【プレスリリース】M87巨大ブラックホールを取り巻く降着円盤とジェットの同時撮影に初めて成功

プレスリリース

東京大学宇宙線研究所
自然科学研究機構 国立天文台
八戸工業高等専門学校
工学院大学
新潟大学
総合研究大学院大学
大阪公立大学

図1 : 波長3.5mm帯の国際電波望遠鏡ネットワークによって得られたM87中心部の電波画像。2018年4月14日から15日にかけて、グローバルミリ波VLBI観測網(GMVA)にアルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡が新たに参加して観測が行われました。中心部のリング状構造が巨大ブラックホールを取り巻く降着円盤で、そこにつながるジェットの様子も捉えられています。(画像クレジット:Lu et al. 2023; composition by F. Tazaki)

発表の概要

 東京大学、国立天文台、八戸工業高等専門学校などの研究者が参加する国際研究チームは、波長3.5mm帯で観測する地球規模の電波望遠鏡ネットワークを用いて、楕円銀河M87の中心部を詳しく観測しました。その結果、巨大ブラックホールの周囲に広がる降着円盤の撮影に初めて成功するとともに、ジェットの根元の構造をこれまでで最も高い視力で捉えました。本成果は、巨大ブラックホールに落ち込むガスから莫大な重力エネルギーが解放される現場を初めて直接的に捉えるとともに、ブラックホールジェットの駆動メカニズム解明にも弾みがつくと期待されます。 研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』に2023年4月26日付で掲載されました。


研究の内容

 2019年4月、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)によって撮影された史上初のブラックホールシャドウの画像が公開されました。撮影されたのはおとめ座の方向約5500万光年の距離にある楕円銀河M87の中心にある、太陽65億個分の質量をもつブラックホールでした。撮影画像は光さえ脱出できないブラックホールの視覚的証拠を初めて示すとともに、銀河の中心には巨大なブラックホールが存在することを決定的にするものでした。

 しかしながら、EHTの画像だけでは感度や視野の制約により、ブラックホールの周囲に広がる構造がはっきりとはわかりませんでした。EHTが撮影した直径約0.011光年のリング状構造は「光子リング(※1)」と呼ばれる、ブラックホールに最も近いところで重力によって光の軌道が捻じ曲げられた領域を捉えたものでした。一方M87は活動銀河核(※2)と呼ばれる明るい中心核を持ち、その莫大なエネルギーの生成には「降着円盤(※3)」と呼ばれる構造が光子リングの周りに広がっていると予言されていました。またEHTより波長の長い電波を用いた広視野の観測では、「ジェット(※4)」と呼ばれる高速の噴出ガスが銀河中心部から噴出する様子が確認されています。巨大ブラックホール・降着円盤・ジェットという「活動銀河核の三種の神器」のつながりを明らかにすることが、天文学者たちの大きな宿題として残されていました。

 研究チームは今回、グローバルミリ波VLBI観測網(通称GMVA)と呼ばれる地球規模の電波望遠鏡ネットワークを主に用いてM87の中心部を詳しく観測しました。波長3.5mm帯で観測するGMVAは、波長1.3mm帯で観測するEHTと相補的な役割を担う国際VLBI(※5)ネットワークであり、EHTと比べ視力は半分程度ですが、より高い感度と広い視野を備えています。今回の観測では、チリのアルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡が新たにネットワークに参加することで大幅にデータ品質が向上し、M87巨大ブラックホール周辺の様子がかつてない精度で明らかになりました。

 「これまではブラックホールとそこから遠く離れたジェットを別々の画像で見ていましたが、新たな波長帯を用いることでブラックホールを取り巻く詳細な構造とジェットを1枚のパノラマ写真の中に同時に収めることができました。」こう語るのは、本論文の筆頭著者で上海天文台のルーセン・ルー 主任研究員です。今回の成果は2018年4月に行われた観測に基づくものであり、アルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡(※6)の参加によって特に南北方向の解像度が従来のGMVAと比べ4倍以上に向上し(視力約150万)、M87中心部のリング状構造を波長 3.5mmでも画像化することが可能になりました。

 研究チームを驚かせたのは、波長3.5mmで測定されたリング構造の視直径(※7)は約64マイクロ秒角(※8)(0.017光年に相当)と、波長1.3mmのEHTで撮影されたリングの視直径よりも約1.5倍大きく、また厚みもEHTのリングよりも厚いということでした。「この結果が本当なのか、研究チーム内で議論を繰り返しました。」こう語るのは、研究チームの中心メンバーで画像化を担当した東京エレクトロン テクノロジーソリューションズ株式会社の田崎文得 シニアスペシャリストです。「M87の広がったジェットを除いて中心部だけを画像化しても大きくて厚いリングであることに変わりはありませんでした。他にも様々な方法を使って注意深く丁寧に検証することで、この結果は揺るぎないものであるという結論に至りました。」(田崎 シニアスペシャリスト)

