【プレスリリース】120億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出! 宇宙は予想外になめらかだった?~多波長観測が描いた遠方宇宙の姿~

プレスリリース

東京大学宇宙線研究所
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学素粒子宇宙起源研究所
自然科学研究機構 国立天文台

クレジット:松下玲子(名古屋大学)

発表の概要

 東京大学宇宙線研究所の播金 優一 助教、大内 正己 教授と、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学素粒子宇宙起源研究所の宮武 広直 准教授らの共同研究チームは、約120億年前の遠方宇宙における銀河周辺のダークマター注1)の存在の検出に世界で初めて成功しました。
 ダークマター分布は背景光源に現れる重力レンズ効果注2)を用いて測定することができますが、これまでは背景光源として遠方銀河を用いたものが主流であったため、遠方銀河そのものの周りのダークマター分布を測定することは不可能でした。
 本研究では、背景光源としてビッグバン直後の熱い宇宙が放った宇宙マイクロ波背景放射注3)を用いることによって、遠方銀河周辺のダークマターを検出しました。さらに、遠方宇宙におけるダークマターの空間分布を調べると、標準宇宙論注4)の予言と比べて、分布のでこぼこが小さく、食い違っている可能性(確率約90%)が出てきました。この食い違いが本当だとすると、私たちがもつ宇宙像は転換を迫られるため、今後の更なる検証が必要です。
 本研究成果は、2022年8月1日午後11時(日本時間)付アメリカ物理学会の雑誌「Physical Review Letters」に掲載されました。本研究成果はEditors’ Suggestionに選ばれ、同誌の中でも重要論文に位置付けられています。
 本研究は、科学研究費助成事業・基盤研究(A)(JP15H02064)、基盤研究(B) (JP20H01932)、新学術領域研究(公募研究)(19H05100,21H00070)の支援のもとで行われたものです。

【ポイント】

・可視光とマイクロ波のデータを組み合わせることにより、約120億年前の遠方銀河周辺のダークマターの存在を世界で初めて検出した。
・この測定から120億年前の宇宙構造のでこぼこを測定し、標準宇宙論から予測される値よりも小さい値を得た。ただし、この値の統計的有意性は約90%に留まるため今後の更なる検証が必要である。
・2020年代の大規模探査計画ではより精度のよい測定が可能になる。本研究はこれらの大型観測計画を用いた研究の先駆けとなるものである。

研究の背景

 ダークマターは、目に見えない正体不明の物質にもかかわらず、我々の住む宇宙構造の形成、特に銀河形成の重力源として必要だということが分かっています。ダークマターは自ら光を発さないため、望遠鏡で直接見ることができません。ところが、重力レンズ効果と呼ばれる現象を使えば、ダークマターの分布を測定することができます。銀河周辺の重力レンズ効果は微弱ではあるものの、多数の銀河で重ね合わせをすることによって、それらの銀河をとりまくダークマターの平均的な分布が測定できます。これまでに銀河を背景光源にした重力レンズ効果を利用することで、現在から約80億年前までの銀河周辺のダークマターの分布が測定されてきました。ところが、それより遠方の宇宙では(1)観測できる遠方銀河の数が少ない、(2)背景光源として使える銀河がない、といった問題があり、遠方宇宙の銀河周辺のダークマター分布は測定されてきませんでした。

研究の内容

 すばる望遠鏡Hyper Suprime-Cam(HSC)を用いた可視光撮像銀河サーベイ(以下HSCサーベイ)は、330夜かけて全天の約30分の1の天域を観測する大型計画です。HSCサーベイは、すばる望遠鏡の大集光力を生かして非常に遠くの銀河まで観測することができます。東京大学宇宙線研究所の播金 優一 助教と大内 正己 教授を中心とする研究グループは、この特徴を活かして、HSCサーベイが3分の1の天域を観測した時点で、およそ150万個もの120億年前の銀河を検出し、大規模な遠方銀河サンプルを作成しました(Harikane et al., 2022, ApJS, 259, 20)。これにより前述の問題(1)「観測できる遠方銀河の数が少ない」は解決できます。問題(2)「背景光源として使える銀河がない」に関しては、背景光源としてビッグバン直後(宇宙が生まれてから38万年後)の熱い宇宙から来る光である宇宙マイクロ波背景放射を用いることで解決しました(図1)。宇宙マイクロ波背景放射のデータは、プランク衛星(ヨーロッパ宇宙機関が打ち上げた宇宙マイクロ波背景放射を観測するための人工衛星)によるマイクロ波観測によって得られたものを使いました。宮武 広直 准教授を中心とする研究グループは、このように可視光とマイクロ波のデータを組み合わせることにより、約120億年前の銀河周辺のダークマターを世界で初めて検出しました(図2)。本研究で測定したダークマターを含む銀河の質量は、先行研究(Harikane et al., 2018, PASJ, 70, S11)において同じ銀河サンプルを用いて銀河の密集度合いにより推定した質量と誤差の範囲で一致しています。

図1: 宇宙マイクロ波背景放射を背景光源として用いた、遠方銀河周辺のダークマター分布測定の概念図。
(クレジット:NASA/WMAP, ESA/Plank, NAOJ/HSC)
図2: 本研究で検出した120億年前の銀河周辺のダークマターの信号(赤丸)と理論予測(破線)。横軸は銀河中心からの距離、縦軸はダークマターの量を表す。(クレジット:宮武広直他論文著者、Physical Review Letters、American Physics Society)

