小型電子加速器による最高エネルギー宇宙線検出器用大気蛍光望遠鏡の絶対較正
宇宙線のエネルギーに上限はあるのか?最高エネルギー宇宙線は何処で発生し、どのようにして地球に到達するのか?これらの宇宙の大きな謎を解明するために、米国ユタ州の砂漠地帯で700km
2
の地表をカバーする「宇宙線望遠鏡(Telescope Array:TA)」が2007年に完成し、観測が始まりました。 最高エネルギーの宇宙線が地球に到達すると、大気中の原子核と衝突して鼠算式に粒子数が増え、1000億個を越える粒子の集団、「空気シャワー」となって一瞬のうちに地表に降り注ぎます。
TA
では、これを1.2kmの間隔で碁盤目状に配置した約500台の
プラスチックシンチレータ
地表粒子検出器アレイで検出します。 同時に、アレイを囲むように周辺の丘3箇所に建設した
大気蛍光望遠鏡
で、空気シャワーによる大気の発光を撮像します。
小型で可搬型の電子線形加速器を製作してTAの現場に設置し、合計のエネルギーが分かった電子ビームによる空気シャワーによって、大気蛍光望遠鏡をend-to-endで絶対較正することが、本研究の目的です。
1965年にビッグバン直後の宇宙の名残とされる電磁波「宇宙背景放射」が発見されました。その翌年に、宇宙線が宇宙空間を長く飛ぶうちに、 10
19.6
eVを越えると宇宙線(ここでは陽子を考えます)が宇宙背景放射の光子との衝突する確率が急に高まり エネルギーを失ってしまうという予言が、グライセン、ゼツェピン、クグミンの3名によって提唱されました。3名の名前の 頭文字をとって「GZK限界」とよばれます。地球から1.5億光年以内に発生源がない限り、10
19.6
eV以上の高エネルギー宇宙線は 届かないという予言です。
TA実験では、
AGASAが
使用していた測定器と同じタイプの
プラスチックシンチレータ
を地表粒子検出器と して使用しています。また、
HiRes
と同じタイプの大気蛍光望遠鏡も使用しています。AGASAとHiResの結果の食い違いが測定器の違いによる系統誤差によるものであるかどうかを確認することができます。
TA
実験は、平成15年度から6年計画の科学研究費・特定領域研究「最高エネルギー宇宙線の起源」によって発足しました。日米韓の国際共同実験で、28機関、約120名の研究者からなります。 最高エネルギー宇宙線の観測所としては、米国ユタ州に稼動している我々の
テレスコープアレイ
実験装置の他に、 南米アルゼンチンで
Pierre Auger
観測所が稼動しています。
TA
の大きな強みとしては以下の3点が挙げられます。
プラスチックシンチレータ
を地表粒子検出器として用いていること、
HiResの観測装置をTAの3箇所の
大気蛍光望遠鏡
ステーションの内の1ステーションに移設したこと、
電子加速器(TA-LINAC)
を
TA
サイトに設置して、加速器からの全エネルギーが分かった電子ビームを用いて空気シャワーを発生させて、End-to-Endの絶対較正を行うこと。
TA
実験では、地表粒子検出器として、
プラスチックシンチレータ
を 使用しており、
Auger
は水タンクを使用しています。
プラスチックシンチレータ
は空気シャワーのエネルギーの約90%を占める電磁成分にsensitiveであり、宇宙線のエネルギーを決定する上で、ハドロン相互作用モデルや宇宙線の化学組成の違いの影響が小さいと予想されます。 これに対して、
Auger
で使用している水タンクでは、エネルギーを決定する上で、ハドロン相互作用モデルや化学組成の違いの影響が大きく、それ自身でエネルギーを決定することができません。 したがって、
Auger
では大気蛍光望遠鏡でエネルギースケールを決めており、原理的に
AGASA
と
HiRes
の違いという重要な問題点を解決することができないと予想されます。
TA
の地表粒子検出器は2007年12月の段階で503台
TA
