スーパーカミオカンデ共同研究グループ
1.発表者:
中畑 雅行(東京大学宇宙線研究所 教授・スーパーカミオカンデ共同研究グループ代表者)
2.発表のポイント:
◆スーパーカミオカンデ(注1)は、タンク中の純水にレアアースの一種であるガドリニウム(注2)を加え、新たに観測をスタートしました。
◆ガドリニウムの導入により、ニュートリノの観測感度の向上、特に、「超新星背景ニュートリノ(注3)」の世界初の観測が期待されます。
◆「超新星背景ニュートリノ」の観測により超新星爆発の理解が進み、さらに宇宙での元素合成の理解へとつながります。
3.発表概要:
スーパーカミオカンデは、タンク中の純水にレアアースの一種であるガドリニウムを加え、新たな装置として観測をスタートさせました。これにより、特に宇宙の初期から起きてきた超新星爆発によって蓄積されたニュートリノ(超新星背景ニュートリノ)の観測が高感度で行えるようになりました。他にも、銀河系での超新星爆発に対して観測精度の向上、大気ニュートリノ事象や人工ニュートリノ事象に対してニュートリノ事象と反ニュートリノ事象の識別など、これまで行っている他の研究テーマに対しても感度向上が期待できます。
4.発表内容:
【スーパーカミオカンデ検出器】
岐阜県飛騨市神岡鉱山内の地下1,000mに設置されているスーパーカミオカンデ検出器は、直径39.3m、高さ41.4mの円筒形タンクに貯めた5万トンの「水」を標的とし、タンクの壁に設置された約1万3千本の光センサーによってその水中で起こるニュートリノ事象を捉えます(図1)。1996年に実験がスタートして以降、太陽ニュートリノ、大気ニュートリノ、人工ニュートリノなどの観測を通じて、ニュートリノの性質を解明してきました。
【超新星背景ニュートリノをとらえ、超新星爆発のメカニズムに迫る】
超新星爆発は太陽の約8倍以上の質量をもつ星がその一生の最後に起こす天体現象です。その爆発エネルギーの99%はニュートリノによって放出されます。歴史上、観測された超新星ニュートリノは、1987年に観測された大マゼラン星雲での超新星SN1987Aの1例のみです。スーパーカミオカンデの前身である「カミオカンデ」は10秒間に11個のニュートリノを捉えました。少ない事象数ですが、予想されていた超新星爆発の基本的なシナリオとよく合っていました。しかし、爆発メカニズムの解明のためには、豊富なニュートリノのデータが必要です。スーパーカミオカンデはカミオカンデの約15倍の容積を持ち、我々の銀河系において超新星爆発が起きた場合には、約8,000ものニュートリノ事象を捉えることができ、爆発メカニズムの解明に大きく寄与できると考えています。ただし、我々の銀河系で起きる超新星爆発の頻度は30年から50年に一度とまれであり、もっと多くの超新星爆発に関する情報を得るには、超新星背景ニュートリノ(図2)の観測が必要です。
超新星背景ニュートリノは、これまでもスーパーカミオカンデタンク内で年間に数回程度反応が起きてきたはずですが、ノイズによる反応と見分けがつかず観測することができませんでした。
【ガドリニウムによる性能向上】
スーパーカミオカンデタンク中の純水にガドリニウムを溶解すると、図3のように反電子ニュートリノが反応した際に生成される中性子がガドリニウムに捕獲され、ガンマ線を放出するようになります。そのガンマ線がやはりチェレンコフ光を発生するため、非常に特徴的な発光がスーパーカミオカンデタンク内で起きます。まず、陽電子によるチェレンコフ光が発生し、そのすぐあと(数十~百マイクロ秒)にタンク内のほぼ同じ場所(約50cm以内)からガンマ線によるチェレンコフ光が発生します。ノイズによる現象ではこのように見えることはほとんどないため、超新星背景ニュートリノによる反応を選び出すことができるようになります。ガドリニウムの中性子の捕獲能力は非常に優れており、たった0.01%の濃度で水に溶かしても50%の効率で中性子を捕獲することができ、90%の効率を得るのも0.1%の濃度で十分です。
