High Energy Astrophysics Group

ICRR, the University of Tokyo

高エネルギー天体グループへの招待

当研究室は東京大学の大学院理学系研究科物理学専攻の学生を受け入れています。物理学専攻はA0からA8まであるサブコース制となっており、我々を含む宇宙物理学の理論系の研究室はA5サブコースに属しています。宇宙線研究所高エネルギー天体グループの研究活動に興味がある学生さんは、是非A5サブコースの浅野研究室を第一志望としてください!物理学専攻では例年8月末から9月初めにかけて、筆記試験と面接を行っていますが、その前の5月下旬に受験者向けのガイダンスを実施しています。また、宇宙線研究所でも独自にガイダンスを行っていますので、そうした機会を利用して、宇宙物理や天文学の研究がどういったものか、お話を聞いてみてください。

当グループは東京大学のメインキャンパスである本郷ではなく、宇宙線研究所がある柏キャンパスにあります。都内において都市的学生生活を楽しみたい人も多いかもしれませんが、柏キャンパスにも利点はあります。家賃相場が都内より安いので、キャンパスの近くに住んで、電車通学のストレスなく研究に打ち込むことができます。宇宙線研究所の実験系グループとの交流も容易で、理論研究者・天文学者として教養の幅を広げ、共同研究をすることも可能です。つくばエクスプレスに乗れば、30分で都心に出ることもできるので、決して隔離された環境ではありません。

高エネルギー天体現象

学生の皆さんは、宇宙物理に関連してビッグバンやインフレーション、ブラックホールなどの言葉は聞いたことがあるかもしれません。しかし漠然としていて、実際にはどのような研究テーマがあるのか想像しがたいかもしれません。我々の研究室では、高エネルギー宇宙物理学の理論的研究を行っています。一見静かな夜空ですが、宇宙では常に爆発的な天体現象が起きていて、それが宇宙の進化に大きな影響を与え、現在みられるような宇宙の姿になっています。

爆発現象として最も有名なものは、超新星爆発で、その中心には中性子星、あるいはブラックホールが残されます。その際に放出される高速のガスが、星間空間に衝撃波を形成し、そこでは宇宙線(相対論的な荷電粒子)が加速されます。宇宙線が星間ガスと衝突することで、ガンマ線やニュートリノが放たれ、こうした二次的に生成された粒子も既に観測されています。ブラックホールができた時には、そこから相対論的なジェットが噴出し、莫大なエネルギーのガンマ線を数秒間に渡って放つこともあります。これはガンマ線バーストと呼ばれる突発現象で、ほぼ毎日、人工衛星に搭載されたガンマ線望遠鏡によって観測されています。2つの中性子星が、お互いの周りを回る連星を形成することもあります。これらが重力波を放ちながら徐々に軌道を縮め、最後に合体する際にもガンマ線バーストが発生すると考えられています。

上記のような高エネルギー現象が我々の研究のターゲットです。これらの相対論的な現象の素過程には多くの未解明な点が残されていますし、こうした現象が周囲の環境にどのような影響を与え、どのような観測的シグナルをもたらすか、宇宙史の中でこうした現象の役割は何なのか、こういった課題が研究テーマとなっています。

天体物理という学問の特徴

物理の理論研究を志す学生さんは、物性、素粒子、宇宙論など様々な分野の間で進路に悩むかもしれません。我々はその中でも天体物理学は挑戦しがいのある分野だと考えています。他分野と大きく異なる天体物理学の特徴は、物理学全体を包括的・綜合的に用いて議論し、現象のストーリーを物語るという点にあります。天体は大きなスケールを持っていますが、その現象を理解しようとすると、巨視的な視点だけではなく、微視的な視点も要求されることが多々あります。様々なスケールで見られる様々な物理現象の各要素の関係を整理・構築し、観測されている現象を論理的に説明することを目指します。物理という言語を最も流暢に使いこなしているのが、理論天文学者と言っても許してもらえるかもしれません。

