宇宙線研究所乗鞍観測所70周年 記念講演会から

トピックス

信州大学・加藤千尋教授
高山と極域の宇宙線ミューオンなど観測し、宇宙天気予報の確立目指す

 信州大学の加藤千尋教授は「高山と極域での宇宙線研究」と題し、乗鞍観測所のほか、南極など世界5ヶ所に設置した「多方向ミューオン計」により、太陽フレアの影響で地球に訪れる磁気嵐のロスコーン前兆現象を捉え、宇宙天気予報に役立てる研究を紹介しました。

講演する信州大学の加藤千尋教授

 磁気嵐は地球の磁場が急激に大きく撹乱される現象で、太陽フレアなど大規模な爆発で生じる太陽プラズマが地球に到達することで引き起こされます。磁気嵐が起きるとオーロラが生じるとともに、地上の電力網に異常電流が流れて変圧器が損傷し、大規模な停電や、多くの電子機器に異常を来たすことがあります。このため、その発生を事前に予測し、有効な対策を立てようというのが、宇宙天気予報の目的です。

乗鞍観測所に設置された観測機器(講演のスライドから)

 加藤教授のグループが観測の対象としているのは、宇宙線のミューオンと中性子で、地球にやってくる宇宙線の流れを観測するため、乗鞍観測所以外の世界各地に観測装置を置き、ネットワーク観測を実施。加藤教授は「磁気嵐は、太陽表面の爆発で吹き飛ばされたものが地球に飛んできて起きますが、その中には宇宙線が低密度な構造があります。それが地球にやってくる直前、ある一定方向の宇宙線の強度が低くなるロスコーン前兆現象が起きることが知られていて、それを実際に観測すること。さらに、この低密度領域の磁場の構造を知り、どのように地球にやってくるのかを知りたいと考えています」とし、2005年10月、磁気嵐が始まる直前に、乗鞍観測所の検出器が捉えたロスコーン現象の観測データをグラフで示しました。

 加藤教授は、2017年12月には南極観測船「しらせ」で南極昭和基地を訪れ、コンテナ内にミューオン計と中性子観測装置を設置し、極域での観測が始まったことを報告。乗鞍と南極を比較し、「乗鞍は夏場のアクセスが簡単ですが、2004年から冬季は無人となり、太陽光発電などの自然エネルギーに頼らざるを得ません。天候の悪化が長引くとバッテリーが空になり、観測が止まるということが起きます」と課題を挙げ、「通年での観測を目指し、無人でも継続できるシステム開発を試みる貴重な場として活用していきたいと思います」と抱負を語りました。


京都大学の榎戸輝揚准教授
雷雲中の電子が相対論的に加速し、ガンマ線を放射 市民参加で観測網を拡大 

 続いて登壇した京都大学の榎戸輝揚准教授は「雷と雷雲の高エネルギー大気物理学の進展」と題して講演。発達した雷雲内の強電場により、電子が相対論的なエネルギーまで加速・雪崩増幅しているとされる一連の現象を解明するため、日本海側の多点モニタリングに加え、乗鞍岳や富士山での夏季観測を行った研究の現状を紹介しました。

講演する京都大学の榎戸輝揚准教授

 1990年代になると、雷に伴って発せられる強力なガンマ線が発見され、「地球ガンマ線フラッシュ」と名付けられるなど、雷活動に関わる高エネルギー現象が見つかってきました。日本でも、雷雲から数分以上に渡ってガンマ線が地上に降り注ぐ「雷雲ガンマ線(専門用語でgamma-ray glow)」が報告されるようになりました。近年の研究では、この雷雲ガンマ線のメカニズムは解明されつつあります。榎戸准教授によると、雷雲の内部で電荷の分離が起きて強い電場領域が形成され、そこを通過する宇宙線の空気シャワーをきっかけに、相対論的な電子の雪崩増幅が発生。ここで加速された電子が大気の分子にぶつかり、制動放射がガンマ線帯域の光となって地上に降り注ぐ。さらに、こうした雷雲と宇宙線空気シャワーの相互作用が、雷のトリガーとなっている可能性がある、という仮説を紹介しました。

乗鞍観測所で大学院生が研究活動を行う様子(講演のスライドから)

