【イベントレポート】春の合同一般講演会を約1600人が視聴!
ICRRの浅岡特任准教授、Kavli IPMUの村山教授が出演

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 宇宙線研究所とカブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)が主催する春の合同一般講演会(柏市教育委員会共催、柏市後援)が4月10日、オンラインで開催され、アーカイブ配信を含めて、のべ約1900人がYouTube(限定公開)を視聴し、二人のトークに耳を傾けました。

 合同一般講演会は、研究成果を地元の皆様に知ってもらおうと、宇宙線研究所の本部が柏キャンパスに移転した2000年ごろから毎年開かれてきました。Kavli IPMUが設立された後の2009年度からは合同一般講演会と名前を変え、年2回のペースで開催し、今回が24回目となります。春の会場は柏市のアミュゼ柏が使われてきましたが、今回も前回と同様、COVID-19の拡大を受け、オンラインで開催することになりました。

 今回のテーマは「物質があふれる宇宙の不思議」で、宇宙線研究所の浅岡陽一特任准教授が「ついに本格稼働したハイパーカミオカンデ計画〜物質宇宙の起源を求めて〜」、Kavli IPMUの村山斉教授が「ニュートリノはヒーロー?」と題し、それぞれ講演。二人の対談(クロストーク)も行われました。

梶田所長「宇宙の不思議を考え、楽しんでもらえれば・・・」

冒頭にあいさつする宇宙線研究所の梶田隆章所長

 最初に登場した梶田隆章所長、「新型コロナウイルスが蔓延しているため、今回の講演会はオンラインで行うこととなりました。直接皆さんに講演を聞いていただけないのは残念ですが、オンラインとしたことで今回の講演会の事前の申し込み者数が1500人を超えたと聞いております。どこかの会場をお借りしたとしても、これだけ多くの方々に聞いていただくことは不可能と思い、その意味では、オンラインで開催できることをたいへんありがたく思っています。本日はお二人の講演を聞きながら、宇宙の不思議を考え、楽しんでもらえればと思います」とあいさつしました。

Talk 1 宇宙線研究所・浅岡陽一特任准教授「ついに動き出したハイパーカミオカンデ計画」

プレゼンテーションファイルはこちら

科学の方法論を駆使して、unkown unknowns(未知なる未知)を見つけたい

岐阜県飛騨市神岡町の研究施設から講演を行う宇宙線研究所の浅岡特任准教授

 浅岡特任准教授は、物理学が目指すのは「森羅万象を数学的に記述すること」とし、「シンプルな法則で、小さな素粒子の世界から、より遠くの宇宙までの広い範囲を記述しようとする試みは成功しているようにみえます」と指摘しました。また、素粒子・標準理論が示す描像については「複雑過ぎる」とする一方、「この複雑さが人類生存のためには最低限必要なものではないか」とし、人間がいるからこそ宇宙を観測し得るという「人間原理」にも触れ、人間の存在を許す最もシンプルな物理法則が目標となる可能性を示唆しました。

 さらに、超高温・高密度のエネルギーの塊であるビッグバンの後、対生成したはずの物質・反物質は、やがて対消滅するため、本来は何も残らないはずだが、現在は物質優勢の宇宙が残っているのは不思議であるとし、「このためには、粒子と反粒子の間で物理法則が異なっている(CP対称性の破れ)必要がありますが、クォークで観測されたCP対称性の破れだけでは不十分です。ニュートリノと反ニュートリノの違いをできるだけ直接的に測定し、ニュートリノにおけるCP対称性の破れを調べるのが、ハイパーカミオカンデ計画の主目的の一つです」と説明しました。

「検出器の声に耳を澄まして虚心坦懐にデータを見る」(梶田所長の言葉)

