東京大学宇宙線研究所
国立天文台
研究のポイント
◆くじら座の方向の約108億年前の宇宙で11個の超巨大ブラックホールが一斉に輝く構造を発見しました。
◆これほど密集した超巨大ブラックホールの集団が見つかったのは世界で初めてのことです。
◆初期宇宙における銀河団やブラックホール形成のシナリオに一石を投じるものとなります。
研究成果の概要
国立天文台や東京大学の研究者を含む国際共同研究チームは、くじら座の方向の約108億年前の宇宙で11個の超巨大ブラックホールが一斉に輝く構造を発見しました。これほど密集した超巨大ブラックホールの集団が見つかったのは、初めてのことです。すばる望遠鏡(注2)による広視野観測と、スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)のデータを組み合わせた解析から、これらのブラックホールが、成長しつつある宇宙構造の境界に位置していることが明らかになりました。
今回の発見は、初期宇宙で銀河団などの構造が形づくられていく過程で、超巨大ブラックホールがどこでどのように成長するのかという、これまでの常識に一石を投じるものです。

くじら座の方向にあります。背景画像は、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラで撮影されたものです。赤色の影はクエーサーの密度を、青色の影は周囲に分布する数百個の銀河の密度を表します。小さな白枠はクエーサーの位置を、拡大枠はそれぞれのズーム画像を示しています。(Credit:国立天文台/SDSS; Liang et al.)
超巨大ブラックホールの大集団
超巨大ブラックホールは、周囲のガスや物質を活発に取り込むことで、莫大なエネルギーを放ち、まるで宇宙の灯台のように輝いています。これらの活動的なブラックホールは「クエーサー」として知られています。クエーサーの活動が最も活発だった初期宇宙においても、クエーサー同士の間隔は通常、数億光年と非常にまばらでした。しかし、国立天文台ハワイ観測所の梁永明(リャン・ヨンミン; Yongming Liang)博士が率いる国際研究チームは、わずか4,000万光年という範囲に11個のクエーサーが密集して存在する、宇宙規模では極めてコンパクトな構造を発見しました。
「これほど極端に密集した例はこれまでに見つかっておらず、もし偶然であるとすれば、その確率は10の64乗分の1未満という驚異的な数字です」とリャン博士は話します(図2)。

比較には、全天の4分の1をカバーする史上最大級の観測プロジェクトの一つ、スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)のデータを用いています。青い破線とその周囲の色のついた帯は、SDSSの観測領域における平均値と、その1シグマ(標準偏差)内のばらつきを表しています。黒点は、重なりを避けるために位置をわずかにずらしています。今回発見された構造は、これまでに見つかった中で最も高密度にクエーサーが集中した例であり、宇宙における新たな記録を打ち立てたと言えるでしょう。(Credit:SDSS; Y. Liang et al.)
すばる望遠鏡が明かした銀河の分布の謎
この特異なクエーサー集団は、最初にSDSSのデータから発見されました。研究チームはその性質をさらに詳しく調べるため、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ(Hyper Suprime-Cam, HSC)を使って追観測を行いました。HSCは、この集団を取り巻く1億5000万光年におよぶ広大な領域を一度に捉える超広視野と、8.2メートル級望遠鏡ならではの高い感度を兼ね備えています。これにより、クエーサー構造の周囲に存在する若い銀河が数百個も検出されました(図1)。
一般に、超巨大ブラックホールは、銀河が密集した領域で活発になると考えられています。こうした環境では、銀河同士が、まるで混雑した人混みの中ですれ違う人々のような振る舞いをしています。頻繁に相互作用をおこし、引き合いや衝突、合体が起こります。その結果、ガスや物質が渦を巻くように銀河の中心に流れ込み、中心にあるブラックホールの成長を促して、明るく輝くクエーサーへと変貌させるのです。
ところが、すばる望遠鏡による観測は予想外の結果を示しました。クエーサーは銀河の集団の中ではなく、そこから約2500万光年も離れた場所に存在していたのです。この発見は、超巨大ブラックホールが「どこで」「どのように」成長するのかという、従来の理解の見直しを迫るものです。
「すばる望遠鏡の高い観測能力がなければ、クエーサー集団と銀河の位置のずれには気づけなかったでしょう」とリャン博士は話します。
ガスの分布から深まる謎
この特異な構造をさらに詳しく調べるため、研究チームは銀河間に広がるガスの三次元分布を描きました(注1)。その結果、クエーサーは、ガスが最も密集した領域にも、逆に最も希薄な領域にも存在せず、中性ガスと電離ガスの境界に位置していることが明らかになりました(図3)。
この構造は、宇宙の大規模構造における遷移的な領域を反映しているのかもしれません。たとえば、2つの成長中の銀河団が、宇宙の構造に沿って重力的に引き合いながら作られつつある場所である可能性があります。今回発見されたクエーサーの大集団は、成熟した構造ではなく、ブラックホール、銀河、そして銀河間ガスがともに進化しつつある過渡的な段階を示していると考えられます。その配置は、構造形成の進行とクエーサー活動によるフィードバックの両方によってかたちづくられた、ダイナミックな環境を示唆しています。
このような極めて多数のクエーサーが集中し、かつ宇宙構造の境界という特徴的な位置関係にあることから、研究チームはこの構造を「Cosmic Himalayas(宇宙のヒマラヤ)」と名付けました。

