ニュートリノ振動


  現在の理論および種々の実験、観測データから、3種類のニュートリノがあると考えられている(それぞれの反粒子というものを別に数えると6種類)。それらは、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノと呼ばれる。電荷を持つ電子、ミュー粒子、タウ粒子の3つの粒子とそれぞれ対を成している。電気的に中性のニュートリノとこれら荷電粒子を合わせて、レプトン(軽粒子)と総称される。素粒子の崩壊や衝突では、レプトンと反レプトンが常に対になって生まれたり消えたりするので、それらのレプトンに +1 反レプトンに -1 を付けると、合計のレプトン数は反応前後で変化しない。これを「レプトン数の保存則」と呼び、電子、ミュー、タウそれぞれの組のレプトン数が独立に厳密に保存しているように見うけられる。ただし、荷電レプトンではレプトンが負電荷、反レプトンが正電荷とする。

今、パイ中間子(正電荷とする)が崩壊して、反ミュー粒子(正電荷)とミューニュートリノが生まれる場合を考える。ニュートリノはなかなか観測にかからないが、反ミュー粒子があるということは、レプトン数の保存からミューニュートリノが生まれたと見なしてよい。このミューニュートリノの質量を測定したら、どうだろうか。(実際にはニュートリノの質量は測定できたことは今だにない。)ミューニュートリノの質量がいつも定まった値でなく、ある確率で2つの異なる値が得られる可能性があっても、量子力学の一般原理から見て、不思議ではない。

その場合は、一つのミューニュートリノは2つの異なる波長(エネルギー)のの重ね合わせで表現されることになる。ここでは、簡単のために、ニュートリノの種類を3つでなく2つと仮定して、相手はタウニュートリノとする。タウニュートリノも同じ2つの波長の波の重ね合わせで表すことができるが、重ね合わせ方が異なる。ミューニュートリノが生まれたとき、タウニュートリノの存在確率はゼロだから、重ね合わせの位相を半波長ずらし、相殺するように仮定すればよさそうである。


  さて、ミューニュートリノの波は(時間的にまた空間的に)進むと波長の異なる波の重ね合わせであるから、少しずつ相互の位相がずれてくる。この現象は、ギターの調律のために若干振動数の異なる隣り合った弦を同時に弾く場合に起こる「うなり」と同様である。ギターの場合は空間的には進まないが、時間的に進むと少しずつ重ね合わせがずれて来て、音の大きさの周期的変化をもたらす。ミューニュートリノの存在確率もこの「うねり」と同じく、小さくなったり大きくなったりを繰り返す。素粒子の場合、消えてしまってなにもなくなるということは、エネルギーの保存則からあり得ないが、ミューニュートリノの存在確率が小さくなると、最初はゼロだったタウニュートリノの存在確率が大きくなり、合わせると何時も1になるように仕組まれている。ギターの場合二つの弦の振動数が全く一致すると、うなりはなく、いつも同じ音が聞こえるが、ニュートリノの質量が同じ(あるいはゼロ)だと存在確率のうなりは起こらない。ミューニュートリノは1で、タウニュートリノは0のままである。


  パイ中間子は、実際、宇宙線によって大気中で作られ、その崩壊で、多くのミューニュートリノが生まれ、地球を通り抜けている。 スーパーカミオカンデの場合、ミューニュートリノが稀にタンクの中の水原子と衝突して作るミュー粒子を観測する。タウニュートリノもミュー粒子を作れなくはないが、効率は非常に悪い。観測を重ねた結果、上向きのミュー粒子が下向きのに比べて、明らかに少ないことが分かった。もちろん理論予測と比較して、方向分布などいろいろな視点から細部に渡って解析したが、本質的には上向き下向きの差異である。これは、大気中で作られたミューニュートリノが地球の裏側からやってくる間にタウニュートリノに変わったということで矛盾なく完璧に説明できた。すなわち、ニュートリノ振動現象が発見され、ニュートリノに質量があること(すなわち、二つの異なる質量が関与していること)が明らかとなった。ここまで、電子ニュートリノを無視してきたが、このニュートリノは上向きも下向きとほぼ同数観測され、大気ニュートリノの振動現象には余り大きくは関わっていないこともはっきりした。