乗鞍岳におけるミューオン強度の精密測定

宇宙線の「風」をはかる:

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図5:地球に近づくMFRと磁場中での宇宙線の運動の模式図。MFR内の宇宙線密度が低いため、下方(地球の南)からの 宇宙線入射量が上方からの入射に対して少なくなる。(拡大)


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図6:宇宙線を用いたMFRの観測例。2003年10月に観測。(拡大)

我々はエネルギーの高い銀河宇宙線を観測して、上で述べた宇宙天気の研究を行っています。では、どうして宇宙線を観測することにより宇宙天気を研究することが出来るのでしょう?ある方向から単位時間当たりに入射する宇宙線の個数を、宇宙線の「強度」(intensity)と呼びます。エネルギーの高い宇宙線は、あらゆる方向からほぼ同じ数だけ入射して来ますが、ごくわずかだけ特定の方向から多く入射して来ます。これは宇宙線の「風」とでも呼ぶべき現象で、その強さは百分の1または1%程度です。つまり、「風下」に向けた単位面積の検出器に毎秒99個の宇宙線が入射するとき、同じ検出器を「風上」向けると毎秒101個の宇宙線が入射することに相当します。このようにかすかな「風」ですが、その強さや方向が、以下で述べるように宇宙天気と密接な関係にあるのです。

先に述べたように、太陽表面でCMEが発生すると、MFRと呼ばれる磁場構造が地球付近にまでやって来て、やがては地磁気嵐を引き起こす原因となります。MFRは前面に衝撃波を形成して飛来することが多いですが、すべての衝撃波にMFRが伴っているとは限りません。図2からも分かるように、このMFRを作っている磁力線は両端が太陽表面につながっており、どこにも外に開いた部分がありません。これを閉じた磁場構造と呼びますが、電気を帯びた宇宙線は磁力線を横切って運動することが極めて苦手ですので、MFRの外から中へ侵入することが出来ません。またMFRは太陽表面を離れる時には体積が非常に小さく、それがその後急速に膨張しながら進むので、数日後に地球近くまで到達する時にはMFR内部の宇宙線の数は外の空間に比べて著しく減少することになります。MFRがやって来て地球がMFR内の宇宙線「過少域」に入ると、高エネルギー宇宙線強度が突然減少します。この現象は、その発見者である米国の物理学者の名前(S.E. Forbush: 別のサイトに移動します)の名前にちなんで、「Forbush減少」と呼ばれています。さて内部に宇宙線過少域を伴うMFRが地球に接近すると、地球では特有の宇宙線風が観測されます。いま図5のように、MFRが地球の左側から地球に接近するとします。この場合、地球側の磁力線の向きは紙面に垂直奥向きなので、正電荷を帯びた宇宙線はこの磁力線の周りにオレンジ色の線のような経路を経て地球に飛来します。したがって、地球に図の下方から入射する宇宙線は主に宇宙線の少ないMFR中心付近の過少域から、上方から入射する宇宙線はMFR外側の領域からそれぞれやって来ることになります。このため、地球で観測される宇宙線は上方から入射するものの方が下方から入射するものより多くなり、その結果地球では上から下へ向かう宇宙線の風が観測されるのです。このことは、宇宙線の風と磁力線の向きの観測データからMFRの方向や位置を導けることを意味します。このとき、地球から見たMFRの中心の方向が、宇宙線の風の向きに垂直であることに注意して下さい。これはちょうど、台風のまわりに渦巻く風の向きが、接近する台風の目の方向とほぼ垂直であることに似ています。つまり、風の向きから台風の目の方向が分かるように、宇宙線の風向き(と磁場の向き)からMFR中心の方向を知ることが出来るのです。高エネルギーの銀河宇宙線ほど磁力線周りの旋回半径が大きいので、その風の観測データから、より離れたMFRの情報を得ることが出来ます。

図6は、2003年10月に地球に到来したMFRを実際に観測した結果です。この図は、後に説明する「ミューオン計ネットワーク」による観測結果で、観測される銀河宇宙線のエネルギーは約50GeV(1GeVは10億電子ボルト)です。上のパネルが宇宙線強度の等方成分(宇宙線密度と呼びます)を、下のパネルが宇宙線風の黄道面内の成分を、それぞれ時間の関数として示したものです(白丸は磁場の経度を示す)。横軸の時間は1月1日を第1日とする年通日(day of year)で表したもので、302.0が10月29日の世界標準時0:00に対応しています。縦の実線は衝撃波が地球に到来した時刻を示し、その後の縦の点線で挟まれた期間に地球がMFR内に入りました。10月29日に衝撃波が到来した直後から、宇宙線密度が急激に減少し始めている様子が分かります。

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図7:図6の観測から、MFRの形状を求めたもの(左図)。衛星による磁場観測から求めた形状(右図)とよく一致している。 (拡大)
これが前述のForbush減少で、地球がMFR内部の宇宙線の少ない領域に入ったことによるものです。下のパネルは、宇宙線強度の強弱を縦軸の入射経度の関数として濃淡(白が強度の高い方向)で表したもので、縦軸の0°が太陽方向、180°が反太陽方向です。衝撃波到来の後に濃淡がはっきりしだしており、宇宙線風が吹き荒れている様子が分かります。先に述べたように、宇宙線風の観測データからはMFRの中心方向やその運動の様子を導くことが出来ますが、我々はこのイベントの観測結果からMFRの大きさや向きを推定してみました。

図7の左側がその結果で、MFRを無限に長い円筒とみなした時の結果です。これによると、このMFRは半径が0.2AUもあり、その軸が黄道面から35°傾いていてほぼ東西方向に伸びていることが分かります。また、このMFRは毎秒数百kmという速度で膨張しながら運動していることも分かりました。一方、このイベントでは、衛星によって観測された磁場データからも、MFRの形状を求めることが出来ました。その結果が図の右側に示してありますが、宇宙線風から求めた左側の結果と非常に良く似ていることが分かります。このことは宇宙線風の観測結果が、MFRの様子を調べるのに役立つことを実証したものです。ここで、このイベントのように、衛星観測による磁場データからMFRの形状を導くことが出来るケースは、極めて稀であることに注意して下さい。これに対して、宇宙線風の観測データからは、ほとんどすべての大イベントに対してMFRの形状を求めることができます。



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