卒業生を訪ねてみました。|高知尾 理さん

卒業生を訪ねてみました。|高知尾 理さん

日本科学未来館 科学コミュニケーター
高知尾 理さん

卒業生を訪ねてみました。|高知尾 理さん

 児童たちが力いっぱい手のひらを広げ、好奇のまなざしを注ぐ。「1秒間に1個のミューオンが常に手のひらを通ってるんだよ」。東京都江東区の日本科学未来館で科学コミュニケーターを務める高知尾理さん(29)が語りかけた。反り返ったヒトデのように、幼い手に力がみなぎった。

 高知尾さんは2011年春に修士として東京大学宇宙線研究所に入学。2013年春に博士に進学して岐阜県飛騨市神岡町に移り住み、暗黒物質の直接探索を目指すXMASS実験に参加した。2016年春に修了し、同年秋から未来館で働き「科学を伝える」世界に飛び込んだ。

「XMASSは当時の世界一の強度の実験装置。目の前のモニターに世界初の自然現象が映っているかもしれない」と当時の実験を振り返る。博士1年のときに実験装置の改造を担い、残りの2年間で観測して実験データを解析した。暗黒物質はまだ直接観測されたことがない未知の物質だ。一筋縄ではいかない実験に、弱気になることもあった。「探そう」ではなく「排除する(見つからないことを証明する)」考え方に傾いてしまう。そんなときは指導教官の激が飛んだ。「そうじゃない。探すためにやってるんだ」

 神岡宇宙素粒子研究施設がある岐阜県飛騨市神岡町は岐阜と富山の県境。ほとんどの学生は交通の便がよい富山側にアパートを借りるが、高知尾さんは地元にとことん溶け込むことを選んだ。しかし、神岡に貸アパートなどはない。研究所で仲良くなった「掃除のおばちゃん」に紹介された空き家の物件は、木造3階建ての古民家が2軒、9LDK、月2万5千円だった。まちおこしに励む地元の人たちと酒を酌み交わして親交を深め、20年に一度の「大祭」では街の一員としてのぼり旗を掲げて闊歩した。

 高知尾さんは震災を機に、科学を伝えることに興味を持った。原発事故のリスクについて話し合うテレビ番組で、司会者が自分の意図するストーリーに沿って進めているように感じた。高知尾さんの目には、ゲストとして出演していた研究者が言いたいことを言えていないように映り、もどかしさを感じた。そんな思いが熟して、未来館の門を叩いた。

 未来館で働くうえで大切にしている軸は2つある。ひとつは震災を機に心にざわつくリスクコミュニケーション。もうひとつは研究者のモチベーションを伝えて基礎研究のあり方を考えることだ。

 今年の「3.11」では、将来のエネルギーについて来館者と考えるパネル展示のプロジェクトに参加。1日の出力変動が大きい風力発電のデメリットを他の発電方法でカバーするスペインの事例を紹介した。展示中の1カ月間、計30時間ほどパネルの前に立った。勉強になりました、と言い残して去る人が多かった。「新しい情報を伝えることはできた。しかし価値観を問うのは難しい」。まだ余地があると感じた。

 物理学は、実験結果を純粋に積み上げて宇宙にひとつしかない真理を追求する、そんな学問だった。だが、科学と人間が交わるところには多様性が必要なのではないだろうか。そんな思いが高知尾さんの心に漂う。「文化とは多様性が存在することだと思うのですが……、音楽やスポーツのように科学も文化になってほしい」

卒業生を訪ねてみました。|高知尾 理さん
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