図2 : 波長3.5mm帯のGMVAによって今回撮影されたM87中心のリング状構造(左図)と、2019年に公開されたEHT(波長1.3mm帯)によるM87中心のリング状構造(右図)の比較。(画像クレジット:Lu et al. 2023 (左図)、EHT Collaboration (右図))

 大きく厚いリング構造の起源を明らかにするために、研究チームはコンピュータシミュレーションを用いて様々なシナリオを検証しました。その結果、3.5mmで撮影された大きなリングは(1.3mmで撮影された)光子リングの周りに広がる降着円盤であることが結論づけられました。本研究の責任著者の一人であり、グリーンランド望遠鏡計画でプロジェクトサイエンティストを務める台湾中央研究院及天文物理学研究所の浅田圭一 副研究員は「電波望遠鏡を用いたブラックホール研究者にとって、『活動銀河核 三種の神器』の最後の1ピースである降着円盤を直接捉えることは長年の悲願でした。研究立案から望遠鏡運用、観測データ解析、理論解釈に至る多くの部分で日本人を多く含む東アジアから主要な貢献ができたことはとても誇りに思います。」と興奮気味に語っています。

 本研究のもう1つの重要な進展は、M87の中心部から噴出するジェットがこれまでで最も高い視力で撮影され、中心のリング状構造につながる様子を捉えたことです。研究チームのメンバーでマックスプランク電波天文学研究所のトーマス・クリッヒバーム 博士は「GMVAにアルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡を組合せることで向上した観測性能は、ブラックホールが駆動するジェットの形成メカニズムついても新たな観測的知見をもたらしました。」と語ります。

図3 : リング状構造(降着円盤)と同時に撮影されたM87ジェット根元付近の様子。南側と北側から大きな開口角で噴出し、下流側(画像向かって右上方向)に向かって次第に絞り込まれていく様子が捉えられています。降着円盤付近ではその形状の詳しい解析から、ジェットを取り囲む「円盤風」(円盤から吹き上げられた低速のガスの流れ)が存在する可能性も示されました。(画像クレジット:Lu et al. 2023)

 長年M87ジェットの理論的研究を世界的にリードし、本研究においても理論解釈を担当した八戸工業高等専門学校の中村雅徳 教授は「これまでの観測に加え、今回の観測と理論的検証から、ブラックホールジェットの構造形成には降着円盤ガスの存在が不可欠であることが明らかになりました。引き続きシミュレーション解析を進め、ブラックホールジェット形成の謎に迫りたい。」と力を込めました。

 M87巨大ブラックホールに関する探求はこれで終わりではありません。研究チームはさらなる観測を続けています。 研究チームのメンバーで韓国天文研究院のパク・ジョンホ 主任研究員は「今後は波長1.3mmのEHTと波長3.5mmのGMVAを含む様々な波長の電波で観測画像を比較することが、ブラックホールの更なる解明に不可欠となるでしょう。」と述べています。

 最後にルー 主任研究員、浅田 副研究員、クリッヒバーム 博士とともに本研究の責任著者を務めた国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘 助教は「ブラックホール研究の歴史にまた新たな1ページが刻まれました。波長3.5mm帯を用いた観測は当初私たちが予想していたよりもはるかに強力で、波長1.3mm帯のEHTとともに今後も一層観測が進むでしょう。現在私たちは水沢局(※9)でも波長3.5mm帯の受信装置の開発・搭載試験を進めており、今後は日本の電波望遠鏡も3.5mm帯国際ネットワークに加わることでブラックホール・降着円盤・ジェットの動画撮影にも挑戦していきたい」と今後の抱負を語っています。

国立天文台水沢VLBI観測所で開かれた記者会見に出席する川島研究員(左端)

「降着円盤の中で磁場が増幅されて溜まり、ジェットで放出されるシナリオが確かめられた」と記者会見で語る川島研究員

用語解説

(※1)光子リング

 ブラックホール周囲では強い重力のため、光の軌道も大きく曲げられます。これにより、ブラックホール周囲の特定の半径で特定の方向に向かって光が集中していきます。この結果、観測されるのが光子リングです。光子リングに縁取られた暗い画像領域はブラックホールシャドウと呼ばれています。

 光子リング形状はブラックホール周囲の時空構造(質量やスピン)を反映しています。光子リングの大きさ(半径)に着目すると、ブラックホールの自転(スピン)にはほとんど依存しない一方で、ブラックホールの質量には比例する性質を持っています。このため、EHTが2019年に公開したM87のブラックホールシャドウの画像ではM87のブラックホール質量が太陽質量の約65億倍であることが明らかになりました。