このように述べると、相当の勉強が必要で、ハードルが高いと感じるかもしれません。もちろん修士課程では、ある程度狭い自分の専門を中心に学び、研究していくこととなるでしょう。しかし、同じ研究室には全く異なる天体を異なる手法で研究している人々がいて、日々のゼミで彼らと一緒に議論し、学会や研究会で他の研究の話を聞くことで、徐々に学生さんの知見は広がっていきます。最初は数式をなぞるだけで精一杯だったとしても、博士過程を終えるころには、多くの学生は自ら考え、天体現象のストーリーを俯瞰的に物語る能力を身に着けています。そこまでいけば、自分の研究を異なる天体現象に応用したり、違う手法を試してみたりなど、様々なことにチャレンジできるでしょう。

物理学に要求される能力は、数式で表現される抽象的な世界と、目の前で観測される現実の具象的な世界を結びつける能力です。物理に限らずとも、何らかのデータの図をきちんと読解し、データを説明できそうなストーリーを考え、それを数理的なモデルに落とし込み(多くの場合は微分方程式)、自分の力でデータを再現できる人材は限られています。観測データを物理の第一原理に基づいた数理モデルで表現する天体物理学は、面白さと物理学者としての成長を実感できる稀有な分野かもしれません。

マルチメッセンジャー天文学・時間軸天文学

この分野の大きな魅力は、現在最も観測が進んでいるダイナミックな分野であることです。観測と理論が協力して、天体の謎を解き明かすことを目標としています。素粒子物理学や初期宇宙の研究との大きな違いとして、研究対象が多様で、観測的にも毎年のように新しい発見がある点が挙げられます。自分独自の研究テーマを設定しやすく、それが完成した後には、隣接分野への応用など研究の広がりも期待できます。

現在はマルチメッセンジャー天文学の時代と呼ばれていて、伝統的な可視光・赤外線及び電波による観測だけではなく、X線やガンマ線に加えて、宇宙線・ニュートリノ・重力波などの非電磁波を使った観測が盛んになっています。マルチメッセンジャー天文学は、多様な手法で宇宙からの信号を取得し、綜合的に天体の真の姿に迫ることを目標としています。この手法が最も生かされている分野が高エネルギー天体物理学で、地上の実験では達成できない高温・高密度・高エネルギー、あるいは超希薄なプラズマといった、極限環境で起きる物理を探求しています。

宇宙では恒星のように、定常的に安定した光を放つ天体だけではなく、激しく変動する放射を放つ天体や、前述したガンマ線バーストのような突発天体があります。突発天体はどの波長で、どのくらいの継続時間で光を放っているかなどの性質で、観測的には分類されます。時間軸天文学とは、人類が知らない時間のスケール、波長で新たな突発天体の発見を目指す試みです。近年の例だと、Fast Radio Burstと呼ばれる、GHz帯域の電波でミリ秒の継続時間を放つ天体が発見されました。他にもFBOTと呼ばれる、通常の超新星よりはるかに明るいが、より急激に暗くなっていく天体が見つかっています。これらの現象を駆動しているのは、超強磁場を持つ中性子星なのか、ブラックホールなのか、活発な議論が行われています。既に確立されているカテゴリーの天体でも、異常に明るかったり、特徴的な振舞いを見せるなど、いつ新奇な現象が見つかるか、油断のできない分野です。

研究の進め方

理論物理学の研究ということで、紙と鉛筆を使って、指導教員が設定した問題を解いていると、修士号がもらえるというイメージを持っているかもしれませんが、現代における天体物理学で学位を取るには、解析的な計算だけでは難しくなっています。多くの場合、数値計算に取り組むことになります。解析的な論文を書くことも可能ですが、解析的モデルはかなりの簡略化や近似を導入せずに解くことは難しいので、実際の天体現象を議論するうえで、数値計算によるデモンストレーションは必須だと考えています。

