宇宙から降り注ぐミクロな粒子
宇宙線とは、宇宙空間を高エネルギーで飛び交っている極めて小さな粒子のことをいいます。地球にも多くの宇宙線が到来しており、大気に衝突して大量の粒子を生成し、地表に降り注いでいます。これらの粒子は、日常的に私たちの体や岩をすり抜けて地中に突入しています。
このミクロな粒子の正体は、物質を構成している原子核や素粒子などの粒子です。原子核とは原子の中の電子を剥ぎ取ったときに残る電気を帯びた粒子で、陽子と中性子でできています。宇宙線として降ってくる粒子のうちおよそ90パーセントは陽子1個でできた水素原子核、およそ9パーセントが陽子と中性子が2個ずつでできたヘリウム原子核、そしてほんの1パーセントが素粒子やヘリウム原子核よりも重たい原子核になります。
これらの粒子は大変高いエネルギーで飛び交っているため、「放射線」とも呼ばれています。岩や地中に含まれる放射性原子核から出るアルファ線やベータ線などの放射線はよく知られていますが、同様の放射線が空からも降り注いでいることが知られるようになったのは、今からおよそ100年前のことでした。1912年、オーストリアの科学者ヘスは高度5キロメートルまで気球を飛ばし、高度が高くなるほど放射線量が増える ことを示しました。これにより、放射線は地面からのみではなく、宇宙からも到来していることが証明され、宇宙線の発見に至りました。
宇宙線が生成する「空気シャワー」
こうして発見された宇宙線は、さらに調べていくうちに無作為に降り注ぐのではないこともわかってきます。数台の放射線検出器を、距離をおいて設置し宇宙線を検出すると、一度に大量の宇宙線が地表に到達している様子が観測されたのです。また1936年には、高度が上がるにつれ急増する宇宙線の線量は、高度およそ15キロメートルでピークとなり、その後急速に減少するという測定がされました。つまり、これまでに地表で検出されていた宇宙線は、宇宙で発生し地球に到来した高エネルギーの宇宙線が大気と反応することで生成された、二次的な宇宙線であることがわかったのです。宇宙に起源する宇宙線を一次宇宙線、大気と反応して生成する大量の粒子を二次宇宙線と呼びます。
地球大気に猪突する一次宇宙線は、空気中の酸素分子や窒素分子と反応を起こすと、その高エネルギーに依り原子核を破壊し、中間子と呼ばれる新たな粒子を多数生成します。生成された中間子もまた高速で周りの原子核に衝突しさらに多数の中間子を生成し、粒子の数をねずみ算的に増幅しながらエネルギーを落としていきます。このうち寿命が短いものはすぐに「崩壊」し、最終的には、1,000億個もの比較的エネルギーが低いミューオン、ニュートリノ、中性子、ガンマ線や電子・陽電子となって数百平方メートルの地上に降り注ぐのです。
この二次宇宙線のシャワーを「空気シャワー」と呼びます。ミューオンや中間子、陽電子は、空気シャワーの観測により発見された粒子であり、宇宙線研究は素粒子物理学の発展に大きな貢献をしてきました。
メッセンジャーとしての宇宙線
上述のような高エネルギーの一次宇宙線は、太陽系外に起源を持つことがわかっています。では、いったい宇宙のどこにそのような生成メカニズムがあり、どのように地球に到来するのでしょうか。一次宇宙線のエネルギーや化学組成がその手がかりを与えてくれます。
宇宙線のエネルギーや化学組成を測定するためには、地表の広範囲にたくさんの宇宙線検出器を並べ、空気シャワーを観測します。このようにして調べた結果、宇宙から飛来する宇宙線は10の8乗電子ボルトから10の20乗電子ボルト(可視光の1億倍から1垓倍のエネルギー)という幅広いエネルギーでやってくることがわかりました。
宇宙線は、エネルギーが高くなればなるほど、その数を急激に減らし、あるエネルギーを境に存在しなくなります。最も高いエネルギーで到来する一次宇宙線の粒子1個のエネルギーは、なんと電球1個が1秒間に放つエネルギーにも値し、放射性原子核起源の放射線の100兆倍、加速器実験で人工的に作り出せる最高エネルギー粒子の1000万倍のエネルギーにもなります。このようなエネルギーにまで粒子を加速するメカニズムが宇宙のどこに存在するのかは、未だ解明されていません。
