東京大学宇宙線研究所
国立天文台科学研究部
筑波大学
発表のポイント
◆ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の大規模高感度観測データを用い、129 億年から134 億年前の初期の宇宙に3 つ、炭素、酸素に対する窒素の比率が異常に多い銀河があることを発見しました。
◆現在の宇宙の天の川銀河と比較しても3 倍以上の多さで、恒星の内部で元素が作られて超新星爆発で宇宙空間に拡散するというこれまでの理論では説明できない数値です。
◆その比率は恒星の外層にあるガスの成分に近いので、これらのガスだけが恒星から流れ出たか、ブラックホールによって引き剥がされて宇宙空間に放出された可能性があり、初期の宇宙についての新たな謎を提起したと言えます。
発表の概要
東京大学宇宙線研究所の磯部優樹大学院生と大内正己教授らによる研究グループは、129億年から134億年前の宇宙にある3つの銀河で、炭素と酸素に対して窒素が異常に多いことを明らかにしました。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の赤外線観測で得られた非常に高い精度のデータを詳しく解析して測定した酸素、炭素に対する窒素の存在比(注1)は、現在の太陽系はもとより、私たちの天の川銀河と比べても3倍以上に及びます。このことは、これまで一般的に考えられていた元素の主な供給メカニズム(恒星の内部で元素が作られて超新星爆発で宇宙空間に拡散すること)とは異なるプロセスが初期の宇宙で起こっていることを意味し、ビッグバン直後の宇宙に新たな謎がもたらされました。
研究の内容
生命に必要な炭素や窒素、酸素の元素が宇宙においてどのように作られたかを知ることは、宇宙の物質はもとより、人類の起源を知る上でも重要です。宇宙がビッグバンで誕生した138億年前には、水素やヘリウム、リチウムなどの軽元素しか存在しなかったと考えられています。生命を形作るタンパク質に必須な炭素と窒素、酸素については、宇宙の中で誕生した恒星の内部の核融合で作られ、やがて超新星爆発などで放出されたと考えられています。これまでの研究から、初期の宇宙で酸素が急激に増えたことが明らかになりましたが、炭素、窒素についてはまだ分かっておらず、いつ頃どの元素が多く作られてきたかについては不明でした。
研究チームは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の高感度赤外線観測データを詳細に解析し、初期の宇宙にある71個の銀河に含まれるガスの炭素、窒素、酸素などの元素の存在比を調べました。そして、筑波大学計算科学研究センターの矢島秀伸さん(准教授)、福島肇さん(助教)らの研究チームによる最新の数値シミュレーション結果とも比較研究を行いました。高感度観測のデータでも炭素や窒素ガスが放つ光(輝線とよばれる信号)の検出は難しく、元素の存在比を測定することは困難でしたが、129億年から134億年前の初期の宇宙にある3つの明るい銀河(図1と図2)で輝線が検出されました(図3)。炭素、酸素、窒素の輝線の光度などから、酸素に対する炭素および窒素の個数の存在比を求めたところ、窒素が炭素や酸素に比べて異常に多く、この存在比が、太陽系はもとより、私たちの天の川銀河のガスと比べても3倍以上になることが分かりました(図4)。また、他の68個の銀河も同様に炭素や酸素に対して窒素が多い可能性があります。研究チームの代表の磯部さんは、「134億年前の宇宙まで見ても炭素や窒素ガスが十分にあって、それらから放たれた光が検出できたことに驚きました。さらに、それらの元素のうち窒素の存在比が予想外に大きいという結果が出た時は衝撃的でした」と当時の心境を語ります。
炭素と酸素、窒素ガスは、宇宙の中で誕生した恒星の内部の核融合で作られ、やがて超新星爆発などで放出されたと考えられています。しかし、窒素の存在比が大きいガスが今回見つかったことで、今回見つかったガスは超新星爆発から放たれるガスより窒素の存在比が遥かに大きいので(図4)、初期の宇宙では、一般的に考えられている元素の主な供給メカニズムとは違うメカニズムが働いていた可能性があります。研究チームのメンバーの冨永望さん(国立天文台教授)は、「今回見つかった炭素と酸素、窒素ガスの存在比は、恒星の外層にあるガスの成分(注2)に近いことが分かりました。そのことから、恒星の外層にあるガスだけが流れ出たか、もしくはブラックホールによるガスの引き離しなどで宇宙空間に放出されたのかもしれません。」と言います。さらに大内さんは続けて、「ただ、この場合でも、やがては超新星爆発が起こって、恒星の内側のガスが大量に宇宙空間に出てきてしまい、宇宙空間のガス全体としては普通の存在比になってしまいます。恒星の内側のガスが撒き散らされないように、超新星爆発が弱かったり、場合によっては、恒星の内側が強い重力で潰れてブラックホールになったのかもしれません。そうすると、初期の宇宙は多くのブラックホールで満ち満ちていたことになり、それは、それでやはり驚きです。」と述べています。
初期の宇宙の銀河で、炭素や酸素に対して、窒素が多く存在することは理論的に予想されておらず、今回の観測を通して初めて明らかにされました。磯部さんは、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のおかげで、私たちが想像していなかった初期の宇宙の様子が明らかになりました。この研究で新たな謎も出てきましたが、さらなる観測でこの謎に挑んでいきたいです。」と意気込みを語っています。
用語解説
(注 1)酸素、炭素に対する窒素の存在比
ガスを構成する炭素と窒素、酸素の原子の個数の比率を意味します。
(注 2)恒星の外層にあるガスの成分
水素が豊富に存在する星の外層において、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)を触媒として水素がヘリウムに変換される一連の反応のこと(CNOサイクルと呼ばれる)を指します。CNOサイクルの主な反応の中では、窒素が酸素に変換される反応が進みづらいため、CNOサイクルが進むと炭素や酸素に対し窒素が多く溜まっていきます。
論文情報
〈雑誌〉 米国の天文学誌「アストロフィジカル・ジャーナル」
〈題名〉 “JWST Identification of Extremely Low C/N Galaxies with [N/O]≳0.5 at z∼6-10 Evidencing the Early CNO-Cycle Enrichment and a Connection with Globular Cluster Formation”
〈著者〉 ✳Yuki Isobe, Masami Ouchi, Nozomu Tominaga, Kuria Watanabe, Kimihiko Nakajima, Hiroya Umeda, Hidenobu Yajima, Yuichi Harikane, Hajime Fukushima, Yi Xu, Yoshiaki Ono, and Yechi Zhang
〈DOI〉 10.3847/1538-4357/ad09be
〈URL〉 https://doi.org/10.3847/1538-4357/ad09be
発表者
東京大学 宇宙線研究所 宇宙基礎物理学研究部門
磯部 優樹 博士後期課程
大内 正己 教授
兼:国立天文台 教授
梅田 滉也 博士後期課程
播金 優一 助教
Yi Xu(徐弈) 博士後期課程
小野 宜昭 助教
国立天文台 科学研究部
冨永 望 教授
渡辺 くりあ 博士前期課程
中島 王彦 特任助教
Yechi Zhang(張也弛)日本学術振興会特別研究員
筑波大学計算科学研究センター
矢島 秀伸 准教授
福島 肇 助教
研究助成
今回の研究は、科学研究補助金 (課題番号:21J20785, 20H00180, 21H04467, 20K22373, 21K13953, 21H04489) 、科学技術振興機構・創発的研究支援事業JP-MJFR202Zによるサポートを受けています。