研究で最も大事なのは、最初にモデルを立て、どのような計算をすれば興味ある結果に結びつくか考えることです。自分独自のモデルの特徴とは、理想的には新たな問題設定そのものですが、時には取り入れる物理過程や初期条件・境界条件、あるいは数値計算手法だったりします。その後の実際の計算では、なかなか結果が出なくて、苦しむこともありますが、研究室メンバーの助言を受けながら、進めていくことになります。数値計算の出力を図にして並べれば、見た目上は立派な論文が出来上がります。しかし、我々が学生に期待するのは、それだけではなく、研究の目的・意義をきちんと伝え、結果を解釈し、わかりやすく読者に説明するといった理解力と文章力です。この部分は、観測を理解したうえで、自らモデルを設定し、数値計算コードを書いた学生の方が有利になると考えています。数値計算コードを書くのは、文章を論理的に書くことと似ていますので、総合的な研究スキルを上げることができます。先輩のコードを引き継いだり、既存のコードを使っても研究はできますが、是非自分でコードを書くことも検討してみてください。

過去の修士論文テーマ

強力に磁化された相対論的ジェットと周りのガスの境界で励起される流体不安定性
相対論的磁気流体シミュレーションを実行。励起された乱流は荷電粒子を加速することが期待される。

衝撃波面で反射されるイオンが励起するプラズマ波動
線形摂動を主に解析的に扱って議論。相対論的な衝撃波上流の電子を加熱する機構の一つ。

相対論的磁場優勢ジェットのエネルギー散逸効率
ブレーザーなどにおける強磁場ジェットのシミュレーション。従来よりも高い効率で運動エネルギーを放射に転換。

非等方分布をした電子からのシンクロトロン放射
磁気再結合で加速された電子は磁場に沿った方向に運動しがち。ガンマ線バーストにおける放射スペクトルを議論。

銀河団からのマルチメッセンジャー放射
銀河団内部の乱流で加速された電子や陽子からの放射を議論。電波やガンマ線に加え、ニュートリノ放射も。

パルサー星雲の空間構造
パルサー星雲のX線放射は理論よりも空間的に広がっている。電子宇宙線の空間拡散の効果を取り入れて説明。

フェルミバブルにおける乱流加速と放射
我々の銀河面中心部の上下にはフェルミバブルと呼ばれる数kpcにも及ぶガンマ線放射領域がある。電子の乱流加速モデルを適用。

中性子星連星合体時の噴出物からの残光放射
噴出物の速度は光速の30%などに達する。周りの物質に衝撃波を立て、シンクロトロン放射を放つ様子をシミュレーション。

高エネルギー現象の宇宙進化への影響

超新星爆発は、周囲のガスを加熱したり、吹き飛ばしたりすることで、次の世代の星形成に影響を与えます。星が作られる効率は、この超新星爆発によってコントロールされていると考えられています。銀河の中心にある巨大ブラックホールは、周囲のガスを吸い込む際に、激しくX線などを放出しますが、こうした放射も銀河のガスを加熱・電離することで、星形成に影響を与えています。銀河団の中心部は明るくX線で輝いていますが、この放射による冷却効率が高いので、中心部の圧力が下がり、外側のガスが流れ込むと予想されていましたが、そうした兆候は観測的に確認されていません。ここでも巨大ブラックホールからの相対論的ジェットや、高エネルギー宇宙線などが中心部のガスを高温に保つ役割を果たしている可能性が指摘されています。

超新星が放出したガスの中には、炭素や窒素、鉄などの重い元素が含まれ、これは次の世代の惑星の材料となりますし、生命にとっても必須の元素です。こうした重い元素は、輝線放射によってガスの冷却材として働いたり、可視光や赤外線を吸収して光の伝播に影響を与えます。したがって、重い元素の量は星形成や星の進化を決定する重要な要素です。超新星の残骸で加速された宇宙線は地球の大気と衝突し、核破砕反応を通じてホウ素を供給します。このホウ素は植物にとっての必須元素となっています。中性子星連星が合体した際にも、周囲にまき散らされる物質の中で核融合が進み、金やウランなどの重元素が生成されると考えられています。

