【この人】 ALPACA実験グループ Eduardo De La Fuente教授

特集

 中国のLHAASO実験により、Cygnus(白鳥座)OB7領域で発見されたガンマ線源LHAASO J2108+5157を、電波望遠鏡でも観測する研究に注目が集まっています。ALPACA実験のコラボレータであるEduardo De La Fuente特任教授(グアダラハラ大学/Guadalajara University教授)が提案した電波望遠鏡による観測で明らかになったのは、密度の濃い二つの分子雲の存在です。これは観測された100TeVのガンマ線が、宇宙線陽子が分子雲に衝突して生じた可能性があること、近くにPeV領域エネルギーの宇宙線を出すPeVatronが存在することの両方を示唆しています。このガンマ線源はTeV領域の低いエネルギーでは発見できなかった珍しい天体で、近くにPeV領域の宇宙線を出しそうな天体の候補も見つかっていません。この謎に挑むEduardo教授に、研究成果や今後の展望などについて伺いました。

柏キャンパスで研究するEduardoさん

◇大阪公立大の電波望遠鏡による観測結果の解析及び野辺山の電波望遠鏡の観測について、経緯や観測についての感想を聞かせてください。

 とてもワクワクする経験でしたよ。2020年代の高エネルギー天文学のトピックとなっているペバトロンの性質を調べるため、ガンマ線や宇宙線の観測と電波の観測を組み合わせる必要がありました。私の博士論文のテーマは電波望遠鏡による天文学研究であり、2007年からメキシコの高地にある水チェレンコフ観測装置で宇宙線とガンマ線の観測を行ってきました。2021年にGuadalajara大学のサバティカル制度を利用し、宇宙線研究所に特任教授として来日しましたが、その際、ALPACA実験グループの仲間に日本で思いついたアイデアを提案しました。白鳥座領域にあるペバトロンを野辺山にある電波望遠鏡で観測してみようというものです。最初に試みたのは、大阪府立大(現大阪公立大)の所有する口径1.85メートルの電波望遠鏡が過去に行った観測の解析です。日本やメキシコの仲間と共著の論文としてまとめ、日本天文学会の欧文研究報告に2023年に発表しました。

https://doi.org/10.1093/pasj/psad018

 天文学の分野では、何かを検出する能力のことを「感度」、さらに空間的に詳しく調べる能力のことを「解像度」と言いますが、これら両方が整っていることが重要です。大阪府立大(現大阪公立大)の電波望遠鏡の観測データを解析した後、私たちがするべきことは、より高い「解像度」での観測でした。この目的にぴったりで、世界でも強力な電波望遠鏡の一つが、野辺山にある国立天文台野辺山の電波望遠鏡(口径45メートル)です。名探偵コナンのアニメ映画「隻眼の残像(フラッシュバック)」にも登場する有名な電波望遠鏡ですね。川田准教授が国立天文台野辺山に連絡を取り、観測提案を行い、2022年に観測時間を獲得することに成功しました。これを聞いたとき、「45メートルの野辺山を使ってペバトロンが観測できる、なんてかっこいいんだ」と思わず日本語で叫んでしまいました。

 この観測の成果は、天文学界の著名な専門誌 ”Astronomy & Astrophysics” に2023年7月に掲載されました。

https://doi.org/10.1051/0004-6361/202346681

日本とメキシコの研究者たちによるこの研究により、国立天文台野辺山の電波望遠鏡はペバトロンの探索に大きな役割を果たしてくれたと言えます。

国立天文台野辺山の電波望遠鏡の前で記念撮影するEduardoさん

◇電波望遠鏡による観測で分かったことを、平易な言葉で説明してください。

 高エネルギー宇宙線の研究で、ペバトロンについて知る、とくに宇宙線をTeVやPeVのエネルギーまで加速する天体の正体を突き止めることことは大変重要です。これは同時に銀河系内で素粒子をどこまで加速できるのかについて明らかにすることでもあります(これまでのところ答えはPeVの領域にありそうですが…)。

 ペバトロンは宇宙のどこかにあり、粒子を高いエネルギーまで加速する天体です。地球上で最も強力な加速器は欧州原子力機関(CERN)にある大型ハドロン衝突型加速器(LHC)ですが、加速できるのは10TeVまでで、その100倍以上のエネルギーまで加速できる自然の加速器ペバトロンの正体は、ぜひとも解明する必要があります。私たちは、電子が起源となったガンマ線の放射をレプトニック、陽子や原子核が起源となったガンマ線の放射をハドロニックと呼び、大まかに区別しています。

