第5回「喫茶室かぐら」を東京都市大学で開催 東京都内では初めて

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 大型低温重力波望遠鏡かぐら(KAGRA)の命名委員会のメンバーたちが、喫茶店のマスターと常連客という設定で語り合う恒例イベント「喫茶室かぐら」が8月24日、世田谷区の東京都市大学で約250人が参加して開催されました。2018年から飛騨市で始まった同イベントは今回が5回目で、東京都内での開催はこれが初めてとなります。

東京都市大学世田谷キャンパス7号館にあるTCUホールで開催された喫茶室かぐら

 2010年度にプロジェクトがスタートして建設が始まった大型低温重力波望遠鏡(岐阜県飛騨市神岡町)の名前が正式に決まったのは、2012年1月のことでした。作家の小川洋子さんが毎日新聞夕刊のコラムに「早く相応しい名前をつけてあげてほしい」と書いたことをきっかけに、小川さんを委員長とする命名委員会が設置され、全国から寄せられた666件(名称数358)の応募の中から選ばれたのがKAGRAでした。“KA”は神岡のKA、“GRA”はGravityやGravitational wave(重力波)をイメージする言葉です。喫茶室かぐらは、命名委員会を務めたメンバーたちが不定期に集まり、KAGRAについて自由に語り合う目的で2018年に飛騨市神岡町で始まり、COVID-19で中断やオンラインのみになったりしながらも継続してきました。

 5回目となる今回は、初めて都内に場所を移し、KAGRAコラボレーターでもある髙橋弘毅教授(デザイン・データ科学部/総合研究所宇宙科学研究センター/宇宙線研究所客員教授)がいる東京都市大学と、東京大学宇宙線研究所附属重力波観測施設の共催で開かれました。会場となった東京都市大学世田谷キャンパス7号館1階のTUCホールは2022年に完成した新しいホールで、この日は学生や一般市民およそ250人が詰め掛けました。

作家の小川さんは「ことり」などを朗読

 喫茶室かぐらは、常連客である小川洋子さんが自らの作品「ことり」「あとは切手を、一枚貼るだけ」から、それぞれ一節を選び、朗読するセッションからスタート。ことりの言葉を理解する小父さんとその弟、さらにはスーパーカミオカンデの内部を見学するボートで初めて出会った二人について描いた場面を朗読したあと、小川さんは「何もないところから一行目を書き始める小説家と、何もわからないところから真理を追い求める科学者は決して遠い存在ではないと思っています。そのことを証明するために私は今日ここにやってきました」と語りかけました。

喫茶室かぐらで静かに朗読する作家の小川洋子さん

天文学者の渡部さん 彗星など夜空の星を案内

 続いてやはり常連客の国立天文台特任(上席)教授の渡部潤一さんが、夜空の星の写真や国立天文台が開発した4次元デジタルビューワー”MITAKA”を操り、夜空の星を自由に散歩。その中で自らの著書「古代文明と星空の謎」「なぜ彗星は夜空に長い尾をひくのか: 宇宙を旅する不思議な天体の謎にせまる」「賢治と『星』を見る」を紹介しながら、9-10月に太陽に近づき、肉眼でも見える可能性がある紫金山・アトラス彗星などを紹介。「『宇宙人がいるのでしょうか』とよく聞かれますが、そんなのいるに決まっています。銀河系には太陽系のような星がそれこそ星の数ほど、2000億個もあり、その3-4%には惑星があると考えると60億個。その3%としても1億8000万個の地球のような星があり、文明が生まれていたとしても何ら不思議はないんです」と、ユーモアたっぷりに語りました。

MITAKAを使って星空を散歩する天文学者の渡部潤一さん

語り合う会でも命名の裏話 科学と芸術の関係にも

 語り合う会では、三井デザインテックの西谷直子さんが案内人を務め、小川洋子さん、渡部潤一さん、さらに東京都市大学学長の野城智也さん、科学ジャーナリストの青野由利さん、KAGRA研究代表者の梶田隆章卓越教授、大橋正健教授が加わり、自由に意見を交わしました。