巨視的現象を記述する物理

天体物理は物理学全体を綜合的に用いると述べたところですが、他分野から見ると主に流体力学ばかりをやっているように見えるかもしれません。恒星は自己重力を自分の圧力で支えているガス球ですし、天体の爆発現象も高速のガスの運動です。学会に行くと、流体シミュレーションを中心とした発表が多いのも事実です。しかし、この流体力学こそ、その本質的理解のために、物理の様々な分野に精通していることが要求されます。一番わかりやすい例は、ブラックホールから放たれる相対論的ジェットです。現在最も標準的なジェット駆動のモデルは、ブラックホールの回転エネルギーを磁場を介して引き抜く、Blandford-Znajekモデルと呼ばれるものです。この時に用いられる一般相対論的磁気流体力学の物理的背景には、大学で学ぶ巨視的な物理の全てが含まれています。つまり解析力学、熱統計力学、電磁気学、特殊相対性理論、一般相対性理論です。高エネルギー天体では、ガスの温度が相対論的(ガス粒子の平均速度がほぼ光速)だったり、磁場のエネルギーがガスの静止質量エネルギーを圧倒していたり、時空がブラックホールの回転に引きずられたりしていて、地上では到底実験できない、極限環境における流体現象を扱う面白さがあります。

天体における微視的物理現象

物性や素粒子の分野とは違い、我々が日常的に波動関数を解いたり、量子論に基づいて反応の確率振幅を求めたりすることはさすがにありません。しかし量子的な相互作用は現象の理解に本質的です。恒星の中では核融合によってエネルギーが生まれますし、そのエネルギーの輸送は主に光子によって担われますが、背景のガス粒子との相互作用によって光子は吸収・再放出・散乱され、これらの多くは量子的な反応です。星ができる前の分子からなるガス雲は、分子同士の衝突励起から、脱励起することで電磁波を放射し、冷却していきますが、こうしたガスの冷却過程が生まれる星の質量を決めています。超新星爆発はニュートリノとガスの相互作用によって実現されます。高エネルギーの宇宙線は光子と衝突してパイ中間子を生成し、その中間子の崩壊からガンマ線やニュートリノが放たれます。高エネルギーガンマ線は他の光子と衝突して、電子と陽電子を対生成します。中性子星周囲の強磁場環境では、光子と磁場の相互作用から電子・陽電子対生成が起きたり、1つの光子が2つに分裂したりします。こうした反応の素過程はもちろん良くわかっているので、研究現場では公式のように扱われてはいますが、きちんとこうした反応を理解したうえで、巨視的な現象に与える影響をストーリーとして表現する必要があります。

上記よりも少し大きなスケールに行くと、古典力学が支配しているプラズマ運動論の世界が見えてきます。ここでは流体近似はふさわしくなく、電磁場中の一個一個の荷電粒子の運動を統計的に扱います。プラズマ、特に磁場があるプラズマでは、縦波や横波など様々な種類の電磁波動が励起されて伝播します。電磁場と荷電粒子からなる簡単な系に見えますが、その現象は多様で奥深い分野です。荷電粒子と波動の相互作用により、衝撃波で粒子が加速されたり、磁場が増幅されたり、逆に磁気エネルギーが粒子の運動エネルギーに転換されたりします。近年の大規模シミュレーションによって、プラズマ運動論には著しい発展が見られていますが、やはり小さなスケールを短時間しか追うことができません。天体における激しい現象、特に相対論的なプラズマ流における粒子加速など、未解明の問題が数多く残されています。

研究者としての自立

博士課程までの5年間で自立した研究者となることを目指します。自立しているとは、自ら問題を立て、研究戦略を考え、問題を解決していくことです。例えば、以下のような素朴な問いを考えてみます。宇宙は膨張しているのに、なぜ太陽系は膨張しないのだろうか?なぜ銀河は網目状に分布しているのだろうか?恒星の典型的な質量(太陽質量)は何で決まっているのだろうか?太陽の寿命は何で決まっているのだろうか?宇宙線はどこからやってきたのだろうか?我々の銀河にはいくつのブラックホールがあるのだろうか?星間空間を飛び交うガンマ線やニュートリノの最高エネルギーはいくらだろうか?