 中国のLHAASO実験が2021年、白鳥座のOB7領域に発見したγ線天体LHAASO J2108+5157は、100TeVを超える高エネルギーガンマ線が観測された12の天体の中で最も謎めいた天体として知られていました。なぜなら100TeVより小さなエネルギーでは観測できれず、高エネルギーの宇宙線源と思しき天体も見つからなかったからです。

 電波望遠鏡の観測では、そこにどれほどの水素ガス(陽子または原子核)があるか、その密度を知ることができますが、野辺山の電波望遠鏡で私たちはLHAASO J2108+5157の水素ガスの密度分布を観測することに成功しました。この観測の結果、私たちはLHAASO J2108+5157からのガンマ線の起源がハドロニック、つまり陽子の起源であると推定することができました。

図: 白鳥座OB7にあるガンマ線源と国立天文台野辺山の電波望遠鏡による信号を重ねた天体地図。
野辺山45mの電波望遠鏡で観測した白線のモヤモヤが分子雲。赤色や黄色のモザイクはFermi-LATにより観測されたガンマ線放射領域、赤いクロスマークはLHAASO J2108+5157の位置を示しており、これらの構造が一致している様子がわかる。

◇この研究の意義について改めて教えてください。

 宇宙で最も謎めいたペバトロンの一つを選び、その水素ガスの分子雲の濃度を世界で初めて詳しく測定したところ、レプトニックな起源と結びつくものがなく、ハドロニックな起源であると言えると明らかにしたことです。つまり、分子雲の密度の精度の高い測定を初めて行い、謎に満ちた天体の近くにPeV領域まで宇宙線陽子を加速する天体があることを示唆する証拠を得たことです。

 これは将来、ALPACA実験やCTAOによるガンマ線の観測と電波望遠鏡によるマルチメッセンジャー観測が、科学的に高いシナジー効果を持つことを示唆しています。電子起源のレプトニックな放射ではないことが将来明らかになれば、野辺山の観測でハドロニックな起源の条件は整っていることから、LHAASO J2108+5157は、象徴的で名前さえ残るハドロン起源のペバトロンの一つに数えられることでしょう。

◇すでに次の論文を準備中とのことですが、そこではどんな成果が明らかになりますか。

 ”Astronomy & Astrophysics”で取り上げたのは、LHAASO J2108+5157の南側の領域にある分子雲を野辺山の電波望遠鏡で観測した結果でした。次回の論文では、北側に位置する分子雲を南側と同様、高い解像度で観測したデータを取り上げます。さらに、超新星爆発の残骸で加速された高エネルギー宇宙線が分子雲と衝突してガンマ線の起源となっている可能性についても説明を試みてみようと考えています。

◇将来の研究について展望があれば教えてください。

 もちろん、将来計画があります。LHAASO J2108+5157については、ペバトロンのカウンターパート、高エネルギーガンマ線の放射源についての研究を継続します。さらに、レプトニックな起源のガンマ線の有無、最も高密度な分子雲についての研究も続ける予定です。

 ペバトロンの探索については、他のペバトロン候補でも、野辺山のような電波望遠鏡の観測と、ALPACAのような第三世代のガンマ線観測アレイによる観測を組み合わせた研究を進めたいと考えています。


プロフィール:
Eduardo De La Fuente Acosta教授

メキシコ・グアダラハラ大学(UdeG)CUCEI物理学科の専任教授である彼は、高エネルギー物理学、天体物理学、宇宙素粒子物理学、ペバトロン探索を専門とし、2003年から教育と学術運営に携わっています。
UdeGで物理学の学士号と博士号を取得し、UNAMでは天文学の修士号を取得。博士課程中はUNAMの研究所で研究員として活動し、博士号取得後はINAOEでポスドク研究員を務めました。2023年にはUdeGのCUCEAで国際高等教育の修士課程も修了しています。
国際的には、2021年に東京大学宇宙線研究所でサバティカルを行い、ALPACAおよびハイパーカミオカンデ実験にメキシコ共同代表として参加。2025年には同研究所の特任教授に招聘されました。また、2007年からはHAWC観測所の共同研究者としても活動しています。
2024年時点で、査読付き論文は約130本、被引用数は9,400件以上、H指数は38。国際学会への参加や学生指導の実績も豊富です。