 続いて浅岡特任准教授は、物理実験における「測定」について解説しました。この中で、自身が東京大学・素粒子物理国際研究センターの折戸研究室の出身で、大学院生の当時、気球実験BESSで、加速器実験の技術を応用した薄肉ソレノイドマグネットにより、飛行時間と磁場中での曲がり具合から入射粒子の質量を測定し、直接反陽子を識別したことを紹介。これに対し、スーパーカミオカンデのにおける大気ニュートリノ振動の測定では、ミュー型ニュートリノと電子型ニュートリノの比を実験データとシミュレーションデータで作り、さらにその比を取る、誤差の影響を低減しつつ、目的の物理を直接的に測る解析方法を実践していたことに触れ、梶田所長に教えられたという言葉「検出器の性能を最大限発揮させる。とことん追求・検証する。後は検出器の声に耳を澄まして虚心坦懐にデータを見る」という姿勢を目標としていく意思を示しました。

宇宙・素粒子研究における新たなブレークスルーを狙うハイパーカミオカンデ

 ハイパーカミオカンデについては、「超巨大水タンクの新規建設と、J-PARC加速器増強の組み合わせにより、宇宙・素粒子研究における新たなブレークスルーを狙うものです」と紹介し、スーパーカミオカンデの8.4倍にあたる有効体積19 万トン、光センサー感度が2倍、J-PARCニュートリノビーム2.6倍に増強などで、加速器ニュートリノの検出率をこれまでの20倍に増やす目標であることを明らかにしました。また、「観測の対象は、加速器ニュートリノだけでなく、太陽ニュートリノ、超新星ニュートリノ、陽子崩壊など多岐にわたる、19か国・93機関・439人の研究者が参加する国際コラボレーションです」と語り、2027年の実験開始を目指して建設中の現在の様子を写真で紹介しました。

 最後に、冒頭で触れた「宇宙の始まりの前には何があったのか?」「宇宙の果てのさらに外はどうなっているのか?」「世界はなぜ存在しているのか?」という素朴な疑問に対し、「回答できる道筋さえ想定できません」と認めつつも、「成果が積み重なっていく『科学』は人類にとって最も強力な方法論で、物質宇宙の起源解明を目指すハイパーカミオカンデを完成させ、装置が生み出すデータを虚心坦懐に解析し、”unknown unknowns(未知なる未知)”を見つけたいです」と研究者としての抱負を語りました。

Talk 2 Kavli IPMU・村山斉教授「ニュートリノはヒーロー?」

私たちはなぜ生まれたのか、、、素朴な疑問から説き起こす

米国カリフォルニアから講演するKavli IPMUの村山斉教授

 村山教授は、素朴な疑問「私たちはなぜ生まれたのか」を出発点に、望遠鏡で遠くを観察し、過去に遡っていくというストーリーを、視聴者に語りかけるように展開。アンドロメダ銀河(230万年前)、銀河団(23億年前)、初期銀河(133億年前)、ビックバンの痕跡である宇宙マイクロ波背景放射(CMB、138億年前の宇宙誕生から3分後)の写真をスライドで示しながら、最初の星が誕生した時は水素とヘリウムしか存在しかなかったことが観測で裏付けられたとしました。その上で、「太陽はなぜ光るのでしょうか。それは、水素の原子核(陽子)が4つ結合してヘリウムの原子核が生まれる時、わずかな質量の欠損があり、それが大きなエネルギーに変換されているためで、その証拠にスーパーカミオカンデでは太陽内の核融合でできたニュートリノが観測されています」と語り、岐阜県飛騨市神岡町のスーパーカミオカンデを訪れた時の様子を写真とビデオで紹介しました。

「私たちは星のかけらだった」・・・超新星ニュートリノ、重力波の観測から学ぶ

 スーパーカミオカンデの前身カミオカンデは1987年、超新星爆発からやってくるニュートリノの観測に世界で初めて成功し、小柴昌俊博士に2002年ノーベル物理学賞が贈られたことを紹介し、「このような超新星爆発は、太陽のような恒星が燃え尽きた時に起き、その中心部では炭素、窒素、酸素、さらに鉄までもが生まれたと考えられています。それが爆発で宇宙に撒き散らされ、地球などの惑星ができた。つまり、私たちは星のかけらだったのです」。さらに、鉄よりも重い金などの物質が生まれたのは、中性子連星の合体だったことが最近、重力波と可視光などの同時観測で実証されたとし、「日本でも重力波望遠鏡KAGRAをスーパーカミオカンデと同じ山に建設し、観測を始めました。観測された重力波の方向を調べ、他の望遠鏡を向けるためには、アメリカのLIGO、ヨーロッパのVirgoなどに続き、日本のKAGRAが不可欠です。KAGRAの今後の観測にワクワクし、期待しているところです」と語りました。

