宇宙は原始銀河団であふれている
今回の発表のポイント
・約120億光年かなたの宇宙に、銀河団の祖先「原始銀河団」を200個近く発見した
・統計的な研究を遠方の原始銀河団に対しても初めて可能にさせた
・今回発見した原始銀河団の領域中にはクェーサーがほとんど存在しなかった
・これは銀河同士の合体がクェーサー活動を引き起こすという、これまでの仮説に疑問を投げかける結果である
東京大学宇宙線研究所、国立天文台、総合研究大学院大学などの研究者と大学院生からなる研究グループは、すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam を用いた観測で、約 120 億光年かなたの宇宙に、銀河団の祖先「原始銀河団」を 200 個近く発見しました (図1)。これは従来の 10 倍もの発見数です。これらの原始銀河団の質量を測定した結果は、その後成長して現在の銀河団になるという仮説とうまく一致するものでした。さらに、これらの原始銀河団領域中にはクェーサーがほとんど存在しないことから、銀河同士の合体がクェーサー活動を引き起こすという従来の仮説に大きな疑問を呈する結果も得られました。HSC によって得られた大規模なサンプルを用いることで、遠方宇宙においても原始銀河団の特徴を初めて統計的に明らかにすることができました。
宇宙には渦巻銀河や楕円銀河などの多種多様な銀河が存在しています。そして銀河の性質は、その銀河の周囲の環境と密接に関係していることが知られています。現在の宇宙では、数十個以上の銀河が密集する銀河団のような領域には、年老いた重い楕円銀河が多く存在する一方で、銀河があまり存在しない領域には、活発に星形成をしている若い渦巻銀河が多く見られます。このような銀河とその環境の関係はいつ、どのように生まれたのかは、現代天文学の大きな謎の1つです。
環境が銀河進化に与える影響を解明するためには、現在の宇宙に存在する完成した銀河団だけではなく、銀河・銀河団がまさに成長しつつある過去の姿を遠方宇宙の原始銀河団の観測を通して直接調べることが重要です。しかし銀河団のように非常に密度の高い領域は宇宙全体でもごく稀であり、 例えば現在の宇宙で銀河団が占める体積の割合はわずか約 0.38% です。遠方宇宙に存在する原始銀河団の発見はさらに困難です。実際、これまでに遠方宇宙で見つかっていた原始銀河団は 20 個に届かない程度だったのです。
遠方宇宙での銀河進化に影響を及ぼす環境効果の理解のためには、まずは原始銀河団の大規模なサンプルを構築する必要があります。そこで研究グループは、すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) を用いて、遠方宇宙における原始銀河団の探査を行いました。すばる望遠鏡では現在、HSC を用いた大規模なサーベイ観測 (戦略枠観測) が進められており、既に従来とは比較にならないほどの広い天域において質の高いデータが取得されています。研究チームはこのデータから約 120 億年前の銀河を選び出し、それらの分布を調べることで、原始銀河団の探査を行いました。
探査の結果、研究グループは約 120 億年前の宇宙に原始銀河団を 200 個近く発見し (注1)、しかもそれらが不均一に分布することを明らかにしました (図1)。従来の研究に比べ約 10 倍の発見数で、原始銀河団の統計的な研究を遠方宇宙においても初めて可能にさせる画期的な成果です。実際に研究グループは、原始銀河団の分布を解析することで、原始銀河団を包み込む暗黒物質の塊「ダークマターハロー」の質量を推定することに初めて成功しました。推定されたダークマターハローの質量は太陽質量の 10 兆倍以上であり、これらの領域がいずれ銀河団 (太陽質量の 100 兆倍) に成長することを強く示唆するものです。
「これまでは近傍宇宙でしか行うことができなかった解析手法が、HSCサーベイによって120億年前という遠方宇宙においても初めて適用することができました。この研究で構築された遠方宇宙の原始銀河団サンプルは、今後様々な角度から研究を進めるための基礎となるでしょう」。このたび多数の原始銀河団の発見を報告した論文の筆頭著者である、東京大学宇宙線研究所の観測的宇宙論グループの利川潤さんは、今回の研究成果についてそのように語ります。
