4月1日からドイツ・マックスプランク重力物理学研究所(通称AEI)に勤務し始めて4か月になります。共同研究者がこちらにいまして、ドイツに来る前からの研究を引き続きやっています。これまでも何回も出張には来ていたのですが、心機一転新しい環境で楽しくやれています。日本人も結構いますが基本的には英語ですね。我々のオフィスはポツダムにあり、AEIの別の部局にはLIGOに貢献している重力波の解析チームもあります。実は5年前に海外学振でそちらの部局にも1年いて、そのあと宇宙線研に移った経緯がありました。
重力波という時空のゆがみが波として伝わる現象があり、宇宙線研のKAGRAもその直接検出を目指しているわけですが、宇宙で実際にその重力波を強く発生させる天体としてコンパクト連星、つまり非常に密度の高い星同士がくるくるお互いの周りをまわる連星があります。具体的なコンパクト星としてはブラックホールや中性子星がありますが、そういった連星は重力波を放出することで次第に近づいて行って最後に合体すると考えられています。さらに、ブラックホールの場合はその表面には物質はないのですけれども、特に中性子星などの場合は物質でできていますので、合体したときにそういった物質がまき散らされることがあります。まき散らされた物質は非常に熱くなって光を出し、重力波だけでなく電磁波でも光ると考えられています。それが実際に見つかったのが2017年8月17日の非常に有名なGW170817で、このイベントでは重力波と共に電磁波も同時観測されました。
こうしたコンパクト連星合体がどのように光るのかを知っておくことは、実際にイベントの際に空の中から対応天体を見つけ出すという意味でも重要になるだけでなく、どのような光り方をするかということ自体も、どういう物質が出たとか、どういう中性子星同士が合体したとか、そういう物理的なプロセスや初期条件を反映するので、合体現象を理解することに大きく繋がります。もともと中性子星というのはとてつもなくコンパクトに詰まった重力の強い、地球上では実現できない極限の物理環境が達成されている場所なので、その合体の観測は、極限の物理を攻めていくという意味で非常に有用です。まずはそこで起きているのは何かを理解するのが、私自身の大きな研究テーマの一つになっていますが、将来的には、観測からさらに物理を引き出すことをやりたいです。
その中でも特に、キロノバと呼ばれるコンパクト連星合体に伴う電磁波対応天体の研究が、研究活動スタート支援と若手研究のテーマでした。この研究ではキロノバの光り方について、特に数値シミュレーションを使った詳細な研究をしています。というのも実際その光り方から何が言えるか、例えば3倍明るいか明るくないかという違いは何が原因で出るか、さらにその違いを合体過程の物理とどう結びつけるかなどを理解するためには、簡単な見積もりから一歩進んでより定量的な理解が必要なので、そこを数値的なシミュレーションを使って調べています。GW170817が見つかるまでは本当の正解を知らないのでまだ理論的な研究で好きなことを言えたのですが(笑)、GW170817が観測されて以降、いきなり観測の精度が理論の精度をとび超えてしまって、現状まだGW170817の観測結果ですら完全に理解できないという状態です。今後多くの観測がなされると期待されますので、それも含めてちゃんと理解したいというのが目的になっています。
科研費の研究活動スタート支援は終了、若手研究はドイツに来て一旦停止させている形になります。
私の科研費の使い方は主に3種類で、ひとつは数値計算をするという目的がありますのでコンピュータの購入費用です。幸い共同研究者や国立天文台の計算機資源も使わせていただいているのですが、継続計算の時間が例えば最大24時間で制限されたり、他の利用者もたくさんいて混み合っていたりすることもあるので、長時間継続して自分で使えるものが解析やコード開発に必要となります。そこでパソコンとスパコンの間ぐらいの性能のワークステーションを数台購入して、宇宙線研のネットワークにおいて解析や実際の計算を行う目的で使わせていただいています。もうひとつは旅費ですね。実際に研究者のところに行って議論するのは非常に重要です。ある程度研究が固まっているならいいのですが、新しいコンセプトを考える上では、実際その場にいて議論すると情報量が圧倒的に違うし早いですね。コロナの頃に思い知ったのですが、リモートと比べて体感で正直2倍とかではなく、10倍くらい効率が違います。研究会に出て発表するというときにも大きく助けになりました。最後は論文投稿費です。ジャーナルにもよるのですが1本出すのに20~30万かかったりすることもあります。高額の投稿費を払ってまでそのジャーナルで出版すべきか自体はちょっと考える問題ではあるにせよ、その時は少なくとも既にいくつか関連する論文を出していたジャーナルだったこともあり、できれば一貫して同じジャーナルに論文を投稿したかったので、科研費はとても助けになりました。
