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研究の紹介

極高エネルギーの宇宙線, Ultra-High Energy Cosmic Rays : 山梨県北杜市の宇宙線研究所・明野観測所に設置されていたAGASA空気シャワーアレイでは、2003年までの13年間に10の20乗電子ボルト(eV)を超える宇宙線11例が観測されました。 このエネルギーは、極微の素粒子が、自分の静止質量 (m) 相当のエネルギー(E=mc2)の1000億倍のエネルギーで運動していることにあたります。これは人工の粒子加速器(CERN研究所のLHC)で加速されるエネルギーの1000万倍に相当し、宇宙のどこで、どのようにして、このような極高エネルギーまでの加速が起こるのか、判っていません。 

宇宙線と背景放射の衝突・GZK limit : このような極高エネルギーの宇宙線は、宇宙空間に満ちている背景放射と衝突してエネルギーを失うため、そのエネルギーを保ったままでは宇宙を伝搬できません。それで、10の20乗電子ボルト付近を境にして、それ以上では急激に地球への到来数が減るはずで、TA実験では宇宙線のエネルギーを正確に測定してエネルギー分布(スペクトル)をプロットし、この「限界エネルギー」が見えるか試しています。 極高宇宙線と背景放射の衝突は1966年に米国の Greisen, ロシアのZatsepin とKuzmin が同時に予言したので、到来数の減少はGZK cutoff, それが起こるエネルギーはGZK limitなどと呼ばれています。 この衝突が起こるのは、ミリ電子ボルトの電波である宇宙背景放射が、10の20乗電子ボルトの陽子宇宙線にとって(その静止系で)1000億倍の高エネルギーガンマ線に見えるという特殊相対性理論の帰結です。 GZK cutoff の検証は、非常に高いエネルギーで相対論の検証を行っていることになります。  (上の図: 陽子宇宙線と背景放射との衝突で核子共鳴状態が生じ、その崩壊から生じるパイ中間子がエネルギーの1-2割を持ち去る。 パイ中間子も崩壊して、ガンマ線やニュートリノ が発生し、エネルギーを失った陽子と同じ方向に伝搬して行く。)

起源天体が見えるか? : 極高宇宙線の伝搬距離は、GZKによって約1.5億光年(約100Mpc)に限られますから、発生源がその範囲内であれば、宇宙空間の磁場(nGからμG)による偏向も、比較的小さいと見積もられています。特に極高宇宙線が+1の電荷を持つ陽子の場合は、(ちょうど星が光るように)発生源の周りに集まって到来するのが見えるはずです。 TAでは極高宇宙線をできるだけ数多く観測して、その到来方向を分析します。 低いエネルギーの宇宙線のように、「まったく一様・ランダム」に地球に到来するのか、あるいは宇宙線の「クラスター」や、「銀河の大規模構造(=宇宙の物質分布)との相関」が見えるかなどを調べています。 もし、1.5億光年以内にある発生源の数が限られていれば、特別な高エネルギー天体、例えば活動銀河核(AGN)や衝突銀河、ガンマー線バースト(GRB)などの方向から、極高宇宙線がやって来るのが見えるはずです。

実験の目標: TA実験は次のような目標を持って観測を続けています。

空気シャワー: 高エネルギーの宇宙線が地球に到来すると、大気の上層で、窒素や酸素の原子核と衝突し、原子核を破壊すると同時に数千の新しい素粒子の束を作ります。これらの粒子は、さらに大気の原子核と衝突を繰り返して鼠算式に増殖し、10の20乗電子ボルトの宇宙線では、最終的に1兆個を超える粒子の束となって地表に降り注ぎます。これを空気シャワーと呼びます。シャワー中の粒子はほぼ光速度で運動していますから、極高宇宙線は、大気上層の最初の衝突から1万分の1秒ほどで、最後は直径10kmくらいのお盆の形に広がって地表に突入します。  (右の図: 計算機のsimulationで作った、疑似空気シャワー。 エネルギーが上がるにつれて、「お盆」の広さも、地表の届く粒子数も増えて行く。)

極高宇宙線の観測方法: 宇宙線のエネルギーは、10の10乗電子ボルトから20乗電子ボルトまで、約10桁の広いエネルギー範囲に分布し、そのスペクトルは、ほぼエネルギーのマイナス3乗に比例します。つまり、エネルギーが10倍になると、そのエネルギー以上の宇宙線の数が約100分の1になるという風に急速に減って行きます。 10の20乗以上の宇宙線では100平方キロの地表に1年に1例くらいしか到来しません。 それで(宇宙空間などで)小さな検出器に極高宇宙線が偶然に飛び込んで来るのを期待するのは無理で、極高宇宙線が増殖して巨大な空気シャワーになるのを観測して、そのエネルギーや到来方向、粒子の種類などを決めることができます。

