「現在の研究」のページです。


研究テーマ
  • TA 実験(米国ユタ州)を使って最高エネルギー宇宙線の発生源を探す。
  • 空気シャワーを精密に測定する検出器を作る・開発する。
  • JEM-EUSO 望遠鏡(国際宇宙ステーション)の試験と較正に参加しています。
宇宙線とは

宇宙線 Cosmic ray とは、宇宙の真空中を自由に飛び回っている素粒子です。主として イオン化した裸の原子核で、大部分は陽子(proton: Z=1)ですが、ほかにヘリウム(α線: Z=2)、炭素・窒素・酸素 (CNO: Z=6-8) や鉄(Fe: Z=26)が含まれ、 ウランに至る重い原子核も微量に観測されています。 1%くらいの割合で電子(β線)もあり、ほかに 高エネルギー光子(γ線)やニュートリノもありますが、普通に「宇宙線」と言うときは、電荷をもった 粒子である、原子核と電子をさします。

宇宙線は、宇宙のあらゆる方向から均しく地球に降り注いでいます。これは宇宙の磁場 に捕らわれて、発生源から拡散するように広がっているため と考えられます。宇宙線のエネルギーは、 1GeV (=109 eV)から、 100EeV (=1020eV) 以上までありますが、 エネルギーのほぼ3乗に比例して急に減って行きます。 私たちが研究している最高エネルギーの100EeV では、100km2 の地表に 1年に1例くらいしか来ない、きわめて稀な粒子です。 スイスの CERN にある世界最大の加速器 LHC のビームエネルギーが 7TeV (= 7 x 1012eV)ですから、広大な宇宙には、 (ごく限られた数の素粒子を)LHC の7桁以上(107)高い エネルギーまで持ち上げる加速メカニズムがあることになります。 我々は、この「自然の巨大加速器」を見つけることを目指しています。

宇宙線のなぞ

今年(2013年)は、宇宙線が発見されてから101年めになります。 10PeV (= 1016eV) くらいまでの宇宙線は、銀河系内の 超新星爆発で加速されていると考えられ、TeV ガンマ線やX線、電波や光学望遠鏡 などの観測で、とくに宇宙線電子の加速の証拠がみつかっています。 宇宙線陽子の証拠は少ないのですが、同じ場所で同じように発生している 可能性が高いと思われます。これらの銀河宇宙線は、発生源から銀河磁場に 捕らわれて(一部は系外にもれますが)そのまま拡散して 地球にやって来ていると考えられます。

10PeV以上の高エネルギーでは、多くの宇宙線が銀河系外の天体で加速され、 宇宙空間を伝搬して銀河系に到達し、地球で観測されると考えられます。 これは銀河系内の磁場が マイクロガウスの程度で EeV (= 1018eV) 以上の宇宙線を銀河磁場に閉じ込めることができないことからも判ります。 私達は、極高エネルギーの宇宙線が、 宇宙のどこで・どのように発生しているのか、 エネルギーの限界がどこにあるのかなどについて 調べています。

ついにエネルギーの限界が見つかる!

この問題は、宇宙物理の最古で最難関の疑問の一つでしたが、 最近になって大きな展開があり、これまでの謎が急激に解けていこうとしています。  私達の米国ユタ州の観測装置 Telescope Array (TA) experiment と 南米アルゼンチンにある Pierre Auger observatory の観測装置が、 ついに宇宙線エネルギーの限界を見つけたのです。この発見は、 限界付近の宇宙線は1億光年(100Mpc)くらいの近い宇宙から直接来ており、 銀河磁場による曲がりも数度くらいで地球に到来することも 示唆します。「星のように一点で光る、 最高エネルギー宇宙線の発生源がみつかるはず!」 このような可能性が出て来たのです。
右の図を見て下さい。これは、横軸をエネルギーEの対数(=桁数)、 縦軸を単位面積・時間・立体角あたりの宇宙線到来数 (かけるエネルギーの3乗)に、やはり対数でプロットしたものです。 縦軸に Eの3乗をかけていますから、水平でない傾きは、Eマイナス3乗より 早く(右肩下がりで)、あるいはゆっくりと(右肩上がりで) 宇宙線が減ることを意味します。 グラフの縦軸は 1024 (単位は eV2 /(m2 sec str)) という大きな数ですが、これは、Eの大きな値を3乗して掛けているためで、 実際には極高エネルギーの宇宙線は、 きわめて稀な自然現象です。
TA実験で測定した
最高エネルギー宇宙線のスペクトル
木戸英治(TA):2013年3月の物理学会発表より。宇宙線国際会議(2013/7)で発表準備中。
1019.7eV (= 0.6 x 1020eV) より上で、宇宙線の到来数が急に減り始めている!