 さらに、本研究では遠方銀河周辺のダークマター分布と先行研究(Harikane et al., 2018, PASJ, 70, S11)で測定された銀河の密集度合いを用いて、約120億年前の宇宙構造から、標準宇宙論を仮定することによって、現在の宇宙構造のでこぼこの程度σ8を推定することに成功しました。その結果、プランク衛星による宇宙マイクロ波背景放射の測定と標準宇宙論を組み合わせることによって予言されるσ8に比べて、小さい値が得られました。これまで行われてきた約80億年前までの近傍宇宙の観測的研究でも、σ8がプランク衛星の予測値より小さい可能性が示唆されており、本研究で得られた結果もこれを支持するものです。ただ、本研究における統計的優位性は十分ではないため(本測定が得られたσ8になる確率は約90%)更なる検証が必要となります(図3)。

図3: 現在の宇宙構造のでこぼこの程度σ8を縦軸、その測定値を導いたサンブルの赤方偏移を横軸に取った図。赤点は本研究で得られた制限、他の点は近傍宇宙のダークマター分布を用いて制限されたσ8を表す。灰色の線はPlanck衛星の測定から予測されるσ8の制限を示す。
(クレジット:宮武広直他論文著者、Physical Review Letters、American Physics Society)

 観測チームが用いた約120億年前の大規模銀河サンプルは、広さと深さを併せ持つHSCサーベイによって初めて可能となりました。今回用いたデータはサーベイ途中のものなので、今後HSCサーベイの全データを用いれば、より統計精度の高い測定を行うことが可能となります。

成果の意義

 本研究は、約120億年前の銀河周辺のダークマター分布測定が可能であることを示しただけでなく、遠方宇宙の情報を用いた宇宙論検証の新しい扉を開いたと言えます。2020年代にはHSCサーベイの広さ・深さを凌駕する新しい大規模撮像探査(アメリカのヴェラ・C・ルービン天文台によるレガシー・サーベイ・オブ・スペース・アンド・タイム(LSST)、同じくアメリカのナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡、欧州のユークリッド宇宙望遠鏡)が始まります。また、次世代マイクロ波望遠鏡(アドバンストアタカマ宇宙論望遠鏡, 南極望遠鏡3G)による観測が現在進んでおり、その後、サイモンズ天文台、CMB-S4といった、更なる高精度マイクロ波観測を可能にする望遠鏡の建設が予定されています。本研究は、これらの将来計画を目前にし、HSCサーベイの広さと深さを活かすことによって、遠方宇宙の宇宙論探査に先鞭を付けるものと位置付けられます。

宇宙線研究所の貢献

 宇宙線研究所の研究チームは、すばる望遠鏡Hyper Suprime-Cam(HSC)を用いた可視光撮像銀河サーベイにより、150万個もの120億年前の大銀河サンプルを提供することで本成果に貢献しました。大内教授は「過去の宇宙では、ダークマターの空間分布が予想よりもなめらかだった可能性が出てきて驚いています。まだ可能性の段階で結論づけられませんが、次世代の望遠鏡による高精度観測でこの問題に決着をつけたいです」とコメント。また、播金助教は「私たちが作成した120億年前の遠方銀河のサンプルが、遠方銀河そのものだけでなく過去の宇宙の様子を調べることにも役立ってとても嬉しく思っています。今後もHSCサーベイの全データや次世代望遠鏡のデータを用いて過去の銀河や宇宙の様子を調べていきたいです」と話しました。

脚注

注1)ダークマター:宇宙のエネルギー密度の約27%を占める正体不明の物質。自ら光を発さず、望遠鏡では直接観測できないが、現在の宇宙の構造を作る主な重力源であることが知られている。

注2)重力レンズ効果:遠方の光源から来る光が、手前にある(ダークマターを含む)質量構造によって曲げられる現象。その結果、光源が複数の像になって見えたり、光源の形が歪んで観測されたりする。本研究では後者の効果を用いている。

注3)宇宙マイクロ波背景放射:宇宙が生まれてから約38万年後に、宇宙の温度が下がり、それまでプラズマ状態だった宇宙の陽子と電子が結合することによって、光子が自由に運動することが可能になった。これが、我々が光で見ることができる最古の宇宙であり、宇宙マイクロ波背景放射と呼ばれる。

注4)標準宇宙論:これまでの宇宙論的観測は、銀河形成の重力源となるダークマター、近傍宇宙の加速膨張の源となる暗黒エネルギーを含むΛCDM標準宇宙論でよく説明できる。この標準宇宙論は、宇宙の物質分布のでこぼこの程度σ8やダークマターのエネルギー密度Ωmを含む6つの宇宙論パラメータで記述される。

<論文情報>

雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル
First Identification of a CMB Lensing Signal Produced by 1.5 Million Galaxies at z∼4: Constraints on Matter Density Fluctuations at High Redshift
著者
:Hironao Miyatake (Kobayashi-Maskawa Institute for the Origin of Particles and the Universe, Nagoya University; Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe, The University of Tokyo) / Yuichi Harikane (Institute for Cosmic Ray Research, The University of Tokyo) / Masami Ouchi (National Astronomical Observatory of Japan; Institute for Cosmic Ray Research, The University of Tokyo; Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe, The University of Tokyo) / Yoshiaki Ono (Institute for Cosmic Ray Research, The University of Tokyo) / Nanaka Yamamoto (Division of Physics and Astrophysical Science, Graduate School of Science, Nagoya University) / Atsushi J. Nishizawa (DX Center, Gifu Shotoku Gakuen University; Institute for Advanced Research, Nagoya University) / Nata Bahcall (Department of Astrophysical Sciences, Princeton University) / Satoshi Miyazaki (National Astronomical Observatory of Japan) Andrés A. Plazas Malagón (Department of Astrophysical Sciences, Princeton University)