今どきはChatGPTなどに聞くことで、上記の問いの答えは簡単に得ることができるでしょう。しかし、こうした問いが浮かんだことすらないという人が大多数ではないでしょうか。また、自分で答えを得ようにも、どこから考え始めたらよいか、わからないのが普通かと思います。多くの人はリンゴが地面に落ちることに疑問を持ちませんが、物理をやるということは、まず自ら疑問を持つところが出発点となります。問題提起をする人が、科学における一番の貢献者ということです。天文学の知識と物理的思考の習慣を大学院で身に着けることで、一見茫漠とした上記のような問題に対し、何らかの切り口を見つけて、議論をスタートさせることができるようになります。

物理の第一原理?

これはやや誇張した表現で、実際の研究現場では様々な物理過程を現象論的モデルに置き換えてしまうことも多いです。例えば、微視的にはガスの運動中に働く粘性力や、加速された宇宙線のエネルギー分布、巨視的には分子雲中で生まれる星形成の効率や、銀河中心ブラックホールの活動の影響などです。ただし、そうした現象論的モデルは観測からフィードバックを受け、徐々に洗練されたものになっていっています。また、上記のような物理過程だけを切り出して、第一原理に近いシミュレーションなどで研究を行っている人々もいて、現象論的モデルを用いている人々も、その背後にある物理の第一原理は常に意識して研究を進めています。

最新鋭の観測装置たち

高エネルギー天体現象を探るため、世界中の最新鋭の観測機器が観測を行っています。日本が伝統的に強い分野としてX線観測衛星がありますが、現在は2023年に打ち上げられたXRISMが主力となっています。ガンマ線ではMeVからGeV帯域でガンマ線バーストやブレーザー(巨大ブラックホールからのジェット)を観測している、Fermi宇宙ガンマ線望遠鏡があり、多くの日本の研究者も参加しています。TeVを超えるガンマ線は地球大気を検出器として利用する手法がとられており、宇宙線研も参加している多国籍ガンマ線天文台CTAOが建設を進めつつ、観測も行っています。

高エネルギーの荷電粒子(陽子・電子・その他の原子核)である宇宙線も、宇宙を探る重要な手がかりです。日本が主導し、国際宇宙ステーションで観測を行っているCALETは、様々な種類の原子核や電子を区別して、詳細なエネルギー分布を求めています。最高エネルギー宇宙線と呼ばれる、$10^{20}$eVを超えるエネルギーの宇宙線は、宇宙線研が主導するTelescope Arrayがアメリカのユタ州で、Pierre Auger Observatoryがアルゼンチンで観測を行っています。ユニークな試みとして、中国のLHAASOなど、地上で宇宙線とガンマ線を同時に観測する装置が高地に設置されています。南半球で同様の観測を目指し、宇宙線研のALPACAも建設を進めています。

ニュートリノは有名な宇宙線研のスーパーカミオカンデに加え、より大きなハイパーカミオカンデの建設も進んでいます。南極の氷の下には、アメリカが主導して作ったIceCubeと呼ばれる装置があり、高エネルギーニュートリノの検出で活躍しています。重力波は現在活躍しているLIGOVirgoに加え、日本のKAGRAも初検出に向けてアップグレードが進んでいます。

