

 活動銀河は、その中心にある太陽の100万から数十億倍の質量に匹敵する超巨大ブラックホールをエネルギー源としてガンマ線でも非常に明るく輝いている天体です。ここからも、荷電粒子を相対論的な高エネルギー(注4)にまで加速する能力を持っていると考えられています。高エネルギー放射は、天体の極限の状態を表すものと理解されていますが、高エネルギーガンマ線は、天体から地球に届くまでに、宇宙空間に薄く漂う可視赤外帯の背景放射に吸収されてしまい、遠方から地球にはなかなか届きません。つまり、高エネルギーガンマ線にとっては、宇宙空間は可視光の「かすみ」がかかっているようなものなのです。

 その可視赤外背景放射による「かすみ」の量は、初代星(注5)の誕生、宇宙史における星や銀河の形成の歴史を表しているものです。この遠方にある活動銀河PKS1441+25は、いわば「かすみの向こうに見える灯台」のような役割を果たし、そこから放射された高エネルギーガンマ線を観測することで、地球からその遠方までに存在する背景放射光の量を特徴づけることができます。

 活動銀河PKS1441は約75億光年かなたに位置しています。つまり、この天体からのガンマ線は宇宙の138億年の歴史の半分以上の時間をかけて地球に到達したことになります。この天体は、高エネルギーガンマ線の放射が確認された最遠方の天体です。本研究成果から、可視赤外背景放射光が紐解く宇宙の進化の様子を、高エネルギーガンマ線を活用して宇宙初期まで遡って検証することが初めて可能となりました。

 このような高エネルギーガンマ線の観測には、大きく二つの課題がありました。一つ目は、宇宙から飛来するガンマ線に対して地球は大気で守られているため、宇宙ガンマ線は地上では直接観測できないことにあります。その解決策の一つは、観測装置を「衛星」として宇宙に打ち上げて宇宙空間から観測する方法です。しかし、宇宙から飛来する高エネルギーガンマ線光子は非常に数が少なく、有意に検出するためには巨大な検出器が必要となり、宇宙に打ち上げることができません。そこで考えられたのが「大気チェレンコフ望遠鏡」と言う天文学の新しい方法です。この望遠鏡は、高エネルギーガンマ線が地球の大気原子核と衝突し生成される荷電粒子(電子・陽電子)が発する「チェレンコフ光」を検出することで、ガンマ線が大気に突入したことを同定し、間接的に高エネルギーガンマ線を観測する、という仕組みです。つまり、地球の大気が検出器の役割を果たすことになります。この方式を活用して、地上にて高エネルギーガンマ線観測をかつてない高感度で実現しているのが、スペイン領カナリア諸島のラパルマ島に位置する「MAGIC望遠鏡」です。

 二つ目の課題は、活動銀河の性質そのものに関連しています。この天体の活動性は非常に変動が激しく、天体からの放射を検出するためには、放射強度が劇的に増す「アウトバースト」の瞬間を捉える必要があります。そのため、天体の状況を時々刻々と追う「監視体制」を国際的なネットワークを通して構築することが不可欠です。ここで重要な役割を果たしたのが、NASAが中心となり運用し、日本からも広島大学、東京大学等が参加している「フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡」です。この観測衛星は、広い視野を持ち、高エネルギーガンマ線帯で約3時間で全天を監視することが可能です。その際「アウトバースト」を起こした天体を確認すると、その情報を即座に全世界に伝える体制を持っています。2015年4月、フェルミ衛星がPKS1441+25からアウトバーストの兆候を捉えたという連絡を受け、MAGIC望遠鏡の観測視野をPKS1441+25へと向けることにより、今回の高エネルギーガンマ線の発見へと繋がりました。まさに、衛星と地上望遠鏡のネットワークを最大限に活用した、国際色豊かな成果と言えます。

(図1) 活動銀河核(巨大ブラックホール)の想像図 ©NASA
(図2)世界最大級のチェレンコフガンマ線望遠鏡である口径17mMAGIC望遠鏡。カナリー諸島ラパルマ、ロケ・ムチャチョス天文台(高度2200m)に位置する。大気中に入射した高エネルギーガンマ線からの微弱な青色のフラッシュ光(チェレンコフ光)を双子の2台の望遠鏡で立体的に観測する。

