<<<<<<<<<<<<<< CRC News 2016年 10 月 13 日 >>>>>>>>>>>>>> CRC会員 各位               CRC事務局  ****< 第11回日本物理学会若手奨励賞(宇宙線・宇宙物理領域)受賞者 >**** 日本物理学会 宇宙線・宇宙物理領域の皆様、 日本物理学会第11回若手奨励賞ですが、宇宙線・宇宙物理領域より推薦された 以下の三名の方が受賞されました。 (来週には日本物理学会のwebページhttp://www.jps.or.jp/activities/awards/wakate.php  でも公表されます。) ・赤松 弘規 氏 所属:SRON Netherland Institute for Space Research 研究:X線観測による電波レリックの研究 ・大平 豊 氏 所属:青山学院大学 研究:超新星残骸における宇宙線の衝撃波加速と脱出過程・磁場増幅過程の理論的研究 ・鎌田 耕平 氏 所属:アリゾナ州立大学 研究:ヒッグスインフレーションの包括的研究 お三方のさらなるご活躍を期待いたします。 また、来る春の年次大会ではお三方に受賞講演をしていただける ことになっておりますので、みなさま、ぜひお越しください。             宇宙線・宇宙物理領域代表 中畑 雅行 以下は、審査委員会からの推薦理由です。 ==== ・赤松 弘規 氏 所属:SRON Netherland Institute for Space Research 研究:X線観測による電波レリックの研究 赤松氏は、日本のX線天文衛星「すざく」の持つ低輝度拡散 X線放射に対する 高い感度に着目し、銀河団における粒子加速機構の理解に至る研究を進めてきた。 まず、大きな電波レリックをもつ銀河団 A3667について、北西方向の電波レリッ クにかけてのデータの解析を行い、その結果、銀河団プラズマの温度は、レリッ クの内側では緩和した銀河団に共通の温度構造を超過していること、さらにレリ ック領域をはさんで外側へ向かってプラズマの温度が約 5 keVから2keV以下へ急 激に低下することを明らかにした。この温度低下を用いるとマッハ数約2.4の衝撃 波が存在することが示された。これに続いて見事な電波レリックを示す銀河団 A3376でも温度ジャンプを確認した。さらに、「すざく」で観測された銀河団サン プルに対して計6個の電波レリックの系統的な解析を行ない、上の銀河団を合わせ て4つの電波レリックについて温度の急激な低下を確認し、衝撃波の存在を示した。 レリックの外部はX線放射が暗く、「すざく」データの注意深い解析をもとに温度 を正しく決めたという点は、氏の独創的な業績である。この結果、電波レリックが 確かに銀河団衝突で作られた衝撃波であることを観測的に確認するとともに、そこ では電子の加速とガスの加熱の両方が起きていることがはじめて系統的に検証され た。さらにこれは、単純な衝撃波統計加速が起きにくいと考えられてきた、マッハ 数が3より小さい弱い衝撃波でも粒子加速が起きることを示す結果である。  論文として発表されてきた以上の結果は、銀河団のX線観測研究として非常に高 い評価を得ている。また、現在はオランダで研究活動を続けている活発な若手研究 者であり、その将来性も期待できる。以上の理由から、赤松氏を日本物理学会若手 奨励賞の候補として推薦する。 研究論文: "Systematic X-Ray Analysis of Radio Relic Clusters with Suzaku", H. Akamatsu & H. Kawahara, 2013, PASJ 65, No. 16 "Properties of the Intracluster Medium of Abell 3667 Observed with Suzaku XIS", H. Akamatsu, J. de Plaa, J. Kaastra, Y. Ishisaki, T. Ohashi, M. Kawaharada, K. Nakazawa, 2012a, PASJ 64, No. 49 "X-Ray View of the Shock Front in the Merging Cluster Abell 3376 with Suzaku", H. Akamatsu, M. Takizawa, K. Nakazawa, Y. Fukazawa, Y. Ishisaki, T. Ohashi, 2012b, PASJ 64, No. 67 ==== ・大平 豊 氏 所属:青山学院大学 研究:超新星残骸における宇宙線の衝撃波加速と脱出過程・磁場増幅過程の理論的研究 地球に降り注ぐ宇宙線はその発見以来100年が経ち、様々な実験・観測により 徐々にその性質が明らかになってきた。