【プレスリリース】ダークマターは「密」になりたがる!?-宇宙一小さな銀河たちから導かれるダークマター理論への制限-

プレスリリース

東北大学大学院理学研究科
東京大学宇宙線研究所
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表のポイント

◆ 宇宙でいちばん小さくて暗い銀河である超低輝度矮小銀河(注)の星の運動から、銀河に分布するダークマターの密度が「自己相互作用するダークマター」理論の予言と比べて遥かに大きいことを示しました。
◆ 「ダークマターどうしが散乱する強さ」を調べた結果、その強さは非常に弱く、ダークマターは散乱しにくいことを示しました。

2. 発表概要

 ダークマターとはいったい何者なのか? 様々な観測から私たちの宇宙はダークマターという物質に支配されていることがわかっていますが、その正体は未だ謎のままです。この未知の物質に対して数多くの理論が立てられています。東北大学大学院理学研究科の林航平特任助教らの研究グループは、宇宙で最も小さく暗い銀河の星の運動から、ダークマターの有力候補である「自己相互作用するダークマター」に対してダークマターが散乱する強さを調べました。その結果、ダークマターの散乱は非常に弱く、密になりやすいことがわかりました。本研究の成果はアメリカ物理学会の発行する学会誌、Physical Review D に2021年1月20日(米国東部時間)にオンライン掲載されました。

3. 発表内容

 様々な宇宙の観測から、私たちの住む宇宙はダークマターと呼ばれる物質に支配されていることがわかっています。しかし、ダークマターがどのような物質でどのような性質を持つのか、その正体は未だ謎のままです。ダークマターの正体を解明するため、素粒子物理学から天文学まで学問の垣根を超えて、理論と実験の両側面から精力的に研究が進められています。

  理論研究ではダークマターに対して多種多様なモデルが提唱されています。「自己相互作用するダークマター」理論は、ダークマターの有力候補の一つとして注目されています。ダークマターは一般的に銀河の中心に多く分布していますが、この理論はダークマターどうしが散乱しあうことで、銀河の中心部でダークマターがあまり「密」にならない性質があります。この密にならない分布が、矮小銀河から期待されるダークマター分布(図1)を上手く説明できるとされています。しかしこのような銀河では、星がその一生を終える時に起きる大爆発(超新星爆発)のエネルギーによって、密にならないダークマター分布を作ることができるというシミュレーションの結果があります。つまり密にならないダークマター分布の原因が、ダークマター自身の性質に依るものなのか、それとも超新星爆発のエネルギーに依るものなのかを区別するのが非常に困難です。そこで注目したのが、宇宙で一番小さく暗い銀河である超低輝度矮小銀河です。この銀河は星が非常に少ないため、この銀河のダークマター分布は超新星爆発のエネルギーの影響を受けておらず、本来のダークマター分布を調べるのに最適な天体です。

図1:ダークマターの(密度)分布。赤いほどダークマターが高密度になっている。左図はダークマターが中心部で高密度になる場合で、右図が矮小銀河から期待されているダークマター分布。ダークマターの相互作用が強いと右図のような中心部で密にならない分布になる。超低輝度矮小銀河のSegue1は左図のような分布を示した。Credit: Kohei HAYASHI

 東北大学理学研究科の林航平特任助教、東京大学宇宙線研究所の伊部昌宏准教授、小林伸氏、中山悠平氏、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の白井智特任助教から成る研究グループは、この宇宙一小さい銀河の星の運動情報から、自己相互作用するダークマターに対してダークマターどうしの散乱の強さを調べました。その結果、散乱の強さは非常に低く、ダークマターは散乱しにくいことを示しました。つまりダークマターは銀河中心で「密」になりやすい性質を持つことがわかりました。図2は、ダークマターどうしの散乱の強さに対してダークマター間の平均相対速度をプロットしています。超低輝度矮小銀河のSegue1は散乱の強さがとても小さく、密なダークマター分布を好むことが示唆されます。さらにこの散乱の強さは、現在の自己相互作用するダークマター理論では説明できない程小さく、この理論の問題点を示しました。

図2:ダークマターの散乱の強さ(縦軸)とダークマター間の平均相対速度(横軸)を示した図。これまでの研究(エラーバー付きの点)に比べてSegue1(赤の領域)の散乱の強さは非常に弱いことがわかる。

 本研究によって、超低輝度矮小銀河の星の運動を詳細に調べることは、ダークマター理論に対して有効な制限を与えられることを示しました。今後、この銀河のさらなる天文観測によって様々なダークマター理論に対して厳しい制限をかけることが可能になるかもしれません。現在計画が進められている、すばる望遠鏡に搭載予定の超広視野多天体分光器PFS (Prime Focus Spectrograph)は、一度の観測で数多くの星の運動を分光観測することができ、ダークマターがどのように分布しているのか、その詳細を調べることが可能になります。PFSによって、ダークマターへの理解が一段と進むことを期待しています。

  本研究は科研費17H02878、18H05542、18K13535、19H04609、20H01895の助成を受けています。

<論文情報>
雑誌: Physical Review D
タイトル: “Probing Dark Matter Self-interaction with Ultra-faint Dwarf Galaxies”
執筆者: Kohei Hayashi, Masahiro Ibe, Shin Kobayashi, Yuhei Nakayama, Satoshi Shirai
DOI番号:10.1103/PhysRevD.103.023017
URL:https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.103.023017

<用語解説>
(注) 矮小銀河
 数十億個以下の恒星から成る小さな銀河。数千億個の恒星から作られている銀河系と比べても、その規模は非常に小さいことがわかる。この銀河は大量のダークマターを含んでおり、この星の運動はダークマターが作り出す重力に支配されていると考えられている。超低輝度矮小銀河は矮小銀河の中でも、恒星の数が数十万個以下と非常に少ないのが特徴である。

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