【プレスリリース】超巨大ブラックホールが放つ稲妻

プレスリリース

発表者 

手嶋 政廣(東京大学 宇宙線研究所 教授)
Daniel Mazin(東京大学 宇宙線研究所 助教)
林田 将明(東京大学 宇宙線研究所 特任助教)
中嶋 大輔(東京大学 宇宙線研究所 特任助教)
花畑 義隆(東京大学 宇宙線研究所 特任研究員)
Daniela Hadasch(東京大学 宇宙線研究所 特任研究員)
斉藤 浩二(東京大学 宇宙線研究所 協力研究員)
窪 秀利(京都大学 大学院理学研究科 准教授)
斉藤 隆之(京都大学 大学院理学研究科 特任助教) 
西嶋 恭司(東海大学 理学部物理学科 教授)
櫛田 淳子(東海大学 理学部物理学科 准教授)
折戸玲子(徳島大学大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス 講師)
高見 一(高エネルギー加速器研究機構 日本学術振興会特別研究員)

発表のポイント

◆世界最大級チェレンコフ望遠鏡MAGIC(注1)により、天体IC310の中心に位置するブラックホールから、短時間で激しく変化する高エネルギーのガンマ線放射(注2)を観測
◆ 理論的に計算されるガンマ線放射よりも短時間のもので、これまでのガンマ線放射モデルを見直す必要を示唆
◆ 今後、観測・研究を深めることにより、未だに謎の多いブラックホール、またその近傍で起きている極限的な現象の解明が進展すると期待

発表概要

東京大学宇宙線研究所 手嶋政廣教授らの研究グループ、京都大学大学院理学研究科 窪秀利准教授らの研究グループ、東海大学、徳島大学、高エネルギー加速器研究機構の研究者が参加する国際共同実験、MAGIC(注1)により、地球から2.6億光年離れたペルセウス銀河団にある電波銀河「IC310」の中心の超巨大ブラックホール(注3)で発生した、超高エネルギーガンマ線の爆発現象を観測しました。そして、このガンマ線の爆発現象からは、かつてないほど急激で速く強度が変化するガンマ線放射を確認しました。
この短時間で激しく変化するテラ電子ボルト高エネルギーのガンマ線放射は、理論的にブラックホールの大きさから推定されるガンマ線放射よりもはるかに短い時間で変化するものです。加えて、これまでの、光速に近い速度で発せられるプラズマ流の効果を考慮したガンマ線放射モデルでは今回の観測結果は説明できません。研究グループは、高速度で回転するブラックホールの極冠(注4)付近には、電位のギャップが生成され、激しい粒子加速・ガンマ線放射が起こるという、新たなモデルを報告しました。
今後、高エネルギーガンマ線天文学により、謎の多いブラックホール、またその周辺の極限的物理状態の研究がさらに進展していくと期待されます。

発表内容

MAGICチェレンコフ望遠鏡は、地球から2.6億光年離れた電波銀河「IC310」の中心の超巨大ブラックホールにて発生した、超高エネルギーガンマ線の爆発現象を捕まえました。このガンマ線の爆発現象からは、かつてないほど急激で速い強度変動を示すガンマ線放射が確認されました。

2012年11月12日、17m口径チェレンコフ望遠鏡2台で構成される「MAGIC」は、天体IC310から、非常に強烈なガンマ線放射を観測しました。その放射は、5分間という短時間で強く変動するという、科学者にとって大きな驚きに満ちた現象でした。特殊相対論によれば、物体表面全体の明るさが変化するには、最低限、光がその大きさを通過するだけの時間が必要です。IC310の中心にあるブラックホールの大きさは太陽と地球との距離の数倍程度であり、光が通過するのに約20分かかる大きさに相当します。今回観測されたIC310の爆発現象は、全くの予想外でした。

全ての銀河の中心部には、太陽の100万倍から10億倍の質量を持つ超巨大ブラックホールがあると考えられていますが、この中には、その超巨大ブラックホールに降着するガスが銀河全体よりも明るい強烈な光を放つものもあり、これを「活動銀河核」と呼びます。さらに、活動銀河核の中には、そのブラックホール周辺から光速に近いプラズマ流である「ジェット」を噴き出している天体も存在します。このジェットは、電波からガンマ線に至るまでのあらゆる帯域の電磁波を放出します。IC310は、このようなジェットを持つ天体であり、地球から2.6億光年離れた「ペルセウス銀河団」に属しています。

MAGIC望遠鏡は、2009年にこの天体からの初めて超高エネルギーガンマ線の放射を発見しました。その発見により、IC310は「ブレーザー天体」、つまり、この天体が持つジェットを観測者の方向に向けて噴き出している天体であることが分かりました。この時、ジェット内の「プラズマ流」が光速にわずかに(数%)満たない程度の速さで動いていると、ジェットは『見かけ上』光より速く動いているように見えます。この時「相対論的ビーミング」(注5)の効果によって、ジェットからの放射は強調され一層明るくなり、さらに実際よりも急激な放射変動が見えることになります。しかし、今回の観測結果は、この相対論的ビーミング効果を考慮しても単純には説明できないほど、ガンマ線放射は明るく速い変動性を示しました。

今回観測された結果から、以下のようなブラックホール周辺の描像が見えてきました。中心のブラックホールは高速で回転しており、これは星間物質が中心に降り注いで形成された結果だと考えられています。このブラックホールが磁気圏を有した場合、極方向の磁場中に電位のギャップが発生し、そこに強い電場が現れます。この電場に沿って、荷電粒子は超相対論的なエネルギーにまで瞬時に加速されます。これらの高エネルギー荷電粒子が、周辺の降着ガスからの光子を叩き上げて(逆コンプトン散乱)ガンマ線を作りだすのです。

