【柏キャンパス一般公開2023】10月27-28日に4年ぶり実地開催 のべ約2,200人がICRR主催の企画を楽しむ

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 東京大学柏キャンパス一般公開2023が、10月27日(金)と28日(土)の2日間にわたって開催され、中畑雅行所長と梶田隆章教授の対談など宇宙線研究所が主催する盛りだくさんの企画が披露されました。毎年秋に行われている柏キャンパス一般公開は、COVID-19の感染拡大の影響を受け、2020年から3年連続でオンラインのみの開催となり、オンサイトでの開催は実に4年ぶりです。宇宙線研究所の企画には、最後のオンサイト開催だった2019年を上回る1,686人が来場し、YouTube中継された対談を含め、約2,200人に楽しんでいただくことができました。ご来場及びご視聴いただき、誠にありがとうございました。

宇宙線研究所の大セミナー室で4年ぶりに開催されたキャンパス一般公開のイベント

中畑雅行所長と梶田隆章教授の対談 !!
「ニュートリノ振動の発表から25年」

 中畑所長と梶田教授の対談では、テレスコープ・アレイ実験グループの博士後期課程1年、髙橋薫さんが、司会を務めました。「本日の司会の髙橋薫です。テレスコープ・アレイ実験グループに所属し、ニュートリノを使った最高エネルギー宇宙線の起源天体を探る研究をしています」と、にこやかに自己紹介した髙橋さんが、舞台の両袖に立つ二人を紹介すると、中畑所長と梶田教授は揃ってスクリーン前の指定席に着席しました。

 二人はともに、超新星爆発からのニュートリノを観測した功績で2002年ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊・東京大学特別栄誉教授・名誉教授の門下生で、1983年に旧神岡町(現岐阜県飛騨市)で始まったカミオカンデ実験の初期から関わり、スーパーカミオカンデでも陽子崩壊の探索や、梶田教授の2015年ノーベル物理学賞の受賞につながったニュートリノ振動の研究を一緒に続けてきた同志です。

中畑所長が講演「『ニュートリノ振動の発見』につながる研究の歴史」
超新星爆発(SN1987A)からのニュートリノ、太陽ニュートリノを観測

 対談ではまず、中畑所長がミニ講演を行いました。中畑所長は「ニュートリノ振動というのは、『ニュートリノ振動の実験やります、見つけました』という話ではなく、いろいろな紆余曲折を経て見つかったことです」と前置きしたうえで、「『ニュートリノ振動の発見』につながる研究の歴史」をテーマに語り始めました。中畑所長は、素粒子にはクォーク6つとレプトン6つの計12種類があり、レプトンの電子、ミュー粒子、タウ粒子のそれぞれとペアを作るように三種類のニュートリノ(=電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ)が存在すると説明。「これらの粒子にどんな力が働くのかというのが重要で、重力、電磁気力、原子核内で働く強い力、弱い力と4種類の力があります。このうちニュートリノは弱い力だけを受けるため、ほとんど自由に飛び回っています」

 続いて、カミオカンデ実験のそもそもの目的が、大統一理論を証明するため「陽子の崩壊」を見つけることで、スーパーカミオカンデ実験に引き継がれた現在でも見つかっていないことに触れた後、「そんな折にある転機が訪れました」と一言。カミオカンデが1987年2月23日、大マゼラン星雲で起きた超新星爆発からのニュートリノ信号を捉えたことについて、「最初のデータを見たのが実は私でした。スーパーカミオカンデが捉えたのは、13秒間に11個のニュートリノ信号と少ないように見えるかも知れませんが、なかなか反応しないニュートリノが一度に11個も観測されるというのは大変なことです。その当時、手のひらを空にかざしていたとすると、その手のひらに1秒間に10兆個のニュートリノが通り抜けていたことになります」と解説しました。