ビックバンで生まれた物質と反物質 対消滅せず、物質が優勢になった理由は?

 ここで、人類の起源をさらに追究するため、もっとも小さな世界の話、「なぜ原子が生まれたのか」にフォーカスし、「実は100年かけて作られた素粒子物理の標準理論では、これを説明できない、つまり答えが出ていない謎である、ということがわかっています」と説明。性質が同じで電荷だけが反対の「反物質」の発見についても触れ、「とてつもないエネルギーのビックバンで、大量の物質と反物質が1対1で生まれたと考えられ、宇宙が大きくなって冷えていくに従って、これらは1対1で対消滅して消えていくはずでした。つまり、完全消滅の危機に面していた宇宙を救ってくれたものがあるはずです」と断言しました。

 また、物質・反物質の違いを調べた2大実験(つくば市・高エネルギー加速器研究機構のBelle実験、スタンフォード大学のBarBar実験)の成果について、村山教授は「B中間子と反B中間子の違いを調べることで、小林・益川理論の予言を確認し、二人には2008年ノーベル物理学賞が贈られましたが、これだけでは物質優勢の宇宙を説明するのに必要な違いのうち、1億分の1の1億分の1しか出せないことがわかりました」と語りました。

 さらに、村山教授は、問題を解決するヒントとして、宇宙の始めにニュートリノが反物質から物質に変わり、物質と反物質を入れ替えたとする柳田・福来理論を挙げ、「もしこの理論が本当だとすると、ニュートリノが我々を完全消滅の危機から救ってくれたスーパーマンということになり、それを詳しく検証するのがハイパーカミオカンデの実験、そして宇宙が生まれてから百兆分の1秒後のことを調べることができる重力波の観測です。ぜひ期待したいと思います」と結びました。

Cross Talk (クロストーク)

お互いに質問を交換、視聴者からの質問に多く回答

 休憩を挟んで行われたクロストークは、浅岡特任准教授から質問を投げかけ、村山教授が答える形で始まりました。

クロストークで熱く議論を交わす二人の研究者

村山教授「宇宙の始まりの前を探るには、革新的な理論が必要」

 最初の質問は「宇宙の始まりの前には何があったと思いますか?」と言う難題で、村山教授は「ビックバンやインフレーションより前の宇宙は、全体が原子核よりも小さなものになるので、時間、空間の考え方も全く異なったものになると考えている人が多いです。その前となると、さらによくわからず、インフレーション前のことを科学的に探る方法はないので、まさに科学的方法論の限界ということですが、よほどの革新的な理論が出てこないと無理なのではと思います」と答えました。

 「AI(人工知能)が人類の知能を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)は来ると思いますか?」という二つ目の質問には、「AIが人間の持つ力のどんなところを負かすのか、によって答えは違うと思います。文部科学省のWPI拠点の一つである東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN)の研究で、猫と犬を区別する場合、AIは何十万枚の写真でパターン認識しないとダメですが、人間は赤ちゃんでもワンワンとニャンニャンの区別は簡単につけられるという話があります。その意味では人間の方がはるかに優秀で、AIが囲碁で勝てるのは、定石に拘らず、とんでもない手を思いつき、人間が慌てているうちに負かしてしまう、ということではないかと思います。クリエイティビティやオリジナリティという点では、人間がAIよりはるかに勝っていると思いますし、新しいアイデアや重力波の観測もそうですが、科学は今でも進歩しています。私はAIに乗っ取られるという恐怖感は持っていません」(村山教授)と楽観的な見方を示しました。