サイトに設置されて、2008年3月にはほぼ全稼働してデータ収集が行われている。
最高エネルギー宇宙線のエネルギースペクトルの問題は、
AGASA
と
HiRes
との結果の違いを発端としています。
HiRes
の望遠鏡システムを、配置とトリガー部分を変えた程度でほとんどそのまま使用するということで、
TA
の北側の1ステーションに移設しました。 このことにより、
TA
サイトでTAの望遠鏡を用いて、
HiRes
の望遠鏡をチェックすることができます。
TA
の3つの望遠鏡ステーションは2007年11月には全稼働してデータ収集が行われています。
宇宙線の空気シャワーの観測に置いては、これまで望遠鏡の感度較正の基本は、光電子増倍管(PMT)の量子効率や 大気の発光効率など関連する要素を絶対値で測定して積み上げることでした。このような方式で全ての パラメータを測定して管理するのは困難な仕事であり、見過ごしや不注意な誤りで全体の較正が狂ってしまう 可能性があります。このような危険を避けるために、望遠鏡装置全体の感度を一括して構成できる標準光源 がぜひとも実験現場で必要です。そこで
ビーム粒子:電子
エネルギー:10、20、30、40MeV (可変)
パルス幅:1μ秒
ピーク電流値:0.16mA (10
9
電子(=160pC)/pulse)
加速高周波:Sバンド(2856MHz)
パルス頻度:1Hz
望遠鏡ステーションからの距離:100m(100m先の40MeVx10
9
電子は10km先の1020eVのシャワーに相当)
の仕様をもつ小型
電子加速器
からのビームを使った望遠鏡の較正に注目しました。 これまで、どの実験でもできなかった観測現場でのEnd-to-endのエネルギーの絶対較正が、 茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)の技術を応用し、資源の活用をすることによって、
TA実験
において初めて実現できる予定です。
本研究では平成18−19年度科学研究費補助金(基盤研究(A))「小型電子加速器による最高エネルギー宇宙線用大気蛍光望遠鏡の絶対較正」と KEKの大学等連携支援事業による支援を受けて、電子加速器の設計・製作を行いました。KEKの支援事業により、KEKの電子陽電子線形加速器グループが製作を支援し、 KEKから加速器の機器で利用できる部品の提供を受けました。
平成18年度には加速電子ビームのシミュレーション(PARMELA)を用いて加速器の性能を評価した基礎設計を元に最終設計を行い、最終設計に基づいたビームシミュレーションを行い、ビーム特性の評価をしました。また電子ビームによる空気シャワーと大気蛍光望遠鏡の応答を調べました。2007年1月には加速器ユニットの構築を始めました。
平成19年度においては、2007年6月に完成した加速高周波装置の試験運転を行い、要求する最大40MWの出力高周波(2.5μs幅パルス)を確認しました。2007年10月には最終仕様である−100kV電子銃単体の動作試験を行いました。加速ユニットは2008年1月に完成し、翌月から加速ビームの試運転を行いました。 2009年3月には日本から米国へ向けて輸出し、2010年の夏以降には
TA
サイトで加速器を稼働させ、
2011年9月に電子ビームを射出し、大気蛍光望遠鏡による撮像に成功しました。
今後大気蛍光望遠鏡の絶対較正作業を行う予定です。
TAの写真および図
TAの地表粒子検出器および大気蛍光望遠鏡
TAの全体配置図。黒い四角は地表粒子検出器を、緑の四角は大気蛍光望遠鏡ステーションを示す。
フィールドに設置した地表粒子検出器。面積3m
2
のプラスチックシンチレータを使用している。
大気蛍光望遠鏡ステーション。球面反射鏡を使った望遠鏡を12台設置している。
電子加速器(TA-LINAC)関連
TA-LINACからの電子ビームの射出のGeantシミュレーション。
TA-LINACのデザインとビーム射出の最初の結果。