ICRRの川崎教授、Kavli IPMUの菅井特任准教授の講演に約400人が聴き入る ―柏アミュゼのクリスタルホールで

Open Campus

宇宙線研究所とカブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の合同一般講演会が4月13日、柏市のアミュゼ柏で開かれ、事前に申し込みで当選した約400人が会場に詰めかけ、二人の講師のトークに熱心に耳を傾けました。

会場の柏アミュゼのクリスタルホールがほぼ満席に
会場の柏アミュゼのクリスタルホールがほぼ満席に

柏市での一般講演会は、研究成果を地元の方々に知ってもらおうと、宇宙線研の本部が柏キャンパスに移転した2000年ごろから毎年開かれ、Kavli IPMUが設立された後の2009年度からは合同一般講演会と名前を変え、年2回のペースで開かれてきました。今回のテーマは「宇宙の始まりについて考える」で、宇宙線研究所副所長の川崎雅裕教授が「原始ブラックホール〜宇宙最初の1秒間に生まれるブラックホール」、Kavli IPMUの菅井肇特任准教授が「宇宙が生まれた時〜原始重力波が残してくれたプレゼント」と題し、それぞれ講演し、二人の対談(クロストーク)も行われました。

梶田所長「皆さんとひと時、宇宙の始まりについて考えたい」

冒頭、梶田隆章所長は「今回は今までで一番多くの応募がありました。さらに天気も良く、ブラックホールを見たとかいうニュースも直前にあったおかげで、多くの方にお集まり頂きました。皆さんとひと時、宇宙の始まりについて考えたいと思いますので、よろしくお願い致します」とあいさつ。

主催者としてあいさつする梶田所長
主催者としてあいさつする梶田所長

Talk 1 宇宙線研究所・川崎雅裕教授

観測された巨大ブラックホール 原始ブラックホールの起源説も

川崎教授は、原始ブラックホールについて、「宇宙初期にあった密度揺らぎの領域が重力崩壊し、生成されたブラックホールのことで、1971年にS・Hawking博士が予言したものです」と説明。生成される原始ブラックホールの質量は、この密度揺らぎのサイズによって決まり、太陽質量の10-5から数100倍まで幅があることも明らかにしました。

原始ブラックホールについて説明する川崎教授
原始ブラックホールについて説明する川崎教授

そのうえで、米国のレーザー干渉計重力波観測所(LIGO)が2015年に重力波を初観測した二つのブラックホールの衝突合体(一つが太陽質量の30倍ほど)や、初めての直接撮影に成功したM87銀河の中心にある超巨大ブラックホール(太陽質量の約60億倍)は、「星の重力崩壊で生成する通常のブラックホール(太陽質量の数倍から10倍ほど)と比較すると重過ぎることから、原始ブラックホールそのものか、原始プラックホールが次々に合体して生成されたことが考えられます」と主張しました。

ダークマター(暗黒物質)の正体を説明できる可能性も

さらに、川崎教授は、原始ブラックホールと謎の暗黒物質の性質が似ていることから、暗黒物質が原始ブラックホールである可能性を指摘し、Kavli IPMUの研究者も参加して行われた、すばる望遠鏡による探索についても言及しました。

「原始ブラックホールが通過すると、マイクロレンズ効果で星の明るさが変化します。この現象を利用し、すばる望遠鏡でアンドロメダ銀河を観測し、暗黒物質としての原始ブラックホールを探索する試みが行われましたが、見つかりませんでした。しかし、探索できる質量域(1017から1022グラム)はまだ残っています。インフレーションが2回連続で起きるダブルインフレーションという理論モデルなら、暗黒物質を説明するブラックホールやLIGOが観測したブラックホール連星を作ることができます」

また、宇宙初期に空間が急激に膨張したというインフレーション宇宙モデルについて、川崎教授は「ビックバンモデルの不都合な点を解決し、さらに宇宙初期の量子的な揺らぎと、宇宙背景放射(CMB)のマクロな揺らぎの観測値が一致することが発見され、インフレーションからビックバン、CMBという現在の標準宇宙モデルが完成しました」と解説しました。