 乗鞍観測所では2008年9月、雷雲ガンマ線の検出に成功して以来、大学院生の教育の場としても活用していることを報告。さらに、雷雲の多い日本海沿岸や高山で幅広く観測するため、クラウドファンディングで得られた資金も活用して小型の特注放射線モニター「コガモ(Compact Gamma-ray Monitor, CoGaMo)」をたくさん用意し、市民サポーターと連携したシチズンサイエンス「雷雲プロジェクト」を推進していることを明かし、「世界で誰も見たことのない大気現象を市民と楽しむことで、科学を文化としても楽しめる風土を作る、共創型サイエンス (Collective Power of Science) を目指しています」と語りました。

 観測を続ける中で、雷の直後に、強烈なガンマ線の残光に加え、陽電子の対消滅線を検出した事例を報告しました。このとき、雷からのガンマ線によって「原子核反応」が起き、大気中に14C、15Nなどの放射性同位体が放出されたことを発見し、2017年に英科学誌Natureへの論文掲載も実現しました。榎戸准教授は「まさに予期しない成果が得られました。宇宙線は宇宙と地球、月などの境界が面白く、銀河宇宙線で月の水資源を探す MoMoTarO 計画を進め、月面物理学の新分野を開拓したいです」と強い意気込みを見せました。


中部大学の松原豊・客員准教授
太陽中性子望遠鏡で太陽フレアに伴う中性子を32年にわたり観測

 最後に、中部大学の松原豊・客員准教授(前名古屋大学准教授)が「太陽中性子観測による太陽高エネルギー粒子加速機構の研究」と題して講演。乗鞍観測所で太陽中性子を観測するため、巨大なシンチレーション検出器(64平方メートル)と比例計数管880本を設置したこと、さらに1991年から32年間にわって継続してきた観測の成果と将来展望について語りました。

講演する中部大学の松原豊・客員准教授(前名古屋大学准教授)

 松原客員准教授は、研究の目的について「太陽表面で生成された中性子を観測することで、太陽表面での粒子(陽子・イオン)加速について知ることです」とし、2003年当時は乗鞍以外にもメキシコ、ハワイ、スイス、ボリビア、アルメニア、チベットの世界7ヶ所の高地に観測器を設置して太陽中性子を24時間監視していたことを振り返りました。

 1991年6月4日には巨大な太陽フレアが起こり、名古屋大学の村木綏名誉教授によって乗鞍観測所に設置された太陽中性子望遠鏡1号機(1平方メートル)が、太陽からの中性子を観測。これが世界で二例目の太陽中性子観測の報告となりました。これを受け、研究グループは総面積64平方メートルという国際観測網で最大の中性子望遠鏡を建設し、1996年9月から稼働を始めます。名古屋大を中心に、日本大学、山梨学院大学、信州大学、中部大学の研究者が協力して設置作業を行った当時の写真を示しながら、「ようやく稼働を始めましたが、メンテナンスが最大の課題でした。観測所の職員が減少して冬季の維持が困難ということだったので、名古屋大や信州大からも応援に来てもらい、職員2人プラス1人で冬を越したこともあります」と松原客員准教授。2004年に乗鞍観測所が冬季閉鎖となってからは、太陽光発電や風力発電にバッテリーを組み合わせた運用に切り替えましたが、「風力発電は冬季に壊れてしまうのを防ぐことはできませんでした」とコメント。

乗鞍観測所に設置された観測機器(講演スライドから)

 しかし、1991年に起きたような大きな太陽フレアは起きず、観測条件の良い海外の拠点を残し、乗鞍観測所の太陽中性子望遠鏡は2022年夏、運転を停止したことを報告。これまでの観測結果から、松原客員准教授は「中性子が電磁放射線と同時に生成されるとすると、太陽表面での粒子加速の機構は、効率の悪い統計加速によると考えられます。また、2003 年の太陽フレアに伴う太陽中性子を、乗鞍とハワイで同時観測した成果があるほか、太陽中性子観測網による太陽中性子観測の成果の数々が、L. Dorman が執筆し、2010年に出版された太陽中性子の教科書に掲載され、とても鼻が高いです。32年間多くのスタッフに支えていただきました。大変ありがとうございました」と感謝の言葉を述べました。

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