しかしその起源については未だ解明され ていない。現在のところ超新星残骸が起源天体の有力候補と考えられており、特 にその外縁部に存在する強い衝撃波による宇宙線加速機構の研究が進展した。そ の一方で、従来の理論予想とは異なる結果が近年のガンマ線観測から次々と得ら れるなど、理論研究面での課題が浮き彫りとなってきた。  この様な状況のもと、大平氏は宇宙線の起源解明を目指して独創的な研究を展 開している。それまでの宇宙線起源に関する理論研究の主流は、衝撃波での加速 過程と銀河内の伝播過程に関するものであった。しかし単純なフェルミ加速に基 づいて理論的に予想されたエネルギースペクトルは観測結果と矛盾しており、そ の説明には決定打を欠いていた。そこで大平氏は、村瀬氏や山崎氏と共同で、そ れまであまり注視されていなかった被加速粒子の衝撃波近傍から星間空間への脱出 過程を再考した。そして先行研究の結果を含む形で脱出後の宇宙線スペクトルの 一般的な表式を解析的に与えることに成功した。それまでの予想を裏切り、脱出 過程がフェルミ加速理論の予言と観測とのギャップを埋める重要な過程の一つで あることを示したこの研究は、その後の宇宙線加速の理論研究に大きなインパク トを与えた。大平氏らは、この脱出過程の効果をさらに追及し、フェルミ衛星に よるガンマ線観測で明らかになったガンマ線スペクトルの10GeV付近での折れ曲 がりに関して統一的説明を与えることにも成功した。この研究は超新星残骸の ガンマ線スペクトルを説明する標準的モデルとして認識されている。  また大平氏は、これまで理論的に未解明であった衝撃波での磁場増幅過程につ いても先駆的研究を行っている。Reville氏, Kirk氏, 高原氏との共同研究では、 現実的な初期条件のもとでの大規模プラズマ粒子シミュレーションを行い、非線 形段階において宇宙線自身による磁場増幅がおこること、そのときプラズマも 加熱されることを初めて示した。また、低温陽子の自由エネルギーによる磁場 増幅もシミュレーションによって示し、観測事実だけを基にした新しい磁場増幅 過程の提唱を行った。さらに部分電離プラズマ中の無衝突衝撃波やプラズマ不安 定性、粒子加速現象についても研究をすすめ、宇宙線と無衝突衝撃波の研究にお ける中性粒子の役割の重要性を指摘した。  以上のように、大平氏は超新星残骸における衝撃波による宇宙線加速に対する 脱出過程や磁場増幅過程に関する理論研究で既に世界的な成果をあげている。 それらの成果をまとめた論文の高い被引用数からも、その波及効果の大きさがわ かる。また理論研究にとどまらず観測的研究にも取り組むなど、当該分野をけん 引する研究者として今後の活躍が大いに期待される。以上の理由から大平氏を 日本物理学会若手奨励賞の候補として推薦する。 研究論文: "Gamma rays from molecular clouds illuminated by cosmic rays escaping from interacting supernova remnants", Yutaka Ohira, Kohta Murase, Ryo Yamazaki, MNRAS (2011) 410 (3): 1577-1582 "Escape-limited model of cosmic-ray acceleration revisited", Yutaka Ohira, Kohta Murase, Ryo Yamazaki, Astronomy and Astrophysics, 513 (2010) A17 "TWO-DIMENSIONAL PARTICLE-IN-CELL SIMULATIONS OF THE NONRESONANT, COSMIC-RAY-DRIVEN INSTABILITY IN SUPERNOVA REMNANT SHOCKS", Yutaka Ohira, Brian Reville, John G. Kirk, Fumio Takahara, Astrophys.J.698:445-450,2009. ==== ・鎌田 耕平 氏 所属:アリゾナ州立大学 研究:ヒッグスインフレーションの包括的研究 インフレーションとよばれる初期宇宙の指数関数的膨張は、平坦性問題・地平 線問題などの古典的ビッグバン宇宙論の根源的問題を解決するだけでなく、現在 の宇宙の構造の種である密度揺らぎを量子論的に与えることができ、今や宇宙進 化の標準モデルと見なされている。