乗鞍観測所70周年記念講演会・式典を松本市で開催 翌日には現地見学会へ

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 宇宙線研究所附属乗鞍観測所の70周年記念講演会・式典が9月 1日、松本市で開催され、乗鞍観測所の運営や研究に参加してきた約100人(ZoomやYouTubeによるオンライン参加を含む)が出席しました。また、翌 2日には約40人が、乗鞍岳の乗鞍観測所を大型バスとジャンボタクシーで訪問し、実験装置などを見学しました。

乗鞍観測所70周年記念式典の参加者(2023年9月1日、ホテルモンターニュ松本にて)

 乗鞍観測所は1953年8月、乗鞍岳の山頂に近い標高2,770メートルの室堂ケ原に、京都大学・基礎物理研究所とともに、全国初の共同利用研究所「東京大学・宇宙線観測所」として発足しました。そのもとになったのが、1950年に朝日新聞学術奨励金により、大阪市立大学(現大阪公立大学)など4機関が建設した宇宙線観測施設「通称・朝日の小屋」であることもあり、乗鞍岳は高地における宇宙線研究の”発祥の地”と呼ばれています。宇宙線観測所はその後、超高エネルギー領域での素粒子・原子核研究に関する研究で数々の成果を残し、1976年に当時の東京大学原子核研究所の一部なども加わり、宇宙線研究所が設立され、現在の宇宙線研究所附属乗鞍観測所となりました。

司会を務めるさこ隆志・乗鞍観測所長

 松本市のホテル「モンターニュ松本」で開かれた70周年記念講演会・式典ではまず、乗鞍観測所を利用して研究を続けてきた3人の研究者が20分ずつ講演しました。加藤千尋・信州大学教授は「高山と極域での宇宙線研究」と題し、乗鞍観測所や南極など世界4ヶ所に設置した「多方向ミューオン計」を駆使して、ロス・コーン現象と呼ばれる磁気嵐の前兆現象を捉え、宇宙天気予報に役立てる研究を紹介。続いて登壇した榎戸輝揚・京都大学准教授は「雷と雷雲の高エネルギー大気物理学の進展」と題し、発達した雷雲内の強電場により、電子が相対論的な領域まで加速・雪崩増幅する現象を解明するため、日本海側の多点モニタリングや乗鞍岳や富士山での夏季観測を行っている研究の現状を報告しました。また、松原豊・中部大学客員准教授は「太陽中性子観測による太陽高エネルギー粒子加速機構の研究」と題し、乗鞍観測所に設置した64平方メートルのシンチレーター測定器と比例計数管880本で、1991年から2021年まで行ってきた太陽中性子の観測が残した成果と将来展望について語りました。(講演内容についての詳報はこちらを参照)

 続いて開催された記念式典では冒頭、宇宙線研究所の中畑雅行所長が、主催者を代表して挨拶を行いました。中畑所長は「乗鞍観測所が70年の長きにわたり、日本の宇宙線研究に貢献してこられたのは、文部科学省・東京大学をはじめ関係各所のご支援、長野県・岐阜県の地元の皆様のご理解、旧国立天文台乗鞍コロナ観測所(現自然科学研究機構)のご協力、さらに全国の宇宙線研究者のご活躍とご協力のおかげです。深く御礼申し上げます」と述べると、乗鞍観測所の発足から今日までの宇宙線研究の発展について振り返りました。この中で、中畑所長は、西村純・東京大学名誉教授が1963年12月の「科学朝日」に投稿した「宇宙線を追う人々」の一節を引用、「乗鞍の朝日の小屋をきっかけに宇宙線観測所が建設され、『戦後10年のたち遅れのために慢性二流国意識に悩まされ続けてきた日本の宇宙線研究が、徐々に海外との差を縮め、ある日国際的レベルに達したことに気が付いた』と書かれており、いかに乗鞍観測所の設立が重要だったかがわかります」。さらに、乗鞍観測所10周年記念の冊子に、当時の野中到所長が『宇宙は天与の加速器であって天空の彼方から宇宙線として高エネルギー粒子が貧富の差なく地上に降り注いでくるので、測定装置さえ用意すれば余り金をかけずに素粒子研究ができる。これが本観測所設立の出発点であったと思う』と記載していることを取り上げ、「宇宙線研究はその起源を探るのみならず素粒子研究の方法としても極めて重要な位置を占めていたことがわかります」と語りました。

主催者を代表して挨拶する宇宙線研究所の中畑雅行所長

 さらに、1976年に乗鞍観測所と当時の原子核研究所の一部などが加わり、宇宙線研究所が設立されたこと。その後、ニュートリノ研究などを行うスーパーカミオカンデ実験、最高エネルギー宇宙線の探索を行うテレスコープアレイ実験、重力波を捉える大型低温重力波望遠鏡KAGRAが加わり、ハイパーカミオカンデ実験が2027年に開始されることに触れ、「近年、宇宙線の研究は画期的な成果が世界のいろいろな施設から発信されています。その中で日本の宇宙線研究は、世界をリードしていく存在であるべきと考えており、乗鞍観測所を出発点とする日本の宇宙線研究と宇宙線研究所に対し、より一層のご支援をよろしくお願い致します」と結びました。

