大橋 正健(東京大学宇宙線研究所 准教授、注1)
内山 隆(東京大学宇宙線研究所 助教)
重力波が到来すると、二点間の距離がほんのわずかに伸縮するため、重力波望遠鏡ではこの長さの変化をとらえます。言い換えれば、重力波望遠鏡は、「長さ計測装置」ともいえます。しかし、強力な重力場を発生させる連星中性子星の合体、ブラックホール連星の合体などによって発生する重力波でさえ、典型的には、地球と太陽の間の距離を水素原子1個分変化させる程度のものでしかありません。しかも、そのような天体現象は、銀河系では10万年に一度程度しか発生しません。よって、重力波望遠鏡で、1年に数回の割合で重力波をとらえるには、より多くの銀河を観測する必要があり、超高精密度長さ計測装置である必要があります。しかし、重力波望遠鏡を振動させる原因は数多く存在します。それらを全て排除し、理想的には、光の量子雑音(注5)のみで制限される極限性能を得る必要があります。中でも、望遠鏡を地球上に設置する限り逃れられない「地面振動」と、装置が熱を持つことに起因する「熱雑音」は特に注意して除くべき雑音源です。これら雑音を低減させるために、KAGRAでは、そもそも地面振動が少ない地下環境に望遠鏡を設置し、地面振動の影響を少しでも逃れ、かつ、実験装置の心臓部を絶対温度で20ケルビン(摂氏マイナス253度)までに冷却し、熱雑音を低減するという工夫を取り入れています。今回の発表は、前者、地面振動を逃れる場所として選定した、岐阜県飛騨市神岡町の池ノ山(旧神岡鉱山)において、地下環境を整えるためのKAGRA用トンネルの掘削が完了したことをご報告するものです(図2)。池ノ山は、飛騨片麻岩という非常に硬い岩質を含む山であることも選定理由の一つです。
KAGRAの建設は、2010年より開始しました。KAGRA本体を格納するトンネル部は、地表より200メートル以深の地下に位置し、片腕3キロメートルの2本の腕を持つL字構造をしており(図2)、両腕部合計6kmには地下の湧き水を流すため0.3%の傾斜がつけられています。この本体用トンネルのみならず、そこに到達するための誘導トンネルも掘削する必要がありました。
トンネルの掘削は、鹿島建設株式会社によって行われ、2012年5月より、茂住地区から誘導トンネルの掘削が、同年6月より跡津地区の誘導トンネルの掘削が始まりました。その後、跡津側では、中央実験室部の掘削を経て、東北東にのびるXアーム、北北西にのびるYアームの掘削班にわかれて進行しました(図3)。
一方、茂住側は、Yアームトンネルの掘削を池の山断層付近(茂住側エンドステーションより1,165メートルの地点)まで進んだ後、断層での大量異常出水を避けるため、一旦茂住側からの掘削は終了させ、跡津側からの掘削が到達するまでの間、断層付近の水抜きを行いました。そして、2013年12月に、Yアームにおいて跡津側からの掘削により貫通し、まずYアームが先にできました(図4、図5)。
一方Xアームは、跡津側からの一方向の掘進であったため、進行速度に限界がありましたが、2014年3月末に全ての掘削が完了しました。最終的に、掘削総延長距離は7,697メートルに達しました。実際に掘削してみると、岩質はおおむね良好ではありましたが、場所によっては大量の湧水の発生で掘進が阻まれることが多々発生しました。にもかかわらず、本トンネル工事において鹿島建設株式会社は、NATM工法における月間掘進距離359メートルの国内最高記録を達成し、その高い技術により、大きな事故もなくトンネル掘削を終えました。
今後は、実験設備の整備、装置の構築を経て、2015年末の最初の試験観測運転を行い、2017年度に重力波観測運転を開始する予定です。
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(注1)2014年4月1日より東京大学宇宙線研究所教授。
(注2)KAGRA計画は、2010年6月に文部科学省の最先端研究基盤事業の一つに採択されて計画が開始。
(注3)連星中性子星:2つの中性子星が互いを軌道運動している天体。
(注4)BICEP2実験(Background Imaging of Cosmic Extragalactic Polarization):南極点付近で原始重力波に起因する宇宙マイクロ波背景放射の偏光を探査する望遠鏡。
(注5)光の量子雑音:重力波望遠鏡は高強度のレーザー光を使用する干渉計であるが、その干渉計において、レーザー光中の光子数の統計的な揺らぎが起因となって現れる雑音のこと。

総延長7000mを超える長大なトンネルを、大量湧水など悪条件が重なっているにもかかわらず、人身事故無く、2年もかけずに完成させた鹿島建設および工事関係者の皆様に、おおきな驚きも込めて、感謝の気持ちを伝えたいと思います。神岡で行われた本工事では、地元住民の皆様、神岡鉱業株式会社、および、神岡宇宙素粒子研究施設をはじめとする多数の神岡坑内で研究活動を進めている皆様に、多くのご不便、ご迷惑をおかけしながら進めさせていただきました。また、宇宙線研究所のみならず、東京大学全体のバックアップが無ければ、本工事を完遂できなかったと思っております。これらの皆様にもお詫びと感謝の気持ちを伝えたいと思います。KAGRAはトンネル工事が完了し、いよいよ、実験装置の建設が本格的に始められます。世界初の重力波の直接検出を目指し、引き続き努力して参りたいと考えておりますので、これからもよろしくお願いいたします。
東京大学宇宙線研究所助教・KAGRAトンネル担当 内山 隆
東京大学宇宙線研究所広報担当特任専門職員 林田 美里
TEL: 04-7136-5148
Email: misato@icrr.u-tokyo.ac.jp
東京大学プレスリリース
高エネルギー加速器研究機構ハイライト「宇宙を探る新しい目:低温重力波望遠鏡KAGRAの地下トンネル開通」
国立天文台重力波グループプレスリリース