比較的エネルギーの低い宇宙線は多数到来しますが、太陽系内や銀河系内の強力な磁場によって進路を曲げられ発生場所の情報を失ってしまいます。これに対し、最高エネルギーの宇宙線は強力な磁場にも進路をほとんど曲げられることなく到来しますが、大変稀少であり100平方キロメートルに年1回ほどしか降らないため、なかなか観測できません。このように様々なチャレンジのある宇宙線研究分野ですが、最新の観測により、重い星が寿命を終える時に起こす「超新星爆発」の際に、高エネルギーの宇宙線がたくさん生まれていることが明らかになってくるなど、宇宙の高エネルギー天体現象が解明されつつあります。
宇宙線研究では、遠い宇宙の彼方で起こっている激しい天体現象のメカニズムを理解することで、究極的には宇宙進化の謎を明らかにすることを目指しています。つまり宇宙線とは、宇宙のさまざまな謎に答えてくれる多大な可能性を秘めた、宇宙から私たち人類に向けて放たれた「メッセンジャー」であるといえます。
ガンマ線、ニュートリノ、そして重力波
宇宙からやってくるメッセンジャーは、前述のような原子核のみならず、最もエネルギーの高い電磁波(光)である「ガンマ線」や、全ての物質を軽々とすりぬけて地球に到来する素粒子「ニュートリノ」などもあり、その特性から原子核宇宙線とは相補的な情報を与えてくれます。困難だったこれらの粒子の観測も近年の技術の進歩により飛躍的に進展し、新たにガンマ線・ニュートリノ天文学が拓けてきました。
そしていま、電磁波や素粒子に加え、人類は「重力波」という新たなメッセンジャーを得ようとしています。重力波とは、重い天体が加速しながら動くときに起こる空間のゆがみが、宇宙空間上を波のように伝わる現象のことです。非常に重たい天体の合体の様子や、熱い宇宙の誕生をもたらしたインフレーションとよばれる急激な膨張など、原子核や素粒子では到底とらえることのできない最深部の宇宙の姿をも直接観測する手段となります。非常に微細なこの時空の振動を、人類のもてる最先端の技術を結集して観測装置の建設に挑んでいます。
この他にも、未知の物質「暗黒物質」の直接探査など、成功すれば物理学に飛躍的な発展をもたらす重要な実験が行われています。現在の宇宙線研究では、こういった多角的なアプローチ「マルチメッセンジャー」による観測を通して、宇宙の謎を解明する世界最先端の研究が行われています。東京大学柏キャンパスにある宇宙線研究所は、このように多岐にわたる数々の宇宙線研究を一括して行っている世界で唯一の研究機関なのです。
さまざまな宇宙線検出器
代表的な宇宙線検出器は、地表の広範囲に配置された多数の検出器で空気シャワーをとらえる地表宇宙線実験で、その痕跡から一次宇宙線のエネルギーや化学組成を再構築します。目的によりいくつかの種類があります。
まず、広大な領域に多数の検出器を配置(この検出器群を「地表アレイ」と呼びます)し、空気シャワーに含まれる荷電粒子を検出する方法があります。これは他の手法に比べて広範囲の空を天候に関係なく高稼働率で観測できるという利点があるのに対し、宇宙線から生じた荷電粒子であるかどうかの判別がつきにくいという難点があります。
次に、空気中で発生する「チェレンコフ光」という光を観測する空気チェレンコフ望遠鏡もあります。チェレンコフ光とは、空気シャワーで発生した荷電粒子が大気中での光速を超えて走るときに生じる光の衝撃波です。大変微弱な光であり、月のない晴天の夜にしか観測できないという難点がありますが、宇宙線起源の放射線を見分けることに長けており、比較的低いエネルギーの宇宙線やガンマ線による二次宇宙線の検出に力を発揮しています。大気ではなく水を使用する水チェレンコフ望遠鏡も、地表アレイの検出器やニュートリノ望遠鏡として活用されています。
その他には、空気シャワー中の電子や陽電子が大気中の窒素分子や分子イオンを励起して発する蛍光をとらえる蛍光望遠鏡もあり、地表アレイと蛍光望遠鏡を組み合わせることで、より解像度の高い探査を行っている探査実験もあります。
空気シャワーを検出する手法に対し、気球や衛星などで一次宇宙線を直接観測する方法もあります。大気の希薄な高い高度で宇宙線を直接とらえることで、その組成とエネルギーを測定し、宇宙線の加速メカニズムや伝わり方の理解を進めてきました。現在では、暗黒物質や反物質といった素粒子と宇宙の謎に迫る研究も進められており、地表では代替できない手法として今後も注目されます。