 光子リングを観測するためには、ブラックホール周囲で光の吸収がほとんど効かない状況である必要があります。観測される光の波長が短いほど、吸収は起きにくくなります。そのため観測波長が1.3mmであるEHTでは観測波長が3.5mmのGMVAに比べて光の吸収が効きにくく、光子リングの観測に適していました。一方で、吸収が起きやすい状況ではブラックホール近傍を見通しにくくなるものの、周囲のガス形状を反映した放射画像が現れやすくなります。そのため、波長3.5mm帯を用いたGMVAでは波長1.3mm帯を用いたEHTに比べ、降着円盤が観測しやすい状況になっていました。

(※2)活動銀河核

 銀河の中には、中心核の小さい領域が非常に明るく輝くものがあります。これを活動銀河と呼びます。中心には巨大ブラックホールがあり、そこに吸い込まれていくガスや逆に噴出するジェットが明るく輝くと考えられています。

(※3)降着円盤

 中心にある重たい天体に向かってガスが引き寄せられて落下することを降着と言います。通常、ガスは回転運動を伴いながら中心の天体へと落下していきます。このとき遠心力によりガスは扁平な構造になっていき形成されるのが降着円盤です。特にブラックホール周囲の降着円盤ではブラックホール近傍の重力エネルギーが解放され、莫大なエネルギーの磁場や光のエネルギーに変換されます。降着円盤で増幅された磁場はブラックホールへと運ばれることでジェット形成に大きな役割を果たしていると考えられています。また、莫大なエネルギーが光として放たれることで、降着円盤を伴う巨大ブラックホールは活動銀河核として観測されています。

(※4)ジェット

 巨大ブラックホールの近傍から噴出する、高速のプラズマ流です。光速の90%以上もの速度を持ち、細く絞られた形状を保ったまま、銀河の外まで伸びていることが大きな特徴です。

 ジェットは1918年にM87銀河の中心から「不思議な光の矢」として発見されました。どのように巨大ブラックホールの重力を振り切り、ジェットが形成され、光速度近くまで加速されるのか、その解明が天文学の大きな課題です。

(※5)国際VLBI

 VLBI(Very Long Baseline Interferometer; 超長基線電波干渉計)は、数百kmから数千km離れた望遠鏡同士を電波干渉計として合成し、極めて高い分解能を得る観測技術です。電波だけでなく、可視光、X線なども含めたありとあらゆる波長帯の望遠鏡の中で、最も高い分解能を達成しています。

(※6)グリーンランド望遠鏡

 台湾中央研究院及天文物理学研究所とスミソニアン天文台によってグリーンランドに建設・運用されている口径12mのミリ波サブミリ波帯の電波望遠鏡です。

(※7)視直径

 見かけの直径です。角度を用いて表します。

(※8)マイクロ秒角

角度の単位で、1秒角の100万分の1に相当します。1秒角は1度の3600分の1です。

(※9)水沢局

 国立天文台 水沢にある直径20mの電波望遠鏡。日本のVLBIネットワークVERA(ベラ)や東アジアのVLBIネットワークを構成する局の1つ。現在は波長7mm帯よりも長い波長で定常観測が行われています。

論文情報

〈雑誌〉       英科学誌Nature (日本時間2023年4月27日午前0時に電子版掲載)

〈題名〉    “A ring-like accretion structure in M87 connecting its black hole and jet”

著者〉 Ru-Sen Lu, Keiichi Asada, Thomas P. Krichbaum, Jongho Park, Fumie Tazaki, Hung-Yi Pu, Masanori Nakamura, Andrei Lobanov, Kazuhiro Hada,Kazunori Akiyama, Jae-Young Kim, Ivan Marti-Vidal, Jose L. Gomez,Tomohisa Kawashima, Feng Yuan1ら121人

〈DOI〉       10.1038/s41586-023-05843-w

〈URL〉       https://www.nature.com/articles/s41586-023-05843-w

発表者

国立天文台水沢VLBI観測所、総合研究大学院大学 秦 和弘(助教)
東京エレクトロン テクノロジーソリューションズ株式会社 田崎文得(シニアスペシャリスト)
国立高等専門学校機構 八戸工業高等専門学校 中村 雅徳(教授)
東京大学宇宙線研究所 川島 朋尚(特任研究員)

研究助成

この研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(No. JP18H03721、 JP19H01943、JP18KK0090、JP2101137、JP2104488、JP22H00157、JP18K03709、JP21H01137)他、国際的な支援を受けて行われたものです。すべての支援機関については、論文謝辞をご覧ください。

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