宇宙線が宇宙背景放射とぶつかってエネルギーを失う

なぜ、極端に高いエネルギーでこのようなエネルギーのリミットが できるのか? また、1018.7eV (= 0.06 x 1020eV) の辺りに 「窪み」ができるのか? 上の図には理論からの予想曲線がピンク と青でプロットしてあります。この曲線は次の4つの条件で simulation から作ったものです。
  1. 宇宙線(陽子)が、銀河系のそとの遠方の発生源天体で、 Eのp乗に反比例する割合
    (E -p)で発生している。
  2. 宇宙線の発生は、過去に遡るほど(あるいは遠方の銀河ほど) 盛んになっている。その割合は (1+z)m とします。 ここで z は赤方偏移のパラメータです。
  3. 宇宙線陽子は、宇宙を満たす背景放射(Cosmic Microwave Backgroud: CMB) や星からの赤外光と衝突してエネルギーを失う。 この割合は、 加速器実験からのデータ(ガンマ線・陽子の衝突断面積)と宇宙観測からのデータ (CMB の温度あるいは密度)、量子電磁力学の計算で正確に計算できます。
  4. 発生源天体は、宇宙空間に均一に分布している(ピンク線)。あるいは 銀河の大規模構造 (Large Scale Structure: LSS) の質量に比例している(青線)と仮定します。
発生源の情報がわかってきた

上の図のピンク線・青線は p=2.4 m=4 で計算したものですが、 p と m の値を色々と変えて、その組合わせがデータを良く フィットする領域を決めたのが右の図です。もし最高エネルギー宇宙線が 活動銀河核(Active Galactic Nuclei: AGN)や、 ガンマ線バースト(Gamma Ray Burst: GRB)で発生していると すれば、その宇宙論的な進化は z = 4-5 くらいです。 発生源では E -2.3の(構造のない)単純な傾きで宇宙線が発生しており、 はるかな宇宙空間を数億光年かけて伝搬する途中に背景放射や赤外線と 反応することでエネルギーを失い、 上の図に見られるような「窪み@1018.7eV」と 「エネルギー限界@1019.7eV」 のある微妙な形を作ったことになります。

発生源でのスペクトルの傾きp(横軸)と
宇宙論的進化のスピードm(縦軸)の
ゆるされる範囲

木戸英治(TA):2013年3月の物理学会発表より。
宇宙線国際会議(2013/7)で発表準備中。
宇宙は素粒子物理の大きな実験室

「窪み」や「エネルギー限界」は、宇宙線と光子 の反応でできるのですが、 本当に極高宇宙線(1020eV の陽子)と CMB(10-3eV 付近 の黒体放射・電波)は反応するのでしょうか?

これ考えるには、特殊相対論を使って、宇宙線の静止系 に行くと判ります。 1020eV の陽子の静止系にゆくためには、 ガンマ因子が1011 (= 1020 / 109) の ローレンツ変換を行います。これは、時間や距離の尺度が11桁も変わる極端な 変換です。(静止している中性子が陽子・電子・ニュートリノに壊れる 時間は平均して約15分ですが、 1020eV の中性子の寿命は約300 万年に伸びます!)
右の図を見て下さい。 宇宙線陽子の静止系では、CMB の一部が 100MeV (=108eV)をこえる ガンマ線になって、止まっている陽子にぶつかることになります。 陽子標的に ガンマ線をあてるとどうなるか? 電子・陽電子がペアになってできる・π中間 子ができる(そしてπ中間子が崩壊してガンマ線やニュートリノを作る)。 これは素粒子実験でふるくから調べられて詳しいデータがありますし、理論的 に計算することもできます。


極高エネルギー宇宙線と宇宙背景放射の反応
極高エネルギー宇宙線と CMB の反応
TA 実験が測定したスペクトルの「窪み」や「エネルギー限界」: それはγ=1011という極端な値でもローレンツ変換が正しく行われ、 「窪み」は宇宙線(陽子)が宇宙背景放射 CMB と衝突して、電子・陽電子 の対発生 ( p + γCMB → p + e+ e- ) することによりエネルギーを失なってつくったもの。 そして 「エネルギー限界」は、あるエネルギー以上で CMB との衝突によって 核子共鳴状態Δ(1232)が急激に作られはじめる(そしてπ中間子を放出して壊れる)
( p + γCMB → Δ(1232) → π + N (p/n) ) ことによることを示しています。 まさに、宇宙は巨大な素粒子実験室です。

精密な最高エネルギー宇宙線の測定は、 「実験室内」をみたす CMB や紫外・赤外を含めた光 の量や分布、磁場の強さや分布などの情報を もたらしてくれるでしょう。 とくに、 近い将来に極高宇宙線の発生源がみつかると、 このような物理がさらに一層すすむことになると思われます。