【ガドリニウム導入までの経緯】
ガドリニウムに対しては環境基準、排水基準などの法的な規制はありません。しかし、河川にはあまり存在しない物質であり、十分配慮して取り扱うべきであると考えています。
スーパーカミオカンデタンクでは以前、一日約1トンの純水が漏れていました。そこで、2018年にスーパーカミオカンデタンクの改修工事を行い、タンク内壁を構成するステンレスパネルのすべての溶接のつなぎ目に止水剤を塗り保護しました(図4)。この改修工事の後、タンクから有意な水漏れは確認されていません。今後もガドリニウムを含んだ水の漏れがないか継続的に監視していきます。
2018年のタンク改修工事の後、2019年2月にかけて純水を給水しました。次に以前から利用してきた純水装置を使い循環純化し、2019年末までに不純物の混入が極めて少ない純水でタンクを満たした状態にしました。その後2020年2月まで、純水を新開発の硫酸ガドリニウム水の循環純化装置で処理する試験を行い、タンク内純水の透過率を元の純水装置と同じレベルで保てることを確認しました。新たな純化装置で最も重要なエレメントは、Gd3+,SO42-を保持したまま他のイオンを除去する特殊なイオン交換樹脂です。これは東京大学とオルガノ株式会社が共同開発したものです。
そして、このたび7月14日から8月17日までの35日間でスーパーカミオカンデに13トンの硫酸ガドリニウム八水和物(Gd2(SO4)3∙8H2O)を図5に示したガドリニウム水システムを使用して導入しました。これは5万トンのスーパーカミオカンデの純水に対して重量比で0.026%のGd2(SO4)3∙8H2O濃度であり、Gdの濃度としては重量比0.01%になります。スーパーカミオカンデは太陽ニュートリノ観測においても世界で最も精度の良い観測装置ですが、その性能を保持するために極めて放射性不純物の少ない硫酸ガドリニウムを開発する必要がありました。日本イットリウム株式会社と共同で、そのような高純度硫酸ガドリニウムを開発しました。図6に導入開始からの硫酸ガドリニウムの積算導入量を示します。安定して導入が進んだことを示しています。
【今後の予定】 今回最初のステップとして0.01%濃度のガドリニウムを導入し、中性子の捕獲効率50%を達成しました。今後数年で濃度をあげていき、7~8年の観測で超新星背景ニュートリノの世界初観測を目指します。
5.用語解説:
(注1) スーパーカミオカンデ
スーパーカミオカンデは、東京大学宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設を中心に、日本、アメリカ、韓国、中国、ポーランド、スペイン、カナダ、イギリス、イタリア、フランスの49の大学や研究機関から約190名が参加する国際共同実験です。1996年から実験を開始し、ニュートリノの性質の研究や陽子崩壊現象の探索を行っています。
(注2) ガドリニウム
ガドリニウム(Gd)は原子番号64の元素であり、希土類元素(レアアース)の一種です。ガドリニウムは、全元素のなかで中性子を捕獲する能力が飛び抜けて優れています。大きい磁気モーメントを持つという特長もあり、MRI(核磁気共鳴画像法)検査における造影剤としても使われています。自然界には、例えば日本の土壌中に3~7ppmの濃度で存在しています。
(注3) 超新星背景ニュートリノ
宇宙全体では、毎秒数回の頻度で超新星爆発が起きており、宇宙が生まれてから現在まで、超新星爆発から放出されたニュートリノは宇宙に拡散され、蓄積されることになります。そのニュートリノを「超新星背景ニュートリノ」と呼びます。
6. リンク :
さらに詳しくはカミオカンデのホームページへ