インフレーションの源としては何らかのスカ ラー場のポテンシャルエネルギーの可能性が有力であり、現在までに実に多様な モデルが提案されてきた。特に、素粒子標準理論における唯一のスカラー場が ヒッグス場であること、そして最近のLHC実験により、ついにヒッグス粒子が発 見されたことを鑑みると、ヒッグス場によるインフレーションの可能性は大いに 魅力的である。しかし提案初期のヒッグス・インフレーションモデルは、その 結合定数が10の5乗近くにも及ぶほど大きく、unitarity violationを引き起こす 可能性などの問題点が指摘されていた。その後こうした問題点を克服すべく様々 な工夫を凝らしたヒッグス・インフレーションモデルが模索されてきたが、満足 のいくモデル構築には至っていない。  その様な状況のもと鎌田氏は、ガリレオン理論というスカラー場の微分のシフ ト対称性に基づくインフレーションに現れる高階微分相互作用をヒッグス・イン フレーションの枠組みに応用することを思いつき、当時ガリレオン理論によるイ ンフレーションを研究していた山口氏、小林氏、横山氏らと共同で新しいヒッグ ス・インフレーションモデルを提案した。この“Higgs-G-inflation”モデルは、 それまで提案されたヒッグス・インフレーションモデルにくらべ自然にインフレ ーションを起こすだけでなく、テンソル・スカラー比も近い将来観測可能な値を 予言する。さらに鎌田氏らはHiggs-G-inflationやそれまでに提案された他のヒッ グス・インフレーションモデルが、“Generalized-G-inflation”という一般化 された枠内で統一的に記述できることも示した。この枠組みは、ガリレオン理論 の特長を受け継いで場の方程式が二階微分方程式でかける最も一般的な理論から 出発しているため、場の方程式が二階となる安定なヒッグス・インフレーション の機構を全て尽くしている。したがって、今後ヒッグス場がインフレーションの 源であるか否かを観測的に追及する際の必須基盤を与えるものであり、その意義 は大きい。  さらに鎌田氏は単独の研究で、Higgs-G-inflation の特徴である高階微分互作 用を含む理論の量子効果についても解析をすすめ、高階微分項を含む高次元演算 子の項が少なくともインフレーションのエネルギー・スケールまでは量子論的に 安定であることを示した。この成果は、それまでに線形摂動の範疇で行われた 一連の研究の正当性を厳密な形で証明するものであり、重要な意義をもつ。  以上のように、鎌田氏のヒッグス・インフレーションの包括的研究、ならびに それを可能にする基礎物理学理論における貢献は極めて大きいものであり、将来 もその観測的検証が期待される。以上の理由から鎌田氏を日本物理学会若手奨励賞 の候補として推薦する。 研究論文: "Higgs G inflation", Kohei Kamada, Tsutomu Kobayashi, Masahide Yamaguchi, Jun’ichi Yokoyama, Physical Review D83: 083515, 2011. "Generalized Higgs inflation", Kohei Kamada, Tsutomu Kobayashi, Tomo Takahashi, Masahide Yamaguchi, Jun’ichi Yokoyama, Physical Review D86: 023504, 2012. "On the strong coupling scale in Higgs G-inflation", Kohei Kamada, Phys.Lett. B744 (2015) 347-351