1.地表アレイ: 空気シャワーの観測方法には、大きく分けて2通りあります。第1は地表アレイと呼ばれ、地表の広い領域に点々と粒子検出器を置いて、空気シャワーでできた粒子の一部を検出し、地表に到達した粒子の数を計算してもとの宇宙線のエネルギーを決めます。傾いた空気シャワーの中の粒子は、離れた検出器を異なった時間に次々とヒットして行きますから、検出器での粒子の到来時間の差を測定して方向を決める事ができます。 地表アレイは広い地表領域を使って、24時間・365日安定して観測できる点が強みです。また、年間を通じて同じ星空の領域を見ています。しかし、地表での粒子数からもとの宇宙線のエネルギーを求めるには、詳細が良く判っていない大量の粒子発生・増殖の計算を行なう必要がありますから、計算によるエネルギー測定の精度を、別の方法で確かめる必要があります。 (写真:TAの地表粒子検出器。3平米のプラスチックシンチレータ2層に記録された波形データを、無線LANを使って読み出す。消費電力平均7Wは太陽電池で供給する。)

2. 蛍光望遠鏡: もう一つの方法は大気蛍光望遠鏡と呼ばれ、空気シャワーの中心軸部分から発生する紫外光を望遠鏡で撮像して観測します。この発光は微小なので、大きな反射鏡で光を集め、カメラには感度の高い光電子増倍管(光の一粒でも3割ほどの確率で検出できる)を使います。宇宙線が到来する方向は事前に予想できませんから、複数台の広角望遠鏡で広い天空の領域をカバーして空気シャワーの発光を待ちます。観測は、月がなく晴れて大気が透明な夜に限られるので、TAのユタ観測サイトのように標高1400mで人工の光汚染が少ない砂漠(荒地)地帯でも、稼働率は全時間の10%くらいになります。望遠鏡の利点は、観測される光の量がエネルギーに比例するので、その比例係数を実験室で事前に測定しておけば、計算によらずに実験的に空気シャワーのエネルギーを決められる点です。しかし、(冬の星座、夏の星座のように)季節によって見える星空が変わり、望遠鏡の稼働率もなかなか一定しないのが難しい点です。実験技術としては、望遠鏡感度の絶対較正や大気透明度を測ってデータを補正するのもチャレンジングな課題です。  (写真: TA実験のBlack Rock Mesa 望遠鏡ステーション。 口径3.5m の球面反射鏡を持つ広角望遠鏡12台を並べている。)

アレイと望遠鏡の同時観測: TAは、北緯39.3度、西経112.9度、米国ユタ州の西部砂漠地帯に建設しました。日本と米国が共同で建設を始め、続いて韓国とロシアが加わって完成しました。TAの地表アレイは、粒子検出器を1.2km間隔の格子状に507台設置し、ほぼ700km2の地表をカバーしています。また、シャワーの発光を撮像する広角望遠鏡合計38台を、アレイの周り3カ所に分割して設置し、地表アレイの上空を監視しています。TAでは、2つの異なったタイプの検出器、地表アレイと望遠鏡を同じ場所に置いて同時観測を行い、極めて稀な極高エネルギーの宇宙線から、可能な限り多くの情報を集めて、精度の良い測定を行うことを目指しています。南天を観測するアルゼンチンの Pierre Auger Observatory(PAO) も同じようにアレイと望遠鏡の同時観測(ハイブリッド観測と呼びます)を行っています。TAとPAOはそれぞれ北天と南天の観測を担い、2つの観測を併せて全天をカバーします。また、両者の観測結果を比較することで、より正しく精密な観測を行う事を目指しています。  (右上の図: TA実験の全体レイアウト。黒い四角が507台の地表検出器、緑の四角が3カ所の望遠鏡ステーション。矢印は望遠鏡の方位角の視野を示す。仰角は3-33度までをカバーしている。)      

Telescope Array (TA) 実験と最新の結果: TAは日本の科学研究費(特定領域研究・特別推進研究)と米国の国立科学財団(NSF)を主要な予算として建設され、観測と研究が行われています。 現在は日米韓露ベルギーの5カ国、140人の研究者が活発な国際共同研究を進めています。 研究はまだ途中ですが、最新の研究結果については、以下の発表論文や国際会議発表に述べられています。

 

2012/8/18 更新