黄色のX印はクエーサーの位置、黒の等高線は銀河の密度を示します。背景の色は中性水素ガスの密度を表しており、赤いほど密度が高く、青いほど密度が低い(電離ガスが豊富)です。つまり、左側の銀河集団には中性ガスが、右側の銀河集団のまわりには電離ガスが集中していることがわかります。灰色の領域は、画像のモザイク処理が完全に行うことができなかったり、明るい星の光の影響でデータとして使えないため、マスクされた部分です。下の写真は、構造名の由来となったヒマラヤ山脈周辺の衛星画像です。(Credit:国立天文台 / SDSS Liang et al.;背景画像 © Google, Image Landsat / Copernicus)。
「我々は、クエーサーが宇宙の状態が変わる“縁”に沿って分布していることに気づきました」と、リャン博士は語ります。「これは、クエーサーが放つ強い光が周囲のガスの状態を変えていること、そして同時に、作られつつある巨大構造―例えば銀河団の種をトレースしている可能性を示しています。こうした特徴から、我々はこの構造を “宇宙のヒマラヤ” と名付けました。まるで山脈のように、異なる宇宙構造の境界にそびえ立っているのです」
「これほど活発な超巨大ブラックホールの大集団があったこと、さらには銀河やガスの分布が常識的な宇宙の描像に反していたことは驚きです」と研究チームのメンバーである大内正己教授(国立天文台/東京大学)は述べています。「これは全宇宙の中でも特別な場所なのかもしれませんし、あるいは、活発なブラックホールが一斉に現れる特別な瞬間を目撃しているのかもしれません。どちらにせよ、その意味は今後の研究で明らかになっていくことでしょう」
今後への展望
本研究は、大規模な探査観測とすばる望遠鏡の高感度データを組み合わせることで、宇宙の大きな謎に迫ることができることを示しました。今後、すばる望遠鏡の超広視野多天体分光器(Prime Focus Spectrograph, PFS)などによる観測を通じて、今回見えてきた宇宙の謎が解き明かされることが期待されます。
脚注・用語解説など
(注1)銀河間に広がるガスの三次元分布 研究チームは、SDSSのデータを用いて、対象とする集団よりもさらに遠方にあるクエーサーの光が銀河間ガスによって吸収される様子を測定しました。この宇宙規模の断層影像法は、まるで懐中電灯で霧を照らすように、ガスの三次元的な分布を可視化します。
(注2)すばる望遠鏡 すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。
研究助成
本研究は、科学研究補助金(課題番号:20H00180, 24K17084, 24H00002, 24H00241)、学振・国際共同研究加速基金(国際先導研究)JP22K21349の支援により実施されました。
論文
〈掲載学術誌〉 米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』(6月6日に電子版掲載)
〈題名〉 ”Cosmic Himalayas: The Highest Quasar Density Peak Identified in a 10,000 deg2 Sky with Spatial Discrepancies between Galaxies, Quasars, and IGM HI”
〈著者〉 *Yongming Liang,Masami Ouchi,Yuichi Harikane et al.
〈DOI〉10.3847/1538-4357/adc1bb
〈URL〉https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/adc1bb