来賓として挨拶する東京大学の齊藤延人理事

 来賓として挨拶に立った東京大学の齊藤延人理事は「70年にわたる歴史の中で、乗鞍観測所および宇宙線研究所の研究・教育活動は、日本そして世界の宇宙線物理学研究、大学院教育、世界最先端の研究者育成に多大な貢献をし、社会的な使命にしっかり応えて参りました」と振り返りました。また、「乗鞍観測所で現在行われているのは、広い意味での宇宙線物理学に関わる、小規模ではありますが重要で、多種多様な研究です。このように多様性に富んだ研究は、大学としても重要視しています」とコメント。さらに、齊藤理事は、藤井輝夫総長が2022年9月に打ち出した東京大学の基本方針「UTokyo Compass / 多様性の海へ:対話が創造する未来」の中で、「知をきわめる」「人をはぐくむ」「場をつくる」という三つの視点と、20項目の目標を設定したことに言及し、「宇宙線研究所はこれからも知をきわめ、人材を育成するための重要な場として、東京大学ばかりでなく、社会の中でも重要な役割を担っていただけるものと期待しています」と述べました。

来賓として挨拶した自然科学研究機構の川合眞紀機構長

 続いて挨拶した自然科学研究機構の川合眞紀機構長は、「社会情勢や国際情勢が激変する中で、70年の長きにわたり、第一線の研究を続けていくことはとても難しく、教職員、地元の皆様方の並々ならぬ努力の賜物と、心から敬意を表したいと思います」と祝辞。また、太陽コロナを観測するために乗鞍岳に設置された国立天文台コロナ観測所が2010年3月、60年の歴史を終えて閉所したことに触れ、「乗鞍観測所とコロナ観測所は、麓の鈴蘭地区で連絡所を共有したり、生活用水の確保や、山のトラブルの時には協力して対応してきた同志でした。先日、チリのアタカマ高地にあるALMA望遠鏡を訪れる機会があり、厳しい自然の中で天文学者たちがあれだけの設備を設置し、何十年にもわたる野望を実現したことに驚いたのですが、そのもとになった経験が、乗鞍で培った経験だと聞きました」とコメント。さらに、現在の宇宙線研究所との関係について、教育や教員の交流や、大型低温重力波望遠鏡KAGRAのプロジェクトにおける共同での開発・運用にも及んでいるとし、「まさに兄弟のような関係だと考えています。これからも宇宙線研、乗鞍観測所の発展、皆様のご健勝とご多幸、そして活躍をお祈りしたいと思います」と結びました。

最後に挨拶した朝日新聞社科学みらい部の小林哲・大阪担当部長

 最後に挨拶に立った朝日新聞社科学みらい部の小林哲・大阪担当部長は、「朝日の小屋」建設に充てられた朝日学術奨励金について、「この奨励金は朝日新聞の創刊70周年を記念して創設されました。初年度の1949年は、応募した288件の中から審査で7件が選ばれました」と説明。その中で唯一、満額の100万円が贈られた「宇宙線の研究」について、理論物理学では湯川秀樹博士など世界的に著名な学者がいるものの、実験的な裏付けができる施設が日本にほとんどなく、宇宙から平等に降り注ぐ宇宙線に期待が集まったことを当時の記事を引用しつつ示し、「敗戦で一度は壊滅状態になった日本の自然科学ですが、『欧米に肩を並べたい』『自然の摂理や謎に迫りたい』『そのための資金を確保したい』という関係者の情熱や機運が、朝日科学奨励金の創設や宇宙線の研究の応募に繋がり、朝日の小屋に結実したのではないでしょうか」とコメント。さらに、70年後の現在、日本の科学力、研究力は危機的な状況にあるとした上で、「戦後の時代、知的好奇心に突き動かされ、宇宙線研究に踏み出した先人の情熱。出発点となった乗鞍観測所に託された思いにいま一度、立ち返り、思いを馳せたいと思います。我々、科学報道に携わる者としましても、微力ながら科学の魅力やすばらしさを発信し続けていきたいと思います」と結びました。

 最後に、司会のさこ隆志・乗鞍観測所長が、西村純・東大名誉教授からのメッセージとして「乗鞍観測所は70年周年を迎え、日本の宇宙線研究は大きく発展を遂げ、今日に至りました。その中において乗鞍観測所の果たした役割は大きく、その歴史を偲びつつ、また多くの方々のご努力によって、今日を迎えることできたことを、ともに喜び、お祝いを申し上げたく存じます」という祝電文を読み上げました。

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 参加者のうち約40人は、翌2日に行われた乗鞍観測所見学会に参加しました。松本市から2時間半ほどかけて、大型バスとジャンボタクシーを乗り継ぎ、現地を訪れた参加者は、乗鞍観測所の建物や食堂のほか、太陽中性子望遠鏡や多方向ミューオン計、理研にある2号機が日本天文遺産に認定された仁科型電離箱1号機など新旧の観測機器を見学し、乗鞍観測所のスタッフや関係する研究者の説明に熱心に耳を傾けていました。

名古屋大が中心となって設置した太陽中性子望遠鏡を説明するさこ乗鞍観測所長
信州大学などが観測を続ける多方向ミューオン計を見学する参加者たち