「最初のデータを見たのが実は私でした」と中畑所長。超新星ニュートリノを捉えたカミオカンデの観測データ

 カミオカンデでは太陽ニュートリノの観測にも成功し、1970年代の米国のデービスという研究者の実験を追認する形で、観測されたニュートリノが太陽モデルが予測する数値の半分くらいしかないという「太陽ニュートリノ問題」を再確認しました。「何かがおかしい。太陽モデルが間違っているのか、ニュートリノの何らかの性質によるものか、当時はよくわかりませんでした」と中畑所長。続いて、ニュートリノ振動の発見に至ったスーパーカミオカンデは、小柴先生の「太陽ニュートリノの天文台を作ろう」という号令で1991年に建設が始まり、1996年から5万トンの水タンクと11,146本の光電子増倍管を設置し、実験を始めたと説明。さらに、カミオカンデやスーパーカミオカンデが、ニュートリノの信号を捉える仕組みについて、「水の中でニュートリノが原子核と反応し、荷電粒子が高速で水の中を走ると円錐状の光を出します。これをチェレンコフ光と呼びますが、壁面に設置されたたくさんの光検出器でこの光をパターンで捉え、粒子の種類やエネルギーを推定します」と解説し、梶田教授にバトンを渡しました。

梶田教授がミニ講演「ニュートリノ振動の発表から25年」
大気ニュートリノのなぞからニュートリノ振動を発見。物質優勢の宇宙の謎にも迫る

 梶田教授はまず、大気の中で生まれるニュートリノ(大気ニュートリノ)について、宇宙からやってくる高エネルギー放射線が、大気の分子に衝突して作る空気シャワーの中で、π中間子がたくさん作られ、それが崩壊してニュートリノが生まれると説明。「カミオカンデ実験で、大気ニュートリノによる信号は、陽子崩壊を見つける上では一番気をつけなければいけない邪魔ものと思われていましたが、この邪魔もののことをきちんと理解していないかも、ということがわかってきました」

 実際、カミオカンデ実験で、大気ニュートリノの電子ニュートリノ、ミューニュートリノの数を計測してみたところ、ミューニュートリノの数が予想値の半分くらいしかないことが分かり、これを論文にまとめて発表しました。しかし、海外の研究者の間ではひどく評判が悪くかったといいます。しかし、梶田教授は「このデータをすごく重要に感じて、この謎を解明することに専念することにしました。ちゃんと検討して出した結論なので、簡単に間違えるはずがない。一つの可能性として大気ニュートリノの種類が変化している、つまりニュートリノに小さな質量があることで起きるニュートリノ振動を観測している可能性があり、そうだとしたらとても面白い。そうでなくてもとにかく理由を見つけたいと思って研究を続けていました」と語りました。

 神岡の上空で生まれた大気ニュートリノが作る下向きのニュートリノがそのままで、地球の裏側で生まれ、地球を突き抜けてやってくる上向きのニュートリノだけが減っていれば、ニュートリノ振動が証明できると考え、カミオカンデで観測を続けましたが、はっきりしたことが言えず、1996年からはスーパーカミオカンデでの観測に引き継がれました。「スーパーカミオカンデの観測を2年終え、しっかりとしたことが言える段階まで達したので、1998年6月に岐阜県高山市で開かれた国際ニュートリノ学会で発表し、世界の皆さんに認めていただきました」。このニュースは翌日の全国紙の朝刊だけでなく、世界中に配信され、当時のクリントン米国大統領が翌日の演説の中で、「ちょうど昨日、日本で、物理学者がニュートリノに小さな質量があることを報告しました。……このことは最も小さな素粒子や宇宙がどのように成り立っているか、そして宇宙がどのように膨張するかということに関する、最も根本的な理論を変えるかも知れません」と取り上げたほどだったと言います。

ニュートリノ振動を初めて実験で捉えたことを説明したスライドから

 ニュートリノにわずかながら質量があることがわかったことは、素粒子の理解だけにとどまらず、宇宙における物質・反物質の問題にも大きな意味を投げかけました。梶田教授は「ビッグバンの宇宙は、とんでもなく熱くエネルギーの高い状態から、物質と反物質が一緒に同じ量だけ生まれたと考えられています。宇宙が冷えてくると物質と反物質が反応して対消滅して空っぽになるかと思いきや、物質が優勢の現在の宇宙が生まれました。これはなぜなのかと。物質だけが残ったなぞに、小さい質量のニュートリノが関係しているのではないか、という理論を、日本人の研究者が発表 (1986年に福来・柳田によって提唱されたレプトジェネシス理論)していて、これを解明するためにはニュートリノ振動のことをもっと調べる必要があります」と述べ、スーパーカミオカンデよりさらに大きいハイパーカミオカンデを建設し、J-PARCの大強度陽子加速機で作ったニュートリノを観測する実験を、2027年から始める計画を紹介。岐阜県飛騨市の神岡鉱山に完成したばかりの、直径70メートルある大空洞の天井部分を背景に撮影した記念写真を示し、「ここが工事が一番難しいと言われているところで、そこがめでたく掘削が終わったところです」と締め括りました。


