乗鞍岳におけるミューオン強度の精密測定

ミューオン計によるネットワーク観測:

figure11
図11:我々の宇宙線観測網が見ている宇宙線の入射方向。地球磁場によって宇宙線の軌道が曲げられるため、 ”垂直方向”は望遠鏡の真上には来ない。(拡大)

先に述べたように、我々は宇宙線の「風」を観測して、太陽で発生したCMEやMFRの地球到来に伴う宇宙天気を調べようとしています。宇宙線風からCMEやMFRの正確なデータを導くには、宇宙線風を精確に測らねばなりません。宇宙線風は、ある方向計に単位時間あたりに入射するミューオン数から求める訳ですが、ある時ある方向から入射するミューオンが増えたからと言って、必ずしもその方向から宇宙線風が吹いていることにはなりません。何故ならば、宇宙線強度のほとんどの部分はあらゆる方向から等方的に入射してくる成分(宇宙線密度)で、この成分も時間とともに増減するからです(図6の上のパネルで説明したForbush減少を思い出してください)。宇宙線風を精確に測るには、常にあらゆる方向から入射するミューオンを監視して、等方的に入射する強度(宇宙線密度)と宇宙線風を分離して測ることが必要です。日本にだけ多方向ミューオン計を設置しても、地球の裏側にあるブラジル上空から入射する宇宙線は、地平線の影になって測ることが出来ません(ミューオンは電気を帯びているので、ニュートリノのように物質を難なくすり抜けることが出来ません)。常にあらゆる方向から入射する宇宙線を監視するには、地球の表面上にミューオン計を複数並べる必要があります。このため、我々は日本、ブラジル、オーストラリア、クウェートの4箇所に多方向ミューオン計を設置し、宇宙線強度観測のネットワーク態勢を整備してきました。図11は、この4台のミューオン計が観測している宇宙線の入射方向を、世界地図上にプロットしたものです。例えば、青の□印は、名古屋多方向ミューオン計が宇宙空間を観測している17方向を示しています。これらのうち、「V」と添え書きされているのが、名古屋の鉛直方向を計測している方向計の観測方向ですが、この印が日本地図の名古屋の真上からズレているのは、地球磁場によって宇宙線の軌道が曲げられるためです。宇宙空間で、名古屋の東海上にある「V」の方向に入射した宇宙線が、地球磁場で曲げられて名古屋ミューオン計の鉛直方向計に入射する訳です。このように、この図の観測方向は地球磁場の影響も考慮して描かれているのです。□印を通って描かれている細い線は、様々なエネルギーの宇宙線の入射方向をつないだもので、名古屋の鉛直方向計の場合、宇宙空間での入射方向は、地球磁場の影響により、粒子のエネルギーが下がるにしたがって、名古屋の真上から東海上へと大きくズレて行きます。□印は平均エネルギー(図10のピーク・エネルギー)の宇宙線の入射方向を表します。

図11から分かるように、我々のネットワークは合計60の異なる方向を同時に観測可能で、宇宙のほぼあらゆる方向から入射する宇宙線を常時監視しています。図6や図7の結果は、こうした「グローバルネットワーク」によって世界で初めて得られた観測結果です。また、現在のネットワークには、北米大陸上空や南インド洋上空に、依然として観測方向が存在しない「空白域」しますが、こうした空白域を埋める努力を今後も続ける必要があります。



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