乗鞍岳におけるミューオン強度の精密測定

乗鞍岳での観測の目的:

ロスコーン前兆現象=観測の狙い:

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図12:Forbush現象と”前兆現象”の例。(拡大)


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図13:”前兆現象”が起こる仕組み。(拡大)

上で述べたように、我々は多方向ミューオン計の観測ネットワークを展開してきたわけですが、その過程で興味深い現象を発見しました。図12は、1992年9月に観測されたミューオンの計数率を、時間(day of year=年通日)の関数としてプロットしたもので、上から地表(Nagoya)、浅い地下(Misato)、深い地下(Sakashita)で鉛直方向を観測している3つのミューオン計による観測結果です。先に述べたように、ミューオン計を色々な深さの地下に置くことにより、観測する宇宙線の平均エネルギーを変えることが出来ます(これら3つの宇宙線計は日本の愛知県と長野県にあり、図9の宇宙線計と同様の構造をしています)。縦の実線で示した衝撃波の地球衝突の直後に、宇宙線強度が減少するForbush減少が観測されているのは図6の現象と同じですが、衝撃波到来の直前とその更に1日前の2回、鋭い強度減少が観測されていることが分かります。我々はこの現象を、CMEやMFRの「前兆現象」と考え、「ロスコーン前兆現象」と呼んでいます。その理由を図13で説明します。この図は、太陽面爆発で生じたCMEやMFR(図では「磁気雲」と書かれています)が、地球に向かって進行している様子を表し、「磁気雲」の中や後方には宇宙線(密度)の少ない領域(宇宙線過少域)が出来ています。この領域に地球が入った時、Forbush減少が観測されるわけです。さて、宇宙空間には太陽風によって太陽から引きずり出された太陽磁場があります(MFRもその一部です)が、もし地球がこの磁力線で宇宙線過少域とつながったらどうなるでしょうか? 過少域の宇宙線は磁力線に沿って外部に漏れ出し、やがて地球に到達します。したがって、自転する地球上の宇宙線計がちょうどこの磁力線に沿った方向を向くと、宇宙線計は過少域からの宇宙線を観測することになります。このとき、これらの宇宙線はもともと過少域からやってきているので、その強度は他の方向から入射する宇宙線より少なく、その結果図12のような時間変動が観測されるわけです。このイベントでは、まず一度過少域からの宇宙線が捉えられ、それから1日たって地球が1周してから日本の宇宙線計が再び過少域を捉えて、その直後に衝撃波が到来したことになります。衝撃波の到来より24時間も早く宇宙線減少が起こっているのは、エネルギーの高い宇宙線が「磁気雲」より100倍も速く運動するためです。高エネルギー宇宙線はほとんど光の速度(秒速30万km)で走るのに対して、高速太陽風に乗って移動する「磁気雲」や衝撃波の速度は、たかだか秒速数千kmでしかありません。このため、過少域から漏れ出た宇宙線は、やすやすと「磁気雲」や衝撃波を追い越し、より早く地球に到達して過少域の情報を運んでくれるのです。このことは、宇宙線観測を用いて「磁気雲」や衝撃波を「予報」することが出来ること意味します。

「磁気雲」や衝撃波は大規模な地磁気嵐を引き起こすので、宇宙線観測によって地磁気嵐の予報(つまり宇宙天気予報)が出来るかも知れません。この可能性を調べるため、我々は過去の22例の大地磁気嵐前後の宇宙線データを解析して、図14のような結果を得ました。左の図は、地磁気嵐の例数を横軸の地磁気嵐の規模の関数としてプロットしたヒストグラムです(地磁気嵐の規模はKpインデックスと呼ばれる指数で表され、Kp=9を超えるものが最大規模の地磁気嵐とされています)。宇宙線データに図12のような「前兆現象」が見られた地磁気嵐の数を赤と青で、全く前兆現象の見られなかった地磁気嵐の数を緑で示しています。22例中15例に前兆現象が見られ、しかもその割合は大規模な地磁気嵐ほど大きくなっています(例えばKp=8.0以上の大地磁気嵐は9例ありますが、そのうちの8例に前兆現象が見られました)。一方、右の図は、前兆の見られた9例について、地磁気嵐発生の何時間前に前兆現象が見られたかを示しています。平均で8時間前には何らかの前兆が見えています。このように早い段階から地磁気嵐を予報する手段は、現在のところ他にありません。

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図14:地磁気嵐と”前兆現象”の関係(左図)。これまでの観測では、地磁気嵐の6割以上に”前兆現象”が見られた。 右図は、”前兆現象”が地磁気嵐の何時間前に発生しているかを示している。(拡大)

このように、図12のような前兆現象を捉えることは非常に大きな意味を持っています。それは、「宇宙天気予報」の実現という社会的な要請に応える可能性を与えてくれるのです。一方、図12や図13のような現象を正しく理解するには、更に進んだ観測も必要です。例えば、図12で見られる強度の落ち込みは非常に鋭く(落ち込みが観測される角度範囲は「ロスコーン」と呼ばれます)、それを精確に測るには出来るだけ狭い視野をもった多数の方向計が必要です。図12の現象を捉えたのは図9のようなミューオン計ですが、このミューオン計の方向分解能は高々15°程度しかなく、鋭い強度現象を捉えるのには不十分です。そこで我々は、方向分解能の良い新型ミューオン計による観測を、乗鞍岳で始めました。以下では、この乗鞍岳での観測について説明します。



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