発表雑誌

雑誌名:Astrophysical Journal Letters

論文タイトル:
Very High Energy Gamma rays from the Universe’s Middle Age: Detection of the z = 0.940 blazar PKS 1441+25 with MAGIC

著者:M.L. Ahnen et al. (the MAGIC Collaboration, the Fermi Collaboration)

問い合わせ先

(MAGICについて)
東京大学宇宙線研究所 教授 手嶋 政廣

(宇宙線研究所について)
東京大学宇宙線研究所広報担当 林田 美里
TEL: 04-7136-5148
E-mail: misato◎icrr.u-tokyo.ac.jp(◎を@に変換)

用語解説

(注1)活動銀河核:
多くの銀河の中には、著しい活動性を示している銀河が存在します。それら活動的な銀河の中心部には、太陽質量の100万倍から10億倍程度の超巨大ブラックホールが存在し、周囲の物質を飲み込みながら、またブラックホール自身の回転エネルギーを抽出しながら、電波から高エネルギーガンマ線に至る広い波長域で輝いています。とりわけ超巨大ブラックホールからは、高速のプラズマジェットが放出されています。このジェットが我々の視線方向を向いている活動銀河核はブレーザーと呼ばれており、相対論的な効果で極めて明るい放射と早い時間変動が観測されています。

(注2)可視赤外背景放射:
ビッグバンで始まる宇宙誕生以降、長い時間をかけて星・銀河・銀河団が形成され現在の宇宙の構造が作られます。星から放射された光の多くは吸収されることもなく、赤方偏移を受けながら宇宙空間に可視光・赤外線として溜まり可視赤外背景放射となります。逆に可視赤外背景放射の量(エネルギー密度)から、ビッグバンから始まる宇宙の歴史においてどれだけの星が今まで光輝いていたかその総量を推測することができます。今回の観測では、高エネルギーガンマ線は75億年の長い時間をかけてこの可視赤外背景放射で満たされる宇宙を飛来し、少しずつ吸収されながら現在の地球まで飛来して来ました。今回の観測は、75億年前の宇宙から現在に至るそれぞれの段階で、可視赤外背景放射のエネルギー密度がどのように変化してきたかがわかる貴重なデータを与えました。

(注3)チェレンコフ望遠鏡:
大気中に高エネルギーガンマ線が入射すると大気原子核と衝突し、そのエネルギーが多くの二次粒子の生成に使われます。この現象を空気シャワー現象と呼びます。これら二次粒子はまだ十分にエネルギーが高く、前方に約1度の広がりを持ったチェレンコフ光を放出します。つまり高エネルギーガンマ線はその入射した方向にビーム状の青白いチェレンコフ光を放出します。大気高度10km 辺りでチェレンコフ光が放出され、地上ではこのチェレンコフ光はおよそ直径300m の領域に広がります。また、この光の時間幅は3億分の1秒程度であり、一瞬の青白いフラッシュと言えます。チェレンコフ望遠鏡は、このチェレンコフ光を大きな反射鏡で集め、超高速のカメラでそのイメージを撮像します。チェレンコフ光の強度からガンマ線のエネルギーが推定され、チェレンコフ光イメージの形状・向きから到来方向が0.1度で決定されます。

(注4)相対論的な高エネルギー:
ニュートン力学において、粒子のエネルギーが高くなると、その粒子の速度は徐々に早くなります。粒子のエネルギーをさらにあげていくと粒子の速度は光の速度に近づきますが、実際には粒子は光の速度を超えることはできません。このようなエネルギー領域では相対論的に粒子の運動を記述しなくてはなりません。具体的には、粒子の持つ運動エネルギー量が、静止エネルギー(静止質量)E0=mc2を超える辺りから相対論的な高エネルギーと呼びます。

(注5)初代星:
宇宙誕生以降、最初に生成される星が初代星であり、その中には太陽質量の100倍を超えるような巨大なものが多数存在していただろうと考えられています。それらの存在を可視・赤外線望遠鏡で直接見るのは困難ですが、これら初代星からの寄与を可視赤外背景放射の中に現れるはずです。初期宇宙から飛来する高ネエルギーガンマ線の宇宙空間での吸収を、時間を追って精度よく測定できれば、可視赤外背景放射における初代星の寄与について重要な情報を得ることができます。

リンク

・ NASA Release “NASA’s Fermi Satellite Kicks Off a Blazar-detecting Bonanza”
・ MAGIC-Japan Home
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