学生さんの学振申請書類を見ると良し悪しは感覚的になんとなくわかるのですが、ではどうしたらよいかをアドバイスするのは非常に難しいですよね。それぞれのスタイルがあり、文章は一部分だけ変えて修正できるものではなくてあくまで流れが重要なので、それを乱してしまってもだめだし。頂いた修正案を部分的に取り入れても流れがおかしくなったり、いろいろな人に聞いたら逆のコメントをもらったりして(笑)。なので、もらったアドバイスを活かすには最初から全部書き直すぐらいしないと最大限には使えず、必ずしもいつもすぐ活かせるとは限らないとは思います。ただそれでも私自身は、これまでたくさんの人にアドバイスいただいたお陰は大きいと思っていますね。
重要なのは、むしろそのアドバイスはどういういう観点だったのかを常に思い起こして、次に書くときに活かすことかなと思います。学生のDC1の時からこれまで、よくアドバイスはいただきました。また依頼されて人の申請書にコメントしていると、それが逆に自分への反省にもなる。アドバイスする側も勉強になります。なんでも岡目八目だと思いますので、人には良いコメントができると思いますが、コメントするなら自分でも実践しないと。文章が良いと言っていただけるのはとても嬉しいですが、私自身は国語ができない、文学的素養はないと自覚していて、かなり推敲はするようにしています。若手研究の計画調書は少なくとも出す前に5版くらいは大きく修正していました。
また気をつけていることは自分目線の文章にしないことですね。相手が何を気にしているのか、読む人がどういういう感じで書いてほしいか。特に審査員の先生方は大量の書類を審査しなければならないですよね。多くの書類に目を通されて疲れているでしょうし、年配の方も多いので細かい字は困るだろうなとか、そういう気の使い方は重要かと思っています。それは文章を簡潔にすることにもつながりますし。とにかく読んでもらえなければ仕方がないので、少しでも読みやすいようにしようとは気をつけてはいます。
他には基本的に全部は読んでもらえないと思って、ここだけでも読んでほしいところを黒字にして流れがわかるようにしつつ、おっと思ってもっと読んでくれる人には、さらに詳細な流れがわかるようにと2段階の構成にしているつもりです。
あと様式の各項目に明示されている、書くと期待されている内容とそのキーワードとなる言葉、例えば「学術的問い」とかですが、あえて文章内に「〜よってこの課題の学術的問いは〜」などと明示的にすることで、審査する側がそれを目印に文章全体を探さなくてもこちらの意図を汲み取れるように工夫はしています。様式が自由になった分、そこは今後も気をつけていきたいと思っています。
まずやりたいのは、せっかくドイツにいますので、コロナの時に停滞していた分、海外とのコネクションを強化したい、取り戻したいというのは強くあります。久しぶりに昨年10月に海外出張した時にちょっとショックを受けまして。というのももちろん論文などで現状をフォローしていたのですが、実情としてどういうことが行われているか、どういう雰囲気なのか、実際行ってみないと分からないことが多く、3年半行けなかった結果、認識のギャップを強く感じました。また逆にこちらの研究も認知されていないと感じることもありました。悪気はなくてお互い様なのでしょうが、最近は毎日山のように論文が出るのもあり、やはり交流が少ないとお互いの研究を見過ごしてしまうこともあるのだと感じました。しかし研究会で会って話すと、なるほどあなたそういう研究しているの、それでは絶対一緒にやりましょうとか比較してみようとか自然になるわけです。なので人と会って議論するのは、すごく重要だと思います。
それとともに、今までは割と自分自身の研究だけをやっていればよかったのですが、今後は少しだけ大きな目線で、たとえば今後PIになって研究室を運営することになったときに、どうしていくのか、そういったことを学べたらと思っています。そういった状況では自分自身が全てにタッチできない形で研究を進める、例えば学生さんやポスドクの方にやっていただくことも重要になってきます。自分だけでなく巻き込んで、ポスドク雇ってこういう研究を、という機会が今後増えてくるのかなと。そのための方法論などは宇宙線研でも他の先生方をみて勉強させて頂きましたけれども、より海外の事情も含めて、人々がどうやっているのかをしっかり見て、ノウハウを習得したいというのが、もうひとつ目標としているところです。例えば日本に帰って科研費で大きな研究計画を出す機会とかがもしあれば、その経験を踏まえてステップアップしていきたいですね。そのためにももちろん自分自身も研究者として確立しないといけないのでそれもひとつの大きな課題と考えています。