会場、司会者からの質問に一つ一つ丁寧に回答
「ニュートリノは私たちの暮らしにどう関わっていますか?」「推しのニュートリノは?」

 二人のミニ講演が終わると、会場の質問を受ける時間に。「質量の異なる3種類のニュートリノがあり、その配合の比率で種類が決まるということを聞いたけれど、どういう意味ななのかわからない」「ニュートリノ振動があると、なぜ質量があると言えるのか」「ニュートリノはどこから見ても回転の方向が一定で、質量がほぼないと考えられると聞いたが、どのように理解すれば良いのか」「ニュートリノは水の中で減衰するのか」「ニュートリノが透過できないものは何か」「ニュートリノ振動の発見が他の分野に与えた影響は」などさまざまな質問が出て、中畑所長と梶田教授は一つ一つに丁寧に回答しました。

 その一つ、「ニュートリノは私たちの暮らしにどう関わっていますか」という小学生からの質問に対し、梶田教授は「もしニュートリノがなかったらと考えてみましょう。太陽の中では、二つの陽子がくっついて別の粒子になり、その時に一緒にニュートリノが出てきます。もし世の中にニュートリノがない世界だとすると、その反応が起きません。ということは、太陽は輝きません。ということは、私たちは太陽のエネルギーを受けて生活していますから、私たちは存在しないはずです」とやさしく回答していました。

 会場からの質問が途切れると、司会の髙橋さんから「お二人は電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノのどれが好きでしょうか。推しのニュートリノがあったら教えてください」と二人に質問。これに対して中畑所長は「太陽からニュートリノはほとんど電子ニュートリノなので、私が好きなのは電子ニュートリノです」。梶田教授は「宇宙線が大気の中で作るのがミューニュートリノで、私はほとんどミューニュートリノで研究をしていました。だから、私はミューニュートリノが好きです。一方で、タウニュートリノはニュートリノ振動で生まれるですが、これを見つけるのがとても難しい。というわけで私はタウニュートリノはあまり好きではありません」と笑顔で回答しました。すると、髙橋さんは「私はタウニュートリノが好きです。私の実験では宇宙線が起こす空気シャワーを観測していて、ニュートリノがもし空気シャワーを起こしたらこんなふうに見えるよという研究をしていますが、タウニュートリノは地球や山をかすめて来て反応してくれる可能性があり、私の実験には恩恵をもたらしてくれます。だから私はタウニュートリノが好きです」と、推しのニュートリノについて3人の意見が完全に割れる展開に。 すると、中畑所長が「大気ニュートリノも太陽ニュートリノもタウニュートリノは作られないのですが、宇宙の遠くから飛んでくるニュートリノは、ニュートリノ振動の影響で3種類ともほとんど同じ強度で地球に飛んでくるため、タウニュートリノもたくさんあると予想されています。ぜひ捕まえてください」と補足を述べ、髙橋さんが「まかせてください。頑張ります」と小さなガッツポーズで応える楽しい場面もありました。

楽しそうに司会する博士後期課程1年の髙橋薫さん

視聴者へのメッセージ「本当に驚きの連続。常識に囚われてはいけない」(中畑所長)「30年間で宇宙の理解が進んだ。問題があることすらわからないような、驚くべき発見が必ずある」(梶田教授)

 最後に視聴者へのメッセージを問われ、中畑所長は「大学院のときに小柴先生の研究室に入り、ずっとニュートリノの研究をしてきましたが、本当に驚きの連続でした。そこで学んだことは、常識に囚われてはいけないということです。自然を素直に見て、出てくる結果をちゃんと解釈して、おかしなことがあったら、それを追求していくことが必要だと感じました。若い方、これから研究を進む人がいれば、そういうスタンスで研究に臨んでほしいと思います」。梶田教授も「大学院生のころは知らなかったこと、問題があることすらわかっていなかった、驚くような発見が、この30年間でわかり、宇宙の理解がたいへん進んだと思います。今後も、問題があることすらわからないような、驚くべき発見が必ずあると思います。宇宙の研究は、本当に魅了的な分野なので、若い人にはぜひ進んでほしいと思います」と呼びかけました。

和かに会場からの質問に答える梶田教授
わかりやすい解説を加える中畑所長

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