Talk 2 Kavli IPMU・菅井肇特任准教授

宇宙背景放射の偏光パターンから、インフレーションの痕跡を捉える

続いて登壇した菅井特任准教授は、実験・観測を専門とする研究者の立場から138億年の宇宙の歴史を概観しました。

138億年の宇宙の歴史を概観する菅井特任准教授
138億年の宇宙の歴史を概観する菅井特任准教授

まず、光の速さが無限ではないことを地上で実証したA. Fizeau博士の実験を挙げ、「地球から見ている月は1.3秒前、太陽は8分19秒前の姿であるように、遠くにあるものほど昔のものを見ていることになります」と説明。続いて、観測される光の波長のズレから、遠くの銀河ほど速く遠ざかっているとしたE. Hubble、G. Lemaître両博士の成果にも触れ、「この法則は、宇宙空間が一様等方に膨張していると考えることにより説明できます。どの位置も特殊ではないことから、遠くを見ることにより宇宙の歴史をひも解くことができるのです」と解説しました。

そのうえで、熱い宇宙(ビックバン)から少しずつ冷え、飛び回っていた電子が陽子に結び付き光が直進できるようになった、宇宙誕生38万年後に、人類に届く最初の光である宇宙背景放射(CMB)が生まれたこと、さらに、その一様さを説明するためにインフレーション宇宙モデルが考え出されたことを紹介し、「インフレーションは電磁波で直接見ることは出来ないが、その痕跡なら捉えられると考え、LiteBIRD計画を進めています」と語りました。

「原始重力波による偏光を観測するための技術を知ってほしい」

LiteBIRDは、冷却望遠鏡を積んだ人工衛星を打ち上げ、宇宙初期の時空のゆらぎがインフレーションによって引き伸ばされることにより生じたとされる重力波(原始重力波)の痕跡を、CMBに刻まれた偏光の空間的渦巻パターンとして捕らえる国際共同研究計画で、2020年代後半の観測開始が計画されています。

コアメンバの一人として計画を進める菅井特任准教授は「この原始重力波の波長は宇宙全体レベルの長さで、LIGOなどで直接捉えることは出来ません。しかし、この原始重力波がCMBに作用し電子による散乱に非対称性を生じさせることによって発生する渦巻き状の偏光パターンを捉えます。宇宙の最初に起きた現象がCMBの放出される時代またはそれを超えて生き残っていてくれているおかげです」と述べ、偏光を観測するための技術について説明しました。

熱雑音を抑えるために望遠鏡をマイナス268℃まで、また高感度超電導検出器のためにさらに極低温まで冷却する機構、観測装置の窓にあたる半波長板が、超電導磁気軸受により浮上回転しながら信号偏光を認識しやすく加工する仕組み、表面での反射を防ぐために「蛾の眼」と同じ構造の凹凸をサファイヤ半波長板表面に施していることなどを紹介。最後に研究グループ全体の望みとして「宇宙が誕生時に震えていたという最初の鼓動を感じたい」という言葉を引用して締めくくりました。

クロストーク

お互いに質問を交換 「研究者になったきっかけは?」

クロストークでは、二人が壇上に上がり、「研究者になろうと思った時期と理由について教えてください。」「観測が始まるまでに時間を要する研究を行なっている時、どうやって物理的モティベーションを維持していくのでしょうか」「ワークライフバランスはどうしているのでしょうか」など、お互いに質問を交換しました。

クロストークで質問し合う二人の講師たち
クロストークで質問し合う二人の講師たち
質問が書き込まれた付箋から会場で回答するものを選ぶ
質問が書き込まれた付箋から会場で回答するものを選ぶ

川崎教授「最初は電気電子に進学しようかと・・・」
菅井特任准教授「ワークライフバランスには苦労し・・・」

川崎教授は「大学に進学した時は工学部・電気電子に進学しようかと思っていましたが、教養課程で物理を勉強しているうちに興味を持ち、悩んだ末にやはり好きな物理をやろうかと、そのために一年留年しました。しかし、そのおかげで、着任したばかりの佐藤勝彦教授(インフレーション理論の提唱者)の研究室に入ることができました」。菅井特任准教授も「研究者か小説家になりたいと思いましたが、小説家の方は憧れに過ぎず、高校の時に本格的に研究者を目指すことを決めました」「ワークライフバランスには苦労しており、家族にも迷惑をかけているかも知れません。日米欧の研究者でテレビ会議をすることがよくあり、日本の夜中や明け方に時間が設定されると、生活パターンが崩れてしまうこともあります」などと、エピソードを披露しました。

会場からの質問も40件以上が寄せられ、用意したホワイトボードは質問を書き込んだ付箋で一杯になりました。そのうち10件ほどは会場で二人が回答していますが、多くの質問が残っています。これらについては後日、こちらのホームページに回答を掲載させていただきます。