 「もしクォークのCP非保存が大きかったとしたら、宇宙進化の過程で問題になることはないでしょうか?」という三つ目の質問に対しては、「これも直接の答えはありませんが、物理法則が人間に都合良く作られているのでなくて、自然は人間に親切で、わざとネタを置いてくれているように思うことがあります。CPの破れが初めて実験で見つかった時は、かなりショックを受けたと聞いていますが、それに触発されたロシアの数学者のサハロフが、なぜ宇宙に物質があって、反物質がないのかを説明できるかも、と言い出しました。もし、CPの破れが見つかっていなかったとしたら、物質、反物質の違いを説明できることに気づいてなかったかも知れません。クォークのCPの破れは僅かしかなく、一見役に立たない無駄な法則のように見えますが、自然が人間に与えてくれたヒントなのかも知れません」(村山教授)と、興味深い見解を語りました。

浅岡特任准教授「『これだからやめられないと思う瞬間』目指し、努力続ける」

 続いて村山教授から「これまでの経験で一番もうダメだと思った出来事、一番これだからやめられないと思う出来事は、それぞれ何でしょうか?」と質問したのに対し、浅岡特任准教授は「学生時代に部活動の合宿で、頑張れなくてダウンしてしまったことが、現在の研究でもそうならないように頑張ろうというモチベーションになっていると思います。これだからやめられない、と言う体験は梶田先生がニュートリノ振動を見つけた時のようなことを言うのかと思いますが、個人的に研究上でこのような体験はまだなく、それを目指して努力していきたいと思います」と答えました。

 WebアプリのSli.doを使った質問コーナーには、視聴者からの質問が56件寄せられ、「いいね」の得票が多いものから順々に回答しました。  「ハイパーカミオカンデが始動した後、T2K実験は持続されますか。スーパーカミオカンデはどうする予定ですか?」 「ニュートリノの右巻きが発見されていないのは、質量が大きいからと聞いていますが、実際はどうなのでしょうか?」「反ニュートリノとニュートリノの違いは何ですか?」「ペット診断の反物質は、どうやって保持しているのですか?」「ハッブルの法則によると、天体は宇宙の膜のようなものに張り付いているものと解釈していますが、実際はどうなのでしょうか?」「水分子をたくさん用意すると陽子崩壊が観測されやすくなる理由が分からないので教えていただきたいです。陽子の寿命は現在の宇宙年齢よりずっと長いはずなのに、どうして観測の見込みがあるのでしょうか?」「ハイパーカミオカンデ 水入れ過ぎて光電子増倍管壊れないですか?」「浅岡様 宇宙の進化図でインフレーション後にビッグバンと記載されていますが、インフレーション前の宇宙のはじまりをビッグバンとするものもありますが、どの様に考え方の違いがあるのでしょうか?」「村山先生の着ているIPMUのTシャツって売っていますか?」など様々な質問に、二人は一つ一つ丁寧に回答していました。

奥村准教授「期待に応えるべく研究を進め、最新の成果をご報告したい

 最後に宇宙ニュートリノ観測情報融合センターのセンター長である奥村公宏准教授が、閉会の言葉を述べました。 

 奥村准教授は「ご視聴いただき、大変ありがとうございます。今回の登録者は1500人を超えたと聞き、反響の大きさに大変驚いています。昨年の春はCOVID-19のために延期となり、夏にオンラインで実施しましたが、アンケートでは『オンラインは便利だった』『クロストークが楽しかった』『アーカイブ配信期間を長くしてほしい』など好意的な声が多く、オンラインで開催して良かったと思います。講演会が好評なのは、皆様の宇宙・素粒子への興味、好奇心に支えられているおかげです。その期待に答えるべく私たちも研究を進めて、成果を得ることが大事であり、合同講演会でまた最新の成果をご報告できればと思っています」と話しました。

最後のあいさつをする宇宙ニュートリノ観測情報融合センターの奥村公宏・センター長

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