このシナリオで描かれるガンマ線放射は、嵐の中で数分毎に蓄えられた電気エネルギーを放つ稲妻にも似ています。同様の現象が太陽系程の大きさの領域にて発生し、銀河のはずれまで相対論的な速度で粒子を打ち上げていると示唆されます。

このように、ブラックホールを高エネルギー領域で観測することで、銀河の中心核を非常に深くにまで踏み込んだ研究が可能となります。つまりは、銀河のエネルギーの源を直接観測していることになるのです。このような研究は、MAGIC望遠鏡が持つ高い感度と低いエネルギー閾値による広帯域観測の性能を最大限に生かした結果だと言えるでしょう。この性能は、特に、今回のような遠方の銀河の中心にある超巨大ブラックホールの観測に非常に適しており、MAGIC望遠鏡を利用した研究は、謎の多いブラックホール、またその周辺の極限的物理状態の研究をさらに進展させていくと期待されます。

添付資料

★画像はこちらからダウンロードいただけます。

図1 MAGIC チェレンコフ望遠鏡により観測された電波銀河IC310。IC310の中心には太陽質量の3億倍の超巨大ブラックホールが存在する。ブラックホールは太陽と地球の距離の数倍の大きさである。左挿入図は、ブラックホールから噴出するジェット根元部分の電波望遠鏡による観測。
(クレジット:The MAGIC Collaboration)
図2 MAGIC チェレンコフ望遠鏡により2012年11月12日に観測された「IC310」 からの高エネルギーガンマ線の強度の変動。5分程度で強度が倍増していることがわかる。ブラックホールの大きさは、ジェットによる相対論的な時間の短縮効果を考慮しても20分相当であり、ガンマ線放射がブラックホールのより狭い領域で起こっていることがわかる。
(クレジット:The MAGIC Collaboration)
図3 IC310 において観測された短時間の激しい高エネルギーガンマ線の強度変動は、高速度で回転するブラックホール極軸付近の磁気圏に、電位ギャップが生成され、その電位差を使い電子、陽電子が加速されガンマ線が放射されたとして説明できる。
(クレジット:The MAGIC Collaboration)
図4 MAGICチェレンコフ望遠鏡。世界最大級の17m口径のチェレンコフ望遠鏡2台からなる。カナリア諸島ラパルマにあるロケ・ムチャチョス天文台(2200m) に設置されている。2016年、CTA 23m 大口径チェレンコフ望遠鏡1号機の設置がここに予定されている。
(クレジット:The MAGIC Collaboration)

超巨大ブラックホールが放つ稲妻(動画)[クレジット:Robert Schulz, Julius-Maximilians-Universität Würzburg]

用語解説

(注1)チェレンコフ望遠鏡MAGIC、国際共同実験、MAGIC 
MAGIC望遠鏡ヨーロッパ北天文台、カナリア諸島ラパルマ島に設置されています。2台の17m口径のチェレンコフ望遠鏡で構成されたシステムで、25 ギガ電子ボルトから50 テラ電子ボルトまでのエネルギーのガンマ線を観測する世界最大級の装置です。高エネルギーガンマ線は地球大気に突入すると、空気の原子核と相互作用し、二次粒子を雪崩状に生成する空気シャワーを発生させます。それら粒子は空気中の光速を超えて飛行することで、チェレンコフ光と呼ばれる青白い光を放出します。2台のMAGIC望遠鏡にてこれらチェレンコフ光を検出し空気シャワーを立体的に再構築することで、銀河系内・系外天体から飛来するガンマ線を観測しています。MAGICは、日本とヨーロッパの国々から約160名の科学者が参加している国際プロジェクトです。

(注2) 高エネルギーガンマ線  電磁波の中で最もエネルギーの高い電磁波はガンマ線であるが、その中でも高エネルギーのガンマ線のこと。近年、チェレンコフ望遠鏡によりテラ電子ボルト(1兆電子ボルト)領域まで観測することができるようになり、宇宙観測の窓が開けた。

(注3)超巨大ブラックホール  IC310の中心部には、太陽の3億倍の質量をもち、太陽系の数倍の大きさをもった超巨大ブラックホールが存在する。このブラックホールは高速度で回転していると考えられる。

(注4) 極冠 ブラックホールは双極子状の磁場をもっている。このN極S極の付近を極冠という。双極子磁場の軸方向とブラックホールの回転軸が平行であると、極に近い部分に磁場にそって強い電場がつくられプラズマが移動し、おおきなポテンシャルギャップが生成される。

(注5)相対論的ビーミング 活動銀河の中心にあるブラックホールは光速度に近いスピードでジェットを放出している。このように光速度に近い速度で運動するジェットからの放射(電波、光、ガンマ線)は前方方向に強く集中し、その放射強度が増強される。

発表雑誌:

雑誌名: Science Express 11月6日
論文タイトル:Black hole lightning due to particle acceleration at subhorizon scales
著者:The MAGIC Collaboration, J.Aleksic et al. (165名)

DOI番号:10.1126/science.1256183

問い合わせ先

・MAGIC実験について
東京大学宇宙線研究所 教授 手嶋 政廣 (てしま まさひろ) 
京都大学大学院理学研究科 准教授 窪 秀利 (くぼ ひでとし)

・宇宙線研究所について
東京大学宇宙線研究所 広報担当 林田 美里
TEL:04-7136-5148
E-mail:misato@icrr.u-tokyo.ac.jpリンク

MAGIC Japan Consortium
MAGIC web site
宇宙線研究所 チェレンコフ宇宙ガンマ線グループ