多様な研究対象

謎に包まれた天体現象として以下のようなものが挙げられます。

  • 超新星 Preview :中心の原始中性子星からのニュートリノ加熱によって爆発していると考えられているが、シミュレーションでは、その爆発が再現できていません。
  • 超新星残骸 Preview :星間空間に衝撃波をもたらし、そこで宇宙線を加速し、加速電子や陽子からの電波・可視光・X線・ガンマ線が観測されています。
  • パルサー Preview :ミリ秒から数秒の自転周期で回転する強磁場を伴った中性子星で、自転エネルギーを消費して光を放っていると考えられています。しかし電波やガンマ線の放射メカニズムは解明されていません。
  • マグネター Preview :パルサーの中でも量子効果が効くほどのさらなる強磁場を持った天体で、その強力な磁場エネルギーを直接放射に転換していると考えられています。時々激烈なバースト現象を起こしますが、磁場エネルギーの解放機構は未解明です。
  • Fast Radio Burst Preview :マグネターが有力な起源天体と考えられている、謎の突発電波放射現象です。
  • X線連星 Preview :コンパクト天体(恒星質量ブラックホールあるいは中性子星)と恒星からなる連星で、星のガスがコンパクト天体に流れ込み、X線やガンマ線を放っています。
  • パルサー星雲 Preview :パルサー磁気圏で生成された電子・陽電子プラズマが、相対論的速度で吹き出し、X線などで輝いています。磁場エネルギーを効率よく運動エネルギーに変えているようですが、その物理機構は未解明です。
  • キロノバ Preview :中性子星が重力波を放ちながらコンパクト星と合体する際に、可視光などで輝く現象で、重元素が生成されている現場です。
  • ガンマ線バースト Preview :巨星が寿命を迎えたり、中性子星連星が合体した際に、相対論的ジェットからガンマ線が放たれています。宇宙最大の爆発です。
  • 活動銀河核 Preview :銀河中心の巨大ブラックホールにガスが降着する際に、可視光やX線で莫大な放射を放っています。
  • ブレーザー Preview :激しく変動するガンマ線を放つ、活動銀河核から放たれる相対論的ジェットです。
  • 宇宙線 Preview :どのように生まれ、拡散していったか解明されておらず、銀河面や銀河団において空間的に広がった電波やガンマ線を放っています。

数値計算

天体物理学は現実の雑多な世界を扱っているので、理論モデルが内包している数理的側面、例えば対称性とか双対性、可積分性、トポロジーなどは基本的に我々の興味の対象ではありません。これは理論物理学の他分野とかなり異なる点です。標準的な物理基礎理論の美しさも理解していますし、理論天文学が数学によって成り立っていることは確かですが、数学そのものに興味を持って研究している人は少ないと思います。解析的に解けなくても、数値的に解ければ十分なのかもしれません。解析解を求めるための数学的テクニックも、現在の主流の研究対象とはなっていません。

数値計算の対象と手法は様々で、天体の統計的性質を議論するためのモンテカルロシミュレーション、星や暗黒物質の運動を解くN体シミュレーション、ガスの巨視的な運動を解く流体シミュレーション、微視的なプラズマの挙動を追うPIC(Particle-in-Cell)シミュレーション、分布関数を追うためのボルツマン方程式の数値計算、光やニュートリノが伝播中にガスに与える影響や観測スペクトルを求めるための輻射輸送計算などがあります。

数値計算にも色々なレベルがあって、Mathematicaのようなソフトウェアの使用、自作プログラムを書いた上で手元のパソコンで計算できるもの、スパコンを使った大規模数値シミュレーションなどがあります。大規模シミュレーションは、それぞれの分野に専門家がいて、新規参入者はどこかのグループに、「弟子入り」するという形が多いです。彼らが開発した何万行にも渡る計算コードを使わせてもらうことで、世界最先端の結果を出すチャンスがあります。一方でどの分野も成熟しているので、新人が独自性を出すのが難しいという側面はあるかもしれません。我々がお薦めする研究戦略は、他の研究者が取り組んでいない問題設定を見つけ、それを解くための「中規模」数値計算コードを独自開発し、その分野の独占的な専門家としての地位を確立することです。上記でも述べているように、多様なテーマが存在する天体物理ならではの研究戦略です。

観測データ再現のデモンストレーション

投稿論文の査読者の中には、モデルによって観測データをびったり再現しないと許してくれない人もいます。しかし、天文学は精密科学ではありません。観測データの不定性が大きいことはもちろん、理論モデルの側にも理想化に伴う「誤差」があることは忘れてはなりません。数値計算であっても、一様な領域・球対称・定常性などの簡単化をモデルに仮定して計算されることは多々あります。観測データからの多少の逸脱が、モデルの大枠を否定するものとは限りません。逆にモデルを複雑にして、たくさんのパラメータを導入して観測を再現しても、必ずしもこちらが良いモデルとは言い切れません。データの再現だけではなく、そこに新たな予言があったり、微視的物理過程などに対する理解が深まるような仕事が望ましいかもしれません。