そして、まず研究グループは、この原始銀河団の大規模サンプルを使って、原始銀河団とクェーサーとの関係についても調査しました。クェーサーとは、その中心に存在すると考えられている超巨大ブラックホールが周囲のガスを大量に飲み込む過程で非常に明るく輝いている特殊な天体です(注2)。銀河が衝突合体する時に、ブラックホールがその銀河のガスを大量に飲み込んでクェーサーが現れる、というのが、クェーサーの起源についての現在の最有力仮説です。もしこの仮説が本当であれば、銀河が密集し衝突頻度も高い原始銀河団ではクェーサーが生まれやすい、つまり原始銀河団領域にクェーサーが見つかりやすい、ということが予想されます。しかし、原始銀河団もクェーサーも宇宙空間において非常に稀であるために、これまでこの仮説の検証を行うことは困難でした。
研究グループは HSC によって得られた原始銀河団と同じ時代に見つかっている、120 億光年前の明るい遠方クェーサー 151 個を利用し、両者の位置関係を調べました。すると驚くべきことに、原始銀河団に属する明るいクェーサーはほとんどいないことがわかりました。さらに、最も明るいクェーサーは原始銀河団を避けるように分布することも初めて明らかになりました。この結果は、先に述べた従来の予想とは異なり、銀河の衝突を原因としない別のクェーサー発現メカニズムが必要である可能性を示唆します。一方、クェーサーからの明るい放射によって周囲の銀河成長が抑制されたために周囲に銀河が観測されなかった可能性も考えられ、今後のさらなる議論が待たれます。
もう一つ興味深い発見は、原始銀河団に属していた稀なクェーサーのうち4個は「ペア」として存在していたことです(図2)。クェーサーのペアは特に遠方宇宙においては非常に珍しく、この2つのペアが原始銀河団中に発見されたことにより、原始銀河団中では単体ではなく複数の超巨大ブラックホールが同時に活動的になりやすい、という新たな可能性が示されました (注3)。「HSC の広く深い観測によって、私たちはかつてない数の原始銀河団を見つけ、さらに活動的なブラックホールが属する環境の多様性について、極めてユニークかつ新しい発見をすることができたのです」と語るのは、研究グループリーダーの柏川伸成さん (国立天文台) です。
HSC の観測によって原始銀河団の統計的な研究が初めて可能になりました。利川さんは「今後観測を継続することによって、原始銀河団サンプルの数がさらに増えるでしょう。すばる望遠鏡の戦略枠観測が完了すると 120 億光年かなたの原始銀河団は約 1000 個発見できることが期待されます。その上で、110 億光年から 130 億光年にわたる原始銀河団の成長過程を明らかにしていきます」と、今後の展望と意気込みを語っています。
この研究成果は、日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan) の「HSC特集号」に2018年1月1日付で掲載されました (Toshikawa et al. 2018, " GOLDRUSH. III. A Systematic Search of Protoclusters at z~4 Based on the >100 deg2 Area", PASJ, 70, S12; Uchiyama et al. 2017 “Luminous Quasars Do Not Live in the Most Overdense Regions of Galaxies at z~4”, PASJ, 70, S32; Onoue et al. 2017 “Enhancement of Galaxy Overdensity around Quasar Pairs at z<3.6 based on the Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program Survey”, PASJ, 70, S31)。またこれらの研究成果は、科学研究費補助金 JP15H03645、JP15K17617 および JP15J02115 によるサポートを受けています。
(注1) 正確には原始銀河団の候補です。すばる望遠鏡によるこれまでの研究から、これらの領域は約 76% という高い確率で本物の原始銀河団であると考えられますが、断定するためには今後の分光観測が必要です。
(注2) ほぼすべての重い銀河の中心には超巨大ブラックホールが存在すると考えられています。クェーサーとは銀河の中心の超巨大ブラックホールに多量のガス降着がおき、その重力エネルギーの解放によって莫大なエネルギーが解放され、非常に明るくなっている天体のことです。
(注3) 研究グループはさらなる検証の為に、より近くにある約 80 億年前のクェーサーペアについても周囲の銀河の密集度を測定しました。その結果、クェーサーペアのいる環境は、単体のクェーサーの環境よりも銀河の密集度が大きいことが確かめられました。研究グループが示した「原始銀河団中では単体ではなく複数の超巨大ブラックホールが同時に活動的になりやすい」という新たな可能性を支持する結果です。