語り合う会に登壇した喫茶室のマスター役・西谷さん(左)と常連客の皆さん

 2009年に創立80周年を迎えた旧武蔵工業大学が、東横学園女子短期大学と合併したのを機に、現在の東京都市大学と改名して成功したことに話が及ぶと、野城さんは「100年近く続く名前を変えるのはどうなのか、という意見もありましたが、今は、新たな気持ちで進んでいます」、さらに大橋教授も「KAGRAとつけてもらったおかげで国際会議でも間違えられることがなくなり、とても助かっています」と共に成功だったことを共有。一方、梶田卓越教授は「KAGRAは“G”の後に“U”がなく、普通のローマ字の綴りとは違うので、そこだけは注意してほしいですね」と付け加えました。

 また、大橋教授が、渡部さんのIAU(国際天文学連合)での活躍に触れ、「渡部さんは冥王星をなくした方です」と話題を振ると、渡部さんは「なくしたわけではありませんが、確かに2006年に冥王星を太陽系の惑星ではないとIAUに提案した7人のメンバーのうちの1人でした。冥王星のファンの方からだいぶ怒られましたが・・・」。そこで青野さんがすかさず、「今年8月に開かれた総会でも惑星についての新しい提案が出ていますね」と質問すると、「はい。いまの惑星の定義は太陽の周りを回っている天体のみを考えていますが、他の星を回っているものも惑星に含めようという提案を作成しているところで、3年間議論し、次のローマの総会で決定しようという方向です」と報告しつつ、「だからといって冥王星が戻ることはありませんよ」と慌てて否定し、会場の笑いを誘っていました。

会場からの質問にも丁寧に回答

 会場からの質問に答えるコーナーでは、「今だから言えることは?」という質問に対し、命名委員会の初会合が2011年3月12日と東日本大震災の翌日で、やむなく延期となったことが話題にのぼり、小川さんは「宇宙など大きな力の前では、いかに人間が無力かということを思い知らされるところからスタートしたことは、KAGRAにとっては、その意義を改めて深く考え直すきっかけになりました」とコメント。また、「AI(人工知能)で小説が書けるのでしょうか」という質問も出て、小川さんは「書ける時代も来るでしょう。読者の立場では、面白ければそれでよいのではないかと思います。しかし、生身の人間が一文字一文字、綴ったものは、執念が行間に込められており、それこそが小説だという気持ちもあります」。一方、科学と芸術の関係について問う質問には、渡部さんが「NASAの天体写真も大半は着色したもので、とてもアートの要素が強く、最近では美術館に展示するケースもあります」と述べました。

 「研究」と「教育(人材育成)」の活動割合を問う質問も出て、梶田卓越教授は「物理学者の狭い観点ではありますが、科学者が真理を突き詰めていくのはそう簡単なことではなく、集団で取り組んでも、ひと世代でできるとは限らず、まさに永遠に続く活動です。次の世代の科学者が少しでも真理に近づけるように尽力してもらうという意味でも、人を育てるというのは、すごく大切なことだと感じています」と語りました。

グラフィックレコーディングの実演も披露

グラフィックレコーディングについて説明する滝本さん

 語り合う会では、西谷さんの進行と同時並行で、東京都市大学大学院環境情報学研究科の滝本美奈代さん(修士課程1年)が、自ら研究テーマとする「グラフィックレコーディング」という新しい手法で記録しました。7人の登壇者の似顔絵を描いたA1のパネル4枚を、舞台のすぐ横に設置し、リアルタイムにマジックで書き込み、対談の内容を可視化したものを、最後にスクリーンに投影。滝本さん自身が、その記録をもとに語り合う会の印象的な場面を振り返ると、喫茶室かぐらのマスターや常連客、会場からも拍手が湧き起こりました。